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知らない祭り3

 恰幅の良い男性とひょろりと背の高い男性。

 どちらも初老と呼べる年齢で、横幅の大きい方は、がはははと笑いながらパンと張った自身の太鼓腹を撫でた。

「いやぁ。助かるよ。君みたいに可愛い子が参加してくれるなんてね。大貂様もきっと気に入る」

 対して曜は、はぁともへぇとも言えず、黙って張り付いたような笑みを浮かべていた。


 姉に着せられた白いブラウスとフレアスカート。胸に届くくらいの長さのウィッグ。軽く化粧を施されて鏡に映った自分は楚々とした風情に仕上がっていて、はっきり言って彼女にしたいくらい可愛かった。顔は。あくまで顔は。


(いや、女装が似合うとか全然嬉しくないし……)


 男としては複雑である。これなら陸上のように運動部に入って体を鍛えていれば良かった。運動は出来なくはないが好きでもない曜は、部活もずっと文化部だった。楽そうだ、という理由で決めた書道部は、文化祭用に一枚書けばその年の活動は終了だ。そうして育たなかった筋肉は、曜の体を女の子並みに華奢に見せている。その証拠に迎えに来た町の人間は誰も曜を晄の妹と信じて疑わない。いやいや、お姉さん。男の子は駄目なんですよ、女の子じゃなきゃ、という言葉を期待していただけに、現実は残酷であゝ無情である。


 相沢と名乗った腹の大きい方がこの町の町長で、彼は聞かれてもいないのに道中ずっと喋り通しだった。元々お喋りな人らしい。ひょろりとした方の男性は渡と名乗った。相沢に対し彼はずっとだんまりで、口を開いたのも初めの挨拶の時だけだ。今もしらっとした顔で曜の後ろを歩いている。縦一列に並ぶのは、万が一逃げ出されても困るからか。どこかで二人を振り切れないかと考えていた曜だったが、背中に感じるじりじりとした視線のせいでその案は先送りとなった。


「都会の人には馴染みがないかもしれないが、大貂様はこの辺り一帯を守る主みたいなものでねぇ。ただ十年に一度大暴れするから、村一番の美女を嫁がせるのが古くからの習わしになったんだよ。そのお嫁さん役がまぁ、お姉さんにも言ったけど、祭りの主役でねぇ」

 引越ししてきたばかりの曜が、そのお嫁さん役が何と呼ばれているか知らないと思っているのだろう。真実を知った身としては、何とも物は言いようだと思った。世間ではそれを人身御供というのでは?

「まぁ、初めての君はちょっとびっくりするかもしれないが、今までずっと死者も怪我人も出て来なかった安全な祭りだからね。少し。そう、少し不思議な体験をしたと思ってくれたらいいよ」

 そしてまた、はははと豪快に笑ってこっちだよ、と一行は町のメインストリートを外れた。舗装されていた道は木造の階段に変わり、歩けば歩く程段々と道が狭くなる。


 街灯の光が届かなくなると、相沢と渡は懐中電灯を灯した。突然の光に驚いたカナヘビが、すっと曜の足元を横切る。「ひっ」と悲鳴を上げた曜を相沢は「都会の子だねぇ」と笑った。

 何処まで登って行くのだろう。

 真っ暗な山道を懐中電灯の光だけで進む。たったそれだけがこれほど不安な気持ちになるのだと、曜は生まれて十六年目にして初めて知った。

 懐中電灯が照らす、僅かな円の中しか見えない。暗闇の中で人間は無防備で、常に誰かが曜たちを具に観察しているような気がした。この山に入り込んだ曜たちの一挙手一投足を、あの木の蔭で。そこの草むらの中で。何者かがじっと見ている。そんな得体の知れない恐怖がこの道にはあった。


 だから、目の前に赤々と揺れる炎を見た時、曜はどこかほっとした気持ちで胸を撫で下ろしていた。

「さあ、着いた。あの木が大貂様の大楠だよ」

 相沢が指差すまでもなく、曜の目の前には樹齢数千年は生きているだろうという大楠が現れた。


 注連縄の巻かれたごつごつとした太い幹。大人十五人で囲んでも腕が足りないだろうという太さだ。隆起したその根元は苔に覆われ、蔓性の植物が幹を這っている。根本にぽっかりと開いた洞は、背の低い女性ならしゃがまずに通れそうだ。洞に向かって小さめの石段が組まれ、影の落ちたその中に小さな祠が祀られている。その様は森厳の一言に尽きた。自然を超越した圧倒的な力がそこにはあった。

「この子が今年のですか?」

 そう相沢に話しかけたのは、右手に松明を持った柄が大きい男だった。だが異様なのはその顔だ。真っ白いのっぺりとした面を付けていて、表情も年齢も分からない。白い面に松明の炎が当たると影がゆらゆら揺れるので、不気味さは一層だ。そしてそんな男たちは一人二人ではない。二十人はいるだろうか。皆、白い面を付けて松明を持って曜を見ているのだから、その恐怖は先ほどの暗い山道を歩いた時の比ではなかった。


(なんだよ……、これ……)


 新手の新興宗教か何かか。いや、むしろその歴史は古いのだろう。日本には所謂奇祭と呼ばれる行事が数多く存在するが、どこか遠くの、ローカルな自分とは全く関係の無いものだと思っていた。それが地方に引越ししてきて、たった数日でその祭りの主役にされてしまうだなんて。一体誰が想像したというのだろうか。曜にはさっぱり分からなかった。

 曜が祭りの異様な雰囲気に呑まれている間に、準備は着々と進んでいく。男たちはずるずると太い縄を引き摺って幹をぐるりと一周した。それから曜の手を引いて洞の真ん前に曜を座らせる。そこでハッとした曜が立ち上がろうとしたが、

「大人しくしろ!」

と雷のような声が降って来て、男たち数人で無理やり抑えられた。後ろ手に縛られて、太い荒縄に固定される。それからまたぐるりと残った縄が曜の体を巻き込んで、一周、二周、三周した。


「な、にするんだっ。放せよ!」

「町に慣れると思えば、生贄だって光栄だろう! 大丈夫、死んだ女は一人もいない」

 最後に縄がきつく締められて、祭りの準備は整った。

 どんどんと太鼓が鳴らされて、祝詞のような言葉が山に流れる。曜の周りには酒やら餅やらが供えられて、松明を持った男たちが大楠の周りに並んだ。

 相沢が曜の前に立って、

「安心しなさい。言い伝えでは、大貂様は大層な美丈夫だという。新しい町の住人の君も、優しく可愛がってくれるさ」

と下卑た笑みを浮かべた。

「ふ、ざけないでくれ! それに、俺は男だ!」

 曜がそう叫ぶと、相沢はぎょっとして白いスカートに視線を向けた。その頼りない薄い布に伸ばした手を止めたのは、ずっと静かに相沢の後ろに佇んでいた渡だった。


「既に大貂様はこちらに向かっています。今更変えの女性など呼べないのですから、どちらでも構わないでしょう」

 その言葉に相沢は「それもそうだ」と納得したようだった。皆口々に大丈夫だろうと呟くと、どんと一つ大きくなった太鼓の音で一斉に松明を傾ける。


「やだっ! やだっ! 止めろって!」


 熱が。赤が。近付いてくる。

 予め油でも浸み込ませていたのか。太い荒縄は一気に燃え上がると、曜諸ともうねりの中に飲み込んだ。


「うわぁぁぁぁぁぁぁ!」


 どんどんと太鼓が鳴る。

 どんなに固く瞼を閉じても、一面のあかが視界を埋めた。


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