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異世界で賢者になる  作者: キノッポ
第三章
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第78話

 アルマとの間を隔てていた竜巻は突如として消え去った。

 理由は分からない。

 分かる必要もない。

 アーネス達は一目散にアルマのもとへと向かった。

 だがそこには、トネリコの樹に吊るされて心臓を槍で貫かれたアルマの姿があった。

 その姿に悲鳴すら上げることも出来ない。


 トネリコの樹の前には、一人の男と一人の女がいた。

 女は男に何かをしている。

 すると男の体はその場で崩れ去るように塵となっていってしまったのだ。

 女は呆然と立ち尽くすアーネス達を見ると、ゆっくりと近づいてきた。


「我はヘル。ヘルヘイムを治め死者を支配する神ヘルである」

「……お、お前が旦那様を殺したのか?」

「ふん、生意気な口を。我ではない。お前達の主をこうしたのは、今しがた塵と還った男だ」

「し、死んでるの? ご主人様は死んでる?」

「ああ、死んでいるぞ。お前達の主は死んだ。つまり死者であるお前達の主は、我が支配している」

「なんだと?」


 アーネス達の頭の中は真っ白であった。

 アルマの死を受け入れられず状況の把握も出来ていない。


「感謝してもらいたいのだが。こうしてお前達の主が死んでもなお、魂を肉体に維持しているのは我のおかげなのだぞ?」

「魂を肉体に維持している? ど、どういうこと?」

「死者の理をお前達が知る必要はない。我が今お前達に伝えることは2つだけだ。1つはフヴェルゲルミルの泉へと行け。そしてもう1つは9日後にここに戻ってこい。以上だ」

「ヘル……様の言う通りにしたら、旦那様はどうなるので?」

「知ってどうする? 希望が無ければ動かないのか? お前達は無能だ。主を守ることすら出来ず死なせた。無能なお前達に伝えることはもうない。嫌なら帰るがいい。主の死体を持っていっても構わんぞ。これは我の善意であって、義務ではない」


「旦那様……旦那様!」


 突然マリアナが泣きながらトネリコの樹へと向かう。

 よじ登ろうとしていた。

 完全に取り乱しているのが分かるが、誰も止められない。


「僅かでも触れたら終わりだ。我は去る」


 その言葉にマリアナの動きは止まる。

 どう見てもアルマは死んでいる。

 わずかな望みは死者を支配するというこの目の前のヘルという神だけ。

 本物かどうかも分からない。

 もしかするとアルマを殺したのは本当のこの女なのかもしれない。


 いずれにせよ、主を守れなかった無能という言葉は真実だ。

 マリアナやアーネス達はアルマを守れなかった。

 ヘルの言葉が胸に突き刺さる。


「マリアナ……降りるんだ」

「お姉様……」

「私達に出来ることは、今の言葉を信じて動くことだけだ。旦那様は……心臓を槍で貫かれている。どうすることも出来ない」


 アーネスはヘルを見る。


「私達は無能です。無能は無能なりにもがきたいと思います。仰る通りに、私達はフヴェルゲルミルの泉へと向かいます。そして9日後にここに戻って参ります」

「ああ、そうするがよい。それがお前達にとっての最善だろう」


 各々が思うことはあっても、次にやるべきことは一つしかない。

 トネリコの樹に吊るされたアルマを悲痛な思いで見ると、アーネス達はフヴェルゲルミルの泉がある方角へと歩き始めた。

 アルマはいない。

 9日後にここに戻ってくるにしても、それまで生き残られなくてはいけない。

 常にアルマの鍵の空間の恩恵を受けてきた自分達にとって、9日間を生き延びるということは容易いことではないと分かっている。

 ましてここはニブルヘイム。

 過酷な氷の世界なのだから。




 アーネス達が去った後、ヘルはトネリコの樹の前に座っていた。

 見上げる先にはグングニルによって心臓を貫かれたアルマ。


「すぐに蘇生してやってもよかったんだけど……お前がオーディンと同じく秘密のルーン文字を得られるかどうか……運命の導きで条件が揃ったのだから試してみようと思ってね」


 ヘルはオーディンの塵を両手に乗せると、アルマに向かって吹きかけた。


「さて、9日間私が番をしてやろう」




 フヴェルゲルミルの泉へと向かったアーネス達は、それから三日三晩歩き続けた。

 飲まず食わずである。

 氷はどこにでもあるのだが、アーネスの聖属性の光線やモニカの雷で溶かそうとしても上手くいかず、水はほとんど得られなかった。

 また食料となるものは何もない。

 それに明かりの確保も難しい。

 ディアの闇鷹の暗視を頼りに、時折アーネスの光線で方角を確認するぐらいだ。


 9日後にアルマの場所へ戻ると言ったが、地下の氷の世界では1日の間隔など掴めない。

 三日三晩歩き続けているアーネス達だが、本人達は何日経過したのか分かっていないのだ。

 フヴェルゲルミルの泉を見つけてニーズヘッグを解放すれば、すぐにアルマの場所へ戻るつもりであった。

 しかし時間の経過が分からない中での移動。

 しかも食料も水もなく、さらには安全に休める場所もない。

 寒さに身体を震わせながら、それでもどうにか一歩前に進んでいく。

 いつ終わるのか、たどり着けるのか分からない不安の中で、アーネス達はそれでもアルマの場所へ帰ることだけを心の拠り所にして進んだ。


 そうして4日目、アーネス達の前に泉が現れた。

 目的のフヴェルゲルミルの泉なのかどうか分からない。

 ただ目の前に水がある。

 喉の渇きを潤そうと、一斉に泉へと走り出す。


「だめです!」


 疲れた中で精一杯の大きな声でマリアナが叫んだ。


「それは毒の泉です。飲んだら死にます」


 毒の泉。

 その言葉に水を飲もうとしていた足が止まる。


「ここがフヴェルゲルミルの泉です。ニーちゃんが言ってます」


 ここが目的のフヴェルゲルミルの泉ではあったようだ。

 だが残念ながらフヴェルゲルミルの泉は毒の泉である。

 人が飲める水ではなかった。


 足を止めたみんなを通り越して、マリアナは泉の前までやってきた。

 戦具の鞭を進化状態で出す。

 ニーズヘッグだ。


「ニーちゃん」


 マリアナは鞭の先端にあるニーズヘッグの頭を一度撫でると、鞭をそのまま泉の中に入れた。

 鞭は蛇のように水の中を泳ぎながら、泉の中央の底へと向かっていく。


「解放したのか?」

「はい」


 アーネスやモニカの解放とは違う。

 古代の神がその力を貸し与えるわけではない。

 やがて泉の中央にぷくぷくと泡が立ってくるのが見えた。

 その泡は徐々に増えていき、そして大きくなり、最後には大きなうねりとなる。


「マ、マリアナ!」


 今にも吹き出しそうな毒の泉の前に立つマリアナにアーネスが声をかけるも、マリアナはそこから一歩も動くことはない。

 そして泉のそこからついにそれは姿を現した。

 漆黒の飛竜ニーズヘッグ。

 毒の泉の底から這いあがったその姿は、まさに世界の終焉を待つ竜と呼ぶに相応しい雄大な姿であった。


『世話をかけたな』


 今までマリアナしか聞くことの出来なかったニーズヘッグの声はアーネス達にも聞こえた。


「ニーちゃん大きくなったね」

『マリアナのおかげだ。我と相性の良い戦具だったため、転生した魂がマリアナの戦具に宿ってしまったのだ』

「ニーちゃんと一緒で楽しかったよ」

『我もな。まずはこれを返そう』


 マリアナの戦具の鞭が毒の泉の底から宙へと上がってくる。


『我のせいでその鞭の性能は制限されてしまっていた。これからは本来の性能を発揮するだろう。それにフヴェルゲルミルの泉の毒の性能を付加しておいた。役立つことを願う』

「ありがとう」


 ニーズヘッグはその雄大な体を横に向けると、天井から伸びている氷を見つめる。

 マリアナ達は暗くて見えないが、その氷の中には巨大な根が閉じ込められていた。

 ユグドラシルの根だ。

 ニーズヘッグは暗黒のブレスを吐くと、氷を一瞬で解かしていく。

 そして氷が解けて姿を見えたユグドラシルの根に、かじりついた。


 ニーズヘッグが根をかじり、引きちぎるように噛み上げると、ユグドラシルの根の中から何かが泉の中に落ちていった。

 それは人の形をしていたり、動物の形をしていたり、さらには魔獣の形をしているものもあった。

 様々な形をした黒い何かが泉の中に落ちていく。

 ニーズヘッグはまた根をかじり、同じように噛み上げては泉の中に黒い何かを落とし続けた。


 泉の中に落ちた黒い何かの周りを、さらに取り囲むものがいる。

 黒い蛇だ。

 無数の黒い蛇が、落ちてきたものを取り囲み噛みつくと、泉の底へと引きずりこんでいく。

 落ちてきた黒い何かはそれに抵抗するようにもがいた。

 生きているわけではない。


 落ちてきているのはこの世界の罪だ。

 罪が形となり毒の泉の底で無へと還ることを拒んで抵抗しているのだ。

 しかし無数の黒い蛇達は、そんな抵抗をものともせず、罪を毒の泉の底へと引きずりこんでいく。

 いつの間にかフヴェルゲルミルの泉は黒い蛇で埋め尽くされていた。


 しばらく根をかじり続けていたニーズヘッグだが、ある存在がやってきていることに気づいた。

 根の氷を解かしたことで、ここまでやってくることが出来たのだろう。


『ラタトスクか』


 根を伝いやってきたのは、巨大なリスであった。


『おぅおぅ! もしやと思って来てみれば、ニーズヘッグ様じゃありませんか! スキールニルに転生を邪魔されたんじゃなかったのか?!』

『相変わらずうるさいリスだ』

『そんなつれないこと言うなよ! 鷲の野郎に土産話が出来ないじゃないか』

『鷲のくそ野郎はまだ生きているのか?』

『あ~……知らん』

『知らないだと?』

『行けないんだよ。ユグドラシルの頂上に』

『スキールニルか』

『そうだ。奴が道を塞いでしまっている』

『ふん! 気に入らないな』

『ああ、俺も気に入らないとも! あいつのおかげで鷲をからかいにいけないんだからな!』

『奴はどこまで進んでいる?』

『ユグドラシルの支配権か? ほぼほぼ終わってる。いや、終わっていたと言った方がいいか。こうしてニーズヘッグ様が戻ってきてくださったおかげで、ユグドラシルも少しは力を取り戻すだろうよ』

『俺を戻してくれた者達が、ウルズの泉を取り返すだろう』

『本当かよ! ウルズの泉を! これは大ニュースじゃねぇか!』

『だがその者達が困っている。食料と水がない。それに身体が冷えているから暖を取らせてあげたい』

『へぇ~……あのニーズヘッグが他人の心配? お前本当にニーズヘッグか? それとも転生した時に魂を清めてもらったのか?』

『うるさい、噛み殺すぞ。泉のそこにいる者達が見えるな? あの者達に食料と水、それにニブルヘイムでも消えない炎を与えてやってくれ』

『なんで俺が』

『お前しかいないからだ』


 不満顔のラタトスクだが、事態が分からないわけではない。

 ニーズヘッグが戻った。

 これから何か大きなことが起こるに違いない。

 それが何か知りたい。

 そのためにもニーズヘッグをここに連れてきた者達にウルズの泉を取り返してもらわないといけない。

 なら、多少の手伝いは仕方がない。


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