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異世界で賢者になる  作者: キノッポ
第三章
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第79話

 泉の前で呆然と立っていたマリアナに声が響く。


『おーい』

「え?」


 聞いたことのない声だ。

 ニーズヘッグの声ではない。


『こっちこっち』

「え? きゃっ!」

『お前がマリアナだろ? ニーズヘッグを連れてきてくれた』

「は、はい。私はマリアナです」

『ニーズヘッグがお前達を助けてくれと言うので、ちょっと力を貸してやる。これを受け取れ』


 突然現れた巨大なリスは、そのほっぺを大きく膨らますと、息を大きく吐き出した。

 するとその口の中から様々な物が出てきたのだ。

 しかもそれは食糧だったり水だったり、さらにはリュックや暖かいテントのようなものまで。

 口の中から出てくるものとしては、明らかにおかしい。


『くれてやる』

「あ、ありがとうございます」

『それとこれは俺がつけてやろう』


 再び口の中から何かを出した。

 それは一本の木の棒であった。

 その木の棒に巨大なリスが炎を吹きかける。

 勢いよく燃え上がった木の棒を氷の大地へと突き刺した。


『これはニブルヘイムでも消えない炎だ。ここで休んで戻る場所へと向かえ』

「あ、ありがとうございます!」

『礼はいらない。その代わり面白いものを見せてくれよ』

「面白いもの?」

『そうだ。俺はこの世の面白いことを知るのが好きだ。それに鷲の野郎をまたからかいたいからな』

「は、はぁ。頑張ります」

『そうだ頑張れ。頑張ってウルズの泉をスキールニルから取り返せ』

「それは! は、はい! 頑張ります! 絶対に取り返してみせます」

『おぅ。期待しているぞ。じゃーな』


 巨大なリスはどこかへと去っていってしまった。

 残されたのは大量の物資とテントと、そして氷の世界でも消えない炎。


「天の恵み……いやニーズヘッグの恵みか」

「ありがたく頂くことにしましょう」

「ああ、そうだな。まずはみんな腹を満たして体を休めよう」


 久しぶりの休息。

 アーネス達はお腹を満たすと深い眠りについた。

 ニブルヘイムでも消えることのない炎に温められながら。




 どれほど眠っていたのか分からない。

 丸1日は眠っていただろうか。

 眠りから覚めたアーネス達は食事を取ると、巨大なリスからもらった物資をリュックに詰めてアルマの元へ戻るために出発することにした。

 ニブルヘイムでも消えない炎を持ちながら。


「ニーちゃん行ってきます」

『気をつけろ。あれは本物のヘルだ。ヘルが何を考えているのか分からないが、奴が善意から人を助けることなんてない。まぁ大方、奴もスキールニルをマリアナ達が倒してくれることを願っているのだろうが』

「はい! 絶対にウルズの泉を取り返してみせます」

『無事に戦いを終えたら、たまに遊びにきてくれ』

「うん! 絶対来るね!」


 ニーズヘッグとのお別れを済ませると、アーネス達は来た道を戻っていく。

 来た時とは違い、物資と消えない炎があるだけで移動の困難は雲泥の差であった。

 感覚的には来た時の半分にも満たない時間で、あの場所へ戻れるのではないかと思えるほど。

 実際には半分までいかないが、アーネス達はかなりの速さでアルマの元へと戻っていった。

 そうしてアルマがグングニルの槍で心臓を貫かれた日から9日後の晩。


 ヘルは9日間、アルマの前でずっと番をしていた。

 トネリコの木に吊るされてグングニルで心臓を貫かれているアルマ。

 その心臓部から血はもう流れていない。

 ニブルヘイムの冷気で傷口はすっかり凍っている。


「来たか」


 氷の大地に座り込んでいたヘルが立ち上がると、視線を向ける先にアーネス達の姿が見えた。

 ちょうど9日後の晩。

 測れたわけではないだろうが、これもまた運命か、とヘルは思う。


「ぴったりではないか」

「そうなのですか?」

「ニーズヘッグはフヴェルゲルミルの泉に戻ったのだな?」

「はい。ニーちゃんは大きな竜となって泉の中で根をかじっています」

「これで少しは戻るか。その炎はニーズヘッグか? いやラタトスクの匂いがするな」

「こんな氷の世界で匂いなんて分かるんですか?」

「私にはな。さて、お前達の主は9日間その命をオーディンに捧げた」

「オーディン様に?」

「そうだ。お前達の主の心臓に刺さっている槍はグングニル。オーディンが使っていた槍だ。そしてお前達の主が戦っていた相手こそ……魂は違えどオーディンだ」

「魂の違うオーディン……」

「お前達は難しいことを分かる必要はない。大切なのはお前達の主が偶然にも儀式の条件を満たしたということだ」


 ヘルが手をアルマに向けてかざす。

 するとゆっくりとグングニルがアルマの心臓から引き抜かれていった。

 先端の刃が引き抜かれると、そこには……何の傷も見えなかった。

 穴が開いた服から見えるのは綺麗な胸の肌だったのだ。


「ヘルの名において汝の魂が再び肉体に宿ることを許可する」


 アルマの体が一瞬波打つ。

 満足げなヘルは、グングニルでアルマを吊るしていた木の枝を薙ぎ払った。

 アルマはそのまま下へと落下する。


「よっ」


 そこにモニカが素早く移動すると、落ちてくるアルマを抱きしめて受け止めた。


「ご主人様!?」


 みんなが駆け寄る。

 9日間もニブルヘイムの冷気にさらされていたアルマの身体はとても冷たい。

 しかしその心臓は力強く動いているのが分かった。


「動いてるっしょ! 心臓が!」

「生きてる……旦那様生きてる!」


 炎をアルマの近くに持っていき、アーネス、マリアナ、モニカがアルマの身体を優しく抱きしめて温めていく。

 身体は冷えているけどアルマの力強い心臓の音が感じられる。


「時期に目が覚めるだろう。お前達の主が秘密のルーン文字を得られたか分からぬが……。私はここまでだ。あとはお前達が自らの運命を勝ち取ることを願っている」

「あ、ありがとうございました……ヘル様」

「感謝するがよい。この恩忘れるなよ」


 ニヤリと笑ったヘルの顔は実に恐ろしいものであった。

 アルマを生き返らせてもらった恩人でなければ、その恐ろしさに武器に手が伸びるところだ。

 ヘルはアーネス達に背中を向けて歩き出すと、ヘルヘイムへと帰っていった。



 マーナが月狼化してその毛と尻尾でみんなを包み込む。

 みんなはアルマを囲って包み込む。

 マーナ達の前には消えない炎が暖めてくれる。

 そうしてみんなでアルマを温めていると、アルマの口から声が聞こえてきた。


「んん……」

「旦那様」


 優しく慈しむようにアーネスが声をかける。


「旦那様」

「ご主人様」


 マリアナにモニカ、そしてみんなもアルマのことを呼ぶ。

 それに応えるかのように、アルマの目がそっと開いた。


「あ、あれ? みんな? え? ここは……」

「マーナが尻尾で包んでくれています。みんなで旦那様を温めていました」

「僕を? どうして僕を……あれ? 僕はどうしていたんだっけ」


 記憶が混乱しているようだ。

 一度死んでヘルに蘇生してもらったのだが、記憶が混乱するのも無理はない。


「彼女は? あの人は?」

「ああ、ヘル様ですか。ヘル様ならヘルヘイムにお帰りになられました」

「ヘル様? それは誰?」

「え? えっと……旦那様を救ってくださった方です」

「僕を? いや、彼女は僕に……あれ? 彼女は……あの人は誰だっけ? ん? あれ?」


 アルマの記憶はますます混乱していく。


「旦那様はここで戦っていました。覚えていらっしゃいますか? 最後は心臓を槍で貫かれて」

「え? 僕の心臓が槍で……ああ! お、思い出した! そうだ! あの男! あの男は!?」

「その男はヘル様が塵へと還してくれました。そしてヘル様によって旦那様は生き返らせてもらったのです」

「生き返らせてもらった? 僕は一度死んだ? 心臓は……動いてる」


 アルマの心臓はドクンドクンと鼓動を打っている。


「記憶が混乱していらっしゃるのでしょう。大丈夫です。ゆっくり落ち着いていきましょう」

「う、うん。そうだね。とりあえず鍵の空間の中に入ろうか。ここだと……あれ? その炎は?」

「はい。順を追って説明させて頂きます」


 こうして意識を取り戻したアルマは、鍵の空間を開くとみんなと一緒に入るのであった。




「なるほど。ニーズヘッグを無事にフヴェルゲルミルの泉に連れていけたんですね」

「はい!」

「旦那様、マリアナは私達と同じ神の使いの資格を得ているのでしょうか?」

「はい、得ています。鍵の魔具で見ましたが、マリアナ様にも神の使いという資格がありました」

「嬉しい!」

「これでマリアナっちも運命の女神になれるっしょ」


 運命の女神ノルン3姉妹。

 それはウルズの泉を取り返す上でも必要となる条件だ。

 その条件が満たされた。

 アーネス、モニカ、マリアナの3人は神の使いという資格を得ている。

 新たなノルン3姉妹となるために。


「アーネスっちが長女で、モニカが次女、マリアナっちが三女っしょ。つまりマリアナはモニカの妹っしょ」

「はい!」


 呑気に話しているが、運命の女神になるということは人では無くなるということだ。

 アーネスに至っては運命の女神となった後にオーディン王国の女王に即位しようと考えているぐらいである。

 運命の女神が何をしなければならないのか、何も知らないというのに。


 アーネス達にとっては久しぶりの鍵の空間だ。

 そのありがたみをひしひしと再確認している。

 どれほど過酷な環境であっても、この鍵の空間の中は安全に休めるのだ。

 その恩恵を身に染みていま感じていた。


「これで次はウルズの泉ですね。ウルズの泉はアースガルズにあります。でも神々の国アースガルズに渡るための虹の橋ビフレストはラグナロクで壊れて無くなりました」

「私が飛んで連れていけるのでしょうか?」

「いえ、それは無理です。いまアースガルズはユグドラシルの枝に囲まれて隠されています。ミーミルの泉から得た知識で分かります。そこに行くには……フレイヤ王国にある世界樹の迷宮から向かうことになるでしょう」


 エルフ族達精霊王国にある世界樹の迷宮。

 様々な入り口があるが、中では全て繋がっているとされている。

 それは本当だとアルマには分かる。

 なぜならあれは、本当は迷宮ではないのだから。

 スキールニルが入り口だけ迷宮っぽくしているのだろう。


「フレイヤ王国の世界樹の迷宮からアースガルズに向かいましょう。一度オーディン王国に戻り準備を整えてから」



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