表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戀詩つづり  作者: 四色美美
14/14

俳句部の未来

最終章です。

 第21回松山俳句甲子園の兼題は4月5日に発表される。

参加申し込みをフォームよりエントリーすることからこの挑戦はスタートする。

出場者全員のリストは5月9日。

オーダー用紙は5月11日。

特別推薦枠記入用紙は5月15日。

それぞれ正午までの受付だ。



一チームの5名全員がそれぞれ3句制作し、対戦オーダー用紙に必要事項を記入する。

〆切までにはまだ日はあるけど、ゴールデンウィーク明けには提出しなければならないのだ。



それでも新入生をメンバーに加えることを考えていた。

今の15名の部員は詩織のライバルでもあったからだ。



淳一との秘密の関係を打ち明けられない以上、詩織はこれからも嫉妬にまみれた高校生活を送らなければならないからだ。

結婚はしてはいても……

詩織は未だに、淳一を取られてしまわないかと怯えていたのだ。

実は婚姻年齢を現行の16歳からを18歳にする案がある。

だから余計に怖いのだ。



幾ら俄に詰め込んでも、所詮素人で終わってしまうことなど考えてもいなかったのだ。

詩織には辛い一学期が開始されようとしていた。





 「陽炎は絲遊とも言う。でも事務局では、季語そのまま使用することを推奨している。だから硬く考えるな」



「先生。石鹸玉も季語だったんですね。でも春より夏って感じですが……」



「そうだな。石鹸玉もたまやや水圏戯などと呼ばれている。実は風船も風車もブランコも春の季語なんだ」



「えっ、嘘」



「ほら、此処に書いてあるだろう? この歳時記は花鳥諷詠と言って松山出身の高浜虚子が記した物だ。学生時代の恩師の形見で俺が持っている唯一の物だ」



「ボロボロですね」

中を開きながら部員は言った。



「破くなよ。弁償してもらうからな」



「えっー、やだ」

慌てて部員は手を引っ込めた。



「嘘だよ。もうこの本は買いたくても買えない。だから大切に扱ってほしいんだ」

淳一はそう言いながら部員達を見回した。



「鞦韆はブランコのことで、ふらここや半仙戯とも言うんだ。今歳時記は増殖している。だけど俺は恩師から受け継いだこれで勝負したかったんだ」



「もしかしたら、全ての物に季語があったり……」



「そうかも知れない。だからこそ季語は大切にしなくていけない。だから皆気持ちを引き締めて頑張ろう!!」



「おぉー!!」


淳一が活を入れると、皆拳を上にかざした。





 「花鳥諷詠論を唱えた高浜虚子は俳句誌ホトトギスの経営者だった。事務所は東京の丸ノ内駅前ビルの中にあったんだ。関東大震災の後、虚子は鎌倉から横須賀まであるいたそうだ」



「凄い!!」



「それだけ熱心だったんだな。君達もそのくらいの意気込みがほしい」



「でも先生、丸ノ内に行くのに横須賀ですか?」



「船だよ、船」



「駄目だよ船でも。だって大地震の直後だよ。海だって危ない」



「そうだな。その通りだ。でも虚子は船を選んだ。鉄道は壊滅的被害を受けていたし、徒歩で行くには遠過ぎた」



「いずれにしても、その情熱は凄いですね」



「君達にその情熱を受け継いでほしいんだ」



「先生、結局そこですか?」

生徒が笑い出した。



「何故こんな話をしたかと言うと、虚子って人は女流俳人の育ての親だからだ」



「えっ!? 歳時記だけじゃなかったなですか?」



「『天地宇宙に運行』これが高浜虚子が目指した境地だ」



「天地宇宙にウンコウ?」



「自然界に呼吸を合わせ、万物の持つ力に自分を委ねる。それが虚子の目指す俳句理念だ」



「益々凄い。けど解らない」



「先生、私達に出来ると思っていますか?」



「君達なら出来ると俺は信じている。だから付いてきてほしい」



「先生がそう言うなら、私達は信じて付いて行きます。ね、部長」

いきなり振られて詩織は焦った。



「あれっ、もしかして先生だけの考え?」



「あっ、そうだ。まだ、し……部長には言ってなかったんだ」



「先生、もしかしたら普段は呼び捨てですか? 確か今、しって聞こえましたが?」



「妹なんだ悪いか!!」



「別に構わないけど、言い訳と言い直しが怪しい」

生徒の鋭い突っ込みが入った。



「なんて冗談。全く先生ウブなんだから」



「冗談?」



「先生が詩織って呼び捨ているの知ってるし、妹なんだからね」



「そう、もうこの際呼び捨てOKってことに」



「本当か?」



「でも先生、部活以外はダメですよ。誰かに誤解されるかも知れませんから」



「そうだな。確かに部活は講義に力が入るから知らずに呼び捨てになってるな」



「先生。何言ってるの」



「あはは……、部活でも言ってませんよ」



「カマ掛けたら当たっちゃったみたいですね」

その発言で部員達は大笑いを始めた。

その日、部活の会場となった図書室には何時までも笑い声で溢れていた。





 部員達は翌日も図書室に集まっていた。



「それじゃいくぞ。皆、多作多捨忘れるな。ドンドン作ってドンドン捨てよう。でもタダで捨てるな。自己判断は止めて、皆でその句を評価し合おう。その中に光る作品もあるかも知れない」



「自分で見極めないでグループで皆で考えろってことですね?」



「そうだ。その通りだ」



「先生。このグループで決まりですか?」



「出来れば此処に居る15名全員連れて行きたい。だから、一人の脱落者のないように頑張ってくれ」

淳一は叱咤激励した。



「この前も言ったかも知れないけど、言葉の無駄使いを無くしたら、情景も入れられる。僅か17文字だけど、個性を活かした作品にしてくれ」

淳一はそう言いながらホワイトボードに向かった。



「兼題の3つの季語と5つのテーマ。まずはこれでいこう。15分で出来るだけ多くの句を作る。はい、始め」

淳一の合図で皆短冊に向かって鉛筆を走らせた。



「皆ごめん。俳句部は始まったばかりだから部費はあまり貰えそうもない。今はこのチラシの短冊とメモ帳で許してくれ。今積み上げて行かないと、名句を作ろうと思っても作れない。まずは下手くそでもいいから575で作るトレーニングだ。考え過ぎず、俳句作りに慣れることだ。何時も言ってることだけど、大量に俳句を作って俳句を生み出すことに慣れてくれ」

淳一と俳句部員との死闘とでも言うべき、挑戦が始まった。



「パッと思い付いたものをパッと詠む。多くの俳句を作ること、それが大事なのだ。沢山作って沢山捨てて、その中で良いものを残していく。それが君達一人一人の基礎になってくれたら嬉しい。だから頑張ろう!!」



「はい!!」

生徒全員が拳を振り上げた。





 松山俳句甲子園の予選会に向かっての特訓は続くことになる。



「き、って解るか? 下に続く言葉を引き立たせる言葉だ。俳句はこのように一つ一つの言葉が重要なのだ」



「先生。やや、かななどの切れ字は一緒にしない方が良いのでしたね?」



「その二つが使われている句もあるけど、出来れば避けた方が良いな。やは前の言葉を強調する切れ字だ。かなは詠嘆だからな」

淳一の言葉を生徒達は受け止めたようだった。





 「本番は紅白の布を掛けた長テーブルで、5人ずつの対抗戦だ。お題を元に俳句を作成して、5人の審査員が紅白の旗で勝敗を判断するんだ。丁度いいな。はい、何時ものチームに別れて」



「えっー、もう」



「善は急げだ」

淳一の合図一つでテーブルの前後に分かれる生徒達。



(これなら勝てる)

淳一は直感した。



「目の前の短冊から自分の一番だと思う句を選び、その中からチームの句を選ぶ。今から10分間だ。はい、始め。本番ではその句を批判し合う。それを今からやってみる。君達が雰囲気に慣れるが重要だからな」

淳一の言葉には気合いが入っていた。

部員達はそれを察し身を引き締めた。

松宮高校俳句部は淳一の指導で成長したのだ。





 自宅に戻りフレーバーティーを楽しみながら淳一を支えていく決意をした詩織。



「成長しましたね? 始めた頃が懐かしいです。何だか皆に先を越されているようで……」



「もう越されてるよ。俺は皆に追い越された。だからもっと勉強しなくちゃいけない」



「もしかしたら……。あっ、それで高浜虚子ですか?」



「そうだ。調べてみたところ、虚子は現在の俳句界の元を作ったと言ってもいい人だった」



「先生の歳時記、宝物ですね」



「そうだな。あれがなかったらここまで本気になれたかだな?」



「全部先生の力だと思います。運命的な何かの……」



「運命的か?」



「そうです。母と先生のお父様との出会いだって、私と美紀さんの出会いだって……」



「美紀さんか? 本当にあの父娘には……、あれっもう夫婦だったな。校長室で会話を聞かなければ、今の俺はなかったな」



「もしかしたら盗み聞き?」



「しっ。声がでかい」

淳一の言葉に詩織は一瞬縮こまった。



「って……リビングなのに。本当、美紀さんどうしているかな?」

それでも詩織は幸せに暮らしているであろう美紀に思いをはしらせていた。





 「シクラメン、お絵かき帳に、力作す」



「えっ!?」



「言っておくがシクラメンの季語は春だ。まだあるぞ。素顔見て、北窓開ける、ダイニング」



「益々解らない」



「折り句だよ。頭の文字を繋げると?」



「頭の文字? うーん。シクラメンのし、お絵かき帳のお……あっ、し、お、り、す、き、だ」

瞬間的に、詩織の目が潤んだ。



「そうだよ。俺は詩織が大好きだ。だから付いてきてくれるか?」その言葉に詩織は泣きながら頷いた。





 「俺は本気で東松山を第二の松山にしたいと考えてている。俺と一緒に頑張ってくれるか?」



「勿論です。だってせ……淳一さんは私の旦那様ですから」



「初めてだな。俺が催促しない時に淳一って言ったの。せ……が気になるけど」

淳一の言葉に肩をすくめながら詩織は舌を出した。





 「何年か前、東松山市と吉見町が合併する話が裁ち切れになった。本当に残念と俺は思っていた。だって、松山城址は吉見町にあるだろう?」



「もし合併していたら東松山市じゃなくなっていたのかも」



「案としては比企市とかもあったそうだ。松山城を納めていたのが比企氏だったそうだから」


「ああだから比企郡なのね?」



「でも俺はやはり東松山市で良いと思う」



「先生、私達でもっと盛り上げましょうよ」



「あれっ、又先生か?」

淳一は苦笑しながら詩織を見つめた。



(どんなことがあってもお前を離さない)

淳一は強く決意した。



順風満帆の時は傍にいるだけでいい。

でも、そうでない時は二人で乗り切って行こう。

顧問と部長の二人三脚で俳句甲子園ばかりではなく松宮高校俳句部を轟かせたい。

二人の思いは一緒だった。

淳一と詩織は松宮高校俳句部を背負いながら共に歩んで行くことを誓った。





 「先生。心配じゃないの?」



「ん?」



「折り句なんか教えて……秘密の暗号……」



「えっ、もしかしたら?」



「うん」

詩織は笑いながら頷いた。

それは詩織が武器を得た瞬間だった。

縦読みだけだった秘密の言葉の会話。

今度は部室でも成り立つからだった。



「嬉しい。淳一さんと秘密の会話が出来るなんて夢みているみたい」



「夢なんかじゃない。俺は何時だって詩織だけを見つめてる」

折り句を教えた本当の意味は詩織との詩織との愛の時間を作るためだったのだ。



どちらからでもなく唇を重ね合わせる。

それは同士から夫婦に戻った瞬間だった。





完。






これから俳句部の未来が始まる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ