第77話
強力な雷を落とす攻撃から、氷の兵士による人海戦術へと切り替えてきた。
氷の兵士の数はどんどん増えていく。
それらが無造作に襲いかかってきては、俺の攻撃魔法で次々と砕かれて、ただの氷へと戻る。
あの男は氷の兵士を作り出すようになってから、雷を落としてはこなくなった。
氷の兵士を作り出すので手一杯なのか。
氷の兵士そのものはそれほど強くない。
数が多いだけだ。
それでも気を抜けるほど弱いわけじゃないから、次々と倒していかないといずれ数で押されてしまう。
まだまだ魔力に余裕はあるけど、持久戦は避けたい。
何よりあの男の魔力がどれほどなのかも分からない。
俺とみんなを分断している竜巻を見れば、ディアが絶を放ちナルルが闇馬でこちらに来ようとしているのが見える。
アーネス様達はどうなったのか。
「もたもたしていられない」
氷の兵士の波が途切れた隙を見て、鍵の魔具に大量の魔力を流す。
ミーミルの泉で知恵と知識を補完してもらったことで、新たに得た魔法がある。
ものすごい魔力を必要とするけど、威力は凄まじい。
それに媒介も必要となる。
「トネリコの枝よ」
オーディン王国にも多く生えているトネリコの樹の枝が媒介だ。
トネリコの枝に鍵の魔具が魔法をかけていく。
大量の魔力が流れ込むと、トネリコの枝はその形を徐々に変化させると、やがてそれは一本の槍と成る。
「貫け、グングニル」
かつて主神オーディンが使ったとされる槍グングニル。
そのものではないけど、トネリコの枝を大量の魔力でグングニルのような槍へと変化させる魔法がミーミルの泉から得られたのだ。
一度だけみんなに内緒で試したことがあって、あまりの威力にみんなを巻き込んでしまうと思って使い道は無いかなと思っていた。
こうして竜巻が分断してくれたことで、みんなを巻き込むことなく使えるわけだ。
グングニルは男に向かって一直線に飛んでいく。
男もグングニルに気づいたのか、氷の兵士を作り出していた手を止める。
この一帯が消し飛ぶほどの威力だぞ。
男はニヤリと笑って手を前に出した。
「おいおい……お前は何でもありかよ」
男はグングニルを……手で掴んだ。
貫くことなくグングニルは男の手に納まってしまったのだ。
この男に魔法は効かないのか?
「あ、やばい」
男は掴んだグングニルの槍をぐるぐると回すと、そのままこちらに投げてきた。
「まずい!」
槍を避けると同時に結界を展開する。
あ、後ろにはディアとナルルが!
直後の爆発と爆風で、俺は吹き飛ばされてしまった。
「いててて」
さすがはグングニル。
氷の大地がごっそり削り取られたかのように無くなっている。
後方の竜巻は維持されていた。
おかげでディアとナルルはグングニルの爆発に巻き込まれずに済んだようだ。
「グングニルでもだめならどうしたらいいんだよ」
この男に魔法は効かないのか。
グングニルを投げ返してきた男は、魔法で攻撃するでもなく、氷の兵士を作るでもなく、自らの服の中に手をあちこち入れて何かを探していた。
そして右手に何かを取り出した。
なんだ? 小さすぎて見えないけど。
~竜巻前方 アーネス側~
何度斬りつけても怯まない巨大な犬。
すでに体中傷だらけだが、それでも動きを止めない。
この巨大な犬もデックアールヴ達と同じく、体から血が流れることはなかった。
「なんだ?」
後方から爆発音が響いてきた。
竜巻の向こう側で巨大な爆発が起こったようだ。
「まずい。おそらく旦那様はあの竜巻の向こう側だ」
底知れぬ生命力を持つ巨大な犬も不死ではないはずだ。
アーネスは危険を承知で、動きを止めない犬の首を狙いにいった。
だがその動きは読まれてしまい、巨大な犬の爪がアーネスを襲う。
「お姉様!」
ティアがすぐに回復魔法をかける。
これだけ素早く動き回られてしまうと、首を狙うのは難しい。
それでも時間がない。
アーネスは再び首を狙いにいく。
「ニーちゃん!」
アーネスの動きに合わせてマリアナが鞭で巨大な犬の足を狙う。
鞭は蛇が素早く這うように足を絡めとろうとするが、巨大な犬は鞭を避けてしまう。
だがそこに、マーナとモニカが巨大な犬に喰らいついた。
マーナは己の牙で巨大な犬の横っ腹に噛みつく。
モニカは巨大な犬の後ろ脚を斧で叩くと態勢を崩した。
そこにアーネスが上空から首を狙いにいく。
ここまで態勢を崩されながらも、巨大な犬はアーネスの動きを読んで、前脚の爪をアーネスに向けた。
その前脚にマリアナの鞭が突如として絡む。
鞭はマリアナの手から離れていた。
ニーズヘッグだ。
脚を狙った一撃を避けられた後、ニーズヘッグはマリアナの手から離れてこの瞬間を狙っていた。
前脚を絡めとると、巨大な犬の目に向かって暗黒のブレスを吐く。
「もらったぁぁ!!!」
アーネスの白銀の剣がついに巨大な犬の首をとらえた。
だが首を一撃で刎ねるまでには至らず。
剣は首の途中で止まってしまった。
「このぉぉぉぉ!!!」
白銀の剣に聖属性を全力で流すと、氷を切断するかのように剣は徐々に巨大な犬の首に喰い込んでいく。
真っ白な輝きを放ちながら、ついにアーネスの剣は巨大な犬の首を切断した。
「はぁはぁ」
「ようやく終わったっしょ」
「とんでもなくしぶとい相手だったな」
首が落ちた巨大な犬は、そのまま氷の大地へと倒れて動かなくなった。
これで氷の塊から出てきた3人と1匹は倒した。
終わりのはずなのだが、後ろでは何かが起こっているはずだ。
アーネスはすぐにティアのもとへと向かう。
「ティア! 旦那様は!?」
「あの竜巻の向こう側に!」
「やはりそうか! ディア! ナルル!」
大きな爆発音が響いていたが、ディアは絶を放ち続けているし、ナルルも闇馬で竜巻を越えようとしている。
「だめだ! 絶では消せない」
「ナルルの闇馬でも無理か」
「竜巻は氷の天井にまで届いているか……飛んで突き抜けられるか」
アーネスは翼を出して竜巻の中に飛び込んでみた。
しかし竜巻のうねりに弾かれてしまう。
「なんて強力な竜巻なんだ」
「あれ? あっちにあった竜巻は消えているのに」
デックアールヴ達が閉じ込められていた氷の塊から発生していた竜巻は消えている。
いま残っている竜巻はアーネス達とアルマを分断するものだけになっていた。
「向こう側の状況がよく見えない」
「ご主人様戦ってるっしょ」
「くそっ! あの4人は罠だったのか!」
アーネス達が竜巻の前でどうすることも出来ないでいた頃。
アルマと男のさらに後方に姿を現した女性がいる。
ヘルだ。
ヘルヘイムからここまでやってきて、戦いを見届けていた。
「ガルム達を倒したようね。なるほど。ミーミルの言っていた通り希望の光となり得る存在かもしれないわ。まだまだ未熟だけど……。さて、問題はこっち。スキールニルめ、保険をかけていたか。しかも呼び出したのが……オーディンとは」
ヘルをニブルヘイムへと追放し、ヘルヘイムで死者を治める役割を与えたのがオーディンであった。
「ユグドラシルの理の狂いから創られてしまったオーディンの生命体。これほど長い年月をかけようとオリジナルにはほど遠いわね。それでもかつての力の片鱗は見えるけど」
このままではオーディンと戦っているあの男は勝てないだろう。
この戦いはヘルにとっては予定外のことだ。
ヘルが課した試練は乗り越えたのだから。
「仕方ない。ガルム達に勝てたのだから……面倒を見てやろう。それに面白い。なぜスキールニルはオーディンを呼び出してしまったのか。かつてのオーディンも己の運命を変えようともがけばもがくほど、己の終焉に近づいていったものだけどね」
~竜巻後方 アルマ側~
右手に何かを取り出した男。
しばらく動きを見せなかったけど、その右手にあるものが見えてきた。
徐々に大きくなっている。
それは見覚えのあるものだった。
グングニルだよね?
どうしてこいつがグングニルを作れるんだ?
俺と同じ魔法を?
あれ? グングニルを作れる……こいつの顔……ああ!
「オ、オーディンだ!」
ミーミル様と口論していたあの男。
あれがオーディンだったはず。
あの男と同じ顔じゃん!
俺が戦ってたのは主神オーディン様かよ!
俺が作ったグングニルよりもさらに強力なグングニルだ。
魔力の桁が違うんじゃないか。
「え? ぐっ! しまった!」
俺の足元から突然、草のようなものが生えて足に絡まってくる。
草はどんどん成長していくとやがて樹となり、俺は枝に吊るされてしまった。
トネリコの樹だ。
グングニルだけじゃなくて、俺を捕まえるためにこれを仕込んでいたのか。
「あぐっ!」
右手に持つ鍵の魔具を落とされてしまった。
魔法を発動していたのがこの魔具だってこともお見通しか。
俺自身の魔法の風の刃では拘束している枝を切り落とすことも出来ない。
詰んだ。
動きそのものは緩慢なオーディンは、ゆっくりと俺に近づいてくる。
グングニルを持ちながら近づいてくる様は、まるで死刑執行人だ。
トネリコの樹に吊るされた俺は死刑を待つ罪人かよ。
アーネス様達の方を見る。
竜巻が吹き荒れていた。
向こう側の戦いはどうなったのか。
俺が殺されたら、次はアーネス様達なのか。
俺はみんなを守れない賢者だった。
情けない。
みんなを守れず、世界も守れなくて、ここで終わりなのか。
主神オーディンよ。
貴方が人族の神なら……俺達に祝福を……。
俺の目の前までやってきたオーディンは、ゆっくりとグングニルを構えた。
その目に生気はない。
何の感情も無いオーディンは、グングニルで俺の心臓を貫いた。




