第83話
アマゾネスの里。
モニカと一緒に初めてやってきた。
特に何の前触れもなく来たということもあるけど、それにしても何て言うか自由奔放な部族だなって印象だ。
誰も帰ってきたモニカに驚かない。
しかも「誰だお前?」とモニカに聞いてくるアマゾネスもいる。
それに対して「モニカっしょ」と答えたら「あ、そう」という返事だけ。
みんな褐色肌のアマゾネスは部族の衣装がちょっと露出の多いセクシーな服なだけあって、目のやり場に困ることが多い。
これも男を誘うための衣装だとか。
ただし誘うのは強い男限定だけど。
「チッ……ご主人様の強さに気づいた目ざとい奴らがいるっしょ」
「え?」
アマゾネスは男の強さを見抜く嗅覚があるそうだ。
どんな嗅覚なのか、俺臭くないよね?
「早く行くっしょ」
「う、うん」
モニカの案内で一軒の木造の家に入っていった。
「ただいまっしょ」
「あん? 誰だお前?」
「モニカっしょ」
「あ~モニカか。なんだ帰ってきたのか? この馬鹿妹が」
「阿呆な姉ちゃんの相手をしている暇なんてないっしょ。母ちゃんは?」
「死んだ」
「ふ~ん……そっか」
おいおい、待て待て。
いま死んだって言ったけど!?
それで、ふ~ん、ってどういうこと!?
「ただいま~」
「お前誰っしょ?」
「お前の母ちゃんだよ」
「なんだ母ちゃんか」
「お帰り母ちゃん」
え? 母ちゃん? あれ? 死んだって?
「なんでモニカがいるの? 騎士をクビになったか?」
「なってないっしょ」
「この良い男を置いてお前は早く王都に帰りな」
「ふざけるな。ご主人様には指一本触れさせない。触れようとしたら本当に殺すっしょ」
「馬鹿妹が。姉ちゃんに勝てると思ってるのか?」
「ぶっ殺すっしょ」
完全に俺は置いてけぼりなんですけど。
「ここは間を取って母ちゃんがその男をもらうから、お前達は早く寝なさい」
「「ババア」」
「殺すぞお前達」
それからしばらくモニカとその姉、そして母親による怪獣ごっこが始まった。
まぁよく分からないけど、しばらく見ていることにした。
本気では無さそうだし。
それに……モニカに敵うはずもない。
それは二人とも分かっているんだろう。
「はぁはぁ。まったくお前は。王都で良い男を10人ぐらい捕まえて母ちゃんのために連れてくるぐらいの恩返しも出来ないとは」
「自分で捕まえればいいっしょ」
「姉ちゃんは4人ぐらいでいいぞ」
「勝手に自分でやってくれっしょ」
そろそろいいかな?
「初めまして。モニカの主のアルマです」
待っていても入る隙は無さそうなので、自分から入っていくことにした。
「モニカの母のローラです」
「姉のマーガレットです」
いきなり入っていった俺に対しては礼儀正しく返事してくれるのね。
そんな二人を見てモニカがニヤニヤ笑いながら言った。
「ご主人様。この二人めっちゃ照れてるっしょ」
「え?」
「「モニカ!」」
「私に絡んできたのは、あまりにも強い男を前に照れているからっしょ。二人ともご主人様の強さを少しぐらいは感じ取れるっしょ」
「少しぐらい?」
「ご主人様の本当の強さを知ったら、それだけで姉ちゃん失神するっしょ」
「へぇ~……そんなに凄いんだ」
「それはぜひ試してみたいわね」
「ご主人様に触れることは許さないっしょ」
「「ケチだな~」」
何とも不思議な挨拶を終えて、モニカのお母さんとお姉さんと一緒にしばらくいろいろなことを話した。
主にモニカとの学院の頃の話が多かったかな。
あとはモニカとゾンビ迷宮に行っていた頃の話しとか。
それ以降は……あんまり軽く話せることではないし。
「チッ……鬱陶しい奴らだ」
「これだけ良い男だからね。気づく奴も多そうだ」
俺も気づいていたけど、この家を取り囲むようにアマゾネスの人達が集まっている。
俺達の会話を盗み聞きしているのか。
「母ちゃん。大王トカゲどっかにいない?」
「あん? 今なら旅の沼あたりにいけばいるんでないかな」
「旅の沼の時期なら群れでいるかもしれないっしょ。ご主人様行くっしょ」
「大王トカゲを狩るの?」
大王トカゲは魔獣の一種だ。
この辺に生息しているのか。
モニカの実家を出て、旅の沼と呼ばれる場所に向かうことになった。
俺達が家を出ると、家を取り囲んでいたアマゾネス達は一斉に散っていく。
でも後ろからついてきているな。
モニカのお姉さんとお母さんまで。
アマゾネスの里から歩くこと1時間。
熱帯雨林の道なき場所を突き進み、旅の沼と呼ばれる沼地に着いた。
そこには確かに大王トカゲがいた。
体長2メートルはある。
しかも群れだ。
目に入るだけで5匹いる。
そして沼の底にもう1匹か。
「ご主人様。モニカがこの5匹をやるっしょ。下の1匹を頼むっしょ」
「了解」
モニカが戦具の斧を出す。
進化はさせていない状態だ。
斧を持って沼地の中に入っていく。
わざと音を立てたこともあって、大王トカゲの群れはすぐにモニカに気づいた。
警戒音を鳴らして、すぐに戦闘態勢へと移っている。
「面倒だからさっさとくるっしょ」
モニカの挑発的な態度が気に入らないのか、大王トカゲの群れは一斉に襲い掛かってくる。
ま、この程度の魔獣ならね。
モニカに襲い掛かる大王トカゲだが、襲ったものから次々と斧で叩き潰されていく。
一瞬だ。
大王トカゲは自分が死んだことすら認識出来ていないだろう。
4匹はあっという間に終わった。
でもさすがに最後の1匹は、前の4匹を見てモニカが敵わない相手だと気づいたようだ。
襲い掛かることなく後退る。
「あ~出てくるな」
逃げてもだめなんだけどね。
この沼地の底に潜んでいた魔獣が、最初から大王トカゲを狙っていたんだから。
5匹では足らず、もっと集まったところを一気に喰らうつもりだったのだろう。
獲物を奪われて不機嫌なそいつは、最後に残った1匹を沼地の底から飛び上がるように襲うと、その口でそのまま噛み殺した。
「泥魚王か」
「けっこう大物っしょ」
泥の底に潜む巨大な魚。
体長5メートルぐらいあるか?
確かに泥魚王としても大物の部類だな。
「任せたっしょ」
「あいよ」
選手交代。
俺が前に出ると泥魚王はぎろりと濁った眼を向けてきた。
その表情からは、お前なんかが俺様の相手か? と言っているかのようだ。
きっとそうだったのだろう。
泥魚王はモニカを警戒しているけど、俺のことはあまり警戒していなかった。
泥の中に潜ると、そのまま一気に加速して底から俺に襲い掛かってくる。
「相手の力量を探るのって難しいよね」
強くなればなるほど、強い相手の力量を見極めることが出来るようになる。
泥魚王は俺の力量を見極めることは出来なかったようだ。
泥の中から飛び上がって俺を飲み込もうとしてくる。
「汚れたくないから」
辺りの泥を硬質化させた大きな壁を作り出す。
泥魚王はその大きな壁に突撃して頭を強く打った。
自らの突撃の威力が跳ね返ってきた形だ。
「こんな感じだったかな」
炎の黒い巨人スルトと戦った時に見た、あの謎の女性が使った冷気の魔法。
あれと同じぐらいの冷気を作り出せるか、鍵の魔具に魔力を流して魔法を発動させる。
熱い熱帯雨林の湿地帯に、突如として冷気が辺りを支配する。
もっと、もっとだ。
あの人が使っていた冷気はこんなものじゃなかった。
冷気でただ冷たくするだけじゃない。
冷気の渦で切り刻むような魔法だ。
どこまでも冷たく……。
「ご主人様、寒いっしょ」
「あ、ごめん」
冷気の魔法を試すのに集中してしまっていたようだ。
沼地は完全に凍っている。
まるでスケートリングだ。
スケートリングを飾るオブジェは……泥魚王の氷漬けである。
こちらもカチカチに凍っていた。
氷の魔法で固めてあげれば、素晴らしいオブジェの完成だろう。
ニブルヘイムを思い出すな。
「まぁ、ニブルヘイムのように氷で固めてもね。砕いちゃって」
「ういっす」
モニカが戦具の斧を出す。
これだけ凍っていれば、斧の一撃で粉々に砕けるだろう。
でもそこでモニカは動きを止めた。
辺りを見渡すとニヤリと笑って、戦具を進化状態にさせたのだ。
雷属性を纏ったモニカの戦具。
斧も鎧も見るだけでどれだけ強力か分かる。
間違いなく必要ないのに、わざわざ進化状態にした雷属性の斧で、モニカは泥魚王を砕いた。
「なんでわざわざ進化状態に?」
「見せつけるためっしょ」
「見せつける?」
「他のアマゾネスっしょ。見ていたアマゾネスは全員間違いなくご主人様に惚れたっしょ。だから、ご主人様に手を出さないようにモニカの力を見せつけたっしょ」
「ふ~ん、なるほどね」
この狩りを見ていたアマゾネス達は大勢いる。
モニカのお母さんとお姉さんもね。
モニカは自慢したかったのかもしれない。
自分のご主人様はこんなにすごいんだぞ! って。
でも自慢したら自慢したで、他のアマゾネスが俺に手を出してくるかもしれないから、自分の力も見せつけたわけだ。
旅の沼での狩りを終えてアマゾネスの里に戻ると、ちょうど夕暮れ時だ。
モニカの実家で夕食をご馳走になった。
アマゾネスの部族料理は初めてだったけど、結構美味しい。
精がつきそうな料理が多かったけど。
今日はアマゾネスの里に一泊の予定だ。
明日には王都に戻る。
モニカの実家にはすでにモニカの部屋は無くなっていた。
鍵の空間があるから別によかったんだけど、ちょっと離れた誰も使っていない小屋に寝処を用意してくれていた。
「鍵の空間に入る?」
「う~ん……今日はここで寝るっしょ」
「ん? 別にいいけど」
きちんとした寝処なので別に構わないけど。
ベッドの中に入ると、モニカがすぐに俺の方に入ってきた。
「おい」
「ご主人様への奉仕はモニカの役目っしょ」
「いや、それなら鍵の空間に行こうよ」
「だめっしょ。今日はここっしょ」
「だって……」
「それはそれで燃えるっしょ?」
この小屋もアマゾネス達が取り囲んでいる。
むしろこの小屋はそういうためのものなのか?
やたらと窓が多い小屋だとは思ったけど。
「旅の沼から帰ってきたら、お母ちゃんがご主人様の子供を早く産め産めってうるさかったっしょ」
「あはは。ちょっとやり過ぎたかな」
「あれでもご主人様の本当の力なんて誰も分からないっしょ。本当はもっともっとすごいっしょ」
「……敵もすごいからね」
「モニカが守るっしょ。ご主人様の敵はモニカが全部倒すっしょ」
「ありがとう」
「それでモニカは運命の女神になって、ご主人様のことずっと守って、ずっと愛するっしょ」
モニカの情熱的な奉仕が始まった。
もう止まらないし、止められないし、止める気もない。
窓から覗いてくるいくつもの視線を無視して、俺達は熱い夜を過ごしていった。
「気が向いたらまた帰ってくるっしょ」
「早く子供産んで連れてきな」
「うっす」
翌朝、モニカのお母さんとお姉さんに挨拶をする。
これから俺とモニカが最後の戦いに行くことを二人は知らない。
そしてモニカが運命の女神になることも。
女神になっても里には来れるだろうけど。
「ご主人様行くっしょ」
「うん」
モニカと一緒に歩いて里の外に出ると、アマゾネスの里が見えなくなったところで、モニカが俺のことを抱っこする。
アーネス様の迎えはないので、モニカに走ってもらうのだ。
「ごめんね」
「ご主人様を抱っこして走れるなんて役得っしょ!」
「それじゃ~帰ろう」
「了解っしょ!」




