第64話
ハティさんが落ち着いたところで話をした。
ガルム一族の里の様子やマーナさんのこと。
そして俺達のことを話した。
もともとハティさんはガルム一族の族長をしていたから、伝承についても詳しく知っていた。
俺が賢者であるとすぐに信じたそうだ。
こんなところにやってくる人など誰もいないのだから。
「マーナが花嫁に選ばれてしまったと聞いて……もう私には絶望しか残されていないと思っていました」
「僕達が必ず救ってみせます。ハティさんはどうやって巨人にさせられたのですか?」
「分かりません。この森の中に入った時、私はすでに巨人になっていたのです」
「え? この森に?」
迷宮に入った時点で巨人になっていた?
「森に入る前に巨人に何かされましたか? 例えば魔法のようなものをかけられたとか」
「私は魔法に詳しくありません。何かされたのかもしれませんが、分かりません」
俺達はこの迷宮に入っても巨人化していない。
巨人がハティさんに何かをしたのか。
それとも……巨人の呪いというやつか?
ガルム一族の里に暮らす狼人族の女性達だけが特別に巨人化するとか?
マーナさん、それに目の前にいる巨人化したハティさんにも鍵の魔具は反応しない。
何らかの呪いだというなら、鍵の魔具の魔法で解けてもいいはずなのに。
個々人への呪いではなく、この森全体へ何らかの強力な魔法がかかっていると見た方がいいか。
その中でもこの迷宮はさらに特殊な空間で巨人化するとか?
「巨人は魔法を使います。私も最初は巨人を倒そうとしたのですが、魔法で身体を弱体化されてしまい……」
「僕達なら巨人の親子を倒せます。あの白い膜を維持している時計の鍵がどこにあるかご存知ですか?」
「分かりません。ただ巨人の会話から普段は親の巨人が持っているはずです。子供の巨人は満月の夜に森に向かう時だけ鍵を預かっているようです」
「親の方か……このまま巨人の親子を倒して鍵を手に入れてハティさんを連れて森に帰れたら一番良いんだけど、どうかな?」
「鍵を手に入れるという部分だけ不確実ですね。仮に巨人の親子を倒して鍵が見つからなかったら」
「う~ん、確かに」
「それともう一つ気になる点が」
「ん? なに?」
「ここが迷宮だとしたら、迷宮主は誰なのでしょうか?」
「あ……巨人?」
「その可能性が高いと思います。仮に巨人が迷宮主だとすると、倒してもまた新たな迷宮主の巨人が現れる可能性があります。そうなるとガルム一族の巨人の呪いがどうなるのか」
「この迷宮を完全に消滅させることが出来たら……」
「巨人の呪いからガルム一族が解放される可能性はあります。絶対とは言えませんが」
「なら迷宮核を探す必要があるね」
迷宮には迷宮核と呼ばれるものがある。
迷宮主を倒しても時間が経てばまた迷宮主が現れるのは、この迷宮核が迷宮を維持しているからだ。
迷宮核は様々で、装飾品のようなものから、石ころのようなものまである。
場所も地中深くに埋まっていることもあれば、迷宮の壁に飾られていることも。
それが迷宮核かどうかは魔道具で判定することが多い。
オーディン王国の迷宮の中でも迷宮核の存在が確認されている迷宮はいくつかあって、それらは魔道具で判定したものだ。
「倉庫の中にあったよね?」
「はい。持ってきていたはずです」
今回の旅の物資の中に、迷宮核を判定する魔道具があったはずだ。
探すのは大変だけど、判定することはできる。
確率的には迷宮主の近くにあることが多い。
巨人が迷宮主ならこのスリュムヘイムのどこかに迷宮核がある可能性が高い。
「1つ課題が増えたけど、まずは鍵を見つけないといけない」
「満月の夜に巨人は必ず鍵を持って森にいきます。そこで奪うのが一番確実でしょう」
「そこで子供の巨人を倒したことが親の巨人に万が一でも伝わったら、ハティさんが危ないからな……。巨人には眠りの魔法が効かないみたいなんだよね。眠ってくれたらその隙に鍵を頂戴して時計の針を進めるのに」
「なら巨人を酔わせてみてはいかがでしょうか? 花嫁をもらう満月の夜には里で宴が行われます。イアールンヴィズの森からさらに西に向かった先にドワーフ達が暮らす洞窟があります。宴の時だけそのドワーフ達が酒と肉をガルム一族の里に届けにやってくるのです。その酒に眠り草を混ぜれば」
「眠りの魔法に対する抵抗力が高そうだから、お酒に眠り草を混ぜても寝てくれるかな? それよりお酒を大量に飲ませて酔わせて眠らせるとか」
「ドワーフは自分達のお酒を宴の時に出すことを快く思っていません。あまり大量のお酒は渡してくれないでしょう」
「お酒か……」
次の満月の夜。
マーナさんは鍵で時計の針を戻す。
この時に針を進めてもらうのはだめだ。
巨人にばれる可能性がある。
時計の針を戻したら、マーナさんが巨人の花嫁になるための宴が始まる。
その時に巨人に大量のお酒を飲まして酔わして眠らせる。
この大量のお酒は……ドワーフの洞窟にいってちょっと芝居を打ってくるか、
酔って眠った巨人から鍵を頂戴しておく。
可能なら代わりの鍵を入れておこう。
眠りから覚めた巨人はマーナさんを連れてスリュムヘイムに向かうはずだ。
俺達の一緒についていって、そこで巨人を倒してハティさんを救えば……。
「お酒の方は僕が手に入れてみせます。アーネス様は迷宮核を探してもらえますか?」
「分かりました。ディアとナルルを付けて頂けると助かります」
「うん、了解。ハティさん、この部屋の中でどこか安全な場所がありますか? アーネス様達の荷物を置きたいのですが」
「それなら、これはどうかしら」
ハティさんの部屋にあったミニチュアの家。
なるほど、アーネス様達にとっては住むのにちょうどよい大きさの家だな。
「いいですね。ではこの中に荷物を置いておきます。アーネス様はナルルとディアと一緒に迷宮核の捜索を。僕とマリアナ様とモニカとティアはドワーフの方に行ってきます。満月の夜の前に迎えにきますね」
「了解しました」
「大丈夫と思いますが、油断しないようにね」
「旦那様に心配して頂けるのは嬉しいですが、無事に迷宮核を探し出してみせます」
「お願いします」
それぞれの行動が決まってきた。
計画の実行は満月の夜だ。
「ハティさん、もうしばらく耐えてください。僕達が必ず救ってみせますから」
「ありがとうございます。アルマ様、もし事態が良くない方向に向かってしまった時には、どうかマーナだけでもお救いください。私はどうなっても構いませんから」
「……そうならないように頑張ります。期待してください」
「はい……お待ちしております」
「アーネス様達をお願いします」
ここでアーネス様、ナルル、ディアとはいったん別れた。
一度ガルム族の里まで戻るので、モニカに抱えてもらって全速力で走ってもらった。
雷属性のモニカの全速力はものすごく速いから。
「ご主人様を抱っこして走れるとは役得っしょ」
「嬉しいこと言ってくれるね。里に戻ったら忙しくなるよ」
「ドワーフからどうやってお酒を出させるっしょ?」
「幻影の魔法でちょっとね。まぁ無理なら、モニカ達にこっそり奪ってきてもらうことになるかな」
「楽しみっしょ」
モニカの揺れる胸の感触を楽しみながら戻った。
夜遅くにガルムの里に着くと、すぐにマーナさん達が出迎えてくれた。
「アルマ! 戻ったのか」
「はい。無事に戻りました」
「それでスリュムヘイムには行けたのか?」
「場所は確認できました。それとハティさんにも会えました」
「お母様に!!」
「はい。マーナさんのことを心配していました。マーナさんの話を少ししましたが、とても喜んでくれました」
「ああ、お母様……」
「ハティさんを助けるためにも、次の満月の夜にある作戦を実行します。それにはマーナさんにも協力してもらいたいのですが」
「お母様を助けるためなら、どんなことでもしよう!」
「ありがとうございます。まずは、夜が明けたら僕達はドワーフの洞窟に向かいます」
「ドワーフの?」
「はい。ここから西に向かったところにあると聞きました」
「確かにドワーフ達は西の方の洞窟にいるそうだが、詳しい場所は分からないぞ」
「宴の日に酒と肉を運んでくるのですよね? ならそんなに遠くにあるわけではないと思いますから探してみます。ちょっとお酒をいつもより多めに持ってきてもらえるように……話にいくだけです」
満月の夜の作戦の概要を話し合った。
白い膜を維持している時計の針を戻す鍵を手に入れること。
スリュムヘイムからハティさんを助けること。
もちろんマーナさんも巨人の花嫁にはならない。
そしてあの迷宮……あれを完全に消滅させることが出来れば、マーナさん達の巨人の呪いが解ける可能性があること。
そのためにいまアーネス様達が迷宮核を探してくれている。
全ては満月の夜。
いまこの俺達の行動がどこまでスキールニルに気づかれているのか分からない。
時間をかければかけるほどスキールニルに気づかれる可能性は高い。
次の満月の夜に一気に決着させるぞ。




