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戀詩つづり  作者: 四色美美
10/14

俳句部としての出発

俳句部の未来を語ります。

 淳一は生徒達の憧れの存在になっていることにも気付かずに、あの日次の吟行の場所を吉見にある松山城址に決めてはいた。



森林公園入口駅近くの駐輪場で解散した後で淳一は自分の夢を詩織に話した。

だけど実現出来ずにいたのだ。



思いきって自分の気持ちを話そうとした時も、結局決まった場所は寄居にある少林寺の五百羅漢だった。



でも、自分の思いの丈をぶつけるのは今しかないと考えるようになっていた。





 そして……

吉見の百穴の前に駐輪させて、岩室観音と回ってきたのだった。



岩室観音は京都にある清水寺と同じ懸崖造りだ。

岩室の言葉の通りの寺で、岩肌を上手く活かした構造だった。



山門を潜るとすぐに四国八十八ヶ所の観音様を模した彫り物が左右に分かれて無造作に置かれていた。



胎内めぐりと書かれた急階段を昇ると、小さな舞台が現れた。



御神体の前には西国板東秩父の合わせた百観音の砂が納めるられているご利益大の踏み板があった。



淳一はそれに上り、熱心に祈った後で合掌した。



その隣には折り紙があった。

皆淳一に続いた後で鶴を折り始めた。





 岩室観音から続く山道を鎖を手がかりに登ると急に辺りが開けた。

其処にあったのは松山城址だった。



此処へ向かうには別のルートも存在する。

でも淳一は一番困難な道を選んだ。

生徒達を危険に晒すためではない。

達成感を皆で味わいたかったのだ。



「何故吉見の百穴に吟行をしようとしたのかと言うと、俳句部の未来を考えたからなんだ」



「俳句部の未来って?」



「四国の松山って知っているだろう? 彼処が俳句の町だってことも勿論解っているだろう?」

淳一の言葉に生徒達は頷いた。



「俺はこの町を第二の松山にしたいと思ってる」



「第二の松山って? ああ、だから松山城址を吟行の地に選んだ訳だ」



「その通りだ。正岡子規や高浜虚子など有名な俳人を沢山輩出した松山だからな。此方の松山もあやかろうなんて、虫のいい考えだけどな」





 「先生。正岡子規と言えば、確か……柿食えばですよね?」



「ああそうだよ。子規の名前は……」

淳一が又講釈を始めようとしている。

生徒達は真面目に聞いていた。



「先生、確か寒川鼠骨も松山出身でしたね?」

でも話しは反れた。



「おっ、良く知っているな? 鼠骨って言う人は正岡子規の門人で、子規の死後に家族を守った人だそうだ。俳句歳時記なども手掛けたんだ」

でもそれさえ逆手に取って知識を振り撒く淳一だった。



「だから私達でも気軽に詠めるのですね」



「その通りだ。でも俺が持っているのは、高浜虚子の方だけど……」



「へぇー、色んな人が出しているのですね。でも皆松山出身だ」



「さっき言った鼠骨忌は八月十八日だ。実は、翌日が八月十九日なので俳句の日と呼ばれているんだ」



「俳句の日。兄はバイクの日だって、お盆過ぎに遠乗りしていましたが……」



「バイクの日か、それもありだなりでも今回は俳句の日だと言うことで。実は四国の松山ではその日の前後に俳句のイベントをやるんだ。実は俺は俳句部だった。でも関東大会の決勝戦で強豪と当たってな、松山に行けなかったんだ」



「凄いイベントなんですね。でも知らなかった、先生が所属していたのも俳句部だったなんて」



「そうだから、是非この部でチャレンジしてみたいんだ。俺のリベンジだけど、皆に託したい。それと……、俺は君達を超一流の俳人に育ててみたくなった。だから此処を移動する」



「えっー!? たった今来たと思ったら……」


生徒達のブーイングを聞きながら、淳一は松山城址の真ん中に向かった。



淳一は其処から見える全ての景色に合掌した。

淳一がこれから目指そうとする未来が開けるように祈りながら……





 『先生。お花見だったら武蔵嵐山の学校橋の近くに物凄く綺麗な場所があります』


五百羅漢に吟行決まったあの日にそう発言した生徒に、淳一は他の生徒達を武蔵嵐山にある菜の花畑に引率を依頼した。



「悪いが俺達は車で向かうよ。其処は婦人会館の近くだから一時間もあれば着くと思う。じゃあ、よろしく頼む」



「先生。部長の足はまだ治らないのですか?」

その質問に淳一は頷いた。

淳一は詩織のメンタルな部分を話す時がきたことを察した。





 「妹は、自転車に乗れなくなってしまったんだ」



「あの事故の後遺症か何かですか?」



「それもあるし、精神的な物もあってな。実はなー、義母の友人もハンドルが絡み合う事故にあって、後方から来た車に引かれて即死したそうなんだ」



「えっ!? 怖い」



「だから皆も、絶対に並んで走らないでくれよもし君達がそんな事故にでも巻き込まれたら、辞職したくらいじゃ済まなくなるから……」


次々と自転車で走り出す生徒達に向かって淳一は精一杯声を掛けて送り出そうとしていた。



(本当はこの俺が生徒達を引率しなければならないのに……)

淳一は自分の思いだけで生徒達を振り回している事実を反省していた。





 淳一は詩織と未だに高校に通っている。

詩織の足は治ったはずだった。

でも、淳一に負担を掛けまいとして却って痛めてしまったのだ。

でも、俳句部を立ち上げるために頑張ったからなんて部員の前では言えなかったのだ。





 「何故其処に来たのか解るか?」


その質問に生徒達首を振った。



「実は、一昨年のイベントの兼題が菜の花だったんだ。だから皆と作ってみたくなったんだ」


その言葉には淳一の覚悟が秘められていた。

淳一は俳句の道を極めてなくなったのだ。



「《千里の道も一歩から》って言う諺がある。中国の故事では《隗より始めよ》と言うんだ」



「先生。何ですかそれ?」



「隗より始めよは、塞翁が馬のような中国の故事から来た諺だ」



「人間万事塞翁が馬?」



「お、良く知ってるな」

淳一のその言葉に口角が上がった。



「ほくそ笑んだな。実は今の言葉も塞翁が馬に由来するんだ。北叟の塞翁はどんなことがあっても動じずに微笑んでいたからだそうだ」



「あっもしかしたら、知識をひけらかすためにそんな話をしたのですか?」


生徒の鋭いツッコミが入った。



「そうだよ、悪いか? 中国の燕の昭王が人材を集める方法を郭隗に尋ねたら『まずこの私、隗より始めなさい』と言った。『言い出しっぺのアナタからはじめなさい』と言う意味だ。これから新学期が始まる。やっと俳句部になれたけど前途多難だ。それでも同士を集めてほしい。出来れば部活内で模擬が出来れば嬉しい」

淳一は悪びれることなく押しきった。





 「先生。何名居ればその模擬って出来ますか?」



「そうだな。最低でも十二名だ。五人一組なんだよ。だからその倍。記録する人も審査する人も必要だからな」

そう言いながら淳一は部員の頭数を数えていた。



「先生。それならすぐに達成出来ると思いますが……」

それは解っていた。

でも、まだそのイベントに出場出来るレベルには達していないと思ったのだ。

決して生徒達を蔑ろにした訳ではない。




「でも夏、いや春かな? だからすぐに準備しなければいけないんだ。だから、明日からスパルタ式で行く」

だから思わず言ってしまっていた。



「えっー!? やだー!!」


生徒達の怒涛の声が響き渡った。



(これじゃ反省もへったくれもないな)

実は淳一は相当恐縮していたのだった。





 「一昨年の関東大会の決勝戦の地は羽田空港だった」

それでも淳一は松山での俳句イベントに向けて出発しようとしていた。



「えっ、羽田空港!? 先生遠すぎます」



「心配するな。羽田へも成田空港へも森林公園入口駅からバス便が出ている。それに乗れば一発だ。しかも駐輪場は無料ときてる。一石二鳥と言うより一挙両得なんだ」



「ああ、だから何時も彼処から出発していたのですね」



「いいや違う。最初、川越吟行の前に聞いただろ? 行田の無料駐輪場とどっちが良いかって」



「そうだ。私達が決めたんだ」



「でも良かったな。森林公園入口駅で。此処だったら……」



「先生。又一挙両得ですか?」



「ああ、そう言うことだ。だから皆も、隗より始めてくれないか?」



「はい、頑張ります」



「おっ、頼もしい。よし、早速詠みにかかるぞ」


淳一はそう言いながら、裏が白いチラシをメモ帳型に折っただけの物を生徒達に配付した。



「全部で八句詠めるはずだ。それを手に散ってくれ。制限時間は二十分だ」



「えっ、短か過ぎます」



「だから、スパルタだと言ったろ? ほら早く行かないとどんどん時間がなくなるぞ」


淳一のけしかけに生徒達は一斉に走り出した。





 〔菜の花の、向こうで友の、手が招く〕


淳一がメモを覗いた時に書かれていた詩織の句だ。



「皆、菜の花より桜が見たかったみたいですね」



「いや、桜の方から菜の花を見たかったのではないのかな?」



「詩織、これからどうする? まだ足は痛むのか?」


その言葉に詩織はドキンとした。

実はそのまま……

ずっと淳一に送られたかったのだ。





 「ごめんなさい。本当はもう治っているのに、自転車に乗るのが怖いんです。もし倒れでもしたらって」



「お母さんの友達は亡くなったんだよね。それが原因かな?」


一応詩織頷いた。

淳一と離れて通学したくないなんて言えなかったのだ。



甘えだと解っていた。

でも本当は優越感に浸りたかったのだ。

詩織の本音はそこだったのだ。

その上で、教師の妹としての特権を行使することで部員達から淳一を守りたかったのだ。

部員達が淳一にちょっかいを出す機会を与えなくするためでもあったのだ。



詩織はまだ、乙女だった。

そのことが本当は悲しい。

愛されていないのではないのかとさえ考える。

誰か他に好きな人でもいるのではないかとさえも疑う。

嫉妬やヤキモチで詩織は身を焦がしていたのだ。



『二人でいる時は詩織の方がいい』

あの時思わず言ってしまった。

まさか淳一がその言葉にグサッとやられていたなんて考えも及ばなかったのだ。





 淳一は淳一で思わず抱き締めたくなるほどどんどん沸き上がる詩織に対する愛に戸惑っていた。

でもあの頃は、それは封印させなくてはいけなかった。

本当の兄妹かも知れないと思っていたからだ。

だから淳一は自分でバリアを張っていたのだ。



だから尚更愛しいのだ。

だから一刻でも早く結婚したかったのだ。

美紀と結婚した正樹のように、全身全霊で詩織を愛したいと思ったからだった。



でもいざとなったら勇気が出ない。

愛する詩織を傷付けなくなかった。

自分の欲望だけで、詩織を抱きたくなかったのだ。

避妊具を使用すれば良い訳ではない。

妊娠さえさせなければ済む問題ではないのだ。



淳一は詩織が高校を卒業するまで貞操を守ろうとしたのだ。

それがどんなに辛くても詩織のためにやろうと思っていたのだ。



だから余計に俳句にのめり込もうとした。

淳一が部員達を超一流の俳人にすることに決めたのはそんな理由があったからだったのだ。



その日二人は悶々とした時間を過ごした。

それでも俳句部の顧問と部長の仕事はキチッと済ませたのだった。

それが二人の進む道だった。



美紀が正樹のために中学の体育教師になろうとしたように、詩織も淳一に寄り添うことを決意したのだった。

美紀には二人の母が憑依している。

でも育ての母のせいではなく、自分で決めた道だった。

そのためなら、どんな苦労もいとわないのだ。






自転車に又乗れるだろうか?

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