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戀詩つづり  作者: 四色美美
2/14

工藤淳一の秘密

送ってきたマンションは自分が住むはずの場所だった。

 「ごめん。これしか売っていなかった」

淳一はそう言いながら三個入りの紙オムツを詩織に渡した。

その時、写真が落ちた。

慌てて淳一はそれを拾った。



良く見ると《前向きに生きればこその春隣り》と書いてあった。



「あっ、これは校庭の桜なんだ。根元に咲いていて可愛かったから……」



「思わず撮影したってことですか? 工藤先生ってロマンチストなんですね」


詩織の指摘に淳一は思わず顔を赤らめた。



「これを頼むにどんなに恥ずかしかったか解るよ。だから誰にも言わない。もし体に傷が残ったとしても……責任は俺が取るから」



「責任って? 確かさっきも……」



「結婚ってことだ。卒業したら、俺がもらってやる。いや、違うな。俺は君に惚れた。だから俺と付き合ってくれないか?」



「そんな……私にだって選ぶ権利はあるのに」



「解ってる。それでも、結婚することを前向きに考えてくれよ。勿論、誰にも内緒だよ」


詩織は淳一の言葉に頷いていた。



「勿論私が高校を卒業したらですよね?」



「そのつもりだけど」



「だったら大丈夫。絶対に治してみせる。だから心配しないでくださいね」


詩織はこの時、本気で淳一の負担を軽くすることを考えていたのだった。

勿論、淳一との結婚は嬉しい。

詩織は、淳一がプロポーズしてくれたのだと考えていた。



でも今回の事故の責任を淳一が背負うことはないと思っていたのだった。





 実は淳一は自分の発言に驚いていた。


そしてそれによって、何故事故が起こったのかを思い知らされていた。



朝自転車置き場で詩織に会った時から、それが何なのかも知らないで浮かれていた。


その思いにやっと今気付いたのだ。


それは紛れもなく恋心だったのだ。



淳一は校庭に咲いていた桜の写真を撮っていたのだ。

何故それが気になったかと言うと、木の根元に花が咲いていたからだった。



(みんな生きているんだな)

淳一は感動していた。



その後で自転車置き場でおしゃべりしていた詩織に惹き付けられてしまったのだった。





 詩織は自分の不注意を悔やんでいた。



《前向きに生きればこその春隣り》は本当は晩冬の季語だ。

それでも敢えて写真の裏にそれを書いた。



淳一は自分の思いを伝えようとプリントしてくれていたのだった。


健気に生きる桜。

その姿を詩織に見てもらいたかったのだと思った。





 淳一に送られてマンションの前に着いた時には夜になっていた。

その時詩織は淳一の怪訝そうな顔を目にした。



「どうしたのですか?」


詩織の発言に淳一はハッとしたようだった。



「この鍵だけど……もしかしたら、君のお母さん最近結婚してない?」



「はい。工藤って方と……、えっもしかしたら」



「どうやら俺の親父らしい」


工藤淳一はそう言いながら、自分の財布から鍵を取り出した。



――ガチャ。


驚いたことに淳一の所持していた鍵で、玄関が開いたのだ。



「君のお母さんはテレビ局の仕事でカルフォルニアに行って親父と出会ったんだよ」



「お父様は何をなされているのですか?」



「フリーのジャーナリストだ。カルフォルニアでの代理母の事情を調査していたんだよ」



「はい? 何ですか、それ?」



「代理母ってのは、子供の出来ない人の子供代わりに産むサービスだ。カルフォルニアでは盛んらしいんだ。親父は《あの人は今》ってコーナーを任されていて、だからアチコチ飛び回っているんだ」



「ああ、それで再会した訳?」



「君のお母さんも確か担当になったとか聞いたけど……」



「はい。今度特集があって、行かされました」



「さっきの言葉だけど覚えている?」



「はい」


詩織には『責任は俺が取る』発言の撤回だと解っていた。



「君との約束、守れそうもない。もしかしたら俺達は本当の兄妹かも知れないから……」



(工藤先生もそう思ったのか……)


仕方なく頷いたら、涙が詩織の頬を伝わった。



(あれっ、私なんで泣いているの?)


本当は詩織には解っていた。

淳一に恋をしていることを……

だから淳一の『俺達は本当の兄妹かも知れないから……』の発言に戸惑っていたのだ。





 (会心の一撃って言うのかな?)


本当は戸惑っていた。

まさか詩織が妹になる存在だとは知らずにトキメイてしまったからだった。



会心の一撃と言うのはクリティカルヒットの直訳で、止めの一撃なのだ。



淳一は本気で詩織に惚れてしまっていたのだった。





 マンションには淳一の部屋も準備されていた。


それは、淳一の父より送られていた二つ目の鍵が証明していた。



――ガチャ。


淳一はおもむろに其処を開けた。

そしてそのまま部屋に籠ってしまったのだった。



淳一はどうすることも出来ず震えていた。

そんな姿を詩織に見せたくなかったのだった。





 なかなか部屋から出て来ない淳一に、詩織は不安になっていた。

実は詩織は入学式の時点で既に淳一にトキメイて、好きになっていたのだった。



(工藤って名前だけじゃなかったのかも知れない)


詩織はただ震えていた。





 そんな時マンションに直美が訪ねて来た。


淳一のこともあるから詩織は気が気でなかった。



その時、淳一が部屋から出てきた。



「どうして此処に工藤先生が?」



「実は、俺達は兄と妹なんだ。コイツがこんなになって歩けないから、明日から俺が一緒に通学することにしたんだ」


淳一は口から出任せを言った。



「本当なの詩織?」


直美の言葉に仕方なく頷いた詩織だった。





 「でも詩織。昔の名前は……」



「先生、直美は私の保育園時代からの親友なの。だから本当のことを話さないと……」



「あっ、そう言うことか。それが……さっき送って来てから兄妹だったと知ったんだ」



「何それ?」



「あのね直美、驚かないで聞いてね。母が再婚した相手が、先生のお父さんだったの」



「えっー!?」



「学校には兄妹だってことにして暫く送り迎えすることに決めたんだ。それだからよろしく頼むよ。怪我をさせてしまったのは俺だからね」



「だから、責任持って送り届けるってことね。詩織は工藤って名前だったから先生に興味が湧いたらしいの。でも、まさか……」


直美は淳一と詩織の顔を何度も見比べていた。




 「ところで詩織。あの学校スマホ持ち込み禁止なんだって、知ってた?」



「あっ、それは生徒会で決まったことらしい。だけど、実際には持ち込み禁止までにはなっていないようだよ。噂が先走りしているようだな」



「えっ、どう言うこと?」


二人同時に言った。



「授業中にゲームやメールだけじゃなく如何わしいマンガを読んでいる生徒達もいて……」



「つまり脅しですか?」



「そういったとこだと感じたけど……ヤバい。俺から聞いたって言わないでくれよ」


淳一は両手を顔の前で合わせた。



「ところでその生徒会の会長は誰なの?」



「詩織野球部のマネージャーになりたがっていたでしょう。その野球部のキャプテンなのよ」



「でもこの足じゃ……」



「マネージャーは無理か?」


直美の言葉に詩織は項垂れた。



「あっ、そうだ直美。私の代わりに野球部のマネージャーやらない?」



「えっー!?」


直美は思わず叫んでいた。





 生徒会としても多くの生徒の反感をかうのは必至だから、携帯電話の類いを学校に持ち込み禁止にはしたくなかった。



それでも渡り廊下や教室の移動時の歩きスマホや授業中のゲームや十八禁マンガなど、目につく行為をしている生徒を野放しにはしておく訳にはいかなった。

生徒会が声を上げることで自粛に繋がれば良いと考えた結果だったのだ。



スマホの持ち込み禁止の噂は予想以上の効果をもたらせたのだった。



そう……

あくまでもそれはデマに近い情報だったのだ。





 生徒会は会長一名。副会長二名。書記二名。会計二名。会計監査二名の合計九名で成り立っている。



四月のオリエンテーション。

五月の球技大会。

六月の生徒総会。

六月と七月のインターハイと呼ばれる、高等総体強化育高校学校総合体育大会。

九月体育大会。

十一月文化祭。

合唱コンクール。

マラソン大会。


それらの行事を遂行するのが生徒会の役割だったのだ。





 「ところで直美、頼みがあるんだけど。図書館に行って本を借りて来てくれる?」



「どんな本?」



「野球のスコアブックの付け方ってのがあれば良いのだけど……あっ、後は適当に見繕って」



「解った。明日持って来るね」

直美はそう言って、家路に向かった。





 でも直美は早速本を買って戻って来た。



「えっー!? 買ったの」

これには詩織も驚いた。



「詩織の言いたいことは解ってる。私にマネージャーをやらせたいんでしょ? だったら買うしかないって思ったの」



「直美……アンタって子は」



「さぁ、始めるわよ。詩織、何時までも泣いてないの」



「だってアンタ。手芸部作りたいって」



「うん。今でもそう思ってる。でも詩織の一大事だもん。私が代わるしかないと思ったの」


詩織は直美の言葉に泣いていた。





 詩織は早速その本で特訓を始めた。

直美の行為を無にすることは出来ないと、涙を拭いたのだ。



「ねえ直美、本当に良いの?」

それでもまだ詩織は迷っていた。



「工藤らしくないぞ」

言ってしまってからハッとした。

淳一は詩織のことを何も知らなかったのだ。



「先生ったら、詩織のこと何も知らないクセに」

直美は笑っていた。



「あ、それは認める。実は卒業後アメリカで取材中の工藤のママに会ってきたんだ。だからかな?」



「えっ、ママに。私も会いたかったな」



「あ、そうだった。その時あの鍵を渡されたんだ」





 「盛り上がっている時に釘を刺すつもりはないのだけど、そろそろ時間が」



「あっ、ごめんね。そうそう、この頁これに写して」


直美は買って来た本に載っているスコアカードの記号早見表を渡された黄色のチラシの裏に書き出した。



縦八行横九行の折り線は詩織の手による物だった。

詩織は最初、このようにして覚えてきたのだった。



早速出来上がったそれで特訓を始めた。



「ねえ直美、本当にそれで良いの?」



「まだ言ってる。決意が変わらない内にやろうよ。『私も男だったら入りたいんだけどね。何しろ此処は野球部強化のために凄腕のコーチを雇ったそうだからね』って言ったでしょ?」



「あれは?」



「だって詩織は小さい頃から野球好きだったでしょう? だから私も何となく興味を覚えていたのよ」


直美の本気さが詩織に伝わり、思わず目頭が熱くなる。

でもその時、外は暗くなっていた。



「あっ、これだけ覚えておいてね」


そう言いながら詩織はせっせとペンを走らせ、それを直美に渡した。



そのメモにはグラブの手入れ方法が示してあった。



「グローブやミットを使用したら、柔らかい布で汚れを落とした後でレザーオイルを薄く塗るの。夏場は中に塗れば臭い防止にもなるの。でも重くなるから、付けすぎないように」



「それは何時やるの?」



「練習後やプレイ終了したらなるべく早く……試合開始前にやると色々と影響出るから」



「解った。後でメモしておいてね。それじゃ、私はこれで」


直美は言うが早いか、鞄に資料を詰めてマンションを後にした。





 「工藤は野球少女だってママが言ってたけど、本当だったな」



「そうよ。でもママはアナウンサーだけどリポーターもしていたから、少年野球団にはパパが付いてくれていたの」


そう言いながら詩織はハッとした。

母親の再婚相手の息子である淳一に父親の話しをしてしまっていたからだった。



「入学式に来ていた人がパパなんだろう?」


淳一は詩織の頷く姿を見ながら確信した。あの時から詩織を意識していたことを……



(やっぱり、俺はあの瞬間に恋に落ちていたんだ)


それは辛い、二人にとって本当に哀しい結末になるかも知れない恋の始まりだった。



淳一はカルフォルニアを訪ねた折りに二人が以前交際していたことを聞いていたのだ。

だから、もしかしたら詩織が本当は妹ではないのかと考えていたのだ。

まだ会ってもいなかった時から……






野球部のマネージャーは幼稚園からの知人に任せることになった。

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