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異世界で賢者になる  作者: キノッポ
第三章
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第72話

 ゆっくりと落ちていく。

 巨大な円形の空洞の壁は氷で、その中には見たこともない魔獣のような生物が氷漬けにされている。

 古代の魔獣がニブルヘイムで氷漬けになったのか?

 それとも意図的にここに閉じ込められたのか?

 だとすれば、それは誰がやったのか。


 どれだけの時間を落ちていったか。

 ありがたいことに俺の膨大な基礎魔力と鍵の魔具の性能のおかげで、風魔法が止まることはない。

 恐ろしい生物の氷漬けを眺めながら落ちていくと、やがてそこに変化が現れた。

 氷の中の生物が徐々に変化していったのだ。

 それは魔獣のような生物から動物のような生物へと変わり、そしてやがて人のような生き物に変わっていった。

 いま見えているのは完全に人の形をしている。


「あれは!」


 氷の壁の中にいる無数の人の中に見覚えのある人がいた。

 古代の神フレイ様だ。

 一緒にいたのは1日ちょっとだったけど、あれは間違いなくフレイ様の顔だった。


「どうした?」

「いえ、ちょっと……古い知り合いによく似た人が氷の中にいたので」

「その人そのものでは無いのだろ? その知り合いの人はいまどうしているんだ?」

「分かりません。古い……とても古い知り合いなので」

「そうか……む? あれは地面か? しかし氷のようにも見えるが」


 どうやらようやく落下の旅は終わりのようだ。

 降り立った場所は一面が氷の大地だった。

 ここはニブルヘイムなのだろうか。


「滑りやすいので気を付けて」

「そのようだ。……そ、その主よ」

「はい? なんでしょう?」

「そうやって抱きしめてくれるのは嬉しいのだが、もう大丈夫だ」

「ああ、すみません。マーナさんに結界を張っておきますね」

「結界を?」

「はい。ここ、本当はめちゃめちゃ寒い場所なんですよ。たぶん気温はマイナスですね。僕の結界で寒さを防いでいたので」

「そ、そうだったのか。気づかずすまなかった」

「いえいえ。確かに抱きしめたままでは歩き難いですからね」

「む……惜しいことをしてしまったか」

「え?」

「何でもない」


 マーナさんに結界を張っておく。

 もともと寒さを防ぐための結界ではないので、完全には寒さを防げるわけではない。

 もっと気温が下がったらやばいな。

 鍵の空間の中に入れば、とりあえず逃げられるけど。


 はぐれてしまったアーネス様達が心配だ。

 物資は鍵の空間の中にある。

 俺がいないと食糧や水が断たれてしまう。

 何より常に鍵の空間があっての探索に慣れてしまっているアーネス様達にとって、安全に休める場所がない中での探索は不安と恐怖しかないだろう。


「上に上る道を探しましょう」


 氷の大地の上を歩きながら、地上へと向かう上がる道がどこかにないかマーナさんと一緒に探していく。

 大地が全て氷で本当に滑りやすい。

 息は白い吐息となって消えていく。

 結界無しでこんなところに長時間いたら寒さで死んでしまうだろう。


 探索中にも氷の壁や大きな氷の塊の中に人や動物、魔獣のようなものが氷漬けにされているのをいくつも見つけた。

 本当にいったいどうしてここで氷漬けにされているのだろうか。


「え……」

「マーナさんどうしました?」

「主よ……あれは……」

「ん? え!? ア、アーネス様!?」


 氷の塊の中に、なんとアーネス様がいた。

 顔は間違いなくアーネス様だ。

 でも戦具の鎧を着ていない。

 あれは学院の頃に着ていた鎧だった気がするけど。


「ムカデに連れ去られて氷漬けにされたのか? まさかあのムカデは人や生物をここに連れてきて氷漬けにする魔獣?」

「どうでしょう……炎で氷を溶かしてみます」


 アーネス様を凍らせている氷に向かって炎の魔法を放つ。

 威力を調節してアーネス様を傷つけないように。

 ゆっくりと氷が溶けていくと、アーネス様の体が氷から徐々に解放されていく。


「アーネス! アーネス! 起きろ! 生きているか!」


 マーナさんが氷の溶けたアーネス様に声をかけるも、反応がない。

 心臓の部分が氷から解放されると、マーナさんがアーネス様の胸に耳を当てた。


「心臓が動いてないぞ!」


 これは……本当にアーネス様なのか?

 未知のニブルヘイムだから何が起こるか分からない。

 本物のアーネス様がムカデ魔獣に連れてこられて、方法は分からないけどこの服を着せられて氷漬けにされた可能性はゼロとは言えない。

 でもやっぱりおかしいだろ。


「アーネス! アーネス! ア……目、目が開いた!」


 氷の中にいたアーネス様の目がゆっくりと開いていく。

 全身の氷はほぼ溶けている。

 動けるなら氷の中から出られるはずだ。


「アーネス! 私が分かるか!? マーナだ!」

「……あ」

「喋られるか? 氷の中に閉じ込められていたんだ」

「あ、あ、あ、あーね、あーねす」


 声もアーネス様の声だけど……挙動は明らかにおかしい。


「マーナさん下がってください。様子が変です」

「え?」

「ま、ま、ま、まーな」


 アーネス様の右手に氷が収束していく?

 あれは……氷の剣!?


「マーナさん避けて!」


 アーネス様は氷の剣でマーナさんに斬りかかってきた。

 俺の声に反応したマーナさんは、不意打ちを素早く回避する。

 でも俺の声が無くても回避出来ただろう。

 アーネス様の動きがあまりに遅かったから。


「アーネス!」

「あ、あ、あーねす」

「マーナさん。このアーネス様は本物のアーネス様ではないかもしれません」

「なんだと?」

「でも本物のアーネス様かもしれません。判断はできないのですが……。まず着ている鎧がおかしいです。戦具の鎧ではなく、さらにあの鎧はアーネス様が学院の頃に着ていた鎧だったはずです。そして戦具の剣ではなく、あれは氷が収束してできた氷の剣です。動きも緩慢でおかしいです」

「鎧と剣が違うのは確かにおかしいが、動きは氷漬けにされていたからではないのか?」

「どうでしょう……確実な判断は出来ませんね」


 アーネス様かもしれない。

 アーネス様ではないかもしれない。

 分からない以上は攻撃することはできない。


 氷の剣を持ったアーネス様は緩慢な動きで、俺達に斬りかかってくる。

 余裕で避けることはできるのだが、俺達もどうしたらいいのか分からない。

 このアーネス様をここに放っておいて逃げるわけにもいかない。

 倒すわけにもいかない。


「上への道を探しながら、このアーネス様を誘導していきますか」

「分かった」


 俺とマーナさんが氷の剣を振るアーネス様を連れて歩くという、何とも妙な図が出来てしまった。

 実にシュールだな。

 俺の中ではこのアーネス様はほぼ本物ではないと思っている。

 俺とマーナさんが白い息を吐いているのに、アーネス様はまったく白い息を吐かない。

 というより、呼吸しているのかも疑わしい。

 心臓も動いていないんじゃないか。

 いや、心臓そのものがなかったりして。

 でも0.01%でもアーネス様かもしれない、という疑念が無くなるわけではないのだから、攻撃するわけにはいかない。

 本物のアーネス様に出会えるまでは。


「あっちに上がる道のようなものが見えるぞ」

「え?」


 光魔法を四方に放ち明かりを確保している。

 とはいえそれほど明るいわけではない。

 それなのにマーナさんはよく見えている。

 視力がすごくいいんだろうな。


「あ、本当だ」

「上に向かっているようだが、どうする?」

「とりあえず行きましょうか。このアーネス様を連れて」

「あ、あ、あ、あーねす」


 さきほどまでと違って上り道に入るとかなり狭くなる。

 まぁそれでもこのアーネス様の氷の剣を避けるのは問題無さそうだ。

 上に向かってみんなを探すことにしよう。


「ん!? 主よ……何か来ている」

「え?」

「上だ。上空に何か飛んでいた」


 氷の世界にも鳥がいるのか。

 それとも鳥の魔獣か。

 氷の鳥とかいそうだな。


「降りていったな」

「あそこは僕達が通ってきた方角ですね……光魔法に反応したのかな」


 ムカデ魔獣のこともある。

 ニブルヘイムの魔獣はどんな特殊能力を持っているか分からない。

 向こうはまだこちらに気づいていないのか。


「あ、あ、あ、あーねす」

「うわ!」


 あぶな!

 このアーネス様のことを一瞬忘れていた。

 氷の剣が髪の毛の先をかすめて思わず声が出てしまう。


「こっちに気づいたぞ」

「すみません」


 俺の声に反応してしまったようだ。

 空から降りてきたそいつがこっちに向かってくる。

 光魔法の眩しさで牽制してみるか。


「光魔法で目くらまし狙ってみます」

「了解だ」


 後ろで氷の剣を振るアーネス様を一応気にしながら、そいつが近付いてくる方に強力な光魔法を放った。

 同時にマーナさんが後ろを取りに走り出す。


 数秒後、光魔法を放った場所には沈黙が流れていた。

 あれ?

 魔獣ならマーナさんが攻撃しているはずだけど。

 どうしたんだろう。

 やがて向こうからマーナさんが姿を現した。

 そしてその後ろに続いて姿を見せたのは……なんとアーネス様だった。


「え?」

「旦那様、よくぞご無事で」


 アーネス様だ。

 戦具の鎧と剣を持っている。

 口調もいつものアーネス様。

 後ろにいるアーネス様とは明らかに違う。


「アーネス様、みんなは?」

「無事です。ただモニカがあのムカデ魔獣3匹の襲撃によって壁の中に連れ去られてしまいました。ディアの闇鷹で追跡したところ、別の道に出て下へと向かっていったようです」

「モニカが。ならこっちについているかもしれませんね」

「はい。私はムカデ魔獣が空けた壁の穴から大きな空洞の場所に出たので、飛んで真っすぐ降りてきたところです」

「そうでしたか。結界を張っておきますね。あ、ティアの結界かな」

「はい。ティアに結界を張ってもらっています」

「ならよかった。おっと」


 後ろの氷の剣を持ったアーネス様がまた斬りかかってきた。


「それがマーナの言っていた……なるほど、確かに私ですね」

「見た目だけですけど。アーネス様とはまったく思えませんでしたが、状況が不確定だったので倒すわけにもいかず」

「姿形は似ていますが、これを旦那様に私だと思われたとしたらショックですね」

「思っていませんよ」


 100%違うという確信が持てなかっただけで、アーネス様本人だとは思えなかったからね。


「いまちょうどこの道から上に向かおうと思っていたところです」

「ディアの闇鷹を先に戻してみましょう」

「あ、闇鷹も一緒に来ていたんですね」

「はい。ディアと視界を共有していますから、向こうも旦那様を見つけたことに気づいているはずです。この道を上っていくとマリアナ達の場所に辿り着くか、闇鷹に行ってもらいましょう」

「お願いします」


 これでモニカ以外とは合流できそうだ。

 モニカは別の道を通って下に向かったそうだから、この氷の大地のどこかにいる可能性が高い。

 探さないと。


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