遠い未来で逢いましょう
まわってまわって一分は六十秒。一時間は六十分。一日は二十四時間で、潮は満ち、引き、波立つ。
アダムとイヴが木の下で向かい合い、大抵の蛇が嫉妬している。
それが私の最も愛した一瞬。
今、私の一日は、八時間弱です。
アダムとイヴは遠い昔に死にました。嫉妬する蛇たちも。
寂しいことです。
*
小さな星が私の引力に引っ掛かって、周りをくるくる回り始めたのは楽しい思い出です。
傷だらけの、小さな星でした。
私に満ちる潮水が、小さな星の美しさに魅かれ軌道を追いかけてはさざ波立ちました。
巨大な星が放つ光を反射し、暗闇を優しく照らす小さな星は、他の星よりもずっと私に近くて明るかった。
小さな星は、空虚に回転する私を穏やかにしました。
そして、流れ者だった時の旅の話をしてくれました。
遥か遠くの、生きものの話を。
あまりに素敵に話すので、私は小さな星に尋ねました。
「私にも育めるでしょうか」
小さな星は答えました。
「だから、あなたの引力に乗りました」
私と小さな星は、一緒に宙を回転り続けました。
そしてそれからというもの、色々な事が私に起こり始めました。
私と小さな星は一緒にずっと、それらを見続けました。
そしてある時、新しい生きものが生まれた際に、小さな星が鋭く囁きました。
「来た」
「なにがですか」
「ほら、一番新しい生きものを御覧なさい。私はこの時を待ってたのです」
その時の一番新しい生きものが、あなた方です。
あなた方は初めこそ世界の法則に従っていましたが、いつしか法則を捻じ曲げ初めました。
あなた方は自らを苦しめる道をどんどん開拓し、争い、憎しみ合い、奪い合ってばかりいました。
そしてあなた方はとうとう、遣る瀬無い方法でいなくなってしまいました。
実に呆気なかったです。
ああ、醜かった。それ以上に、憐れでした。
それでも小さな星は、あなた方を慈しみの光で最後まで照らしていました。
あなた方の祈りを、残さず聴き、涙を零していました。
小さな星は、あなた方の何が見たかったのでしょうか。
遥か遠くから長い長い旅に出る程の、何が。
私には小さな星の気持ちが欠片も判りませんでした。
小さな星は、あなた方の終わりを見届けてからというもの、旅の仕度をし始めました。
私の引力から外れ、どんどんと離れ小さくなって、他の星と見分けがつかなくなりました。
自ら光る事の出来ない小さな星は、熱く輝く巨大な星の光が届かぬところまで行ってしまうと、微かにさよならと言って、無限の闇に消えました。
ありがとう、と言うと、彼方で小さな光が応えて、それがさよならの合図でした。
*
あれから月日(これはあなた方の概念)はあなた方の想像以上に巡り、最近、新しいユーモラスな産声が聴こえ始めました。
小さな星の離れて行き回転を緩める引力を失って、私にはもう、あなた方の生きる時間間隔はありません。
私は小さな引力を失って、地表を荒らしてばかりいます。
それに対応した生きものの世界になりました。
産声の彼らは小さな星を知りません。
それだけで、どれだけのロマンチックが失われるだろうかと思います。
ああ、ああ、ああ。
―――彼らはあなた方の様に私を知りたがるでしょうか。
恐ろしい程広く深い頭の中で私を真っ二つにし、隠し持った昂る熱を見つけてくれるでしょうか。
宙を見上げ、私も知らない様な遠くを見る事が出来るでしょうか。
私の過去を熱心に探してくれるでしょうか。私の未来を悲観してくれるでしょうか。
私中を這い回り、潜り込み、羽ばたいて、あらゆる姿を見つけては、心震わせ美しいと言ってくれるでしょうか。
私や小さな星の為に、歌を歌うでしょうか。
星の一生分に足る物語を、紡ぐでしょうか。
泣き、笑い、怒り、めいっぱい私の上を駆け回るでしょうか。
私を尊び、果てに結局は蔑ろにして蹂躙するのだとしても。
最後には私の中で眠りたがったあなた方。
思い返せば、思い返すほど……。
なんて刹那的な生きものだったろう。
私にとって、瞬間の半分にも満たない時を駆け抜けて行った。
刹那の中で悠久という概念を生み出して消えてしまった、夢見がちで嘘つきなあなた方が、恋しいです。
悠久はどこですか。手の届かないものを夢見るのは楽しかったですか?
全てが上辺だけで白々しいと感じていた気持ちは、もう忘れてしまいました。
私は、今なら小さな星の気持ちが判ります。
小さな星、小さな星。
どうか熱線を放つ巨大な星に、身を投げていませんように。
私は今、あなた方の夢に、騙されたいです。
小さな星の様に、信じたいのです。
いつか何かの偶然で、私が旅をする様な事があったなら。
どんなに欠けて、内側の熱が冷めきり、この身が小さくなったとしても。
もしも幸運が重なったら、その時は、見上げて下さい。
小さな星と同じように、あなた方を照らしますから。
あなた方が私につけた大きな傷を、今度は何に喩えますか。
さあ、遠い未来で逢いましょう。