第67話
巨人化したマーナさんの耳元までアーネス様に運んでもらう。
「迷宮核を知っているか聞いてください」
「おい。お前は迷宮核というものを知っているか?」
「うるさい! 離せ!」
「言葉も分からなくなったのか?」
「いててて!! や、やめろ!」
「迷宮核というものを知っているか?」
「知らない! そんなものは知らない!」
どうしてマーナさんは巨人化したのだろうか。
「私はどうして巨人となった?」
「そ、それも知らない! 狼人族をここに連れてくれば勝手に巨人になるだけだ!」
あれ? もしかしてマーナさんが迷宮の外に出たら元のサイズに戻るとか?
試したいけど、巨人を捕らえられるのはマーナさんだけだからな。
「あそこから外に出たら私は巨人から元の姿に戻るのか?」
「し、知らない! そんなことこれまで無いから知らない!」
こいつ何も知らないな。
親の方に聞かないとだめか。
「まだ殺さないで。気絶させておいください」
「分かった」
巨人の後ろ首にマーナさんの強烈な肘打ちが入ると、巨人はそのまま意識を失った。
「親の巨人なら知っているかもしれませんね。まずはマーナさんのお母さんを助けて、親の巨人と捕えましょう」
巨人の迷宮やスリュムヘイムの構造はすでに把握している。
マーナさんの肩に乗って、スリュムヘイムへと向かっていった。
「あの壁を越えてください」
「分かった」
「次はあの壁です。それで向こうまで行ってください」
ハティさんのいる建物まで案内する。
マーナさんもお母さんに会えると思って心が焦っているようだ。
「ここです。あの窓の向こうにいます。待っていてください」
アーネス様に飛んでもらって窓の中を見る。
ハティさんがいた。
「ハティさん」
「アルマ様」
「いまこの壁の向こうにマーナさんが来ています」
「マーナが!」
「はい。子供の巨人は捕らえました。ハティさんを助けて、その後に親の巨人を僕達で捕えたいと思います。まずはハティさんをここから出します」
「でも部屋の鍵は巨人が」
「この壁をぶち壊します」
鍵の魔具に魔力を流していく。
かなり多めにだ。
切断系の魔法を頼む。
この壁を切り裂いて、ハティさんが通れるほどの穴を……。
かなりの魔力を注ぐと、鍵の魔具から光線のような魔法が放たれる。
壁を四角に切り裂いていくと、最後に強力な風の魔法で壁をぶち抜いてくれた。
「これで通れます」
「ありがとうございます」
「お母様!」
壁の向こうではマーナさんが待ちきれず声を上げている。
巨人に聞かれたらまずいんだけど、さすがに気持ちを抑えられないか。
「ああ、マーナ!」
「お母様!」
感動の母娘の対面だけど、あまり騒がれると本当に見つかってしまう。
「ゆっくり通ってください」
「ああ、マーナ!」
「落ち着いて。巨人に気づかれます」
なんとか壁の穴から外に出られたハティさん。
すぐにマーナさんと抱き合って泣いている。
産んでからすぐに巨人が里に連れていってしまったから、22年ぶりの再会だ。
「マーナさんとハティさんはスリュムヘイムの外で待っていてください。僕達で親の巨人を」
「いや、私もいく。アルマ達だけ戦わせるわけにはいかない」
「アルマ様。私も行きます」
「親の巨人も弱体化の魔法を使うでしょうが、僕が解除できます。でも何が起こるか分かりませんから、危ないと思ったら逃げてくださいね。僕達は小さくて逃げやすいけど、マーナさん達は巨人になってしまっているから」
「分かりました」
親の巨人の部屋も分かっている。
しかしその部屋に親の巨人の姿はなかった。
手分けして捜索していると、親の巨人は館の入口からはいったすぐの広間に座っていた。
子供の巨人がマーナさんを連れて帰ってくるのを待っているのだろうか。
「いきなり襲いますか?」
「子供の巨人のように簡単に捕らえられるといいんだけど……そうでないと厄介だね。マーナさん達に危険が及ぶようなら……やっちゃってください」
「分かりました」
アーネス様の白銀の剣が光る。
あれだけの巨体だけど、アーネス様なら首を切り落とすことが出来ると思う。
でも逆に捕らえるというのは難しい。
あまりにも巨体すぎるのだ。
「旦那様。ニーちゃんが」
「ん? どうしました?」
「ニーちゃんが巨人を捕らえるから、しばらく気をそらして時間稼ぎしてくれと」
「ニーズヘッグが? あの巨体を?」
「それぐらい伸びれるそうです」
「へぇ~」
珍しくやる気を見せてくれるニーズヘッグ。
ここはありがたくお任せしよう。
巨人の気をそらせばいいんだな。
「マーナさん、ハティさん。ちょっとお芝居をお願いします」
「分かりました」
簡単な作戦を決める。
まずはマーナさんが親の巨人の前に姿を現した。
「おい」
「む? おお! お前が息子の花嫁のマーナだな! 息子はどうした!?」
「お前の息子なら宴で酒をしこたま飲んで酔いつぶれてしまったぞ。ここに来る道の途中で寝てしまった」
「なんだと! まったく情けない奴だ!」
マーナさんが話している隙に、マリアナ様と一緒に親の巨人の背後に回る。
するとマリアナ様の戦具の鞭であるニーズヘッグが、にょろにょろと身体を伸ばすように鞭が長くなり、親の巨人の足に身体を絡めるように上へと昇っていく。
「息子があの程度なら、親のお前も大したことないのだろう」
「なんだと! 生意気な口の娘だ! 母親にそっくりというわけか!」
「魔法が無ければお母様にお前は勝てないのだろ?」
「がっはっは! 挑発のつもりか!? そんなものに乗るほど俺様は馬鹿ではない。確かに魔法が無ければな。だが俺様は魔法が使える。こんな風にな!」
親の巨人は手の平から魔法を放つ。
マーナさんは再び弱体化の魔法を受けてしまった。
「ぐっ!」
「がっはっは! 息子が犯す前に、俺様がお前を犯してやろう! 娘を犯すというのも悪くないな!」
「させませんわ」
ハティさんの登場だ。
「なんだと! お前どうしてここにいる!」
「あなたが知る必要のないことです。娘に手は出させません」
「お前も一緒に犯してやるぞ!」
巨人はハティさんにも弱体化の魔法を放とうとした。
しかし魔法は大きくそれる。
「ぐあっ!」
ニーズヘッグの身体は面白いように伸びて、巨人の首まで絡まっていた。
一気に巨人を締め上げると、苦しさから魔法はあらぬ方向へと飛んでいったのだ。
「な、なんだ。何が……」
マーナさんの弱体化の魔法を解除する。
「お前と同じく息子の巨人も私達が捕えている。長きにわたる巨人の支配から、今日ガルム一族は解放されるのだ!」
「ふ、ふざけるな。そんなこと……古の契約が許すはずが」
「巨人の呪いを解け。さもなければ、お前を殺す」
「呪いを解くなど……出来るはずがない」
「お前に出来るのか? 出来ないのか? どっちだ?」
「お、俺様は出来ない。なぜならこれは古の契約によって成されているからだ」
「古の契約とはなんだ?」
「巨人の館を支配して、お前達狼人族を支配する契約だ。対価としてあの時計の針を戻している。それ以外は知らない」
古の契約を施したのはスキールニルか。
「その古の契約とはスキールニルという者がしたのか?」
「し、知らない」
「迷宮核を知っているか?」
「知らない」
親子そろって何も知らない巨人だな。
「お、俺様は……おれ、オレ、オレサマハ……ワ、ワ、ワ、ワ」
「ん?」
親の巨人の様子が変だ。
ニーズヘッグがきつく締め過ぎたのか?
あれ? 戻ってきちゃったぞ!
「ニーちゃん! え? 危ない?」
「この広間から出ましょう!」
ニーズヘッグから解放された親の巨人は白目をむいたまま、何やら呟いている。
とりあえずこの広間から外に。
「ワ、ワ、ワ、ワ……。ここに来たか理を外れし者よ。お前が求めるのはやはりミーミルの泉か」
声が変わった?!
誰だ……まさか。
「保険が生きるとはな……お前にこれが乗り越えられるか?」
スキールニルか!
「原初の火の巨人よ。レーヴァテインと共に甦れ」
これはまずいのが来るぞ!
広間の外までもうすぐ!
「スルト」
親の巨人の首が巨大な広間の天井にまで飛びあがった。
雨のような血が降り注ぎ、頭部を失った巨人の身体は前のめりに倒れる。
首の穴の先に光る何かが見えた。
その何かは首の穴から流れだしてくる。
どろっとした何か。
それが流れ出た途端、広間は灼熱の大地のように暑くなっていく。
「外へ! 迷宮の外へ!」
「分かった!」
マーナさんとハティさんの肩に乗って、迷宮の出口である2本の樹を目指す。
後ろを振り返ると、スリュムヘイムが燃えていた。
真っ赤に燃え上がったスリュムヘイムから1体の巨人が現れる。
炎を纏った黒い巨人だ。
手には巨大な剣が握られている。
「古代の神か!? しかも巨人サイズなんて!」
「まったく勝てる気がしないっしょ」
「スキールニルはミーミルの泉を見張っていたんだ!」
炎の黒い巨人が巨大な剣を振り下ろす。
その一撃で迷宮の大地が割れるほどの衝撃が走った。
ひびの入った大地の隙間から、炎が噴き出してくる。
どうする!?
このまま迷宮の外に出たとして、それで解決するのか?
あの炎の黒い巨人は迷宮の外には出てこないのか?
「旦那様!」
「くっ! とりあえず迷宮の外に出ましょう! ここではどうしようもない!」
2本の樹までどうにかたどり着いた。
魔力を流して外に出る。
マーナさんとハティさんは?!
「戻らない」
「巨人のまま」
マーナさんもハティさんも巨人のまま!?
あの迷宮の中でだけ巨人になるわけではないのか!?
「ご主人様。やばいっしょ。樹が」
「え? あ……これは……は、離れて! 里の方へ!」
迷宮に入るための2本の樹が真っ赤になっていく。
やがて樹は炎に包まれる。
「迷宮の中で終わってくれるわけないのか」
「来ます」
まず真っ赤に燃える巨大な黒い手が2本の樹の間から現れた。
次に顔。
瞳のない光り輝く両目が俺達を睨んでいる。
サイズ的にあの入口の大きさから外に出てこられるはずないんだけど、炎の黒い巨人は強引に外に出てこようともがいている。
迷宮との入口が強引に広げられていくと、炎の黒い巨人はこちらへと出てきた。
『ゴオオオ!!』
巨人の親子なんて目じゃない。
大地ではなく、この世界そのものを揺るがすような咆哮。
燃え盛る巨大な剣を持って、炎の黒い巨人は空へと叫んだ。




