第62話
マーナさん達の案内で俺達はガルム一族の里に入った。
特殊な結界が張られていたようで、外からではただの森にしか見えなったけど、木の小屋やテントが集まった里が森の中にあったのだ。
俺達を見る狼人族の女性達はみんな驚いた顔をする。
何事かと里中の人達がどんどん集まってきてしまった。
この里には30人ほどの狼人族の女性達が暮らしていた。
「ここだ。少し待っていてくれ」
「はい」
里の中央にあるやや立派な造りの小屋の中にマーナさんが入る。
御婆様と呼ばれていた人がこの中にいるのだろう。
「入ってきてくれ」
マーナさんに呼ばれてその小屋の中に入る。
中はそれほど広くない。
奥にマーナさんと一人の年老いた狼人族の女性がいた。
「ようこそ。お待ちしておりました賢者様。私はマーナの祖母フォルナと申します。みなからは御婆と呼ばれておりますゆえ、どうぞ御婆とお呼びくださいませ」
「内界のオーディン王国からやって参りました。賢者アルマです」
「ふぉっふぉっふぉ。秘密の伝承通り好青年ですな」
「ありがとうございます。御婆様、その秘密の伝承とはミーミル様から伝わってきた話でしょうか?」
「ミーミル様……。申し訳ございません。私も母と祖母から伝え聞いてきただけで、誰からとは聞いておりません。ただ、必ずこの森の先にある泉を求めて片目の者がやってくると」
「僕で間違いないと僕は思っているのですが、御婆様は僕でよろしいのですか?」
「ええ、もちろんです。我らがこの森に閉じ込められてから今日まで、誰一人としてこの森に外からやってきた者はございません。アルマ様達が初めてなのです」
いったいどれだけ長いことこの森の中に閉じ込められてきたんだ?
男の狼人族は外に追い出されてしまったというけど、どうやって子孫を残してきたんだろう?
「あの白い膜の中に泉があるはずです。あれを解くには森の中にあった時計の針を進める必要がありますね?」
「おそらくはそうです。我らは巨人の命令に従って、あの時計の針を戻し続けてきました。ならば時計の針が進めば、巨人にとって良くないことが起こるはずです。それがあの白い膜が消えることならそうでしょう」
断定は出来ないってことか。
御婆様達は巨人の命令で時計の針を戻しているだけで、実際に時計の針が進んだらどうなるか知っているわけではない。
でもニーズヘッグは時計の針を進めろと言っている。
間違いないはずだ。
「鍵は巨人が持っているんですよね?」
「満月の夜に巨人はこの森にやってきます。その時に鍵をマーナに渡すのです」
「巨人は一人だけですか?」
「来るのは一人です。ですがもう一人いるでしょう」
「二人いるのか」
「はい。いま満月の夜にこの森にやってくるのは子供の巨人です。親の巨人はスリュムヘイムにおります」
「親子なんですね」」
巨人見たことないけど、花嫁にするには狼人族って小さいんじゃないか?
「不思議に思っておりますな。当然でしょう。我らと巨人では大きさが違いますから」
「え、ええ」
「……巨人にさせられるのです」
「え?」
「巨人の花嫁に選ばれた者は、スリュムヘイムで巨人にさせられてしまうのです」
「ええ!?」
巨人になる?
「アルマ様。我らがどうやって子孫を残してきたと思います?」
「わ、分かりません」
「いまこの森にいる狼人族は大きく2つに分けられます。1つは巨人が外で捕まえてきた狼人族の女性をこの森の中に閉じ込めるのです」
なるほど。
外で捕まえてこの森の中で囲っているのか。
「もう1つが……巨人の花嫁となった者から産まれた狼人族です。巨人との間に産まれる子は女なら狼人族、男なら巨人となるのです。ただ巨人が産まれることは滅多にありません。いまこの森にやってくる巨人で5代目と聞いております。女の狼人族が産まれたら、巨人はその子を我らに預けます」
「そんなことが……」
「今から25年前に族長は巨人の花嫁に選ばれて連れていかれました。そして22年前の満月の日に、巨人はマーナを連れてやってきました」
「私は狼人族と巨人の混血だ」
「どうして巨人は狼人族をこの森に閉じ込めてまで、こんなことをしているのですか?」
「分かりません。巨人には巨人の事情があるのでしょう。我らは囚われの身ですが、ガルム一族は秘密の伝承を伝えていくために、巨人の花嫁となり子を産んできました」
思いもしない事態だった。
まさかミーミルの泉を巡ってこんなことになっているとは。
いや、巨人が必ずスキールニルと繋がっているのかはまだ分からないんだけど。
それにしてもひどいことをする。
「すみません……僕が来るのが遅かったばかりに……早く来たかったのですが、いろいろあって」
「アルマ様が気になさることではございません。そもそも我らガルム一族が秘密の伝承を伝えてきたのは、自分達のためでもあります。巨人に呪いをかけられ、この森から出ることが出来なくなった我らにとって、秘密の伝承は一筋の希望の光でもありました。私達をこの状況から救い出してくれるのではないかと」
「はい。必ずみなさんを巨人の呪いから解放させてみせます」
「ありがとうございます」
御婆様はちらりとマーナさんを見た。
「この先の話はお前がしなさい」
「はい。いま御婆様が話した通り、我らガルム一族は代々、巨人の花嫁に選ばれてきた。そして次に選ばれたのは……私だ」
「マーナさんが!?」
「いまこの森にやってきている子供の巨人が私を花嫁に選んだ。次の満月の夜、私は巨人の館に連れていかれることになる。そこで巨人にさせられるだろう」
「僕が巨人を倒しましょうか?」
「……おそらくアルマ達なら巨人を倒せるだろう。だが……」
あれ? 倒しちゃだめなの?
「巨人の館にはマーナの母親がおります。子供が倒されたと分かれば、親の巨人がマーナの母親をどうするか……マーナはそれが心配なのです」
「なるほど」
マーナさんのお母さんは今も巨人の館で巨人となって暮らしているのか。
確かに子供の巨人を倒されたら親の巨人は黙ってないよな。
そもそも、子供の巨人ってマーナさんと兄弟なのでは?
「子供の巨人の母親は、マーナさんのお母さんなのですか?」
「いや、違う。子供といっても100年以上生きている。あれを産んだのは何代も前の花嫁となった者だ」
「そうでしたか……」
「御婆様。私は巨人の花嫁となり、巨人の館に向かってお母様を助けてきます。私の爪で巨人の親子を切り裂いてみせます!」
「そう言って花嫁となって巨人の館に向かった者は誰一人として戻っては来なかったのだがな」
「私なら!」
その時、突然大地が揺れるような音がした。
「なんだ?」
「巨人が来たのです」
「え? 今日は満月じゃないですよね?」
「満月の夜は必ず来ますが、マーナを花嫁に選んでからは、こうして様子を見に来るのです」
ディアが闇鷹を飛ばしていたのが見えたけど。
「見えた。確かに巨人だ」
「どこからやってきたんだ」
「森から来てるな」
「巨人の館なんてどこにも見えなかった」
「おそらく結界で隠しているのでしょう」
さて、どうする。
ここでやって来ている子供の巨人を倒すことは可能だ。
でもそれをしてしまうと、問題が2つ。
1つ目は、今日は満月の夜ではないから、あの時計の鍵を持ってきていない可能性がある。
そうなると巨人を倒しても鍵を手に入れられない。
2つ目はマーナさんのお母さんの問題だ。
「巨人はマーナさんの様子を見たら帰るのですよね?」
「はい」
「では僕達は隠れて、巨人が館に帰る時に尾行してみます」
「分かりました」
大地を揺らすような足音がどんどん近づいてくる。
隠蔽の魔法をかけて僕達は別のテントの中に隠れることにした。
やがて見えてきたのは、巨大な足。
見上げれば大きな体を揺らしながら、これまた大きな顔の巨人がそこにいた。
これで子供?
めちゃめちゃでかいぞ。
巨人はその大きな顔で笑いながら叫んだ。
「がっはっは! 俺様のマーナはどこだ!」
巨人にとっては普通に話しているだけかもしれないけど、森中に響き渡るんじゃないかと思うほど馬鹿でかい声だ。
「私はここにいるぞ!」
「おお! 俺様のマーナ! もうすぐお前を花嫁として迎えられるな!」
「ふん! 私が巨人となった時に、お前が私に勝てるならな!」
「がっはっは! 相変わらず威勢の良い女だ! 俺様に相応しい!」
巨人は明らかに敵意を見せているマーナさんに対して、まったく気にする素振りを見せずにあれこれ話しかけている。
マーナさんと巨人の話はまったく噛み合っていないな。
巨人の腰に袋があるけど、鍵はあの中か?
今日持ってきているかどうにかして確かめられないか。
魔法で眠らせられるか?
だめか……鍵の魔具からは拒絶の反応だ。
巨人は状態異常に対する耐性が高いのか?
「がっはっは! お前を花嫁に迎える日は、盛大な宴を楽しみにしているぞ! ドワーフ達に酒と肉を届けておくように伝えておいたからな!」
言葉のキャッチボールになっていない会話を楽しんだ巨人は、腰を上げると大きな声で笑いながら森に向かっていった。
ついていって巨人の館の場所を割り出すぞ。
「行ってきます」
「気を付けて……。アルマ、私のお母様の名はハティだ」
「ハティさんですね。分かりました。もし見つけたら必ず助け出してみせます」
これだけ体も大きく足音も大きい相手となれば、尾行はとても容易いけど。
上手く館までたどり着けるかな。




