第88話
王城に戻ると、今まさにアーネス様達が迷宮に入ろうとしているところに出くわした。
俺が予定の時間になっても戻ってきていないと分かり、急いで向かおうとしていたらしい。
最上級の王家の迷宮でも、鍵の魔具の魔法がある俺なら一人でも問題ないと無理言って護衛をつけずに行ったもんだから、アーネス様達はとても心配していたらしい。
申し訳ないです。
迷宮の中で謎の緑色の生物に会ったこと。
そしてあの氷魔法の使い手の彼女に会ったこと。
魔法を学んだこと。
ベッドの中でアーネス様達に話していった。
「旦那様の魔法がさらに強力になればスキールニルに勝てる可能性も高まりますね」
「うんうん!」
「さすがはご主人様っしょ」
マリアナ様もモニカも、俺がミーミルの泉の番人になることを既に知っている。
スキールニルに勝てたら、交代交代で俺と会えること。
逆にスキールニルを倒せなかったら……二度と会えない可能性があること。
そのため3人は何が何でもスキールニルを倒すと意気込んでいるのだ。
「正直、鍛錬の時間が欲しいですけど……」
「予定では世界樹の迷宮にすぐに入るとなっていましたが、変更しますか?」
「う~ん。どのくらい時間があるのか分からないですから……スキールニルが秘密のルーン文字を刻み終えてしまったら元も子もないですし」
アースガルズにはなるべく早く向かって、ウルズの泉を取り戻したい。
フヴェルゲルミルの泉にニーズヘッグが戻ったことで多少の時間的余裕はあるはずだけど、絶対とは言い切れない。
でもウルズの泉を取り戻した後に鍛錬の時間が確保できるかどうかは分からない。
スキールニルがすぐに攻めてくることだって十分に考えられる。
「予定通り、フレイヤ王国に行って世界樹の迷宮に行きましょう。ティア達の鍛錬の成果も見たいですし」
「かなり頑張ってるみたいですからね~」
「モニカ達もここで鍛錬してたから負けないっしょ!」
オーディン王国には最も多くの進化騎士達がいる。
その進化騎士を相手にモニカ達も鍛錬していた。
属性付与まで与えられている騎士は多くないけどいるにはいるし、それにモニカ達が属性付与を使わなければ条件は同じとなる。
戦具の能力的にはモニカ達に引けを取らない者達もいる。
良い訓練になったようだ。
「出来るだけ魔法の鍛錬を続けながら進みたいと思います」
魔力の供給速度、供給量、魔法構築のための器。
全てをあの氷魔法の使い手の彼女並みとは言わないけど、少しでも彼女に近づけられるように成長していけば、秘密のルーン文字を使った魔法の発動も実用性が見えてくるかもしれない。
翌日。
俺達は王に挨拶をしてフレイヤ王国に向かった。
アーネス様に飛んでもらう。
最初にフレイヤ王国に向かった時に比べたら、飛ぶ速さも段違いだな。
フレイヤ王国に着くと女王フレイヤ様に挨拶をして、すぐに世界樹の迷宮の中へと入る。
ティア達は世界樹の迷宮の中にいるそうな。
中に入ると、鍛錬を続けているティア、ディア、ナルル、マーナの姿が見えてきた。
「お待ちしておりました」
「みんな頑張っているね」
ナルルがすぐに出迎えてくれる。
それに続いてティアとマーナ、最後にディアがやってきた。
「調子はどうかな?」
「よい訓練が出来ました」
「ナルルとずっと勝負して楽しかった!」
ナルルとマーナは試合形式での訓練でずっと戦っていたようだ。
「ナルルの闇魔法はすごいな! 衣の防御力は特にすごい!」
「マーナの月闘気には破られますけどね」
「一発では破れないぞ」
二人とも魔力を消費しているようだから、後で与えてあげないと。
「再生の効果が前よりずっと高まりました!」
ティアは再生の鍛錬だ。
「試しに槍を腕に突き刺してみたが、ティアの再生で一瞬で治った。治るまでの速さもすごい」
すごいことを試しているな。
痛そうだからあんまりしないでね。
「よく頑張ったねティア」
「はい! 頑張ってディアに再生をかけ続けました!」
後ろをみるとディアが嫌そうな顔をしてティアを睨んでいた。
「ディアも頑張ったね」
「強制的にね」
「やると言ったのはディアなんだからね」
「俺は不眠不休とは言ってねぇ!」
本当に不眠不休で鍛錬してたのか?
「仮眠は取ってたじゃない」
「仮眠な! 仮眠!」
「はいはい。ご主人様に頑張った成果を見てもらおうよ」
「お? いけたのか?」
「いけたと言えばいけたんだけど……見てもらった方が早いかな」
前に俺がえぐり取った樹の根の穴。
その穴から見える秘密のルーン文字は、前に見た時と変わらず5文字が見えている。
絶で秘密のルーン文字を消せているなら、何か文字が消えているはずだけど。
ディアは集中して絶を発動させる。
魔法の鍛錬のせいか、魔力の供給速度、供給量、絶を構築させる器の流れに注視してしまうな。
供給速度はとても遅い。
以前の絶より遅いな。
慎重に魔力を流しているようだ。
供給量は前と変わらない。
ただ、絶を構築させるための器の方は前よりずっと大きい。
時間をかけて威力の高い絶を構築しているわけだ。
「はぁぁ!!」
樹の根の穴に向かって強力な絶が放たれる。
見事な一撃だ。
戦闘で使うには発動までにあまりに時間がかかり過ぎて無理だろうけど。
絶が放たれた穴の中を覗いてみる。
「消えてるじゃん」
秘密のルーン文字は間違いなく消えていた。
しかも1文字じゃない。
見えていた5文字のうち2文字が消えていたのだ。
「今はな」
「今は?」
「ディアの絶でその文字を消しても、また文字が浮かんできてしまうんです」
「え?」
樹の根の穴の中を見ると、消えた2文字の場所に輝く光が集まっていくと、再び秘密のルーン文字が刻まれていった。
自動修復機能がついているのか!
用意周到ですねスキールニルさん。
万が一にも秘密のルーン文字が消されることを想定していたわけだ。
エルフ族から巻き上げた精霊力を使って、刻んだ秘密のルーン文字が維持されるように自動修復機能を術式に組み込んでいるのかな。
本当に大したもんだ。
「ディア、もう1回だけお願い」
「分かった」
自動修復機能は想定外だったけど、ディアが短時間でも秘密のルーン文字を消せるという事実は変わらない。
なら、試してみる価値はある。
ディアが再び絶を放つ。
今度も同じく2文字が消えた。
精霊力が集まり秘密のルーン文字を修復する前に、消えた1文字のところに俺の魔力を鍵の魔具に集めて流す。
「うお……」
「すごい……」
込めた魔力量はグングニル1発分に匹敵する。
それだけの魔力量を集めるのに以前よりずっと速い魔力の供給と、以前よりも多い魔力の供給量、そして構築されるディア達にとっては謎の魔法に驚いているようだ。
魔法ではなくて秘密のルーン文字だけど。
消えた1文字のところに、別のルーン文字を刻んでみる。
隣の1文字は精霊力によって徐々に自動修復されていく。
俺が刻んだ秘密のルーン文字の1文字は……消えることなく、自動修復されることもなく、そのまま残った。
成功だ。
あれを見つけられて、さらにその術式を解読する必要があるけど、条件が整えば本当にティアとディアが今回の戦いの切り札になりそうだな。
「ディア、ティア。ありがとう。成功だ」
「本当ですか!」
「お? 上手くいったのか」
「ディアごめん。もう一度ここの文字を消してくれるかな」
「え? いいのか?」
「うん。ここの文字を変えることに意味はないからね。試しただけだから。それにここの文字が変わっていることを悟られるのも嫌だし」
「わかった」
俺が刻んだ秘密のルーン文字を消してしまえば……案の定、自動修復機能によってスキールニルが刻んだ元のルーン文字へと戻っていった。
この間でスキールニルが気づいていなければ、悟られることもない。
「これで準備は整ったね。さて……これから僕達は世界樹の迷宮の頂上を目指します」
「頂上?」
「うん。この世界樹の迷宮はスキールニルが隠したユグドラシルそのものだけど、それでもユグドラシルの一部分だけなんだ。目指すアースガルズは世界樹の迷宮の頂上を越えた先にあるはずだから。頂上付近の迷宮内の魔物や霊物は王家の迷宮の最上級以上だと思って欲しい」
『はい』
「アースガルズでウルズの泉を取り戻したら、その後にはスキールニルとの戦いが待っています。スキールニルとの戦いはこれが最後……というより最初で最後と言った方がいいかな。フェンリルの時に遭遇した時は、戦いとは言えないようなものだったから。あれから新しくマーナが仲間になってくれて、みんなもあの頃よりずっと強くなっていて、僕も少しだけ成長できていると思う」
「旦那様の成長が一番すごいですよ」
「ありがとう。今度はあの時のように何も出来ず逃げる……なんてことは出来ないからね」
「勝つっしょ」
「勝ちます!」
「うん。勝とう。スキールニルに勝って、みんなで帰りましょう」
『はい!』
ティア達は合流したばかりだから、少し鍵の空間で休んでから出発することにした。
休まなくて大丈夫です! と意気込んでくれたけど、無理はよくないからね。
気持ち的には最後の戦いに向かう前! って感じだけど、実際にはまだまだ先は長いから。
まずはアースガルズに到着しないといけない。
鍵の空間の中でしばしの休憩の後、俺達は世界樹の迷宮を登り始めた。
入口付近は中級迷宮に相当するようなので、まったく問題ない。
アーネス様に飛んでもらったらすぐだけど、みんなちょっと身体を動かしたかったようで、わいわいと歩きながら進んでいく。
少し身体を動かして満足したら、アーネス様に飛んでもらおう。




