第82話
オーディン王国に戻ってきた。
ナルルは世界樹の迷宮で絶と再生の特訓をしているディアとティアの様子を見守りますということで、戻ってきたのは俺一人である。
今日はマリアナ様と一緒に学院に訪れている。
久しぶりの学院だ。
俺達が通っていた頃とはいろいろ変わっていて、それはもちろん弟子システムが深く関係している。
マリアナ様は騎士学院での講演をなさっている。
いつものほんわかした可愛らしいマリアナ様とは違い、びしっと決めた真剣な表情のマリアナ様がそこにいた。
ちょっとギャップ萌えするね。
「みなさんは運命の女神様から戦具の卵を授かりました。その卵はみんなそれぞれ違います。何ででしょう?」
戦具は女神様から授かると言われている。
運命の女神と言ったのはマリアナ様の独自の言葉か。
「何年か前まで、戦具の卵の大きさは、騎士となるみなさんの格を示していました。賢者様との関係もいまとは違い、当時は大きすぎる戦具の卵や、小さすぎる戦具の卵はなかなか受け入れてもられないものでした」
大きな戦具の卵は、孵化させるのに必要な魔力が多く、また戦具として維持するための魔力も多すぎるため避けられていた。
逆に小さな戦具の卵は、孵化させるには必要魔力は少ないけど、戦具としての性能が低すぎるため避けられていたのだ。
当時はちょうどよい大きさの戦具の卵を持つ者が、賢者と契約を結べる騎士となっていた。
「ですが今は違います。賢者アルマ様のおかげで、戦具と魔具の関係性は見直されました。戦具には進化という新たな発見が。そして賢者様達は弟子システムを取り入れるようになりました。その中でさらに新たな発見も出てきています」
小さな戦具の卵から孵化した戦具は、確かに戦具としての能力は低い。
でもそれが進化した時、特殊能力を得ることが分かったのだ。
これは俺も知らなかったことだ。
ただ特殊能力と言っても、それが戦闘で絶対に優位になるものばかりではない。
中には戦闘にまったく役に立たない特殊能力もあるけど、それ以外で、例えば農業において有益な特殊能力に目覚めることもある。
「運命の女神様は私達にそれぞれ違う形の戦具の卵を授けました。それは、みんなの運命が違うからです。もちろん運命は自らが掴み取るものです。みなさんが学院で一生懸命学んで、みなさんの運命を、自分自身で掴み取ってください」
精神的な話から始まったマリアナ様の講演は、その後は実体験を踏まえた話なども盛り込んで、聞いていて飽きのこない見事な講演だった。
俺には無理だな。
賢者学院の方での講演を依頼されてもあんな風に喋ることは出来ない。
依頼なんてそもそもこないけど。
「お疲れ様でした」
「どうでしたか!?」
「とても素晴らしかったです」
「旦那様にそう言ってもらえて嬉しいです!」
講演が終わるといつものマリアナ様に戻っていた。
久しぶりの学院に来たので、マリアナ様と二人で少し学院を散歩することにした。
当時に思い出が蘇ってくる。
「懐かしいですね」
「はい。旦那様と一緒に楽しい学院生活を過ごしたのが昨日のようです」
「マリアナ様のお茶会に呼んで頂いたこともありましたね」
「はい! 旦那様が来てくださって本当に嬉しかったです。……私にとって学院の最初の2年間は辛いことばかりでしたから」
俺と同い年のマリアナ様は、俺と同じ10歳の時に戦具の卵を授かった。
その時に現れた戦具の卵は過去に例をみないほど巨大な戦具の卵だった。
あまりの大きさにいったいどれほど魔力が必要なのかと、陰でいろいろ言われたそうな。
それに当時、賢者候補生は3年生になったら騎士候補生との顔合わせを初めて行うことになるけど、騎士候補生は1年生のころから顔合わせに参加することになっていた。
マリアナ様は1年生の時と2年生の時、賢者候補生との顔合わせに参加されて、その戦具の卵の大きさに賢者候補生からもいろいろ言われたそうだ。
だから3年生の時の顔合わせの時は、俺とモードル君の二人だけがマリアナ様との顔合わせをしたんだっけ。
マリアナ様の戦具の卵が大きかったのは、中にニーズヘッグがいたからなんだけどね。
そう考えるとあいつのせいでマリアナ様は辛い思いをすることに。
おのれ蛇め~。
フヴェルゲルミルの泉でこっちを睨んでいるニーズヘッグが容易に想像できた。
「あの頃は僕とマリアナ様、それにアーネス様とモニカの四人でいつもよく会っていましたね」
「はい! 旦那様はあの頃から私の、私達の憧れの賢者様でしたから!」
当時は戦具の卵が大きすぎる騎士候補生だったアーネス様、モニカ、そしてマリアナ様は、同じく大きな魔具の卵を持つ俺に期待してくれていた。
結果、俺の魔具は魔力をまったく増幅しないとして、賢者の資格を失うことになるんだけど。
「期待して下さったのに、僕は賢者の資格を失ってしまいました」
「それは旦那様の魔具の本当の性能を誰も分からなかったからです。それに……私は仮に旦那様の魔具が本当にただの魔力をまったく増幅しない魔具だったとしても……モニカ姉様のように旦那様を追いかけたかったです」
モニカ姉様……モニカの奴め、マリアナ様にお姉様と呼ばせるようになったのか。
まぁノルン3姉妹になれたら、その呼び名もおかしくないんだけど。
「王女という肩書きが私を動かしてくれませんでした。お父様に迷惑をかけてしまうと思って。でも……やっぱり旦那様のもとに行きたくて、脱走しちゃいました」
「そうでしたね。迷宮に行ったらマリアナ様がいてびっくりしましたよ」
本当に懐かしい。
モニカと一緒にゾンビ迷宮に行ったらマリアナ様がそこに隠れていた。
俺の魔具の本当の性能を知らなったのに、マリアナ様は俺のもとに来てくれた。
いま改めて考えると、すごく嬉しいな。
俺は幸せ者だ。
「迷宮……そうだ! 旦那様、今日はこの後時間ありますよね?」
「え? そうですね。特に予定は無かったはずです」
「あの迷宮に行きませんか?」
「あの迷宮?」
ゾンビ迷宮?
「覚えていらっしゃいますか? 学院での迷宮探索の訓練の時のことを」
学院での迷宮探索の訓練……。
「あっ! あの最下級迷宮ですね! 魔物の変異体に遭遇してしまった」
「そうです! あの迷宮です!」
学院では迷宮探索の訓練ということで、最下級迷宮を探索することがある。
騎士候補生は必須だ。
騎士は迷宮で魔物を倒して魔石を取ってくることが仕事なのだから。
ただ賢者の参加は任意であった。
そして任意と言っても、迷宮探索の訓練に参加する賢者なんているはずもない。
賢者は騎士が魔石を取ってくるのを待っているのが当たり前だから。
危険の多い迷宮にわざわざ行く賢者なんていないのだ。
それは今も変わっていない。
賢者と騎士の関係性はいろいろ変わってきているけど、俺のように迷宮の中に入る賢者はまずいない。
賢者の基礎魔力は多くて10程度。
俺のような基礎魔力を持つ賢者は他に誰もいないのだ。
そうなると迷宮で魔法を使って援護なり攻撃するためには魔石魔力を使うことになる。
騎士に与えるための魔石魔力を迷宮探索で使ってしまっては、魔力の収支がマイナスになりかねない。
それは騎士も望まないことである。
今も賢者は騎士に魔力を与えて、騎士が魔石を迷宮から取ってくるのを待つのが当たり前なのだ。
「あの時……旦那様がついてきてくれて本当に嬉しかったです」
「僕もマリアナ様と一緒に迷宮に行ってみたいと思ったから。それに結果的に一緒に行って本当に良かったです。あんな変異体に遭遇するなんて誰も思わなかったでしょうから」
14歳の時だったな。
マリアナ様の初めての最下級迷宮の探索の時に、俺はマリアナ様から一緒に行って欲しいとお願いされた。
俺はその場で、はい、と一緒に行くことを決めた。
あの頃はまだ俺は魔具を持っていないし、マリアナ様も当然戦具を得ていない。
マリアナ様は王家の与えられたミスリル製の鞭を使っていたっけ。
かなり良い鞭で、おかげで変異体を倒すことが出来た。
俺は魔具無しで魔法を使って援護したな。
「旦那様がついてきてくれなかったら、私はきっとあそこで殺されていたと思います」
「僕がいなかったらマリアナ様は逃げることが出来たのでは? 逆に僕がいたから、マリアナ様は逃げず戦って、マリアナ様を危険な目に合わせてしまったのでは、と当時は落ち込みました」
「そんなことありません! 旦那様がいてくれたからです!」
「……ぷっ。お互い様ってことですね」
「うふふ、そうですね」
騎士候補生は戦具の卵を得ると同時に高い身体能力を得ている。
対して賢者候補生は、魔具の卵を得ても身体能力が上がることはない。
マリアナ様はああ言ってくださったけど、身体能力が一般人……いや、まだ14歳の子供と考えたら一般人以下の俺が、あの変異体から逃げられないと思ってマリアナ様は戦う覚悟を決めたんだと思う。
「こうやって思い出してみたら、一番最初に一緒に迷宮に行ったのはマリアナ様でしたね」
「はい! 実はそのことを私は今でもアーネスお姉様やモニカお姉様に自慢しています」
「あはは」
賢者候補生に一緒に迷宮探索に行って欲しいなんて言う騎士候補生はまずいない。
言ったら逆にその騎士候補生は賢者候補生から嫌われてしまうだろうから。
こいつは俺を危険な場所に連れていこうとする奴だ! と。
でも俺は行った。
マリアナ様と一緒に迷宮に。
そのことが分かると、アーネス様とモニカもすぐに俺と一緒に迷宮に行きたい! って飛んできたっけ。
その他の騎士候補生からも迷宮へのお誘いがきたな。
みんな俺を誘う時はガチガチに緊張していたっけ。
あの時の最下級迷宮にマリアナ様と二人でやってきた。
迷宮そのものはあの時と何も変わっていない。
変異体はいないだろうけど。
「旦那様。あの時、旦那様と力を合わせて変異体に勝ったように。今度も旦那様と、みんなと力を合わせて勝ちましょう」
「ええ。絶対に勝ちましょう。今度の相手は変異体どころか、古代の神ですけど」
「古代の神だろうと何だろうと、私達と旦那様ならきっと勝てます!」
マリアナ様は戦具を出した。
ニーズヘッグが解放されたことで、マリアナ様の戦具は真の姿を取り戻している。
どうやらニーズヘッグの魂を内包するために戦具の多くの領域が使用されてしまっていたようだ。
そのため、本来の性能を抑えられてしまっていた。
暗黒属性はそのままだ。
闇に溶け込むような漆黒の鞭。
そして黒い蛇の鱗のようなスーツが戦具の鎧だ。
漆黒の鞭は一振りすれば、岩をも砕くほど強力な打撃となる。
「勝って、私は運命の女神となります。そして永遠に旦那様のことを愛し続けます!」
「はい……僕は幸せ者だな」
「えへへ」
いつもの屈託のない可愛い笑顔でマリアナは抱き着いてきた。
いつまでもこうしていたい。
マリアナ様と……みんなと……笑いながらこうして……。




