第8話
魔力増幅効果の測定の結果、賢者の資格を失った者はすぐに強制卒業となる。
測定の立会人が学院長なのもそのためだ。
俺はその場で学院長から卒業を言い渡された。
細かい手続きはあるものの、賢者の資格はすぐに失われるのだ。
しかし魔力増幅効果が1倍、まったく無いという結果は過去に例がない。
さすがに学院長ももう一度測定してみようと言ってくれた。
もう一度測定した結果は同じだった。
なんてこった。
この事態はさすがに想像していなかった。
自分の卵の大きさから、俺も自分の魔具の性能に期待していたから。
同時にある疑問を持っている。
本当に俺の魔具は魔力増幅効果が1倍の何の価値もない魔具なのか?
あれだけ大きかった魔具の卵。
鍵という特殊な形状。
魔力増幅効果がまったく無いという過去に例がない性能。
あきらかに何か隠された特殊能力があるとしか思えない。
しかしそう思うのは、俺が前世の記憶を持つ人間だからというのが大きい。
この世界の常識から少し外れた発想が出来るからだ。
だからといって、今この場で「待ってください。僕の魔具には絶対に隠された特殊な能力があるはずです」とは言えない。
これを言ったら俺は賢者の資格を失いたくない見苦しい愚か者になってしまう。
隠された特殊な能力が何なのか、俺も分かっていないのだから。
それに現時点では本当に俺の願望でしかない。
まず部屋に戻って荷物の整理だ。
もう学院の部屋にいることは出来ない。
ほとんどの物は学院から貸与されていた物だから、自分の物なんてほんの僅かだ。
着ていく服と何着かの着替えぐらいか。
リュックにそれを詰めて卒業の手続きに向かう。
細かな手続きを受けた後、学院から卒業証書と僅かなお金をもらった。
この卒業証書を持って冒険者ギルドに行けば、すぐに冒険者登録をすることができる。
俺の身分証みたいなものだ。
ちなみに賢者になれた者は卒業証書ではなく賢者認定書をもらうらしい。
噂はすぐに広まっていた。
モードル君が言い触らしているんだろう。
騎士学院にも噂が広まるのは時間の問題だな。
まぁ、明日には俺が賢者学院を卒業して賢者資格を失ったことは正式に発表されるんだけど。
正直言ってめちゃめちゃ情けなくて恥ずかしい。
期待してくれていたアーネス様、マリアナ様、モニカさんに会わす顔がない。
1秒でも早く学院から逃げたい。
さすがにリチャードも俺に何も話しかけてこなかった。
何を話しかけたらいいか分からないよな。
リチャード頑張れよ。
良い賢者人生を送ってくれ。
手続きが終わったらすぐに俺は学院を出ていった。
モードル君が俺を探していたようだけど、会えば絶対に馬鹿にされるだろうから。
アーネス様達に挨拶することもなく、俺は王都の街へと歩き出した。
オーディン王国の王都の街並みはよく分かっている。
冒険者ギルドがどこにあるのかも知っている。
まずは冒険者ギルドで登録だ。
その後は出来れば王都を離れたい。
お世話になった孤児院に挨拶に行きたいけど、こっちも会わせる顔がないな。
学院生だった頃に何度か会いにいっている。
俺の魔具の卵の大きさに、孤児院の院長も期待してくれていたからな。
王都は広い。
魔道車に乗って南地区に移動する。
あまりお金を使いたくなりけど、歩いたら3時間ぐらいかかるから仕方がない。
王城や学院は王都の中央地区にあり、冒険者ギルド本部は南地区にある。
魔道車。
魔石をエネルギーに動く馬車のようなものだ。
速度はあまり早くない。
走るより少し早い程度だ。
魔道車に揺られて30分ほどで南地区についた。
降りた場所からさらに30分ほど歩くと冒険者ギルドの建物が見えてきた。
冒険者ギルドの本部は南地区にあり、北地区、東地区、西地区にはそれぞれ支部が存在している。
本部だけあって大きくて立派な建物だ。
冒険者達の活動も国を支える上でとても重要なのだ。
主に小さな魔石を集めてくることだけど。
真面目に働けば食べるのに困ることもない。
建物の中に入ると1階に受付カウンターがあった。
「すみません」
「はい」
「登録をしたいのですが」
「登録をご希望ですね。身分証はお持ちですか?」
「こちらです」
「あ……2階で承ります。こちらへどうぞ」
受付のお姉さんは俺の身分証である賢者学院の卒業証書を見た瞬間、悟ったのだろう。
俺が賢者になれなかった落ちこぼれであることに。
自虐的に言いすぎか。
俺が魔術師であると分かって別室に案内しているんだろう。
2階の個室に案内されると、しばらくお待ち下さいと言って受付のお姉さんは退出していった。
冒険者ギルドに登録するのは賢者学院を強制卒業した魔術師や、騎士学院を退学した戦士だけではない。
一般の男性や女性でも冒険者ギルドに登録する人はいる。
腕っぷしに自信があれば、魔物を相手にして魔石を手に入れることは良い稼ぎとなるからだ。
ただ人数としては少ない。
やはり魔術師と戦士が冒険者をしていることが多いと聞いている。
そんなことを考えていると、部屋に一人の老人が入ってきた。
「お待たせしましたアルマ殿。私は冒険者ギルド本部でギルドマスターをしているジェラルドと申します」
「アルマです。よろしくお願いしますジェラルド様」
「ほっほっほ。ずいぶんと礼儀正しい魔術師殿ですな。私は魔術師ではありませんぞ」
「目上のギルドマスターに対して当然のことだと思いますが?」
「ほっほっほ。これはこれは恐れ入ります。アルマ殿のような魔術師ばかりなら、私も仕事がやりやすいのですが」
「では噂で聞いていた通り……」
「ええ。魔術師の方は何かと問題を起こします。ギルドとしては出来る限り対処しますが、どうにもならないことも多いものでして」
冒険者ギルドの中で起こる魔術師と戦士の人間模様は、いわば賢者と騎士の下位版とも言える。
関係性はまったく同じなのだ。
ただ賢者のように圧倒的に魔術師が有利とはならない。
もともと魔術師は戦闘に向かない。
少ない基礎魔力では1日に使える魔法なんてたかが知れている。
貴重な魔石魔力を使って戦うはずもない……そもそも魔石魔力を得ることすらできないだろうけど。
対して戦士は戦える。
戦具が無くても戦士は、騎士学院で学んだ戦闘技術があるのだ。
迷宮で小さな魔石を集める主役は戦士なのである。
なら魔術師は?
戦士と組んで真面目に働く魔術師もいるだろう。
良い関係を結んで信頼を得ていけば、いずれは戦士の戦具の卵を孵化させることもあるそうだ。
自分の基礎魔力をひたすら戦士の戦具の卵に与え続ければ、いずれ卵は孵化する。
真面目ではない魔術師はどうなるか?
賢者と同じだ。
戦士を部下のように扱って魔石を集めさせようとするらしい。
しかしその関係性は賢者のようにはいかない。
立場が弱いから。
そこでいろんな問題が起きると噂では聞いていた。
「まずは冒険者ギルドへの登録ですが、こちらがアルマ殿のギルドカードとなります。すでに登録は終えてあります。今後はこちらが身分証となりますので、無くさないようにお願いします」
「ありがとうございます」
「冒険者等級は10等級からとなります」
「はい」
「こちらが魔石の買い取り表です。お持ちになってください。またこちらは魔石以外でギルドが買い取る物の一覧表です。主に薬草が多いですが、珍しい動物の肉なども高く買い取っております」
「ありがとうございます」
「学院ですでに学んでいらっしゃるとは思いますが、冒険者は迷宮の中でも弱い魔物が多く生息する最下級迷宮と下級迷宮の探索を主な仕事としております」
「はい」
「ギルドとしては戦士の方と組んで探索されることを推奨しております。特にアルマ殿のような真面目な魔術師の方であれば喜んで組みたがる戦士は多いと思いますぞ」
「それは嬉しいですね。ただすぐには組むつもりはなくて、また後日お願いしたいと思います」
「そうですか……」
一緒に組んで探索する戦士を募集するにしても、王都から離れた後がいいからね。
王都は俺のことを知っている人が多すぎる。
俺の魔具に何かの特殊能力があればまた話は違うんだけど……。
そうだよな。
もし本当に俺の魔具に特殊な能力があれば、急いで王都を離れることもないかもしれない。
でもそれはこの後の確認次第だね。
「では戦士を募集される際はぜひお声掛けください」
俺が戦士と組みたいと申し出たら、きっと戦具の卵が小さい戦士を紹介されるんだろうな。
騎士学院を退学して戦士となる人には大きく分けて2つタイプがある。
1つは戦具の卵が小さすぎて、能力が低いと判断された人。
もう1つは戦具の卵が大きすぎて、能力は高いけど魔力消費が多すぎて燃費が悪いと判断された人。
どちらも見目麗しい女性なら賢者の愛人のような形で騎士になることもあるけど。
アーネス様とマリアナ様はさすがに戦士になることはない。
王女様だからね。
もし騎士にならないなら、普通の女性の王女として生きていくんだろうな。
モニカさんのように見目麗しい女性は、賢者の愛人候補なんだろう。
はぁ……もう3人と会うこともないか。
さて、魔術師に紹介する戦士は2つのタイプのうち前者となる。
戦具の卵が小さすぎて騎士になれなかった人だ。
なぜなら、魔術師となった俺も魔力増幅効果が2倍未満と低くて賢者の資格を失っている。
そんな俺は魔石魔力を得ることもない。
つまり基礎魔力だけが俺の魔力で、その魔力で信頼関係を築けた戦士の戦具の卵を孵化させたいと思った時には、当然戦具の卵が小さい方がいいのだ。
これが戦具の卵が大きすぎて戦士となった者となれば、基礎魔力で魔力を与え続けても戦具の卵が孵化するまでに下手すると10年以上かかったりする。
それでは意味がないからね。
ギルドマスターのジェラルド様からギルドの規約などの細かい話を1時間ほど聞いて、俺は冒険者ギルドを後にした。