表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戀詩つづり  作者: 四色美美
8/14

川越再吟行会

川越に又吟行へ向かいます。

 バレンタインデーの御返しは手作りクッキーにした。

以前ネット検索していた時、子供向けの調理方をメモしておいたのだ。



(何かの役に立つと思い書いておいて良かった)

淳一はホッと胸を撫で下ろした。



そのメモを頼りに、小麦粉砂糖玉子バターなどの材料を揃えていく。

粉砂糖は玉子の白身と合わせるだけでアイシングが出来上がる。

これを出来上ったクッキーの上を飾るのだ。





 最初にやるのはオーブンを180度に温めることと、バターと玉子を冷蔵庫から出しておくことだ。



次に、小麦粉200グラムに分け、空気を含ませるように膨らませた中で良く混ぜる。

これでフルイを使わなくても済むのだ。



砂糖80グラム。

たまご1個。

バター100グラムだった。

大抵100百グラムずつ銀紙に包まれているからわざわざ計らなくてもいいのだ。





 まずビニール袋に常温で溶かしたバターを入れ、その中に砂糖を入れて掌で挟む良く混ぜる。

次にその中に玉子を割り入れて再び掌で挟みダマが出来ないように良く混ぜる。

掌で温めながら作業するこれで、ダマは出来難くなるのだ。



最後に小麦粉を入れて、ビニール袋の中で混ぜ合わせる。

袋に付いていた白っぽい粉が消え、中で纏まれば土台のクッキーのタネは完成だ。



これをそのまま麺棒で伸ばす。

その時割り箸やお菜箸を袋の横に置けば平均的な薄さになるのだ。

ココアも同じ作り方だ。

小麦粉を少し取り出し、同じ分量のココアを加えるだけだ。

これは頭の部分にするつもりだった。





 型抜きも至って簡単だった。

伸ばした終えたビニール袋の端から切り丸い物で抜けばいいのだ。

オーブンシートの上に抜いた物を並べ、その上に半分に切ったココアタネをハの字に乗せる。

これが髪になるのだ。



大きなクッキーを作りたかったので、鉄板に4個置くことにした。

それに合わせて丸い物を用意すればいいのだ。



焼き上がったクッキーをオーブンシートから外し、クーラーと呼ばれる網の上に並べて冷ます。

冷めたらアイシングに色を着けて、目や口を描けば終了だ。



淳一は贈ってくれた一人一人の顔を思い出しながら似顔絵を製作しようとしていたのだった。

精一杯の心を込めて……





 ネットで検索した本当の目的は俳句の調べるためだった。

句会と打ち込もうとしたら、くでクッキーがヒットしたのだ。



子供向けのシピとあったので淳一でも楽チンだと思ってノートに写したのだ。

作り方が簡単なだけではない。

計りと鉄板以外は殆ど汚れないから淳一にとっては夢のようなクッキーだったのだ





 本当は詩織を驚かすためだった。

バレンタインデーが手作りのトリュフチョコだったから、自分も何か作りたかったのだ。



そのついでににチョコを贈ってくれた生徒達にもと思い付いたのだ。



バレンタインデーの夜にに製作した名簿と横に貼り付けてあったメッセージを頼りに返事も共に入れた。

そうしてやっと人数分の御返しクッキーは完成したのだった。





 その中に草いきれの人もいた。

やはり彼女は淳一を狙っていたのだった。



最初はそんなつもりはなかったのだ。

運動が苦手で二年半の間を帰宅部として過ごしてきた彼女の場合は複雑だった。



就職も受験も、部活に入っていた方が有利ではないのかと思い始めたのだ。



其処へ降って涌いたように俳句同好会が出来た上がったのだ。

授業で習った以来の俳句だったから何とか格好付けたくて歳時記を購入したのだ。



草いきれに辿り着き、淳一の高評を得た。

だから舞い上がってしまい、淳一に好意を寄せてしまったのだった。





 彼女は淳一への想いは書かずに就活に勝利した御礼を綴っていた。



(そうだ、彼女も吟行に誘おう。川越駅前に彼女が居たら皆驚くぞ)


何も知らずにサプライズの計画を立ててしまった淳一だった。





 そして数日後。

俳句部になって第一回の吟行が催された。

行き先は又川越だった。

淳一が喜多院は枝下桜の名称だと言ったからだ。



「春は名のみの風の寒さやー」


森林公園駅に向かう道で誰かが口ずさんでいた。



「お、早春賦か?」



「ねえ、先生。早春賦と早春譜って二つの唄の意味知りたいのだけど」



「まあ国語の教師だから教えてあげてもいいけど、辞書で調べれば済むことだよね」


淳一はそう言いながらも地面に二つの字を書いた。



「譜は系統を立てて物を記録することだ。だから音符の節を繋いだ物を楽譜って言うんだよ。賦は貝と武だから武力によって集めるって意味だ。その賦の意味の中には、その物をありのままに記す詞の意味もあるんだ」





 「その物をありのままにか? うーん、早春賦って何か俳句みたいですね」



「本当だな。俳句は難しくはない。自分の感じたままで良いのだからな」



「北風に、コートの衿を、そっと立て」



「それは季重なりだな」



「先生、今難しかしくないって言ったばかりだよ。こんな風の冷たい時にはコートの衿を立てたくなるものよ」



「そんな風をならいって言うのかな?」



「先生。そのならいって何ですか?」



「ならいとは関東地方の季節風だ。昔誰かが春北風って書いて、春ならいってルビをふっていた。良く解らないけど、そんな風だと思うよ」



そんな話をしている内に森林公園駅に着いていた。





 「俺からのホワイトデーの御返しだ。電車代はいらないよ」



「わあ、クッキーだけじゃなかったんだ」


そう……

ホワイトデーは平日だったので、皆はそれだけだと思っていたのだった。



「今日は特別に卒業生も呼んでいる。皆、川越駅で待っているはずだ」



「本当ですか? わあ、楽しみだ」


皆がはしゃぐ中で悄気る訳にもいかず、詩織は笑顔を振り撒くことにした。





 川越駅前で合流後、観光案内所で七福神めぐりのパンフレットを貰った。



まず一番の妙善寺にまで歩く。

どうせなら、楽しみながら川越の街を散策しようってことになったのだ。



毘沙門天に合掌して後は次なる天然寺だ。

其処には寿老人がいた。

その次がいよいよ喜多院だ。



暫く歩くと中院、その先に東照宮があった。





 「東照宮で思い出す物は?」



「あっ、日光東照宮」



「彼処には徳川家の墓がある。だから此処にもあるんだよ。ほら、あの門にあるのが三葉葵の紋だ」


淳一は階段の先を指差した。




「わあ、行ってみたい」



「今日は止めておこう。折角の眠りを妨げたくないだろう?」



「それもそうですね。時間もありませんし……」





 「じゃあ喜多院へ向かってゴーだ」


淳一は真っ直ぐに歩き出した。



「先生、そっちは道が」



「大丈夫だ、俺に任せておけ」



「頼もしいー」


詩織は卒業生の言葉にドキッとした。

そして気付いたのだ。

目を輝かせながら淳一を見ていることを……



詩織はその時、卒業生の魂胆を見抜いてしまったのだ。

次の瞬間。

詩織は嫉妬に狂った。

それはこれから悪夢の始まるゴングのようだった。





 でもそれだけけではない。

部員達全員の目がハートマークになっていたのだ。



三つ葉葵の門を見ながら道なりに行くと小さな池があり、赤い橋がかかっていた。



「ほらあれが泥棒橋だ」



「泥棒橋?」



「昔彼処は丸太を渡しただけの橋だったそうだ」



「解った。その橋を泥棒が盗んだんだ」



「違うよ。江戸時代、喜多院と東照宮の管轄が違ったんだ。町奉行と寺社奉行って知っているだろう?」



「確か寺社奉行の管轄に逃げ込んだ泥棒を町奉行が逮捕したのですよね?」



「おっ、良く知っているな」


淳一が卒業生を立てながら講義している。

詩織はそんな時もただただ震えていた。





 本川越駅前のスクランブル交差点を右にに折れて暫く歩くと川越市の駅が見えた。

その時、詩織はハッとした。

喜多院から先の記憶がないことに気付いたからだった。



(これから先もきっと私は……)

それは紛れもなく、ジェラシーだった。



(もう、こうなったら野球なんかに構っていられない。絶対に工藤先生を守る)

詩織はその時決意した。



じきに選抜の高校野球が始まる。

関東大会で成績の残せなかった県立松宮高校野球部は出場出来ない。



(丁度良かった。野球部のマネージャーは直美に任せて)


詩織は新たな闘志に燃えていた。





 淳一は生徒達の憧れの存在になっていることにも気付かずに、次の吟行の場所を吉見にある松山城址に決めていた。



「東松山ってあるだろ? 彼処は城下町なんだそうだ。松山城は他にも沢山あるのに松山って付くのはあまりない。俺は彼処が第二の松山になってくれたら嬉しい。松山って俳句の町だって知っているか? だから俺は俳句同好会を……あ 、もう部だったな」


森林公園入口駅近くの駐輪場で解散した後で淳一は自分の夢を詩織に話した。



「そうだね先生。早く部に昇格したことに慣れなくてはね」



「それにはまず、しっかりと勉強することだな」



「はい。頑張ります」


詩織は勢い良く言った。



(でも何を頑張るの?)


大好きな淳一を同好会員の皆が狙っているような気になって、内心穏やかではなかったのだ。





 「それでは先日の吟行で創作した句を発表してください」


何時もようにポーカーフェイスを決める。

それがやっとだった。

でも淳一は気付いてくれなかった。



淳一は何時もように句の選考を始めたのだった。



詩織はそんな淳一を見ながら、校長先生の言い付けを守らなければいけない苦しさを思い知った。



愛した人が兄だと解り、無理やり気持ちを封じ込めた日々が重なる。



(でも私は先生の奥さんなのだ。それだけで満足しなければきっとバチが当たる)


詩織は吟行句をしたためながら、部長としてやっていくことを誓っていた。





 「先生中院の枝下桜も凄かったけど、やはり喜多院だね」



「先生。確かあの時、寄居にも五百羅漢があるって言ってたでしょう? 今度連れて行ってね」



(ん? 寄居の五百羅漢だと? ありゃ、記憶にございません。あー、先が思いやられる)


皆の弾む声を聞きながら詩織は一人で悄気ていた。


卒業生だけではなく、同好会のメンバーにも淳一が取られそうで気が気でなかったのだ。






内心穏やかではないけど、詩織はポーカーフェイスに徹することにしました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ