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異世界で賢者になる  作者: キノッポ
第三章
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第87話

 これだけ間近で魔力操作を見せてもらえると、自分の中にある常識が崩れ去っていくのが分かる。

 これが限界だろうと自分の中で作ってしまった常識は、全然限界ではなくまだその先に遥かなる頂きがあるのだと気付かせてくれた。


 彼女に氷魔法を放たれた緑色の生物は、それを受け止めることなくものすごい速さで回避する。

 しかし避けたところにまた彼女の氷魔法が放たれる。

 速い。

 魔力の充填が一瞬だ。

 これだけの爆発的な魔力を一瞬で充填して氷魔法を放ち続けている。

 しかも魔力が切れる様子は一切ない。

 とんでもない魔力量だ。


 放たれ続ける氷魔法を緑色の生物は避け続ける。

 彼女に抗議するかのうように何かを叫んでいるけど、それで氷魔法が止まることはない。

 氷魔法が止まったのは、30発近く氷魔法が放たれた後であった。


 彼女は笑顔でこちらを振り返る。

 どうですか? 参考になりましたか? という感じか。

 すごく勉強にはなったけど、貴方を参考にするには俺の力量が不足しています。

 がっくり肩を落としながら、一応鍵の魔具に魔力を流して氷魔法を撃ってみる。


 だめだ。

 彼女と比べると魔力量も少なければ、充填までの速度も遅い。

 緑色の生物も俺の氷魔法は避けることなく打ち落としている。


 落胆している俺の隣に彼女は来ると、そっとその手を鍵の魔具に置く。

 そしてにっこりと俺に微笑むと、彼女は鍵の魔具に魔力を流そうとした。

 いや、これは俺の魔力でないとだめだから。


 鍵の魔具は彼女の魔力に反応することはない。

 でも彼女はそれに何の驚きも見せないで、今度は自分の杖に魔力を流してみせる。

 一瞬で膨大な魔力が充填された。

 彼女はその杖を大事そうに抱きかかえると、また俺に振り返ってほほ笑んだ。

 どういう意味なんだろう?


 この杖は彼女にとって俺の鍵の魔具のようなものなのか。

 もしかしたら魔具そのものなのかもしれない。

 彼女達の世界では女性は魔力を持ち、魔具を授かるとか。


 俺の鍵の魔具。

 この世界では人族の男の中でも神に選ばれたものが魔具を授かり賢者になるとされていた。

 それが当たり前の常識だ。

 たまたま、俺の魔具は鍵という特殊な形状と信じられないような特殊能力を持っていた……という常識外のことを認識してはいたけど、魔具そのものについて疑問に思ったことはない。

 どうして魔具は存在するのだろう。

 魔具とは本当は何なんだろうか?


 鍵の魔具は俺の魔力をただ増幅することはない。

 だから最初、この鍵の魔具は魔力をまったく増幅しないとして、賢者の資格を失った。

 でもその後に、鍵の魔具は特殊な空間のドアを開けてくれた。

 あの時……この鍵の魔具に何か特殊な能力はないかと探っていて……鍵ならドアや宝箱を開けるんじゃないかと想像していたら、鍵の空間のドアを開けることができた。

 モニカに魔力を与えようとした時も、鍵が何かを開けるような感触に気づいて開けた。

 あれも俺の意識の中で鍵は何かを開けるものという考えがあったからか。


 古代に行った時、フレイ様からこの鍵の魔具に魔法を使わせることを教えてもらった。

 そんなこと考えたこともなかった。

 フレイ様は言った。

 鍵の魔具に指示すればいいんじゃないの? と。

 それから鍵の魔具に純粋な魔力だけを流して、様々な魔法の発動を指示していった。


 俺の指示にだけ従う鍵の魔具。

 俺の考えに従ってくれる。

 この鍵の魔具は俺の魔具だから。

 俺自身だから?

 スキールニルによって歪められた世界の理がどうなっているのか分からない。

 鍵の魔具は本来俺が持つ能力の一部が切り離されたものだとしたら。


 物事のとらえ方なんだと思う。

 ある事象も自分がどういう気持ちと、どういう心構えと、そしてどんな風に受け止めるかで世界はがらりと変わっていく。

 それは時にとても嬉しいものであったり。

 時に泣きたくなるほど悲しいものであったり。


 いつもいつも頼ってばかりで、さらに頼って申し訳ないんだけど。

 でも鍵の魔具が俺自身だとしたら、俺の一部なんだから頼ってもいいと思う。

 心臓に頑張って動いてくれといつも頼っている。

 それと同じだと思えれば。


「ふぅ」


 一つ深呼吸する。

 俺の魔力を鍵の魔具に流すと同時に、鍵の魔具も俺の魔力を吸収するイメージを持つ。

 俺と鍵の魔具はもともと一つだ。

 俺の魔力は鍵の魔具のものだし、鍵の魔具の性能は俺のものだ。


「この感覚か」


 彼女ほどではないが、魔力の充填は速くなっていく。

 振り向くと、彼女もうんうんと頷いて喜んでくれている。

 向こうでは緑色の生物が暇そうに立っていた。


「もっと速く……それに一度に流れる魔力の量をもっと多く」


 蛇口から水が流れるスピードは速くなった。

 今度は蛇口の太さをもっと大きく。

 一度に大量の魔力が流れるように。

 自分の限界を壊す。

 今まで限界と思っていた蛇口の太さを……鍵の魔具側からもぶち壊してもらう。


「ぐおっ」


 魔力が流れる速度とは違い、蛇口の太さを大きくするのは身体に負担がかかった。

 身体の中から抜けていく魔力の量が一気に増えたからか。


「ふぅ……後は受け皿か」


 どれだけ多い魔力量を一瞬で流せたとしても、魔法を構築するための受け皿のバケツがそれを受け止めることが出来なければ、最終的に発動する魔法はさっきまでと変わらない。

 その受け皿のバケツは……鍵の魔具の中にある。

 魔法そのものは鍵の魔具に使ってもらっていたから。

 だから受け皿を俺が意識することはなかった。


 それがいけなかったのではないか。

 鍵の魔具は俺自身だ。

 いくら鍵の魔具が使ってくれるからと言って、受け皿を完全に任せてしまっていた。

 俺が鍵の魔具の中にある限界をぶち壊さないといけない。

 もっと大きな受け皿に出来るはずだ。

 限界はここじゃない。

 俺が一緒に受け止める。


「ふんがああ!!!」


 鍵の魔具が悲鳴を上げるかのように鳴っている気がする。

 それを俺が制御して抑え込む。

 俺達ならいけるはずだ。

 もっと大きな魔力で魔法を構築できるはずだ。

 鍵の魔具に任せきりだった魔法の構築を一緒にやるぞ。


 鍵の魔具の中で構築されていく魔法。

 純粋な魔力が冷たい氷属性へと変化していく。

 今までよりもずっと速く、より強力な冷気へと。


 暇そうに立っている緑色の生物に向かって再び氷魔法を放つ。

 その氷魔法を今度は拳で撃ち落とすことなく、横にステップして避けていた。

 受け止めたら痛そうぐらいには思えてもらえたのか。


 彼女は手を叩いて喜んでいた。

 でもすぐにジェスチャーで次の魔法と伝えてくる。

 そうですよね、先生。

 1発だけ撃ててもね。

 さっき彼女は30発近く連続で撃っていたし。


「当ててやるからな」


 緑色の生物へ氷魔法を連続で撃っていく。

 一発一発に込める魔力量、その速度、構築する魔法の強度。

 さっきと同レベルを連続で放つことがどれだけ難しいか。

 身体が悲鳴をあげている。

 鍵の魔具もだ。


 それなのに、隣でほほ笑む彼女は無言の見本として、俺よりも強力な氷魔法を、俺よりも速く地面に撃ってみせてくれる。

 もっと上げろというわけですね。

 そんなものじゃないぞと。


「このぉぉぉ!!!」


 より速く、より強力な魔法を撃とうとすると、魔法構築が上手くいかず逆に威力が落ちてしまう。

 鍵の魔具にだけ魔法構築を任せたら失敗することはない。

 でもより強力な魔法を構築するためには、俺も一緒に構築しないといけない。


 鍵の魔具が構築してくれた魔法は土台みたいなものだったんだ。

 土台だけあって上がない。

 上に何を築くかは俺次第ってわけだ。


 魔力の鍛錬は常にやってきた。

 でも魔法の鍛錬をここまで突き詰めてやってこなかった。

 鍵の魔具がやってくれるから。

 それに魔力はアーネス様達に与えるか、空間の拡張に使うばかりだった。

 こんな馬鹿みたいな基礎魔力があるんだ……もっと魔法に向き合わなくてどうするんだよ。





「はぁはぁ……はぁはぁ……くそ」


 何十発撃ったか分からない。

 百発以上撃ったかもな。

 結局、一発も緑色の生物に当たらなかったけど。


 俺も鍵の魔具も限界です。

 魔力も空っぽ寸前だ。

 今まで魔力を使い過ぎてこんなに疲れたことなんてなかったのにな。

 魔力を与えるだけと、魔法を構築して使うのでは身体への負担が全然違うから当たり前か。


 あーやばい。

 気が遠くなっていく。

 これはやばいな……。

 薄れていく意識の中で、緑色の生物が叫んだ声が聞こえたような気がした。




 目が覚めると黒い服が見えた。

 柔らかくて温かい感触。

 見上げると彼女が優しく微笑んでいた。

 膝枕をしてもらっているようだ。


「うおっ!」


 彼女の真上に緑色の生物の顔が急にカットインしてきたので驚いてしまった。

 突然現れるなよ。

 彼女と違ってお前の顔はそこそこ怖いんだから。


「すいません。ご迷惑をおかけしました。ありがとうございます」


 通じないけど頭を下げて言っておく。

 何となく伝わってくれたらいいけど。


 どれくらい意識を失っていたのか。

 アーネス様達が心配しているかもしれない。

 早く戻らないと。


「本当にありがとうございます。僕はもう行かないといけません。最後の……出来れば最後にしたい戦いが待っています。貴方に魔法の使い方を教えてもらえて助かりました。貴方がどこに向かわれるのか分かりませんが、これ使ってください」


 鍵の空間から保存食と水筒を出すと、いくつかのリュックにそれを詰めていく。

 緑色の生物の鋼のような肉体に合うリュックなんてないので、手に持ってもらうしかない。


 彼女と緑色の生物はどうやら奥に向かうようだ。

 迷宮の奥に行って何をするのか分からないけど、特に止める理由はない。

 この二人なら問題ないだろうし、彼女達の目的が達成されなくても、問題なく出られるだろうし。

 こうして王家の迷宮に入ってきているということは、王城の中を見つからずやってきたということだからね。


「それじゃ」


 今度こそ本当にお別れです。

 氷魔法の使い手の彼女が近寄ってくると、右手を差し出してきた。

 これは本当の握手だろう。

 彼女と笑顔で握手する。

 すると緑色の生物もやってきて、右手を差し出してきた。

 お前のは本当に握手か? と疑問に思いながらも握手すると、ものすごい力で握ってきたので痛かった。


 こうして謎の二人と、謎の交流のおかげで、俺の魔法は少し上達したのであった。


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