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戀詩つづり  作者: 四色美美
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同好会発足

俳句同好会が始まります。

 高校野球が開幕した。



「我々はスポーツ精神に則り……」

緊張で震えながらキャプテンの直樹が宣誓する。

張り詰めた心意気が伝わってくる。

宣誓は希望者の抽選により決まるが、直樹は積極的ではない。

何時も兄の秀樹にやり込めらていて、無理矢理に応募させられたのだ。



美紀は手に汗握っていた。

大会歌《栄光は君に輝く》が始まる。

この後すぐ、開会式を終えたばかりの第一試合が秀樹と直樹の初舞台となる。


秀樹は大きな深呼吸をしてマウンドに向かった。



「兄貴ー! 大君! みんな頑張れ!」


美紀の応援で俄然活気付くナイン。

ガッツポーズで応えた。



でも美紀は正樹を見つめていた。

実は美紀は血の繋がりのない養父の正樹を愛していたのだった。



(あー! 何遣っているんだろ私)


美紀は慌ててグランドを見つめた。





 美紀は悩んでいた。

小さい頃から正樹が大好きだった。その気持ちは今でも変わらない。

でもどうして好きなのかが解らない。

ただ無性に甘えたくなる。

傍にいたくて仕方ない。

そして何時も言う。



「パパ大好き」

と――。

美紀は父親を愛してしまったことで悩み苦しんできたのだ。





 松宮高校野球部は三回戦で敗退した。



「現地に応援に出向いている校長になり代わり御礼を申し上げさせてください。今まで生徒達を支えていただきましてありがとうございました」


淳一は他の先生方と父兄の前で深々と頭を下げた。



「工藤も御苦労様。此処まで来られたのはその情熱のたわものだな」


淳一の言葉を聞きながら、詩織は頭を切り替えた。



「直美が頑張ってくれたからです」


そう言いながら、直美にスコアブックの特訓した日々を懐かしく思い出していた。



早稲田大学式慶応式、本当は両方共に教えてやりたかった。

でも、あまりにも短期間だったから一般的な物しか教えられなかったのだ。



詩織は直美を野球部のマネージャーにするために頑張っていたのだ。



本当は趣味の手芸をやりたいのは解っていた。

でもスポーツグラブ中心の松宮高校には文化部自体があまりなかったのだった。





 「直美ったらお返しに私にパッチワークを教えようとしてくれていたの。でも何も出来ないままで甲子園に行ってしまったわ」


淳一に呟いた。


本当は直美に伝授しなければいけなくなったことを少しやっかんでいる。

でも淳一に気遣われたくなかったのだ。





 詩織が野球好きだったことは知っている。

マネジャーを目指していたことも……

でもなれなかった。

その原因を作ったのは確かに詩織だった。

だから尚更淳一に余計な負担を掛けさせたくなかったのだ。

淳一もそれは感じていたのだった。



「この学校はスポーツ中心だからな。本当に文化部は少ないな」



「先生。クラブってどうやったら作れるのですか?」



「もしかしたら文化部を創設するつもりじゃないんだろうね。一長一短には出来ないよ」



「解っています。でも何か遣らないと、私持てあましそうです」



「自分のためのクラブか? 俺はてっきり中野直美の……」



「あの子はマネージャーを務めてもらわないと」

詩織はペロリと舌を出した。



「そうだな、まず五人以上の仲間を集めてから校長に提案するんだよ。一人一人に聞いて回ったりしなければいけないけどな。ところで一体何のクラブを作るつもりなんだ?」



「文芸部……ううん、本当は俳句部を作りたいのですが……。工藤先生は国語の教師なのだから、是非顧問になって導いてください」



「工藤、そんなに国語が好きか?」

淳一の言葉に詩織は首を振った。



「じゃ、何でだ?」



「先生がくれた『前向きに生きればこその春隣り』があまりにも素敵で胸を打ったからです」

詩織は淳一が自分にくれた俳句が忘れられなかったのだ。

だから秘かに図書館から本を借りてきた勉強をしていたのだ。



其処で目にした数々の歳時記。

その優雅な響きに心を揺さぶられたのだ。



そのきっかけを作ってくれたのは淳一だった。

だから詩織はのめり込んだのかも知れない。



「でもあの句には情景も何もないぞ」



「それでも嬉しかったのです」

詩織は素直に言った。





 好きだった。

でも淳一は兄なのだ。

母が結婚した相手の連れ子。


それだけなら良かった。

母は元カレとよりをもどしたのだ。

だから……

淳一は母が産んだ子供かも知れないのだ。

でもそんなこと、母に聞ける訳がない。



子供の頃、詩織の前では両親は仲良しだった。

仕事のために朝早くから出掛けなくてはいけない母を父はサポートしてくれていたのだ。



母は朝の情報番組でアナウンサーをしていた。

そのために保育園に送ってくれていたのだ。

だから子供だった直美でさえ父親の顔を覚えていたのだ。



学校や地域の行事も積極的に参加して楽しませてくれた。



和気藹々とした本当に穏やかな暮らしだったのだ。

だから何故離婚したのか解らないのだ。



母がカルフォルニアへ出張させられた時、詩織の面倒をみてくれた父。



もう叶わないと知りながら、よりを戻してほしいと思っていたのだった。



何故カルフォルニアで再会したのだろう?

何故結婚してしまったのだろう?

詩織は本当はまだ納得出来ないでいた。





 「校長先生教えてください。どうしたら、新しいクラブを作ることが出来るのですか?」


二学期早々、一応校長先生にお伺いをたてる。

それが常識だと思っていたからだった。



その結果、同好会から始まり内容次第でクラブとして認められることが解った。



「工藤、とりあえずみんなに声だけは掛けておいた方がいいぞ」



「そうですよね。まず帰宅部からアタックしてみます」


詩織の言った帰宅部とは、部活動を何もしていない生徒のことだ。

何かに入りたくても松宮高校には魅力的な部がなかったのだ。

だから、そのきっかけになればいいと思っていたのだった。





 そして……

いよいよその文化部の発足の日になっていた。

新文化部は予定通り俳句同好会となった。



目的だった五人は軽くを超えたけど、まだ部にするのは早いと判断されたからだった。



それでも内容次第ではすぐにでも俳句部にしてくれるそうだ。

詩織の努力が身を結んだ証拠だった。



顧問は当然のように淳一があたることになった。

実はこの淳一がかなりのイケメンで、女性徒のハートを鷲掴みしていたのだ。

だから、入会希望者が続出したのだ。



これは計算外だった。

詩織は同好会の活動最中に嫉妬に狂うかも知れないのだ。



詩織は知らぬ間に、淳一を深く愛してしまったのだった。

兄妹かも知れないのに……





 最初の活動は吟行となった。

俳句作りを楽しみながら学ぼうとの淳一から提案だった。



其処は高校脇にある砂利道のランニングコースだった。

だから淳一は其処なら許可が下りると踏んだのだった。





 「この川の土手を見てごらん。今は花はないが、春には菜の花やカラシ菜の花も咲く。足元にある小さな花にも季語があるんだ」



「先生、講義はいいから早く作り方教えて」



「えっ、俳句の作り方も知らないで此処に入ったんか?」



「全く、先生には冗談も通じない」



「えっ、あ、そう言うことか? 大人をからかうもんじゃない」



淳一はそう言いながら、葉書大の用紙とクリップの付いた鉛筆を渡した。



「これに浮かんだ句を書き留めておくんだ。後でその中から発表してもらうからな」



「えっー、初っぱなからですか?」


ブーイングでも起こりそうな雰囲気だったが、結局何だかんだ言いながらも和やかなうちに第一回の吟行は進行して行った。





 「工藤先生。此処にタンポポが咲いてます」



「タンポポって春に咲く花だと思ってましたが」



「今は年がら年中だな。実は昔のタンポポとは種類が違うんだ。これはアカミタンポポみたいだな」



「アカミタンポポ? 先生母からセイヨウタンポポの話は聞きましたが……」



「セイヨウタンポポもアカミタンポポも昔あったカントウタンポポを侵食して行ったんだよ。ほら、ガクを良く見てごらん。反りかえっているだろう。カントウタンポポのは花に密着するように咲くんだ。今ではあまり見られなくなったな」



「先生。白いタンポポもこの頃良く見られますが、あれもセイヨウタンポポなのですか?」



「あれはシロバナタンポポって種類らしいよ。確かウスギタンポポってのもあって、シロバナタンポポに良く似ているらしいな」



「先生。タンポポに詳しいんですね」



「大学時代の友人に詳しいのがいるんだよ。その受け売りだ」



「持つべき者は、ですね? あれっ先生。これさっきのタンポポと違いますね?」



「あっ、それがセイヨウタンポポだ。花の上が赤みかかってないだろう?」



「本当だ」



「先生。帰り花って、タンポポには当てはまらないってことですか?」



「おっ、良く勉強してるな。その通りだ。帰り花や戻り花は春に咲く花が秋にも咲くことなんだ。タンポポは冬以外殆ど咲いているからな」





 「帰り花より戻り花の方が綺麗な気がするね」



「捉え方とニュアンスの違いだな。句には季重なりってのがあって、あまり好まれないようだ。例えば秋に菫が咲いていたとする。菫だと解ってほしくて、ついつい菫の戻り花って詠みたくなるだろう? それを書かずに表現しなくちゃいけないんだ。でも君達はまだ始めたばかりだ。素直に表現するのが一番だと思うよ」



「そうですね。最初から形式ばかりにとらわれていたら、個性がなくなりますね」



「その通りだ。さあ、君達の個性を存分に発揮してくれ。今から自由時間だ。でもあまり遠くに行くなよ」


淳一の合図で詩織は歩き始めた。

でも殆どの会員は淳一の傍にいた。



「どうした?」

淳一が困ったような声を出した。



「私達は素人なのよ。もっと先生から俳句の知識を聞きたいの」


一人が言うと皆頷いた。



(しまった。私も彼処に居ればよかった)

それを聴いていた詩織は自分の行動を悔やんでいた。

それでも今更戻れるはずがない。

詩織は仕方なく、土手に咲く小さな花を見ることにした。



それは韮の花だった。



(へー、もう咲いているんだ)


本当は淳一のことが気にかかる。

でも冷静でいようと努力しているのだ。

本当は韮の花どころではなかったのだった。



(工藤先生私を助けて。此処に来て……)


詩織は皆に気付かれないようにそっと淳一にアイコンタクトを送った。






詩織にとって波瀾万丈な幕開けだった。

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