表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界で賢者になる  作者: キノッポ
第三章
68/89

第68話

 炎の黒い巨人はおそらく古代の神。

 名前はスルトだろう。

 巨大な炎の剣を一振りすれば、辺り一面はまさに火の海と化す。

 こいつを野放ししたら、イアールンヴィズの森は全て灰になってしまう。

 とはいえ、こんな巨大な炎の巨人をどうしたら止められるのか。


「マーナ! 私達が戦うわよ」

「はい! お母様!」


 ハティさんとマーナさんはスルトと戦う気だ。

 確かに巨人となっている二人はサイズ的にはスルトに近いけど。


「出来る限り支援します!」

「お願いします!」


 支援魔法を全員にかける。


「みんな! ハティさんとマーナさんの援護へ!」

『はい!』


 スルトはあの巨人親子とは違う。

 あんな巨体なのに動きはかなり機敏だ。


「はぁぁぁ!!」


 ハティさんとマーナさんの武器はない。

 狼人族の爪と牙で戦うことになる。


「二人を守ってくれ!」


 鍵の魔具に魔力を惜しみなく注いでいき、二人を守ってもらう。

 同時に炎の巨人なら水か氷が有効かもしれないと、鍵の魔具に攻撃魔法も発動してもらった。

 放たれたのは氷の矢だ。

 普通の魔物相手なら大きすぎるほどの矢も、スルト相手には逆に小さく感じられてしまう。

 スルトの右足に氷の矢は突き刺さるも、一瞬で溶けてしまった。

 ダメージを与えられているとは思えない。


 スルト相手にハティさんとマーナさんも苦戦している。

 鋭い爪で切り裂こうにも、炎を纏った黒い体はまったくの無傷だ。

 逆に炎による火傷をハティさんとマーナさんが負ってしまう。

 俺とティアの回復魔法で癒していくけど、いつまでもつか。


 アーネス様、モニカ、マリアナ様は戦具でスルトに攻撃しているが、こちらも目に見えたダメージを与えられていない。

 炎によって戦具を痛めてしまっている。

 戦具の修復の魔力はあるから大丈夫だろうけど。


 ナルルとディアの闇魔法も同じくダメージを与えられていない。

 ディアの渾身の絶もまったくのノーダメージだ。


「まずい!」


 スルトの炎の剣が輝き出した。

 両手で炎の剣を構えると、大きく振りかぶるように薙ぎ払う。

 全員を結界で何とか覆ったが、それでも灼熱の炎の熱さで息が苦しい。


「なんて威力だ……」


 辺り一面丸焦げ。

 木も草も、大地すら真っ黒に焦げている。

 あまりにも規格外だろ。


「巨人が!」


 スルトは俺達ではなく、どこかへと向かい始めた。

 そっちは……白い膜がある。

 まずいんじゃないか!

 スルトの炎の剣ならあの白い膜を破れるかもしれない。

 でもその中にあるミーミルの泉も一緒に枯れて灰となってしまうのでは!


「くそっ!」


 巨大な氷の矢をスルトに放ち続け、注意をこちらに引こうとする。

 しかし、スルトにとっては蚊に刺された程度なのか。

 真っ直ぐ白い膜に向かって歩いていく。


「行かせるか!」


 マーナさんがスルトの足を掴んだ。

 灼熱の炎を纏うスルトの足を掴んだマーナさんの手は真っ赤になり焼け焦げていく。


「があああ!」

「マーナさん離して! 手が溶けてしまいます!」

「く、くそっ」

「ティア!」

「はい!」


 ティアにマーナさんの回復を任せる。

 スルトは止まらない。

 もう止められない。

 目的は間違いなく白い膜だ。

 いや、その中にあるミーミルの泉か!?


「ああ……」


 何もできない。

 ただ見ているだけ。

 スルトは白い膜の前までたどり着いてしまった。

 そして再び炎の剣が光り輝き始める。

 両手で炎の剣を構えたスルトは、大きく薙ぎ払うように剣を振った。

 終わりだ。

 ミーミルとは会えない……。


「スヴェル」


 灼熱の炎の前に、突然巨大な氷の盾が現れた。

 その氷の盾はスルトの炎から白い膜を守ってくれた。

 鍵の魔具が魔法を?

 でも俺は魔力を流していないぞ。

 いったい誰が?


「旦那様! あそこに!」

「え?」


 アーネス様が指さした方角には、一人の女性が立っていた。

 黒い法衣を着た女性だ。

 手には杖を持っている。

 法衣と同じ黒い髪が、スルトの炎で照らされている。

 誰だ?


「なっ!?」


 その女性が杖を振ると、巨大な氷の花が辺り一面に咲き誇った。

 魔法だ。

 見た目は人族のように見えるけど、魔法を使えるということは人族ではない。

 外界にいるってことは何らかの獣人族か?


 氷の花によって辺りの気温は急激に下がっていく。

 あれほど暑苦しかったのが涼しいぐらいだ。


「ゴオオオ!!」


 スルトはご不満のようだな。

 突然現れた女性に向かって、炎の剣を振り下ろした。

 あの巨体でなんて速さだよ。


「消えた!?」


 炎の剣が振り下ろされた場所に、あの女性はすでにいなかった。

 一瞬で消えたように見えたけど。


「あっちっしょ!」


 モニカには見えていたのか?

 女性はスルトの剣を避けて、左後方に移動していた。

 この人はいったい……。


 女性は杖をかざす。

 杖から膨大な魔力のうねりが感じられるぞ。

 何かとんでもない魔法がくる。

 これって俺達もやばいのでは?

 まずい!


「みんな! 後ろに下がって! ここから退避! 逃げて!」


 あの女性が俺達を気遣ってくれるとは限らない。

 むしろあの魔力のうねりからして、俺達を巻き込む気満々だろ!

 俺達が退避行動に移るのと同時に、女性の魔法は放たれた。


 それは熱いほどの冷たさ。

 冷たすぎて熱くて痛い。

 そんな強力な冷気がスルトを包み込むように放たれている。

 ただ範囲が広すぎて、案の定、俺達も巻き込まれています。


「この魔法の効果範囲の外まで!」


 退避行動に移るのが遅れていたら、俺達もやばかった。

 間違いなくあの魔法の餌食になっていたな。


「はぁはぁ……はぁはぁ……スルトは!?」


 どうにか冷気の範囲外まで逃げたところで振り向く。

 スルトは強力な冷気に包まれて、纏っていた炎が消え去っている。

 炎が消えた黒い巨人が立っていた。

 よく見ると足元は凍らされていて、身動きが取れないようだ。


「なんて魔法だ」


 俺の鍵の魔具の魔法もとんでもなく強力だけど、さすがにこれは無理だ。

 ミーミル様の体を倒した時は、まったく攻撃してこない無防備な体に魔法を打っていただけだし。

 それにあんな炎を纏ってもいなかった。

 体の大きさも比じゃない。


 あの女性はもしかして古代の女神なのか?

 生き残りがいた?

 スキールニル以外にも古代の神は生きている?


「また何か魔法を放つぞ」


 遠くに見える女性から強力な魔力が感じられる。

 いったいどれだけ魔力を持っているんだよ。


「放たれたぞ! ……これは……スルトの体が何かに切り刻まれている? なんだ? 氷? 冷気の渦の中に氷の刃か? 分からないけど、このままいけば……」


 信じられない。

 あの巨体の巨人を無力化している。

 冷気の渦の中でスルトはただただ氷に切り刻まれていくだけ。


 そしてスルトは大地へと倒れていった。

 それでもあの女性は手を緩めない。

 冷気の渦はより強力に。

 見えない氷の刃は倒れたスルトを切り刻み続ける。

 巨大な炎の剣は見る影もなく氷漬けにされていた。




「終わった……のか」


 ようやく冷気の渦は消えていった。

 あの女性は大地に倒れたスルトに近づいていく。

 そして何やらスルトを観察していくと、心臓部分で立ち止まる。

 そこを杖で突いた。

 中で何かが砕け散るような音がここまで響いてくる。


「え?」

「いったい何が?」


 その瞬間、辺りの景色が変わっていく。

 それまでの景色が嘘か幻のように、霧が晴れていくかのように全てが変わっていく。


「ハティさんとマーナさんが!」


 巨人になっていた二人も、普通の狼人族の大きさに戻っていた。

 もう何が何だか……。


「迷宮核の消滅……」

「え?」


 アーネス様が呟いた。


「私は迷宮核を失った迷宮が消滅していく様を見たことがあります。これはそれにそっくりです。それまで迷宮だったところが、こうして元の世界の景色に戻っていくのです」

「迷宮だったところが……え? もしかしてイアールンヴィズの森そのものが迷宮だった?」

「そうかもしれません。もしかしたら巨人の呪いとは、イアールンヴィズの森という迷宮の中に狼人族を閉じ込めることだったのでは?」

「でも迷宮への渦は無かったっしょ」

「迷宮の入り口に渦があるという認識は、私達の常識であって絶対では無いということ。スキールニルがミーミルの泉を隠すためにこのような特殊な空間を作り上げていたのかもしれません」


 確かに俺達の常識が絶対ではない。

 スリュムヘイムだけではなくイアールンヴィズの森もスキールニルによって作られた特殊な迷宮のような空間だとしたら、これまでの不可思議なことも納得できる……。


「あ、あの人が」


 スルトを倒した謎の女性が立ち去っていく。

 いったい誰なのか気になるけど、不用意に声をかけられない。

 スルトを倒してくれたけど、俺達の味方とは限らない。

 あの強力な魔法で襲われたら、正直勝てるとは思えないし。


「白い膜が消えています」


 謎の女性が立ち去った方角には、あの白い膜が消えていた。

 そこに向かっていったということは、あの女性もミーミルの泉に?


「どうします?」

「彼女がミーミルの敵でなければいいんだけど……ガルム一族の里も気になるしな」

「アルマ様。里には私とマーナが戻って様子を見てきます」


 ガルム一族の里は大丈夫な気がする。

 たぶん巨人の呪いも解けているだろう。

 迷宮核の消滅によって。


「では僕達はこのままミーミルの泉に向かいます」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ