表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/9

プロローグ

 ぎちぎち。ぎちぎち。

 蛇のような太い荒縄が華奢な人間の体に食い込む。その人物は長い髪を振り乱して、スカートが捲れるのも構わずにその荒縄から逃れようとしていた。


 大楠に縛り付けられた白い体を、町の男たちがぐるりと取り囲む。その手には赤赤と燃える松明が握られていた。周囲を照らすだけならまだいい。だが、縛られた人間はそれが別の目的に使われる事を知っている。

「やめろよ! 放せ! 俺は女じゃないし、まだ死にたくない!」

 はなせー、と叫ぶ声は十代半ばの少年のもの。町の男たちは少し驚いたようだったが、それでも「まぁ、大丈夫だろう」と火を点けた。


 少年に。


「うわぁぁぁぁぁぁぁ!」


 熱い炎が肌をちろちろ舐めていく。

 螺旋を描いてぐるりと炎が巨木を昇ると、

「貂様だ。大貂様がいらしたぞ!」

と男たちがざわめきだった。

 少年の耳には歓喜に踊る声も、どんどんと響く太鼓の音も、熱風に掻き消され聞こえない。

 ただ、頬を撫でるような優しい火の感触。焦げた臭いのしないのを、少しずつ冷静さを取り戻した頭で疑問に思う事が出来た。そして、己の数奇な運命を呪う余裕も些か出来た。


 転校初日、生贄にされた。女装して。


 彼の名誉の為に、決して女装は彼の趣味では無かった事をここに告げておく。



***



 はぁー、と長いため息を吐けば、それは楠を昇る炎を巻き込んで男たちの方へ流れていった。わぁ、と慌てた声がしたので口を真一文字に結んだが、やはりどうも納得がいかない。


「何故、この者らは妾の家を十年毎に焼きたがるのじゃ」


 今日は町の高校に珍しい転校生がやって来た。だから波埜なみのは年頃の娘に化けて、尻が見えそうなスカートとやらを穿いて、わざわざその転校生とやらを見に行ったのである。それなのに、ちょっと十代の若者らしく寄り道をして帰ってくれば、これ、である。他人の家を放火するとは何事か。

「人間どもは、皆、大貂様のお怒りを鎮めようと必死なのでございます」

 そう波埜に話すのは、木の葉の蔭から現れた小さな鼬だった。鼬は細長い体をちょこまかと動かして、「人間どもを転ばしましょうか?」と鼻をひくひくさせる。

「よいよい。面倒じゃ。それよりも早うこの火を鎮めねば」

 波埜がぱんぱんと手を打てば、たちまち大蛇のような炎は小さくなって、最後はミミズになって土の中に潜っていった。


 おおー、と野太い歓声が上がったが、彼らにはその火を消した波埜の姿は見えていないようである。一人くらい己の姿を視る者が居てもいいのに。そう眉を顰めると、ふっと男たちに向かって炎を吹きかけた。他人の家の周りでどんちゃんピーヒャラと騒いだのだ。そろそろお開きにしてもらわねば困る。

 転げるように山を下りていった様は蜘蛛の子を散らすよう。波埜はそんな人間たちを一瞥して、大事な我が家に傷が無いかを確認した。根城にしている大楠は、十年毎に焼かれる可哀想な運命に遭っているのだが、そんな災難を物ともしないで今年も泰然と立っている。大人十五人が手を広げてもまだ足りない太い幹の根本には、燃えて千切れた縄がぽつり。生贄にされた人間が一人。目を閉じて、気を失っているようだった。


「……やれやれ。また雌じゃ。雌と雌では交尾はできんと、いつになったら分かるのかの」

 此度もまた少しだけ家に招いて、それから人里に帰すかと考えていると、小さな鼬が畏れながら、と顔を出した。

「畏れながら申し上げます、大貂様。こちら、人間の雄にございます」

「ああ、そうじゃ。だからいつものように――。雄じゃと!」


 くるりと振り向いて、今一度人間の顔を覗き込む。顔を良く見ようと前髪を引っ張ったら、ずるりと頭の髪全部が抜けてぎょっとした。

「それは人間どもの被るウィッグというものでございます」

「し、知っておるわっ!」

 ぽい、と手に持ったウィッグを乱暴に放る。作り物とはいえ、長い髪の毛が腕に絡みつくのは気持ちが悪い。

 雄を雌に見せていた長髪が無くなれば、その下に現れたのは色素の薄い短髪だった。茶色い、ふわふわとした柔らかそうな髪質が、どこか仲間の毛並みを思わせる。


「……確かに雄じゃな」

と言った波埜のスカートからは、好奇心を押さえられなくなった太い尻尾が右に左に揺れていた。


 もっと体格の良い、雄らしい顔が好みだが。


 生贄を貰って数百年。初めて捧げられた雄の生贄に、少々華奢でも構わないか、と波埜は満足そうに目を細めた。

 仲間に命じて、生贄を我が家に招待するよう指示する。

 鼬が数匹小さな体で、えっちらおっちら少年の体を木の洞の中に運び込んだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ