第3章 帝国の内政 中
領土拡張終了の宣言を出した後の帝国は不気味だった。
帝国の歴史は輝かしいものだった。
帝国の歴史は戦いの歴史であり、戦争こそが国の象徴、勝利こそが国民の喜びであった。
闘争心から新技術が生まれ、好奇心が新技術の有益さを証明した。敵を倒す術の探求と未知を既知とする探究が、帝国を技術立国へと押し上げた。
が。第3代皇帝の時代となる頃には、国民は度重なる勝利に驕り闘争心は削がれ、優越感が多くを占めた。かつては未知を求めた好奇心も、利益の天秤にかけられ利便の追究に置き換わった。
他国の追随を許さぬ状況に変わりはないが、華やかな凱旋は当たり前となり陳腐化、華々しい新発明の時代は遠く彼方へ遠のきリスクを恐れて既知にすがるようになっていた。
この頃から、帝国内では厭戦ムードが漂ってきていたようだ。国は十分豊かで、国民の暮らしも悪くなく、戦争で自他に起こるリスクを嫌ったわけだ。各地で反戦団体や秘密結社が結成され、軍関連企業ではストライキが起きた。
この事実を帝国はうまく隠していたようで、各国は気付かなかったが、帝国としては戦争をしている場合ではなかった。
反乱が起きれば、軍は民に銃を向けなければならない。しかし、反乱を起こしているのが軍関連の企業に属するもの達であったなら話は別だ。軍としては物資の供給元を攻撃することになるわけで、反乱が広がれば物資の供給が止まるわけだ。これに軍から離反者が出れば、帝国の崩壊すらあり得ることであった。
拡張政策の終了の理由は、実際に反乱や地方の安定化だったわけだ。
結果としては、皇帝のこの判断は帝国の延命に繋がったように見える。自国の反乱を端に発する、世界を巻き込んだ世界大戦を起こすよりも、武力を背景とした領土紛争の終結を、宣言する方がよほど安全であるのだから。
その姿勢が、100年後の各国連合軍の侵攻を呼び込んだ原因となったとも捉えられそうだが、そこまだ関係があるわけではないということをあらかじめ言っておこう。
さて、前置きが長くなってしまった。
帝国の政治は、皇帝・官僚・軍人・議会の4勢力が行なっていた。頂点に皇帝を置き、他の3勢力がそれを支える形だ。
しかし、拡張政策の終焉とともに、その姿も変わっていった。
まずは、官僚の粛清の頻発である。処刑されるものはほとんどいなかったが、更迭や減俸・財産没収は上から下まで毎月のようにあったようだ。悪事を働いていたわけでもないのに粛清されることも多かったようで、反発も大きかったようだ。がしかし、なぜ粛清されていたかというと、仕事が遅い・勤務時間の超過・情報漏洩などが理由であり、当然の罰であったわけだが。
次に、議会の定数増加である。帝国の議会は議決権も立法権もない、ただの諮問機関でしかないため、定数の増加自体には問題はない。問題は、異常なスピードで増えていったことだ。増加のタイミングは、議会に意見を求めた時に何も返ってこなかったとき。つまり、この頃はもうすでに議会には諮問機関としての能力はなかったということだ。だから、数を増やして新しい人間にすれば諮問機関としての機能が戻るのではないかと考えられたわけだ。
最後に、軍需産業の再編である。もともとは様々な企業が存在した帝国だが、統合や国有化によって企業の全体的な数を減らし始めた。少数の企業にして、統制しやすくするためだろうが、なぜ戦争を終えた後にするのかが不可解だった。
どうも、国としての勢いや国民の覇気のようなものがなくなってきたことが随所に現れ始めていた。