第66話
満月の夜。
巨人の子供がやってきた。
大地を揺るがすような足音を響かせながら。
ドワーフ達も日が暮れた時に酒と肉を運んできていた。
何やらぶつぶつと言っていたようだ。
幻影の巨人に騙されて酒を盗まれはしたが、もともと運ぶ予定の酒と肉は運ばないと本物の巨人の怒りに触れると思ったのだろう。
「がっはっは! マーナはいるか! 俺様の花嫁よ!」
「ここにいるぞ!」
「がっはっは! まずはお勤めだ! いつも通りにしろ」
「分かっている」
巨人とマーナさんはあの白い膜を維持している時計の場所に向かっていく。
俺達はこっそり尾行です。
巨人は警戒心ゼロだから容易い。
時計のある樹の前に着くと、巨人は腰に巻いていた袋を下した。
マーナさんがその中から鍵を取る。
あれか。
古く錆びている鍵だな。
「時計を戻せ」
「分かっている」
マーナさんは樹の上にある時計に鍵を指すと、時間を巻き戻す。
すると白い膜が波打つように揺れ始めた。
これで時が戻っているのか?
いったいどういう仕組みなのかまったく理解できないけど……古代の神の一人であるスキールニルが造ったであろう結界だ。
人族の俺が分かるはずもないか。
「終わったぞ」
「よくやった。さすがは俺様の花嫁だ。このお勤めは今日で終わりだ。次からは誰になるか決まっているな?」
「ああ。里に戻った時に紹介する」
「がっはっは。そいつは来年、俺様の花嫁かもな!」
「ほ~来年まで生きているつもりか?」
「がっはっは! 威勢のいい言葉だな。お前こそ来年まで俺様の責めに耐えられるのか? せめて一人ぐらいは子供を産んでくれよ! がっはっは!」
時計の針を戻し終えると、巨人とマーナさんは里に戻っていく。
そして里に戻ると巨人が叫んだ。
「今宵! マーナは俺様の花嫁となる! 巨人族となれることを光栄に思うがいい! さぁ! 宴を始めろ! がっはっは!」
まったく誰も祝っていないというのに、巨人は里の中央で上機嫌で叫んでいる。
そこに酒樽を運ぶ。
巨人はその樽の酒を一飲みで飲み干してしまった。
飲み干された樽を狼人族の女性達が隠れている俺の建物の中に持ってくる。
樽に鍵の空間の中に溜めた酒を注いで一杯にする。
「お願いします」
「はい」
狼人族の女性は再び巨人のもとに酒樽を持っていく。
場はまったく白けているが、一応宴っぽく巨人とマーナの前で狼人族の人達が輪になっている。
運ばれた酒樽を巨人がまた一気に飲み干す。
「マーナの母親にも会えるぞ! 嬉しいだろ!」
「それだけはな」
「がっはっは。母親の前でお前を犯してやるのが楽しみだ!」
運ばれてくる酒樽に酒を注ぐ。
何度も、何度も、何度も繰り返していく。
巨人は酒樽が次々と出てくることに違和感を覚えることもなく、どんどん酒を飲んでいた。
酒を飲めば飲むほど、その口から出てくる言葉は下品になっていくが、マーナさんはそれに耐えて巨人の隣に座っている。
肉はみんな食べているようだ。
せっかくのご馳走だからね。
「がっはっは! 今日の酒は特別に美味いな!」
「ふん。お前のような小者は大して酒も飲めないだろう」
「なんだと! おい! 酒をもっと持ってこい! 俺様がどれだけ酒に強いか見せてやろう!」
マーナさんの簡単な挑発に乗ってくるとは。
巨人は単純だな。
ご希望通り、酒樽に次々と酒を注いでは巨人のもとに運んでいってもらう。
ドワーフ達が溜め込んでいた酒の半分程度をすでに注いでいる。
そろそろ酔いが回ってくれるといいんだけど。
それからさらに巨人は酒を飲み続け、鍵の空間の中の酒があと僅かとなった頃、ようやく酔いが回ってきてくれたようだ。
呂律が回らず、何を言っているのか分からなくなってきている。
「ういぃ……おれだまの……いい……マーナを……」
「ほれ。酒だぞ。まだまだいけるのだろ?」
「お、おぅ……まだまだ……」
本当に残り僅かというところで、巨人は酔いつぶれてくれた。
危なかった。
ギリギリだったな。
「アルマ、鍵だ」
「ありがとうございます」
マーナさんが巨人の腰の袋から鍵を取ってきてくれた。
鍵を持って俺達はあの時計の場所まで走る。
「白い膜が無くなったら、ミーミル様にまず会いにいかれるのですか?」
「白い膜の範囲はそれなりに広大だからね。すぐに会えるならいいんだけど……巨人が目覚める前に戻れるかな」
「二手に分かれるのはどうでしょう? 旦那様と一緒にミーミル様にもとに向かう組と、里に戻りマーナと一緒に巨人の迷宮に向かう組と」
「巨人はマーナさんに弱体化の魔法をかけるからその解除に僕が必要です。時計を進めたら、全員で一度戻りましょう」
「了解しました」
時計の樹の前に到着する。
樹に上り、時計に鍵を挿して時計の針を進める。
どこまで進められるか、何度も時計の針を回して進めていった。
「見て、白い膜が」
「変化してるっしょ」
時計の針を進めるほど白い膜に変化が現れる。
波打つように動いていくと、やがて白い膜が薄くなっていった。
やはりこの時計の針を進めることで白い膜を消せるのか。
「あれ? これ以上進まないぞ」
時計に挿した鍵はこれ以上回らなくなった。
しかし白い膜はまだ存在している。
「もともとの消滅までまだ時間がかかるということか?」
「こんなに薄くなっているのに……」
「これだけ薄かったら、破れるのでは?」
「ディア」
「おいよ」
ディアが絶を発動して白い膜目掛けて放つ。
しかし白い膜は破れることはなかった。
「だめか」
「これ……まだ何かがこの白い膜を支えているぞ」
「ディア分かるの?」
「絶の感触からだけどな」
この白い膜を支えているものが時計以外にもある?
それを探す時間がいまは無い。
「仕方ない。いったん里に戻ろう。マーナさんと一緒に巨人の迷宮へ」
『はい』
ガルム一族の里に全速力で戻っていく。
幸いにも巨人はまだ酔いつぶれていた。
マーナさんに鍵を渡して、巨人の腰の袋の中に戻してもらう。
「どうだった?」
「あの白い膜はかなり薄くなりました。でも完全には消滅しませんでした」
「だめだったのか」
「いえ、どうやらあの時計以外にも白い膜を支えている何かがあるようなんです。でも今はそれを探している時間はありません。僕達はマーナさんと一緒にスリュムヘイムに行きます。お母さんを助けましょう」
「すまない。お母様を助けるために力を貸してくれ」
「もちろんです。そして出来れば巨人の呪いも一緒に解ければ」
「アルマ様、ご武運を」
俺達は少し先回りして巨人とマーナさんが来るのを待つことにした。
巨人はかなり酔いつぶれているから、あの様子では目が覚めるまでまだ少し時間がかかりそうだ。
「来ました」
先回りして1時間ほど経った頃。
巨人の足音が聞こえてきた。
まだ酔っているのか、フラフラと歩いている。
「うう、まだ少し頭が痛いぞ」
「だらしないな。あの程度の酒で酔うとは」
「うるさい! 俺様は本当はもっと強いんだ! 館に行ったらすぐに証明してやる!」
マーナさんはちらりとこちらを見た。
こっちに気づいている。
俺達は巨人に気づかれないように、マーナさんと一緒に巨人の迷宮に歩いていく。
「ここだ」
あの2本の樹の前にやってきた。
「これからマーナを巨人にしてやる。光栄に思え」
「ふん! 早くやれ」
「焦るな。よっと」
巨人は右手を右の樹に、左手を左の樹に添えた。
魔力が樹に流れたな。
「これでいい。さぁ、この樹の間を通れ」
「それだけなのか?」
「通れば分かる」
巨人とマーナさんは迷宮の中に入っていった。
迷宮への入口はそれで消滅してしまったので、急いで樹に魔力を流して再び入口の渦を発生させる。
俺達が中に入ると。
「うわ!」
そこには巨人化したマーナさんがいた。
どうやって?
迷宮に入るだけで巨人化するのか?
「がっはっは! 巨人になれたな!」
「どうして……」
「難しいことは分からなくていい! さぁ、行くぞ! 親父とお前の母親が待っているからな」
「私が素直に言うことを聞くと思っているのか?」
「思うさ! ほらよ!!!」
巨人の手の平から何かの魔法が放たれた。
マーナさんは避けようとするも、大きな体は魔法を避けることが出来なかった。
「ぐっ!」
「がっはっは! 俺様の魔法の前ではお前は無力なのさ! 歩くことぐらいは出来るだろう。いや、待てよ……ここで一発犯しておくのも悪くないか。がっはっは!」
鍵の魔具に魔力を流す。
マーナさんの状態異常を解除してくれ。
鍵は俺の魔力を使ってすぐに魔法を発動してくれた。
「くそっ……ん? これは……」
弱体化の魔法が解除されたことに気づいたマーナさんは、巨人の後ろに瞬時に回り込んで巨人の首を捕まえると、そのまま地面に倒して捕らえた。
「な、なんだ?!」
「残念だったな。お前の魔法は私には効かなかったようだ」
「馬鹿な! そんなわけあるか!」
「事実、こうして私は動けるのだから、効かなかったのだろ」
ここまでは順調だ。
子供の巨人を捕らえた。
聞くことを聞いて、あとは親の巨人とマーナさんのお母さん。
そして迷宮核だな。




