第60話
ミーミルの泉を探しに外界に行く。
まずはその準備だ。
フレイヤ王国に行った時と違って、外界では現地での食糧、水の確保が容易ではない。
時間停止空間はかなり拡充されているけど、あまり大人数で動くと物資が不足してしまう可能性が高い。
補給のために一度戻ってくるのも一苦労だ。
そのため、出来るだけ少人数で動くことにした。
メンバーは俺、アーネス様、マリアナ様、モニカ、ティア、ディア、それにナルルに来てもらった。
まぁいつものメンバーといえばそうだけど。
いま現在、俺の他の騎士はアンナ達5人だけではなく、その他に50人ほどの騎士がいる。
そちらはアンナ達5人をリーダーにして、それぞれ10人ずつ騎士を配置してのチームを作り、俺達が戻るまで王家の迷宮の上級で魔石を集めてもらうことにした。
外界に行くにあたって正規のルートは通らない。
本来はユミルの壁にある門を通って交易町ロキに向かうのだが、そちらは交易を行っている商隊に王が選抜してくれた商人を潜り込ませてくれている。
補給が必要になった場合、交易町ロキに潜入すればその商人から現地調達できる物資を得られるようにだ。
ただ交易町ロキで大量の物資を調達して不自然に思われるといけないので、補給は最小限のものになるだろう。
ミーミルの泉に預けた俺の左目は、俺にその位置を教えてくれている。
女神フレイヤからもらった眼帯の奥で、無くなった左目が疼くかのようにその位置を知らせてくるのだ。
その方向に向かって一直線に、オーディン王国から東へと向かうことになる。
もろもろの準備を終えて出発となった。
アーネス様に飛んでもらってまずはオーディン王国の国境付近まで行く。
東には他の人族国家がいくつかある。
秘密裏の行動なので当然俺達が通ることは伝わっていない。
そのためここからはかなり上空で飛んでもらう。
寒さと風の抵抗対策の結界を展開する。
「では参ります」
「お願いします」
陽が落ち夜の闇に紛れて遥か上空を飛んでいく。
フレイヤ王国からオーディン王国にスヴァルト達を運ぶ時もこんな感じだったな。
もうあれから1年半も時が過ぎている。
フレイヤがスヴァルト達の町を約束通り作ってくれた。
ただスキールニルに見つかると厄介な可能性が高いため、フレイヤ王国内でもそれを知る者は一部の者だけだ。
町の建築そのものはスヴァルト達が基本的に行っている。
オーディン王国で匿っていたスヴァルト達は全員その町にいまは住んでいる。
また他の精霊王国からやってきたスヴァルト達もだ。
男性のスヴァルトも増えてきて、中には恋仲になった者達もいるとか。
夜の間はアーネス様に飛んでもらい、陽が昇ってくると鍵の空間の中に隠れる。
また夜になったらアーネス様に飛んでもらった。
そうして4日目にはユミルの壁が見えてきた。
「あれがユミルの壁。確かにとんでもなく大きな壁ですね」
「はい。私も実際にこの目で見るのは2回目です。騎士学院に入る前に王と一緒にユミルの壁を見たことがあります。もちろん交易町ロキに繋がる門の近くですが」
「その門の近くだけ、獣人族と協力して魔獣が近寄らないようにしている。つまりここら辺は魔獣がたくさんいるわけだ」
「はい。ただこれだけ上空なら大丈夫かもしれませんが」
「いや、そうはいかないみたいだね。何かいるぞ」
「む? 旦那様よく見えますね」
「鍵の魔具に助けてもらってだけどね。暗視と遠視の魔法をかけてくれた。アーネス様にもお願い」
鍵の魔具は何かの魔法を使ってアーネス様にも暗視と遠視の効果を付与した。
「なるほど。これは便利ですね。そしていますね」
「鳥系の魔獣の群れだね。ユミルの壁の上が安全地帯になって地上の獲物を狙っているのかもしれない」
「確かに。む? その壁の上で油断しているものをさらに狙う強者がいるようです。私達よりさらに上空の左上です」
「え? あ、本当だ。僕達よりも高く飛んでいるなんて。しかもかなり大型だ」
「あれはグリフォン? 伝え聞いたことのある姿をしています」
「上半身は鷲で下半身はライオンみたいな魔獣だっけ。確かにそっくりだ」
「こちらに気づきました」
「みたいだね」
グリフォンと思われる魔獣は壁の上にいる魔獣から狙いを俺達に変えたようだ。
俺達よりさらに上空を飛んでくる。
気づいていないと思っているのか?
暗視と遠視のおかげで、こっちはかなり前から見ていたんだけど。
「下降して来たところをやります」
「邪魔なら僕は落としちゃっていいですからね」
「愛する旦那様を落とすわけにはいきません」
「なら愛する妻のために僕も戦います」
「くすっ。ありがとうございます」
グリフォンとの距離が縮まっていく。
そして急激に降下してきた。
かなりの速さだけど、風の魔法の衝撃波でグリフォンを跳ね返す。
「お見事」
「任せました」
態勢を崩したグリフォンに向かってアーネス様の白銀の剣が輝く。
逃げようとするグリフォンの首を一刀両。
一瞬の静寂のあと、血しぶきをまき散らしながらグリフォンは地上に落ちていった。
まだここは内界側だ。
このまま地上に落ちれば、他の魔獣の餌になって終わりだろう。
外界側だったら変な痕跡を残したくない。
その場合は鍵の空間の中に魔獣の死体を入れておくことになるか。
突然落下してきたグリフォンの死体に驚いたのか、ユミルの壁に止まっていた鳥系の魔獣達が一斉に飛び立つ。
しかし落下してきたのが死体だと分かると、我先にその死体を貪ろうと戦いが始まった。
グリフォンの魔石ともなれば、魔獣にとってはご馳走だから。
上手い具合に魔獣がいなくなったユミルの壁の上空を俺達は悠々と飛んで、外界に入っていったのであった。
外界に入って5日目。
予想以上に俺の左目のある場所は遠かった。
5日目にようやくその場所に辿り着いたのだが、ここで問題発生。
すんなりミーミルとご対面とはいけなかった。
「強力な結界? なんだろうね、これは」
全員鍵の空間から出てきている。
俺達の目の前には白い膜のようなものが巨大な半円を描いて展開している。
かなり広大だ。
「触るとゼリーみたいな感触ですわ」
「ふんが! ……斧で叩いてもだめっしょ」
「鍵の魔具もこれに対する魔法はないみたいですね」
「旦那様の左目はこの中に……それを邪魔するのは」
「スキールニルだろ」
「そうとしか考えられませんね」
スキールニルがミーミルの泉に強力な結界を張っている。
だとすれば、スキールニルにとってミーミルの泉は不都合なものというわけか。
俺の左目がここにあってミーミル様と会う約束になっている……ことをスキールニルは知らないと思うけど、絶対ではないか。
いずれにしても、これをどうにかしないといけない。
次の日は陽が昇った明るい時に、アーネス様とディアの闇鷹で上空からこの白い膜のようなものを見てもらった。
夜に見て分かっていたけど、やはりかなり広大な地域が白い膜で覆われて中に入ることが出来ない。
疑問はこれだけ強力な結界をどうやって維持しているのか? だ。
白い膜の周りにはこれまた広大な森林や草原などの自然が広がるばかり。
獣人族の町が近くにあることもない。
そもそも獣人族の町は交易町ロキの近くに多くあって、外界の奥に入っていくとほとんど町らしいものは見当たらなかったんだけどね。
結界を維持するような魔道具か神器がどこかにないか探すことにした。
スキールニルはレプリカとはいえ神器を持っているんだ。
俺達には想像もつかない強力な結界を維持する道具があるかもしれない。
探索を始めて2日目の昼頃だ。
ちょうど白い結界の西側付近の森に入った。
すると何かの違和感を覚えた。
なんだ?
「あれ? ニーちゃんどうしたの?」
マリアナ様の戦具、自称ニーズヘッグで神獣らしい蛇が頭を出した。
なんで睨むんだよ。
蛇じゃなくて竜ね、竜。
うん、君は竜だ。
「え? あっち? あ!」
ニーズヘッグはマリアナ様の手を離れると、ニョロニョロと自ら草の中を移動している。
おい……どこからどう見ても蛇だぞ。
「ニーちゃん待って!」
ニーズヘッグはマリアナ様の声を聞かずどこかへ向かっていく。
みんなでその後を追っていった。
しばらくすると、白い結界の前の一本の樹の前でニーズヘッグは止まった。
「ここ? この樹の上?」
この樹の上に何かあるのか?
樹の上を見ると……。
「時計?」
そこには時計にしては大きな古い時計があった。
樹の上の枝分かれの場所にちょうどおさまる形で置いてある。
ニーズヘッグはまさに蛇のように樹を登っていった。
だからこっち睨むなって。
時計の周りをぐるぐると回るとニーズヘッグはマリアナ様の手に戻ってきた。
「え? だめ? 鍵がない?」
「鍵?」
「はい。ニーちゃんがこの時計を進める鍵が必要だって」
「時計を進める?」
どういうことだ?
しかし鍵といえば俺の魔具だろう。
「旦那様の鍵では無理だとニーちゃんは言ってます」
「ありゃ」
俺の鍵の魔具ではだめなのか。
この時計が結界維持装置なのか?
「これが結界維持の魔道具ということでしょうか?」
「ニーちゃんはこの時計が時を戻して維持していると言ってます」
「時を戻している?」
ニーズヘッグの言うことは分かり難い。
肝心な部分が抜け落ちているんだよね。
この白い結界が何かはニーズヘッグも分からないけど、この時計が白い結界の時を戻しているらしい。
それで結界が維持されている?
「この時計を破壊すればいいのでは? そうすれば時を戻されることは無くなるでしょう」
「お姉様だめです。ニーちゃんが壊してしまったら白い結界が自然消滅するのを待たなくてはいけなくなると。時計を進めることができれば、たぶん白い結界は無くなると言ってます」
なるほど。
壊したら白い結界の時は戻らなくなるけど、自然消滅を待たなくてはいけない。
それが1ヶ月なのか、1年なのか100年なのか分からない。
すぐに無くすためにはこの時計の鍵を探して、時計の針を進める必要があるわけか。
「時計の鍵がどこかにある?」
「スキールニルが持っているとか?」
「それだと困りますね。ミーミル様に会いたいから鍵をくださいとは言えないですし。そもそもスキールニルとどうやったら会えるのか、こちらから会いに行く方法がありませんしね」
「ん!? 誰か来るぞ」
『え?』
辺りを警戒していたディアの闇鷹が誰かを捉えた。
「狼人族の女達がこっちに向かってきている」
こんな場所に住んでる?
そしてここに向かってきている。
目的はこの時計?
俺達は近くの樹の影に隠れた。




