第7話
「アルマ殿」
「あ、アーネス様」
「ふふ、アルマ殿は変わりませんな」
「あ~、これはその……」
「いいんです。アルマ殿らしいですからね」
学院には賢者と騎士が会える建物がある。
賢者は3年生以上からだけど、騎士は1年生から入ることができて、ここで交流を深めることができるのだ。
この建物には図書館もあって、俺はよく通っていた。
今日も図書館でちょっと調べものをしようと思っていたら、アーネス様に会えた。
アーネス様は自分のことをアーネスと呼び捨てにして欲しいと何度も言ってくるんだけど、やっぱり王女様を呼び捨てには出来なくて、結局アーネス様と呼んでいる。
アーネス様は18歳だ。
初めてお会いした時は15歳ですでに綺麗な美女だったけど、この3年間でその美貌はさらに磨きがかかっている。
そしてやはりというべきか……胸でかい。
THE王女様! という完璧な美女である。
「調べものですか?」
「はい。ちょっと魔物について」
「アルマ殿は本当に勉強熱心ですね。魔物を倒すのは騎士の務めなのですから、それほど詳しくなられなくてもよいのでは?」
「あはは、単純に興味があって」
普通の賢者は魔物にあまり詳しくないようだ。
騎士には「魔物を倒して魔石を持ってこい」という命令だけでいいからね。
自分がどんな魔物を倒せるかは、騎士が自分で判断するらしい。
アーネス様は魔物について詳しかった。
騎士だから当たり前かもしれないけど。
せっかくお会いできたので、アーネス様と魔物についてあれこれ話した。
「一生に一度でもいいので、ゴールデンラビットを倒してみたいものです」
「そもそも出会えるのが一生に一度って言われているんですよね」
「魔石は黄金色に光り輝いているとか」
「おお、ぜひ見てみたいですね」
「アルマ様!」
伝説の魔物ゴールデンラビットについて語っていると、後ろから可愛らしい声が響いた。
すぐに誰か分かる。
マリアナ様だ。
「アルマ様! 今日も素敵です!」
「あ、ありがとうございます、マリアナ様」
「マリアナ、私もいるのだが」
「あ、お姉様……」
「なんでそんな残念そうな表情をするのかな?」
「いえいえ、別に……何も残念ではありませんよ?」
う~ん、姉と妹の間で見えない火花が散っているような。
マリアナ様は俺と同じ16歳だ。
初めてお会いした時に13歳の可愛らしい少女だったマリアナ様は、16歳となって可愛らしい女性に成長している。
姉妹揃って美人だからね~。
そしてこちらもやはりというべきか……胸でかいです。
3つ年上のアーネス様とほとんど同じぐらいの胸の大きさです。
このまま成長したらマリアナ様の方が大きくなりそうだな。
「アルマ様! またお茶会しましょう!」
「え、ええ。そうですね。ぜひ」
「やった!」
「マリアナ。あまりアルマ殿を困らせるなよ」
「アルマ様は困っていないですもん」
「まったく……」
3年前はおどおどしていたマリアナ様も、いまでは明るく元気になられた。
アーネス様もマリアナ様の変化を喜んでいたっけ。
今も苦笑いしているけど、元気なマリアナ様を見て嬉しそうだ。
ただ、マリアナ様がここまで元気で明るいのは俺の前だけらしい。
騎士学院では大人しいとか。
「やっほ~」
「うわ!」
突然、俺の頭の上に柔らかくて重たいものが乗っかる。
犯人はすぐに分かった。
モニカさんだ。
「アルマっち元気~?」
「元気ですよ。だからどいてください」
「え~、いいじゃんいいじゃん。アルマっち好きっしょ?」
「ちょ、ちょっとモニカさん! またそんな破廉恥な!」
「え~? 別に普通っしょ。マリアナちゃんもやってみれば?」
「やりません! 普通はやりません!」
「モニカ。アルマ殿の頭の上からその重そうな胸をどけるんだ」
「え~? なんで?」
「アルマ殿が困っているから」
「アルマっち困ってる?」
「はい。困ってます」
「あ、そう。ならどけるっしょ」
モニカさんまでやってきた。
騎士候補生の中でも特に交流の深い3人が勢ぞろいである。
17歳となったモニカさんは美貌と共にエロさに磨きがかかっている。
銀髪ピンク唇に褐色肌の巨乳お姉様……めっちゃエロいです。
俺の頭の上に乗せていたアーネス様に負けないほど大きな胸をようやくどけてくれた。
「アルマっちまだなの?」
「魔具ですか?」
「それしかないっしょ」
「まだですよ」
「早くしてよ~。早すぎるのは好きじゃないけど、遅すぎるのも好きじゃないから」
「何の話ですか?」
「魔具っしょ」
「……こればっかりはいつになるか分かりませんので」
「うざいのが来たんだよね」
「モードルか?」
モニカさんの言葉に反応したのはアーネス様だった。
「当たり」
「私のところにも来たぞ」
「あいつ調子に乗ってるっしょ」
「だな。身体目当てなのを隠すつもりもなかったからな」
おいおいモードル君。
大丈夫か、あいつ。
身体目当て。
賢者と騎士の関係から、この問題は当然ある。
アーネス様やマリアナ様、そしてモニカさんのようにスタイル抜群で可愛くて綺麗で胸が大きい女性は、男からすれば性の対象として最高だ。
しかし戦具の卵は大きい。
必要となる魔力が多くなる。
魔力を消費するのは嫌、でも女性として欲しい。
つまり身体目当て。
魔力を与えるという餌で、戦具の卵に魔力1だけ与えて自分の魔力を登録させる。
こうなったらもうその騎士は賢者に絶対の忠誠を誓わなければならない。
後は魔力が欲しければ……という流れだ。
「だから早く孵化させるっしょ」
「僕も早く孵化して欲しいんですけどね」
「孵化したらモニカに魔力与えるっしょ」
「モ、モニカさん!」
「モニカずるいぞ。私の方が先だ」
「お姉様!」
「マリアナちゃんも与えてもらえばいいっしょ」
「そ、それは……アルマ様が選ぶことであって、もちろん私はアルマ様ならすぐにでも……」
はぁ……プレッシャーだな。
この3人は俺の魔具が間違いなく魔力増幅効果の高い魔具だと信じている。
いや、俺もそうだと信じたいよ。
信じたいけど、こればっかりは孵化して魔具が出てきてみないと分からないじゃない。
モードル君の方が優秀な可能性だってあるんだから。
「まだ僕の魔具が当たりか外れか分からないんですから。2倍未満で賢者資格を失うかもしれませんし」
「それはない」
「それはあり得ませんわ!」
「それはないっしょ」
はぁ……プレッシャーだ。
この日から約1か月後。
俺の魔具の卵は孵化した。
「お?」
「おお?!」
自分の部屋で魔具の卵に魔力を与えていた時だ。
リチャードが遊びに来ていた。
モードルが見目麗しい騎士候補生に片っ端から声をかけているので、そこで起きた話をリチャードは仕入れて面白おかしく話してくれる。
中には笑って聞けるような話ではないものもあるが。
「これって」
「孵化だよ! おお! ついにか!!」
魔具の卵の孵化は突然だ。
卵は光り輝きだしている。
大きな卵が輝くと正直眩しい。
卵の中でトクントクンと何かが鼓動を打っているかのよう音が聞こえた。
まさにいま、この世に産まれようとしている。
俺の魔具が。
待ちに待った俺の魔具が。
頼むからアーネス様達の期待に応えてくれよ。
「きたー!!!」
リチャードの叫び声と共に卵の殻にひびが入ると、そこからは一気に殻が崩れ落ちていった。
そして眩しい光が消えていくと、そこには1つの魔具が宙に浮いていた。
これは……鍵?
少し大きめな鍵が宙に浮いている。
鍵……だよな?
どう見ても鍵だ。
鍵の魔具? 聞いたことないぞ。
それに……小さい。
鍵としては少し大きめだけど、魔具としてはあきらかに小さい。
どう考えても小さい。
魔具は大きいほど魔力増幅効果は高い。
モードルの杖が大きいように。
杖でも玉でも本でも、魔力増幅効果が高い魔具は大きいのだ。
この鍵は小さい。
リチャードの魔具の本より小さい。
これやばいんじゃないか?
2倍……未満な気がしてならない。
完全にまずい流れだ。
「……か、鍵か?」
「うん。鍵だね」
リチャードも俺の魔具の大きさに何て言っていいのか分からないのだろう。
鍵という珍しさよりも、魔具が小さいということが問題だ。
魔具の種類なんてぶっちゃけ何だっていいんだから。
「……測定に行く」
「行くのか?」
「行かないとね。義務だから」
「そ、そうか」
リチャードは心配してくれているんだろうけど、孵化した以上は測定しない理由はない。
例え賢者の資格を失うことになっても。
宙に浮かんでいた鍵を手に取る。
それまで浮いていた鍵は俺の手の中に納まる。
魔具は卵と同じように、俺の意思で出したり消したりできる。
鍵を消して部屋の外に出た。
外に出るとモードルがいた。
リチャードの声が聞こえたのか?
それとも孵化の光が見えたのか?
「……」
何か言いたそうにこっちを見ているけど、何も言ってこないので学院長室に向かった。
リチャードが後ろからついてくる。
その後ろにモードルもついてきていた。
魔具の魔力増幅効果がどれほどなのかをどうやって測定するのか。
不正がないように測定する必要がある。
魔具に魔力1を注いで魔力4の効果を発揮すれば、それは4倍となる。
しかし魔力1と言って魔力2を注ぐかもしれない。
本当は2倍なのに、不正によって4倍と認定される可能性があってはならない。
そこで特殊な魔道具を使うことになる。
古代の魔道具で魔力1だけを溜めて放つという通常では何の使い道のない魔道具がある。
この魔道具を媒介にして、俺が魔力1を魔道具へ、魔道具から魔具へと魔力を流す。
魔具は所有者の魔力にしか反応しないのだが、この特殊な魔道具を媒介にしても魔具は反応してくれる。
結果、魔具からどれだけの魔力が最終的に放出されたかを測定することになる。
測定室はいつでも使うことが出来るが、魔力増幅効果の認定のためには立会人が必要だ。
その立会人は学院の院長でなくてはならない。
「失礼します」
学院長室に学院長はいた。
どうやらすぐに測定を始められそうだ。
魔力増幅効果の正式な測定の立会人は学院長のみで、他の者が立ち会うことはないのだが、測定する本人の了承があれば立ち会うこともできる。
結果は後日正式に発表されるのだから、遅かれ早かれ結局分かるんだ。
見たいなら見ればいいと、リチャードとモードルも立ち会うことになった。
「ではアルマ君。準備はいいですね?」
「はい」
「どれほど魔力を流しても1の魔力しかその魔道具には溜まりません。1の魔力が溜まった時点で自動的に魔力が放出されます。アルマ君の魔具を魔道具の前に置いてください。魔道具から放出された魔力が魔具に当たると魔具の中で魔力が増幅されて、必ず魔力が放出されます。放出された魔力がどれくらいかは、魔具の先に設置された魔力測定魔道具で測定されます。よろしいですね?」
「はい」
「では……魔力を流してください」
目の前にある筒状の特殊な魔道具に魔力を流す。
魔力1なんてすぐに溜まるだろう。
筒状の特殊な魔道具からすぐに魔力が俺の鍵の魔具に向かって放たれた。
魔力1の魔力を受けた俺の鍵の魔具は、魔力を吸収するとさらに魔力を放つ。
魔具の先に設置された水晶玉のような魔力測定魔道具に魔力が当たり測定される。
水晶玉の中に表示されている結果を学院長が真剣な眼差しで確認した。
「……アルマ君」
「はい」
「アルマ君の魔具の魔力増幅効果の結果は……1倍です」
「え?」
「1倍です……アルマ君の魔具は……まったく魔力を増幅していない」
1倍? 等倍? え? 魔力を増幅していない?
そんな魔具あるの?
こんなこと聞いたことないよ。
「……くっ。くっくっくっ! あーはっはっはっは!!!」
後ろでモードル君の実に愉快そうな笑い声だけが部屋に響いていた。
俺は賢者の資格を失った。