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戀詩つづり  作者: 四色美美
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川越吟行会

川越へ行くことに決まりました。

 淳一も戸惑っていた。

生徒達に慕われるのは嬉しいけど、本当は詩織の傍にいたかったのだ。

淳一が俳句同好会の顧問を引き受けたのは、正々堂々と一緒に居られると思ったからだったのだ。



何時の間にか詩織を深く愛し始めていることに淳一が気付いた瞬間だった。



詩織の気持ちは度外視しても、淳一は並んで居たかったのだ。

だから今すぐにでも詩織の傍に行ってやりたかったのだ。

詩織のアイコンタクトは間違いなく淳一に届いていたのだった。



それでも、淳一も詩織もお互いを兄妹だと信じているとばかり思っていたのだ。



生徒達もそう思っていたようで、二人が一緒にいても平気だったのだ。



(ポーカーフェイス。ポーカーフェイス)



以心伝心とでも言うのだろか。二人共同時に自分に言い聞かせていたのだった。



そんな二人の気持ちも他の会員達は知らず、吟行は和やかなうちに終了したのだった。



その後で事前に使用許可をもらっておいた図書室へ移動することにした。





 テーブルの周りの椅子に早速腰を下ろしてもらった。



「まずこの形式だが、輪になって同座するので運座と呼ぶんだ」



「テーブルの上を見てください。小さな紙がありますね。短冊と言います。さっき吟行で作った俳句をそれに一句ずつ書いてください。勿論無記名です」



「最初なので、二句ってことにした。さっき渡したメモ用紙を参考にするように」



「書けたら折って箱の中でシャッフルしてください。そこから各自二枚ずつ引いて、この紙に書いてください」



「これは半紙を半分に切ったんだ。これに写すんだよ。それを清記と呼ぶんだ。手にした短冊の俳句を一言一言正確に書くんだ。誤りがあってもそのままで、片仮名で小さくママと書いておくんだ。そのままのママだ」


淳一の指示に従おうと皆無口になって作業に当たった。





 「書き終えたら、清記の下に自分の名前を書いておくんだ。工藤淳一清記。よしこれで終了」


淳一は書き終った紙を皆に見せた。



「此処から一となる。この二つの句が一と二だ。時計回りで番号を付けていくんだよ」



「はい。解りました」

皆一斉に言った。



「さあ、書き終えたら回すよ。その中に気に入った句があれば半紙に書き写す。そこから一番だと思う句を発表するんだ」



「それじゃ工藤先生からお手本見せて」



「俺からか?」



「だって此処に居る全員……、あっ工藤先生の妹さんは特別授業でご存じかも知れませんが……」



「えっ!? 私、そんな特別授業なんて受けていませんが……」



「聞いたわよ。例の写真の裏書き」



「えっ、何それ?」



詩織は仕方なく桜の写真をスケジュール帳から取り出した。



「前向きに生きればこその春隣り。か……」



「足の骨を折った私を勇気付けるために先生が贈ってくれたの」



「素敵な句ね。私もこんなが作りたいな」



「そうか? そんなに素敵か? 草いきれ、見渡す土手に、限りなく。草いきれって言うのは、草が熱気を持っている。みたいな夏の季語だ。これ誰のだ?」


淳一ははにかみながら選句した紙を手にした。



「あっ、私です」



「草いきれなんて良く知っていたな」



「だって、事前に勉強したもん。俳句部……ううん、俳句同好会に入ったからにわね」



「わぁーズルい。私も勉強しておけば良かった」


同好会のメンバーがため息をはいた。



それでも、何だかんだ言いながらも和気藹々と同好会の活動は終了したのだった。





 「次回の予定は日曜だ。森林公園駅には無料駐輪場があるから、其処まで自転車を走らせて川越へ行くつもりだ」



「わぁ、行きたい」

皆口々に言った。



「駐輪場だけど、行田駅前も無料なんだ。皆、どっちが良い?」



「JRだと大宮駅から乗り換えがあるから、森林公園駅の方が……」


詩織の言葉に皆頷いた。



「ただし遠いから覚悟してけよ。それでは今日は此処まで」


淳一の言葉と共に第一回の俳句勉強会は終了した。





 「私、菓子屋横町に行きたいな」


草いきれと詠んだ生徒がお喋りしていた。



「最初私、臭いキレだと思ったよ。でも熱気ムンムンのことだと知って、これで勝負しようと思ったのよ」



「勝負?」



「そうよ。でも流石に工藤先生だね。ちゃんと意味知っていたものね。人が沢山集まっている場合は人いきれって言うのよ。これかどっちか迷ったんだけど、土手だったから草いきれにしたんだ」



「それいただき」



「ちょっと待って、それじゃあまりにも芸が無さすぎるわよ」



「それじゃ、何かいい言葉ない? 私も注目されたいから……」



「あっ、それならいい本があるよ。歳時記って言うの。季語が殆ど載っているから便利よ。今じゃスマホからアクセス出来るサイトもあるから検索してみたら」


そう言いながら、彼女は分厚い本を取り出した。



「これが歳時記、へえー凄い」

彼女は早速目次を開いたようだ。



「春、初春、完明。今は暑いけど秋だから……。秋、文月、八月。あれっ、八月って秋なの?」



「そうらしいわね。次に立秋ってあるでしょう? あれが八月の七日くらいだからかな?」



「だから八月も秋にしちゃったのかな?」



「旧暦が関係していると思うのね。八月十五日が中秋の名月だからね」



「十五夜か……。あれは確かに秋だ。うん、きっとそうだね」



「それじゃ、此処からお借り致しますね。あーあ、川越楽しみだ」





 予定通りに皆自転車で森林公園駅にほど近い、陸橋下の無料駐輪場に集まった。



「他の利用者に迷惑掛けないように置いてくれよ」

淳一の言葉に皆頷いた。



「14枚綴りの土日限定の回数券を買うけど、悪いが電車代は割り勘だ。いいか?」



「先生に無理はさせられません」

誰かが言った。





 「吟行や、見上げる空に、白い月」

駅に向かう道で彼女が言った。



「ダメだよ。月は空に浮かぶ物だから、別な言葉で表現しなければ」



「ま、固いこと無しで。まだ皆俳句を始めたばからだから、高度なテクニックは無しってことにしよう」


淳一の発言に草いきれと詠んだ生徒は黙ってしまったのだった。



「多作多捨って知っているか?」



「タサクタシャ何て判るはずないでしょう?」

一人が皆にお伺いを立てるように言っていた。



「難しかったか。多作は沢山作ることだ。下手くそでもいいから、まずは俳句作りに慣れようってことだ」



「じゃあタシャは?」



「作った句を捨てることだ。自分の感性や人からの意見を聞いて、自分なりの作品を多作の中から選ぶんだ」


森林公園入口駅に向かうまでの道も講義会場となる。

生徒達は淳一の一つ一つの言葉に頷きながら、駅の構内に向かって行った。





 「昔親父と菓子屋横丁に来てな、博物館と称した店の奥で食べた経験がある。だから又其処でと思ったけど営業を辞めているようだな」


次の日曜日は約束通りに川越吟行になった。

でも食事しようとした淳一の思い出の場所が無くなっていたのだ。



仕方なく焼き芋を買い、ベンチに荷物を置いて食べることにした。



「美味しい」



「良く、栗より旨い十三里。と言うけど、江戸から此処は十三里で、川越のことだと言われていたからだよ。九里と四里を足してごらん。十三里になるから」



「だから川越を小江戸って言うのね」



「それも一理ありだな」



「先生、時の鐘もこの近くだって聞いたんだけど」



「行きたいのか?」



「行きたーい」


生徒の意見多数で、早速移動することになった。





 カメレオンオブジェの脇を曲がり、電柱のないメインストリートを右に折れると時の鐘の案内があった。

其処を左に曲がり暫く行くと、目的地に着いた。



「この先に川越薬師がある。行ってみないか?」


淳一は指を差しながら、その下を潜った。



「薬師堂、横にひっそり、半夏生。半夏生とは、天空上の黄経百度を太陽が通過する日なんだ。夏至から数えて十一日・七月二日にあたる。だから、今の季語じゃないんだ。これはその頃になると色付き始めるドクダミ科の薬草だ。白い葉の裏は緑で、半化粧とも言う。でも元々の半夏は烏柄杓と言う種類で、マムシ草に似た植物の別名だそうだ」


淳一は薬師堂の脇にある葉っぱを差して言った。



「マムシ草って何?」



「あっ、マムシ草って言うのはな、コブラみたいな姿で春に出てくる草だよ」

淳一はスマホに納められている画像からマムシ草を写し出した。



「これは秩父の真福寺って札所の近くで撮影したんだ。山の中にあるお寺だから辿り着くまでが大変だけど、行ってみる価値はあると思うよ」

淳一は少し得意になっていた。



「先生この絵馬可愛い」

でも一部の生徒は奥にいた。



「あっ、それはその二つの目で両目を現しているんだ。秩父にアメ薬師のお寺がある。其処にもあるんだよ」



「へー、工藤先生って物知りですね」



「でも又秩父ですね」



「もっと色々教えてください」


そんな言葉に浮かれて、淳一は饒舌になった。


淳一の講釈は解散するまで続いた。

生徒達は黙って聞いていた。

でもそれはウンザリと言うより、憧れの眼差しだったのだ。





 淳一は生徒達の憧れの存在になっていることにも気付かずに、次の吟行の場所を吉見にある松山城址に決めていた。



「東松山ってあるだろ? 彼処は城下町なんだそうだ。松山城は他にも沢山あるのに松山って付くのはあまりない。俺は彼処が第二の松山になってくれたら嬉しい。四国にある松山って俳句の町だって知っているか? だから俺は俳句部を……あ 、まだ同好会だったな」


森林公園入口駅近くの駐輪場で解散した後で淳一は自分の夢を詩織に話した。



「そうだね先生。早く部に昇格してくれたら嬉しいな」



「それにはまず、しっかりと勉強することだな」



「はい。頑張ります」


詩織は勢い良く言った。



(でも何を頑張るの?)


大好きな淳一を同好会員の皆が狙っているような気になって、内心穏やかではなかったのだ。






淳一が生徒の憧れの存在だと気付いた詩織だった。


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