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大貂様2

 パタン、ピタン、と太い尾が畳を叩く。その度に若いイタチどもが縮み上がって体を細くするのだが、年老いた真っ白な大イタチは髭を僅かに動かしただけだった。


「波埜様、落ち着きくださいませ」


 まだ、人の子は目覚めておりませぬ。


 そう老いたイタチが言えば、

「わかっておるわ!」

と返ってくる。その声量にちっともわかっちゃいないじゃないか、と内心ため息を吐いて、

「大貂様にお茶を」

と、近くの若イタチに言い付けた。


 波埜は人の娘の姿をしたまま、部屋の一つ高い所に腰を下ろしている。肘掛けに凭れ掛かっているものの、気が張っているのか尻尾の先まで毛を逆立てていた。

 じっとしているのにも飽きたのか、波埜は上座側に座る白い老イタチを話し相手に選んだ。人間程もある大イタチは波埜が手招きすると、その大きな体をのっそりと動かした。

「竹蛇の僧都よ。あの人の子は妾の婿になると思うか?」

「ははは。この爺のことを大層な名で呼ぶのは波埜様くらいじゃ」

「僧都よ」

「貢ぎ物をどのようにしようと波埜様の自由ですじゃ。それくらいは覚悟の上で来ているのでしょう」

 僧都がそう言うと波埜は僅かに鼻を膨らませて「そうか」と庭を眺めた。

 春は爛漫と色めく庭は画家のカンバスのように賑やかで、石楠花や花水木、藤、様々な花が見頃を迎えている。


(妾の婿はどんな庭を好むじゃろうか)


 寂しい庭よりも目に華やかな方が良い。

 そう思い色とりどりの花木を植えている自慢の庭だったが、花婿が嫌うならそれも潰して構わない、とさえ思った。


(……早う目覚めよ)


 別室で寝ているという人間を想ってほぅとため息。

 その甘やかな吐息に撫ぜられた紫蘭の花が、弾みながら頭を上げる。


 その時。


「お婿様がお目覚めになられました!」


 小間使いのイタチが毬のように飛び込んでくる。

 肘掛けを倒して立ち上がった波埜を、皆は微笑ましい目で見つめた。


***


 ここに来て初めて出会う人らしい人。しかし、ほっとするのも難しい。彼女の尊大な口調もそうだし、何より揺れている真っ白な尻尾が人非ずモノとして曜の目に映った。


「うむ。雌の格好をしていただけあるわ。妾の好みとはかけ離れるが、見られない顔ではない。これもまた良し。其方、気に入ったぞ」


 細い指が曜の顎をくいくいと弄る。右やら左やらまじまじと眺められた曜は、取りあえず彼女の合格点に至った。おそらく、その『お婿様』とやらの。

「其方、名は?」

 近くで見ると分かる。少女の瞳は瀟洒しょうしゃな漆細工のようだった。漆黒の中、金銀の砂子が星のように散っている。その吸い込まれそうな瞳にどぎまぎとしながらも、曜は飲み込まれないように顔を反らした。


(名前、言わない方が良いよな……?)


 よく漫画とかで見る名前の支配。実際にそうなのかはさて置いて、数々の名作で取り上げられているのだから何かしら理由はあるのだろう。痺れかけた足を無理矢理動かして、曜は立ち上がった。少女の前でスカート姿を晒すのは些か面映ゆいのだが、今はそれよりも、早くこの場から離れる事が先決のように思った。


「布団、ありがとう。俺、そろそろ家へ帰るよ」

 家族も心配してるだろうし。

 そして足早に彼女の隣を通り過ぎ、濡れ縁の方へ一歩を踏み出した。少なくとも、曜はそうしたつもりだったし、そうしたのだ。


 だが曜の足が着いたのは外に出る濡れ縁ではなく、たった今まで過ごした六畳の部屋だった。そこに居る小さなイタチも。そして彼女の姿も。何一つ変わらずにそこにある。


 部屋から出たはずなのに、部屋に入っていた。


 狐につままれたような気持で彼女を見る。少女は美しい顔を歪めて笑っていた。


「どこに帰る。家はここじゃに」


 面妖な事を言う。


 そう続けた彼女は確かに人ではなかった。

 人のような姿をした何かだった。

 

 愕然とした表情で立ち尽くす花婿へ、何かはピタリと寄り添う。

「妾の名は波埜なみの。特別に、其方が呼ぶ事を許そう」

 式は明日の朝じゃ。楽しみにしよれ。


 状況が。言葉が。曜の中でぐるぐると回る。それがあまりにも早いので、一体何が自分の周りを回っているのか、曜にはさっぱり分からなかった。


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