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異世界で賢者になる  作者: キノッポ
第三章
85/89

第85話

 フレイヤ王国への出発まであと二日。

 俺は一人で王家の迷宮の最上級へと来ていた。

 スキールニルとの最後の戦いに備えて、いろいろ魔法を試しておきたかったから。


 ニブルヘイムで俺は秘密のルーン文字を得た。

 これはすごい力だ。

 秘密のルーン文字を得たことがあるのは、俺以外だとオーディン様とスキールニルだけ。

 ニブルヘイムで戦った謎の男はオーディン様の魂のない生命体だったらしく、魔法が捻じ曲がるように避けられていたのは秘密のルーン文字による魔術だった。


 スキールニルも秘密のルーン文字を得ている以上、この知識からの力では奴に勝てない。

 経験の差でむしろ分が悪い。

 ミーミルの泉から得た知識の中で奴が知らないような力があればいいんだけど。

 それが何かは分からない。


 最上級迷宮の魔物相手でも鍵の魔具の魔法があればほぼ瞬殺だ。

 これほど強力な魔法でもスキールニルを相手にするなら物足りない。


 グングニルはどうか。

 トネリコの枝に魔力を注いでグングニルを放つ。

 最上級迷宮にぽっかり穴が開くほどの威力だ。

 有効打になり得るかもしれないけど、これだけで勝てるとも思えない。


 スキールニルへの有効打としてイメージできるのは、スルトの時にいた謎の女性の冷気の魔法だ。

 アマゾネスの里で再現しようとしたけど、難しかった。

 冷気の魔法は放てても、あれほど強力な魔法は難しい。


 鍵の魔具に魔力を流して冷気の魔法を放つ。

 アマゾネスの里で発動したように、辺り一面が強力な冷気に包まれていく。

 最上級迷宮の強力な魔物でさえも、動けずに固まり始めるほどに。

 それでもやっぱり足りない。

 何が違うのか。

 魔力量が根本的に違うんだと思う。

 あの謎の女性の魔力はとんでもなかった。

 どれだけ魔力を使っても、どんどん溢れてくるって感じだったな。

 まるで無限魔力だ。

 そしてあれだけの膨大な魔力を受け止められる彼女の杖もすごいよな。

 原初の木の杖とかミーミル様は言っていたけど。


 冷気に包まれた最上級迷宮では、ついに強力な魔物も凍っていた。

 泥沼王とは比べものにならないほど強力な魔獣でも氷漬けだ。

 彼女の冷気はこの100倍ぐらい強力だっただろうか。

 炎の巨人スルトを氷で屈服させてしまうほどの冷気だったのだから。


「ん?」


 この冷気の中で動くものがいる。

 しかもこの気配……強いな。

 最上級迷宮とはいえ、ここまで強力な魔物はいないはずだ。


「え?」


 冷気の中に現れたのは1体の魔物だった。

 オーガ? いや大きなゴブリン?

 見た目からして分からないが、筋骨隆々の緑色の鋼の肉体を持つ魔物だ。

 オーガ種の変異体?

 顔がゴブリンに見えるけど、こんな屈強なゴブリンは存在しない。


 オーガの変異体は俺を睨みつけている。

 冷気を発しているのが俺だと分かっているようだ。

 来るか。


「ありゃ」


 何と変異体は俺を攻撃してくることなく、方向を変えてさらに奥へと歩き始めてしまった。

 おいおい、冷気の原因は俺だぞ。

 いいのか~?


「なんだったんだ?」


 変異体の多くは魔物を襲う。

 同種の魔物すら襲い、その魔石を喰らいさらに強くなる。

 そのため通常その迷宮ではあり得ない強さを持った魔物が存在することになる。


 マリアナ様と学院の頃に最下級迷宮に行った時も、この変異体がいた。

 魔物を襲い、魔石を喰らい、強くなった魔物だった。

 元が最下級迷宮の魔物だったため、どうにか勝つことができた。


 ここは最下級迷宮とは対極の最上級迷宮だ。

 当然魔物の強さも次元が違う。

 その魔物が変異体となれば、相当な強さだろうけど……あれは魔物だったのか?

 迷宮の魔物は人を見れば必ず襲ってくる。

 なのに襲ってこなかった。

 冷気の発生源を確認したら、奥へと向かっていったのだ。

 まるで探していたのは俺じゃないという感じだったな。


 興味が湧いて、緑色の魔物を追いかけてみることにした。

 すぐに追いついて後ろから観察していく。

 ものすごい筋肉だ。

 それに強さも半端ない。

 俺が後ろからついてきていることに気づいているな。

 気づいていながら、俺のことを問題にしていないぞこれ。

 そしてやはり何かを探しているのか?


 緑色の魔物が奥に進んでいくと、魔鉄犬の魔物の群れに遭遇してしまった。

 6匹いるな、結構な数だ。

 魔鉄犬は緑色の魔物に敵意をむき出しに警戒している。

 やはり緑色の魔物は変異体なのか? 魔鉄犬は自分達の敵だと認識しているぞ。


「おいおい無視かよ」


 緑色の魔物はそんな魔鉄犬を無視して奥に歩き出してしまった。

 しかし魔鉄犬は緑色の魔物を取り囲み続け戦闘態勢を維持している。

 今にも襲いかかりそうだな。

 魔鉄犬はその名の通り、体のほとんどが魔鉄で出来ている。

 攻撃する時は魔鉄を鋭利に尖らせて、相手の首を狙うことが多い。

 とても素早く厄介な魔物だ。


「仕掛けた」


 魔鉄犬の一匹が緑色の魔物に向かって飛びかかった。

 真っすぐ飛んでいるかのように速い。

 魔鉄の爪で緑色の魔物の首を狙っているぞ。


「うお……は、速い」


 速かったのは緑色の魔物だ。

 飛びかかってきた魔鉄犬を、ものすごい速さの肘打ち一発で返り討ちにしてしまった。


「しかも的確だな」


 最初の一匹が飛びかかったのを合図に、残りの5匹の魔鉄犬も緑色の魔物に襲い掛かる。

 それを緑色の魔物は全て的確に一発で次々と仕留めていく。

 半端ない強さだとは分かっていたけど、これほどとは。

 泥魚王に強さを見極められなかったね、なんて言ってる俺が相手の強さを見極められてないじゃん。


 緑色の魔物はまだまだ本気を出していない。

 この強さなら最上級迷宮の魔物はほとんど相手にならないだろう。

 俺と本気でやり合っても……どうなるか。

 でもこの緑色の魔物とやり合う必要がそもそもあるのか?

 いや、たぶんだけど……魔物じゃないんじゃないか?


 倒した魔鉄犬の魔石を、緑色の魔物は喰らわなかった。

 放置です。

 変異体の魔物なら間違いなく魔石を喰らったはずだ。


 こいつからは知性を感じられる。

 考える知能があるんだ。

 だから何かを探しているのだろう。

 何か知らないけど。


 緑色の生物を追いかけてどんどん奥に進んでいく。

 鍵の魔具の支援魔法と風魔法を使えば、ここからでも1日で王城に戻れる距離ではあるけど、あまり遅くなるとアーネス様達が心配するからな。

 俺はここら辺で戻るか。

 この緑色の生物が何なのか、実に興味深いけど仕方ない。


 尾行を止めて振り返る。

 鍵の魔具に支援魔法をかけてもらうと、王城に向かって走り出した。

 モニカのようには速く走れないけど、それなりの速さだ。

 それに足元に風魔法の風圧を発生させて加速したり飛んだりもできる。

 見かけた魔物は全部無視だ。


「早く帰ってアーネス様達とイチャイチャしようっと……え!?」


 急停止。

 びっくりした~!

 なんでお前がいるんだよ!


 いつの間にか俺の横をあの緑色の生物が並走していたのだ。

 しかも俺の顔を見ながら。

 いやいや、何ですか? 何なんですか?

 え? 俺に何か用なの?


 止まった俺に緑色の生物は何か話しかけてきた。

 まったく知らない言語だ。

 理解できません。

 でもどこかで聞いたような。

 具体的には……あの謎の女性が話していた言語に似ている気がする。


 緑色の生物に一応話しかける。

 俺の言葉を聞いて自分に理解できない言語だと分かったのだろう。

 緑色の生物はものすごくがっかりしたように肩を落としてしまった。

 やっぱり君……魔物じゃないね。


 緑色の生物は身振り手振りで何かを伝えてくる。

 なんだ?

 寒そうなジェスチャー。

 杖?

 髪の長い。

 それってあの謎の女性か。


 その女性のことは知っている。

 鍵の魔具に魔力を流して、冷気の魔法を放つ。

 あの女性が使っていた氷の花の魔法を再現してみる。

 氷の強度は全然違うけど。


 氷の花を見たら緑色の生物の反応は劇的だった。

 これ! これ! といった感じの。

 嬉しそうにしているところ申し訳ないんだけど、その女性とはここではなくて、外界のイアールンヴィズの森で会ったんだよな。

 それにミーミルの泉から去っていった後はどこに行ったかまったく分からないし。


 頭を横に振って、その女性がどこにいるか知らないとジェスチャーする。

 伝わったのか、緑色の生物はまた残念そうに肩を落としてしまった。

 なんか可哀想だな。

 そんな落ち込んだ顔するなよ。


 俺そろそろ行かないといけないんだ。

 ごめんな。

 緑色の生物の肩をぽんぽんと叩いて慰めると、出口に向かって歩き出した。


「あれ?」


 すると、緑色の生物も俺と一緒に出口に向かって歩き始める。

 え? お前も一緒に帰るのか?

 謎の緑色の生物……オーガのようなゴブリンのようなこいつと二人並んで出口に向かうという何とも奇妙な状況になった。

 魔物が現れても、俺の魔法か、緑色の生物が瞬殺していく。

 これどうしたらいいんだよ。

 俺はちょっと早く帰りたいから走りたいんだけど……。


 俺が走るようなジェスチャーをしたら、緑色の生物も頷いて一緒に走り出してくれた。

 こんな巨体なのに俺のスピードに余裕でついてきます。

 むしろこいつの方が速い。

 俺に合わせているだけで、本当はもっと速く走れるはずだ。


 緑色の生物の速さに感心していたら、急に何か大きな音が鳴った。

 聞いたことのない音だ。

 すぐに止まり、辺りを警戒する。

 なんだ? 今の音?


「え?」


 また鳴った。

 緑色の生物を見る。

 ん? 何か顔が赤くないか?

 あれ? 今の音……お前?


「あ」


 お腹の音だ。

 緑色の生物のお腹が鳴っていた音だったのか。

 お腹が空いているのか。


「ちょっと待っててくれ」


 通じないだろうけど、ジェスチャーを交えて一応伝えておく。

 鍵の空間を開けると、時間停止空間に入れてある食事を持ってくる。

 オーディン王国の王宮料理人達が作ってくれた、上手い飯だぞ。


「食べていいよ」


 お皿に乗った、いままさに出来立ての肉料理を見て緑色の生物の口からものすごいよだれが落ちている。

 皿を前に差し出すと、食べていいのか? 的なジェスチャーをしてきたので、頷いた。

 すると皿ごと食べかねない勢いで、緑色の生物は肉料理をあっという間に食べてしまう。

 これはかなりお腹空いているな。


「よし、もっと食え」


 謎の緑色の生物を餌付けしてみることにした。

 間違いなく強い。

 言葉は通じないけど、仲間になってくれたらなんて下心はもちろんあります。

 まぁ言葉も通じないのに、いきなり世界を救う最後の戦いに連れていっちゃうってどうなのよと思うんだけど。


 王家の迷宮の中に数々の王宮料理の香ばしい匂いが満ちていく。

 俺も何だか腹が減ってきたので、少し食べることに。

 緑色の生物は俺の10倍の速さで食べ続けている。

 このペースだと時間停止空間の中の食事を全部食べてしまいそうな勢いだな。


 迷宮のど真ん中で食事を取るという異様な光景。

 魔物が近寄ってきても、魔法ですぐに倒せばいいから出来るんだけどね。

 ほら、さっそくオーディン王国自慢の王宮料理に匂いに釣られてやってきた魔物が……あれ?


「もぐもぐ……。なぁなぁ、お前が探していた人ってあの人じゃないのか?」


 食べるのに夢中な緑色の生物の肩を叩くと、岩陰からこちらを覗くあの謎の女性を指差して言った。

 ここにいたんかい!


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