第71話
一度オーディン王国に戻った。
マーナさんを連れて。
俺達の話を聞いたマーナさんは、自分もスキールニルを倒すのに力を貸したいと申し出てくれた。
でも正直マーナさんでは力不足だと思っていた。
アーネス様達のような戦具はないし、ティアやディア達のような精霊術や闇魔法もない。
身体能力は高いんだけど。
なんて思っていたら、マーナさんにも鍵が挿し込めたのだ。
たぶんあの迷宮のような空間の中にいた間は、この鍵の魔具の干渉を受け付けないようになってしまっていたのだろう。
これも巨人の呪いだったのか。
マーナさんの情報には『0/1000:闘気』というものが見えた。
魔力を与えてみると、数値が上昇。
すぐに闘気を得ることが出来た。
闘気は魔力を消費して高い身体能力をさらに高めてくれるものだった。
そのためマーナさんにも魔力を与えた。
闘気を得た後には『0/5000:月闘気』という情報が見えたので、闘気を強化。
月闘気を得ると『0/10000:月狼化』という情報が出てきた。
闘気ではない。
マーナさんが大きな狼へと変身する能力だった。
月狼化を使うには結構な魔力を消費するのだが、月狼化したマーナさんが月闘気を纏うと、アーネス様達にも負けないほど強い。
心配していたのが逆に、頼もしい戦力となってくれた。
オーディン王国の庭から種を掘り起こした。
侍女の人達が水だけ毎日与えてくれていたようだけど、まったく何も変化していなかった。
種は鍵の空間の倉庫にしまっておく。
ウルズの泉を取り返すまで出番はない。
ニブルヘイムへと発つと、またしばらく帰ってこれないので、少しの間だけオーディン王国で休むことにした。
ナルルはスヴァルトの町へと一度戻って、みんなの様子を見てくるそうだ。
今回はディアとティアも一緒に行った。
アーネス様は次期女王としての溜まった仕事をこなしている。
マリアナ様もそれなりに仕事があって忙しそうだ。
結果、俺とモニカとマーナさんの3人は暇を持て余すことになる。
「王家の迷宮に行ってみたいな」
そんなマーナさんの一言で、俺達3人は王家の迷宮を探索することにした。
久しぶりの王家の迷宮だ。
アンナ達は毎日のように探索しているらしい。
「モニカの動きは雷属性で速いのか。すごいな」
「マーナの月闘気もめちゃめちゃ速いっしょ」
「月狼化したら私の方が速そうだが、図体がでかいから小回りがきかなくてな」
二人とも十分過ぎるほど速いんだけど、相手がスキールニルとなるとそうも言ってられない。
スルトのような隠し玉がまだあるかもしれないし。
相手は古代の神クラスばかりだ。
「モニカがマーナに乗ったら強そうだね」
「それナイスアイデアっしょ」
「やってみるか」
冗談のつもりで言ったら本当にやるようだ。
月狼化したマーナさんにモニカが乗る。
マーナさんの高速の動きも、モニカはついていけるので、その中で戦具の斧を振り回していく。
小回りがきかないと言っていたけど、そこをモニカがフォローする形だ。
意外といいのでは?
「なんか良さげだね」
「良い感じっしょ」
「うむ。私も気に入った」
モニカとマーナさんというコンビが誕生したのであった。
「あれ? でもなんでこうなるの?」
「モニカとマーナはコンビっしょ」
「ならば主への奉仕も二人一緒というわけだ」
鍵の空間に入って休憩したいと言ってきたので入ったら、すぐに二人からの奉仕が待っていた。
これはアーネス様とマリアナ様のダブルおっぱいアタックに負けないほどの強力な破壊力だ。
しかし俺も負けじと応戦するのであった。
オーディン王国での休息も終わり、ニブルヘイムへと向かう日となった。
ティア、ディア、ナルルを迎えにいき、物資を補充して準備を整える。
オーディン王国から南へと向かう。
ニブルヘイムへと続く道が、いま現在どうなっているのか確かめないと分からない。
ミーミルの泉から得た知識の中でのニブルヘイムへの道は、地下へと伸びるユグドラシルの大きな根に沿う形であった。
しかし、いまはその大きな根は見えない。
地中の中に隠れてしまっているのだろうか。
氷の国と言われるぐらいだから、ニブルヘイムはものすごく寒いのだろう。
防寒対策用の服や魔道具を準備してきているけど、大丈夫だろうか。
知識の中で分かっても、実際に体験してみないと分からない。
「ニーちゃん喜んでいます。早くフヴェルゲルミルの泉に行って罪を喰らいたいって」
マリアナ様がものすごい笑顔でニーズヘッグの頭を撫でている。
可愛らしいマリアナ様が『罪を喰らいたい』なんて笑顔で言うとちょっと怖いぞ。
「これでマリアナも神の使いの資格を得ることが出来るな」
一日中飛んでもらってお疲れのアーネス様も嬉しそうだ。
アーネス様とモニカの2人だけが得られていた神の使いの資格が、妹のマリアナ様も得られると分かって姉として嬉しいのだろう。
そして3人は運命の女神ノルン3姉妹になるのだ。
人ではなく女神に。
3人ともそれをとても楽しみにしている。
ま~女神様になれると聞いたら女性としては嬉しいのかもしれないけど。
「ずっと若いままご主人様にご奉仕出来るのが嬉しいっしょ」
女神になったからといって、永遠の若さを手に入れられるかどうか分からない。
女神は不老不死ではないのだ。
ミーミルの泉の知識では、古代の神は黄金のリンゴを食べて若さを保っていたようだ。
ただノルン3姉妹という運命の女神も黄金のリンゴによって若さを保っていたのか、分からないのだ。
オーディン王国から南に飛び、ユミルの壁を越えてさらに4日ほど飛んだ。
知識の中ではこの辺りにニブルヘイムへと繋がる道があったはずなのだが。
見渡す限り何もない砂漠が広がっている。
氷の国という言葉とは真逆の場所だな。
「必ず地下へと続く道があるはずです」
みんなで手分けして砂漠の砂の下に道がないか探していく。
魔法であちこち穴をあけてみたり。
アーネス様が聖属性の光線を振らせてみたり。
ディアもあちこちに絶を打ってみたり。
そんなことをしているとマリアナ様が俺達を呼びにきた。
「ニーちゃんが見つけました!」
ニーズヘッグがニブルヘイムへの道を見つけた?
行ってみると砂漠の中からニーズヘッグが頭を出していた。
お前は鞭じゃないのか。
完全に蛇のように這って、砂漠の中を探し回ってただろ。
「さすがはニーちゃんです!」
マリアナ様が、私の自慢の戦具です! と言わんばかりにニーズヘッグの鞭を砂漠の中から引っ張り出して手に持つ。
それ……世界の終焉を待つ竜らしいですよ。
どこからどう見ても蛇だけど。
こっち睨むな!
「この下ですね」
ニーズヘッグが潜っていた砂漠に魔法で穴を空けてみた。
すると砂が崩れ落ちるように下に落ちていく。
あそこだ。
砂を落としきると、地下へと続く空洞が現れた。
「ここですね」
上から砂が落ちてこないように、魔法で入り口を高くしておく。
空洞の広さは人が二人ならんで通れるぐらいだ。
魔法と魔道具で明かりを確保しながら、地下へと伸びる道を進んでいった。
「どこまで下っていくんでしょうね」
「もう三日目ですからね」
「旦那様の鍵の空間が無かったら、とても下りきれません」
「魔獣まで出てきたからな」
地下へと続く空洞の道を下り続けること三日。
いまだに終わりは見えてこない。
地中の中ではモグラのような魔獣だったり、サソリのような魔獣が襲ってきた。
それほど脅威ではないのだが、数が多いのと、地下に行けば行くほど、どんどん強力になっていくので意外と厄介だ。
3日も下ったことで、気温はかなり寒い。
みんな暖かい服やマントを着ている。
寒くなってきているということはニブルヘイムに近づいている証拠だ。
「本当にニブルヘイムに着きますよね?」
「そのはずです……」
あれからさらに5日。
俺達はいまだに地下へと続く空洞の道を下っていた。
これ本当にたどり着けるよね!?
おい! ニーズヘッグ!
なんで目を逸らすんだよ!
「いよいよ怪しくなってきたな」
「ディアやめてよ」
「これ今から戻るのも大変だぞ」
「下るのではなく上ることになるからね」
「今さら戻るなんて。このまま行くしか……ん?」
地下へと続く空洞に地響きのような音が聞こえてきた。
それはやがて震動を伝えてくる。
崩れる? まさかの崩落?!
「みんな固まって! 結界を!」
「何かくる!」
「え!?」
俺の真横の壁が突然砕け散るように破れると、中から巨大なムカデのような魔獣が襲ってきた。
「ぐっ!」
「旦那様!」
結界で巨大なムカデの牙は防いだけど、そのまま壁に押し込まれると、後ろの壁は溶けるように砕かれていく。
これは何かの特殊能力か魔法か? 岩を溶かせる?
「きゃああ!」
「まだいるぞ!」
みんなの状況は見えないけど、このムカデのような魔獣はまだ他にもいたようだ。
俺と同じく壁の中に連れ去られたか?
「この!」
鍵の魔具から風魔法を発動する。
無数の風の刃がムカデを切り刻むと、動きが止まった。
そのまま風圧でムカデを空洞まで吹っ飛ばして、空洞に戻ろうとした。
だが、また横から同じムカデの魔獣が現れた。
しかもこいつはマーナさんを連れていた。
マーナさんはムカデ魔獣の牙を両手で捕まえて防いだようだが、そのまま壁の中に連れ去られてきたのか。
ムカデはマーナさんを俺に押し当てるように進むと、後ろの壁を溶かしてどこかへ突き進む。
「こいつ力が強い!」
「マーナさん! 魔法を撃ちます! 身体を少しだけずらして!」
「頼む!」
マーナさんが身体をずらすと、そこから風の刃を飛ばす。
切り刻んだ部分が少ないせいか、ムカデの動きは止まらず、逆に痛がってメチャクチャな動きになってしまった。
「わわわ!!」
「なんなんだこいつは!」
動きがメチャクチャで狙いが定まらない。
後ろの岩はどんどん溶けていくし。
マーナさんを後ろから強く抱きしめて、手を前に出すと強力な風圧を放ったが、ムカデが方向を急転回してしまい魔法は不発。
不発どころか魔法の風の風圧のせいでムカデが一気に加速してしまった?!
急加速の後に、俺の背中に冷たい空気を感じた。
振り向くとそこに壁は無かった。
広がる空間。
ただただ下に落ちていた。
「くっ!」
ムカデ魔獣も宙に放り出された形で動きが止まっている。
そこに強力な風圧の魔法をぶつけて、ムカデ魔獣を吹っ飛ばした。
マーナさんを強く抱きしめると、真下に向かって風魔法を放って落下速度を緩めていく。
徐々に落下速度は遅くなる。
風魔法を放ち続ける必要はあるけど、これならもう大丈夫だ。
「すまない。助かった」
「とりあえず助かりましたね。みんなとはぐれてしまいましたけど……光魔法の明かりで照らします」
暗闇の中をゆっくり落ちていくのも嫌なので、光魔法で辺りを照らしてみた。
ここは巨大な円形の空洞の穴みたいだ。
どこまでも下に続いている。
「いったいどこまで続いているのか……。え、ひぃっ!」
マーナさんらしくない悲鳴。
見ると、壁は氷となっていた。
そしてその氷の中に見たこともないような凶悪な魔獣の姿が。
氷漬けになっている?
「あれはいったい……。なっ! こっちも……あっちにも」
「な、な、なんなんだここは」
四方八方の氷の壁の中には見たこともない凶悪で巨大な魔獣が氷漬けにされていた。
これ死んでるよね?
まさか生きてるとかないよね?
「氷の国ニブルヘイムって……まさか魔獣を氷漬けにしている場所なのか?」




