第3章 帝国の軍事力
帝国は、世界で最も強大で優れた軍隊を有していた。
兵士は精強で技量が高く、兵器は高火力で性能が良く、兵站は最も研究が進んでいた。指揮官は下級から上級まで潤沢であり、練度や能力はともに高かった。
戦略や戦術、戦闘教義は帝国が時代の最先端であり、正攻法でも、奇策でも、帝国にかなう国など存在しなかった。
しかし、これは当然である。帝国の歴史は戦争の歴史であり、血で版図を塗り替えてきた。敵国に勝つには、より強い軍が、より良い作戦が、より高い技術力が必要だったのだ。
この力が、たった150年で世界の5割を手に入れることができた要因だ。帝国軍が国境に兵を並べるだけで近隣諸国は恐怖し、侵攻を受けていないのに他国からの降伏や併合の要請が来るほどだった。
帝国絶頂の150年代、帝国軍の規模は以下の通りである。
《陸軍》
兵員約1600万。
東西南北で軍を4つに分け、各方軍に400万が配されていた。当時の諸国兵員の平均は20万程度であり、強大さが伺える。
陸上軍艦を多数保有しており、確認されていたのが、移動要塞4基、陸上戦艦8隻、巡洋艦64隻、駆逐艦200隻以上、その他戦闘艦艇多数である。これは前線にて戦闘に参加していた数であり、防衛のために帝国に残っていた戦力を考えると、全体としては確認された数の3倍はあったのではないかと考えられる。
その他、戦車や装甲車、自走砲、ミサイル車、光線を発する車両などの戦闘車両が戦闘に用いられた。
市街地や森林などでは歩兵戦が主として行われた。
歩兵の武装は、拳銃・アサルトライフル・マシンガン・手榴弾・ナイフ・弾倉などが中心だった。1部にスナイパーライフル・無反動砲・サブマシンガン・ショットガン・迫撃砲といった装備の歩兵が確認されていた。噂の域を出ないが、光線を発する銃を使う歩兵を見たという証言もあった。
帝国は独自の防具装備を開発しており、小銃弾でも貫通しないほど強固なものだった。色は黒と白で統一されたおり、集団で迫り来るモノクロの歩兵は「死の波」として各国の歩兵を戦慄させた。
航空戦力として、輸送機・輸送ヘリ・戦闘ヘリのどのみ保有しており、航空戦力による協力な打撃は空軍に依存していた。それでも、敵地への空挺や歩兵の輸送、地上戦力の護衛には十分だっやようだ。
陸軍の大部分は歩兵であり、特殊技能(操縦や操艦、通信、射撃演算など)は歩兵と兼務する形で車両などに乗り込んだ。つまり、いかなる状況でも白兵戦が可能な集団であり、すべての兵がすぐに戦力として活動できるのが陸軍である。
《海軍》
兵員200万。
1艦隊60隻で構成され、15艦隊を有した。主力戦闘艦艇は約900隻である。これに、補給艦・砲艦・沿岸警備艦・修理艦・掃海艦などの補助艦が加わり、総艦艇数は不明であった。
また、1艦隊20隻で構成される潜水艦隊が、10艦隊確認されており、情報収集と各国のけん制を行っていた。
当時の諸国海軍の平均戦力は6個艦隊ほどであり、異常な規模であることがわかる。
その他、洋上要塞5基、海底要塞5基、洋上拠点10基が活動拠点として存在しており、帝国の広大な防衛範囲を支えていた。戦力としては、洋上要塞が帝国海軍の2個艦隊相当、海底要塞は各国海軍の2個艦隊相当、洋上拠点は帝国海軍の1個艦隊相当であり、海洋拠点だけで30個艦隊相当を有した(固定された拠点であり、防衛戦で対等に勝負ができる艦隊数である)。
帝国海軍と各国海軍の武装・防備にはかなりの差がある。
帝国海軍はレールガン・ミサイル・レーザー兵器が主武装なのに対し、各国海軍は通常の砲・ミサイルが主であった。防備も、帝国は艦の装甲とレールガンを無力化できるアクティブシールドが標準だったが、各国は艦の装甲以外にはなかった。
帝国の1個艦隊と勝負するには、各国は2~3個艦隊を用意する必要があったといわれている。
若干ではあるが、歩兵戦力も有していた。海軍陸戦隊と海兵隊である。総数は不明であるが、実力・装備ともに陸軍に匹敵するといわれていた。
航空戦力として、空母に搭載された艦載機、洋上要塞や拠点にある航空機、潜水艦に搭載された艦載機など総数は不明である。種類としては、戦闘機・攻撃機・爆撃機・電子戦機・偵察機・輸送機・戦闘ヘリ・輸送ヘリなどである。
逸話として、ある国の方面艦隊2個艦隊が帝国海軍の航空機1000機に襲撃され跡形もなく消し飛んだという話や中規模の島国が帝国海軍の陸戦隊によって3日で占領されたという話がある。
《空軍》
兵員200万。
広大な帝国領土の防衛と近隣諸国への侵攻補助が主任務であり、陸軍同様の東西南北軍と防衛軍、帝都防衛隊の6つに分かれる。総航空機数はまったくの不明である。理由は、数が多すぎてわからないという点と数えている人間が生きて帰れないという点の2点である。わかりやすい逸話として、空軍西方軍が中規模の5カ国との全面戦争で、5カ国が投入し数よりも多くの航空機を送り込んだというものだろう。
当時の各国空軍の平均戦力は700機ほどであり、戦闘用の機体だけだと400~500機ほどになり、化け物じみていることがわかる。
空中要塞も確認されており、分かっているだけでも6機存在していたことがわかっている。東西南北各軍に1機ずつ、領土防衛に2機である。1機で各国平均ほどの搭載能力を有しており、単体で1国と戦争できる能力を持つ。要塞には地上への直接攻撃能力はなく、迎撃用の対空兵装と妨害兵装のみが確認されていた。
しかし、このような逸話が残されている。当時ではそれなりに大きかったある国と帝国が戦争をしていた時、近隣の国家連合の空軍が要塞を襲撃した。その時、要塞の航空機はほとんど出払っており、対空兵装での迎撃しかされなかった。5個飛行大隊60機で襲撃した連合空軍であったが、一瞬で3か所の1個飛行小隊、計1個飛行大隊分が消し飛んだ。目視できなかった攻撃を受け連合空軍は混乱、通常の迎撃で残りの半数を落とされ逃げ帰ったという話だ。この一瞬にして1個飛行小隊を消し飛ばすほどの攻撃ができたとしたら、地上への攻撃手段もあったのではないだろうか。
航空機の装備は、各国のそれと大差はなかった。ミサイルと機銃を標準装備とし、任務により爆弾や物資を搭載した。異なる点といえば、異様な航続距離と異常な速さだろう。各国の戦闘機はせいぜい半日飛び続けられるかどうかだったが、帝国の戦闘機は1日を越えて飛んでいたという。各国は不意打ちに悩まされた。せめてもの救いは、機動性がほぼ互角だったということだろう。帝国機は迎撃が出だされれば、それなりの数が落とされた。
空軍には歩兵戦力がいない。敵地への空挺は陸海軍が行うため、空軍には必要ないのだった。そのため、陸軍との共同戦闘の機会は多く、役割がはっきり分かれている分仲もよかった。陸軍と空軍の合同作戦は勝率9割を誇り、電撃的に徹底的に敵を排除する様から「血と銃弾の台風」と恐れられた。
これが総兵力2000万の軍事国家、帝国の戦力模様でった。