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戀詩つづり  作者: 四色美美
11/14

松山俳句イベントに向かって

松山俳句イベントに向けての特訓が始まります。

 「まず基礎からだ」

淳一は図書室に入るや否やホワイトボードに向かった。



「先生。それだったら卒業生の前でやりましたが……」



「おさらいだと思ってくれ。類想類句ってのがある。一つのテーマや題に対して似たような発想のもとに同じような表現で詠まれた句のことだ。これは後で付け加えるが、今日は俳句用語だ」



「議題、季語、季の詞、季詞、乙字?」

淳一の書いた通りに部員は読み上げる。



「季語は季節を表現する言葉だ。以前は季の詞とか季詞と呼んでいた。明治42年に大須賀乙字が初めて『季語』を用いた」



「乙字って人の名前だったのですね?」



「ああ、そうだ。乙字は『季感象徴論』の中で『季語は俳句となって作者の情意活動を融合し、季節の情趣を表す。従って俳句を離れて季節は存在しないとする』と書いている。現在は議題と同じ意味だ」



「季語は?」



「乙字の『季感象徴論』に従えば『作品を離れれば季語も全て季題である』そうだ」



「季語も季題も同じ意味みたいですね」



「そうだな。同じ季語や季題を使っても人其々だ。同じ俳句にはならないけど、同じような俳句にはなる。だから季感が大切なんだ」

淳一が熱弁を振るうには訳があった。

淳一は夏休みに行われる俳句イベントへの参加を視野に入れていたからだ。





 「先生。又何か企んではいませんか?」

生徒の鋭い突っ込みが入った。



「バレたか」

淳一は頭を掻いた。



「えっ、何がバレたの?」

訳の解らない生徒はキョトンとしていた。



「どうせ又何かをやらかすつもりなんでしょう?」

生徒の発言に覚悟を決めた淳一がいた。



詩織はドキンとした。



(まさかとは思うけど、自分との仲を打ち明けてしまったら……)

詩織は気が気ではなかったのだ。





 「正式名称を、全国高等学校俳句選手権大会と言う。これが松山俳句甲子園だ」

淳一はホワイトボードの前に立って、これから進もうとしている道を皆に説明しようとしていた。

それを見た詩織はホッと胸を撫で下ろした。



「松山俳句甲子園?」



「そうだ。この高校は去年甲子園に出場を果たした。今年も頑張ってくれるだろう。だから俺達も目指さないか?」



「でも……そもそも何で俳句甲子園?」



「ま、所謂高校生の大会だからかな? 昔テレビでやっていたダンス甲子園みたいな物だ。去年が確か19回だと思う。それだけ歴史のある大会なんだ。平成十年が第一回大会だった。でも参加したのは地元の高校だけだったらしいがな。」



「へぇー。もう一つ俳句の甲子園があったんだ」





 「もう一つと言うと、全国学生俳句大会か?」



「ホラ、先生が俳句イベントだって言っていたでしょう? ネットで検索したらそれが出てきたの。全国学校対抗俳句の甲子園って書いてあったから、このことかなって思っていたの。だからてっきり……」



「確かそっちも5人1組だったな。なぁ皆、ドッチが良い? 俳句甲子園は去年大々的にテレビに取り上げられたから、きっと参加チームが増えると思うな」



「俳句の甲子園も似たり寄ったりじゃないのかな?」



「じゃあ、松山俳句甲子園に向けて頑張るぞー!!」

淳一は拳を高く上げた。



「って、俺だけか?」



「………………」

淳一に勢いに負けて、部員達は押し黙ったままだった。

でもその後で、示した合わせたように笑い出した。



「先生解ってないな。確かそっちは夏のイベントじゃなかったような……」



「あっー、そうだった」



「もう、先生の慌て者」



「そうだったな。それじゃ、二つとも出場出来るようにするか。こりゃ、益々スパルタでいかないといけないな」



「うぇー、やぶ蛇だったか」


生徒達は笑っていた。

最初は淳一の意気込みに尻込みしていた。でも次第に遣る気になっていたのだった。

本当は大好きな淳一と共に頑張りたくなっていたのだった。



淳一は憧れと言うより、恋愛の対象だった。

年老いた定年間近な教授とは違い淳一は若かったのだ。





 「それじゃ始めるぞ。まずはメモ作りだ。前にあるチラシを折ってくれ」



「あっ、嵐山の時のメモですか?」



「そうだよ。まず白い方を下にして二つに折る。それを後二回繰り返すんだ」



「先生、パチンコのチラシばかりですね」



「悪いか? 裏の白いチラシってのは、それくらいしか無くてな」



「違うよ先生。高校生はパチンコ出来ないから目の毒なんです」



「あっ、悪かった。好きなタレントなんかが収録に来ても店の中に入れなかったんだったな」



「あっ、本当だ。このコンビ昔好きだったんだ。へー、今もやっていたのね」

それから暫く、暫くタレント談義が続くことになった。



「おいおい、何時までやってる? 次行くぞ」

淳一の声に皆のお喋りは止んだ。



「次は二つ折りの状態に戻してからさっきとは別な方向に折り直すんだ」



「先生、出来たよ」



「よし、次は又二つ折りに広げて和の部分に鋏を入れる」

淳一はそう言いながら、繋がっている側の真ん中まで切った。





 「これを広げて畳むとこうなる」



「あっ、あの時のメモと同じだ」



「ツルツルの紙はボールペン用だけど、ざらざらのは鉛筆でも書けるから裏の白い紙があったら作ってみてくれ。短冊は別に用意する。これは纏めてメモにするんだ。これなら何処へでも持って行けるだろう?」



「でも先生ケチだね」



「メモなんて買えば済むのに……」



「それ言ったらお仕舞いだよ」

詩織がフォローした。



「俺の親父はフリーのジャーナリストなんだ。新聞などにめぼしい記事を見つけると切り抜いて貼るんだ。『イチイチメモらなくて済むし、間違いないから』って言ってた。時間の節約にもなるから一石……あ、止めておこう」



「一挙両得ね?」



「あぁ、そうだな。チラシだって入念に目を入れる。俺は傍で親父が渡してくれたチラシの裏に絵を描いて遊んでいたんだ」



「先生にとっては思い出の物だったね。その折り方も教えてもらったんだ」



「いや、違う。これは深谷のチラシを見たからだ。フラワーフェスティバルってのに折り方の説明があったんだ」



「そのチラシを持ち運べるようにした訳だ。それに短冊とは違い残して見直せる。凄いアイデアだね」



「それを活かす先生も凄い」

何時の間にか淳一は、ケチなのではなく物を大切にする節約家だとなっていた。





 「俳句を作る上で一番大切なのは季語を信じることだ。それと言わなくても判ることは書かないことだ。俳句は世界一短い文学作品だ。芸術だと言っても過言ではない。俺達はそんな領域に足を踏み入れたんだ。其処を忘れてないでくれよ」

淳一は何時になく、熱弁を奮っていた。



「それから、これはとある人の意見だ。『俳句は季語に語らせろ』って言ってた」



『季語に語らせろ? 先生、これも季語を信じることに繋がりますね」



「その通りだ。だから季語を大切にして、その意に沿うことだ」



「意に沿わないと?」



「きっとチグハグな句になるな」



「そんなのイヤだな。先生私、いい句を作って甲子園を目指したいです。だから教えてください」

一人が言い出したら、皆も同調して手を挙げた。



「でも、その前に言っておく。さっき俳句は季語に語らせろって言ったけど、本当に語っちゃ駄目だ。状況説明になるからな」



「解っているよ、先生」

部員達は力強く言った。





 「勝敗の行方は、俳句の出来映えと議論の内容で決まる。だからそれだけの知識を身に付けなければいけないんだ」



「ありきたりな句じゃ駄目だってことですね?」



「言葉の無駄使いを無くしたら情景も入れられるから、各々で努力してみてくれないか?」



「解りました先生。これからもご指導お願い致します」


部員達は淳一に向かって頭を垂れた。

部員達は俳句の面白さに気付き始めたのだ。

だから頑張ってみる気になったのだった。





 「去年の季語は……、第20回松山俳句甲子園の兼題が4月5日に発表された。春の天文からは陽炎。人事からは石鹸玉。夏の時効からは立夏になる」

淳一はホワイトボードにメモしてきた物を書き移した。



「平成27は18回で兼題は菜の花だった。でもどんな季語がきても魚籠ともしない土台を作ろうじゃないか?」

部員達は淳一の呼び掛けに頷いた。



「じゃ始めるぞ。テーマ詠みからだ。5つの季語と4つのテーマ。それを短期間でさっきのメモに書いてみてくれ。時間は20分だ」

淳一の合図で部員達は一斉にテーブルに向かった。





 「瞬発力で句を作るんだ。多くの俳句を作ることに俳句の基礎がある。パッと思い付いたら即行で詠むんだ」



沢山作り捨てて、その中で良いものを残していく。

そう言う形を積み上げて行かないと、名句を作ろうと思っても作れない。

まずは下手くそでもいいから575で作るトレーニングは必要なのだ。



考え過ぎず俳句を作り、大量に俳句を生み出すことに慣れることが大切なのだ。

でも捨てれば良い訳ではない。

だから淳一はチラシのメモをおしえたのだ。





 「さっきも言ったが、言葉の無駄使いを無くしたら情景も入れられる。でもそれだけじゃ駄目なんだ。心で感じてみてごらん。大切な物が見えてくるかも知れないから」



「大切な物って本当は目に見えない気がする」



「そう、だから心で感じるんだ。さあ、そろそろ時間だぞ。皆の感じた句を発表してもらうぞ」


部員は一斉にメモを手にした。





 「松山俳句甲子園は、紅と白の布を掛けた其々の長テーブルの前で座った5人一組のチーム戦だ。お題を元に俳句を作成して、それを5人の審査員が紅白の旗で勝敗を判断する。旗が多く上がった方が当然勝ちになる」



「へえー、戦う人数と審査する人数って同じなんですね」



「戦う方は別にして、審査するのに同票はまずいだろう? だから奇数なんだと思うよ」



「一回で決着するしね」



「先生。今の句で模擬をしてみませんか?」



「そうだよ、丁度五人ずつ三組あるんだから……」



「そうだな? よし、決めた句を発表してくれ」





 「私達の句は、長閑かな、土手の小道の、二人づれです」



「私達の句は、入学を、待つ校庭に、風の吹くです」


淳一の呼び掛けに応じて二組の発表が終った。



「皆其々の工夫があって良かったと思う。これからはビシビシ鍛えるからよろしく頼むよ」

淳一はマジマジと、成長していく部員達を見つめていた。





 部員達が帰った図書室で、ホワイトボードを片付けていたら淳一の手が詩織に当たった。

そっと見てみると淳一が見つめていた。



「先生、松山絡みの質問があります。正岡子規の子規って春夏秋冬から取ったのですか?」


照れ隠しなのか詩織が突然言った。

その質問に淳一はハッとした。

詩織の手元ばかり見ている自分に気付いたからだ。

淳一は詩織がどんな俳句を詠んだのか気になったのだ。

実は詩織はさっき記したメモをずっと手にしたいたのだった。



「四季のことかな? いや子規はホトトギスって意味だよ。又中国の故事だけど、血を吐くって意味らしい」



「血を吐くって、何だか怖い名前ですね」



「明治22年5月9日に子規突然は喀血した。喀血と言うのは肺や気管支の病気で血を吐くことなんだ。だからこの名前にしたらしいよ。子規の規は本名の常規から来ているんだ」



「喀血って、今ではあまり聞きませんが……」



「肺病は昭和初期まで不治の病だったからな。今では治療法も確立されたから」



「ああ、だから肺病だと診断されたタレントも芸能界に復帰出来るのですね」

そんなことを聞きたくて発言した訳ではない。

それでも、句に関する何かを聞かなければならないような気がしたのだった。



淳一が自分を気遣って贈ってくれた写真と俳句。

あれがあったから二人は此処に居る。

詩織にとって運命だったのだ。






曲がりなりにも松宮高校俳句部は船出しました。

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