第46話
「こちらが精霊石です」
「これだけ短期間でこの精霊石を輝かせるとは素晴らしい」
「幸運に恵まれました」
「ただの幸運だけではあるまい。ミラから聞いたが、ずいぶん面白い魔道具を持っているそうではないか」
「これを得られたことは本当に幸運でした」
「アルマのこれだけの活躍を支えていた魔道具があったわけだ。ただ、それを見せてくれないのは寂しいの」
「申し訳ありません。こればかりは……なにとぞお許しを」
フレイヤ様に謁見して精霊石を渡した。
見事に輝いた精霊石を見てフレイヤ様も大喜びだ。
最初の精霊石から始まって、輝いた精霊石を3個もフレイヤ様に献上したことになる。
俺の印象はすこぶる良いだろう。
「本来人族が立ち入ることのできない世界樹の迷宮を探索させて頂き、誠にありがとうございました。とても貴重な経験を得られました。今回の探索をもって一度オーディン王国に戻ろうと考えています」
「なに? 戻るのか?」
「はい。もちろんまた世界樹のためフレイヤ様のためにここで精霊力を集める探索をしたいと思っています。ですが一度戻り、近しい人達に近況なども伝えたいと思いまして」
「なるほど。それは仕方ない。アルマが去るのは寂しいが、また来てくれるとあれば……ただ、最後にアルマを連れていきたいと思っている場所があってな」
「私を連れていきたい場所ですか」
「世界樹の迷宮のちょっと面白い場所でな。ぜひアルマを連れていきたいと考えていたのだ」
「そうですか……」
「あの戦士も一緒で構わんぞ。なにせ迷宮の中だ。我も一緒だから万に一つも危険はないが、その方がアルマも安心であろう」
「ご配慮頂きありがとうございます。その迷宮の中を探索することになるのですか?」
「いや、探索することはない。そこは入ってすぐに面白い場所だからだ。すぐに終わる」
「そうでしたか。ではフレイヤ様のお言葉に甘えて、その場所を見させて頂いてよろしいでしょうか」
「うむ。よいよい。では準備が整い次第出発する。別室に下がって待っておれ」
「はい」
急展開だな。
挨拶してさようならのつもりが。
ただ世界樹の迷宮の中の面白い場所と言われたら、見たくもなる。
入ってすぐで探索するわけでもないなら、時間もかからないだろう。
モニカのいる別室で待っていると、ミラさんがやってきた。
ミラさんに連れられてフレイヤ様の館の1階左奥にある部屋から外に出る。
壁で囲まれた通路となっていて、進んでいくと迷宮の入口があった。
こんなところに世界樹の迷宮の入口があるのか。
しばらく待っていると、フレイヤ様が来られた。
「では行こう」
「はい……フレイヤ様のお供の方は?」
「我では不足か?」
「いえ! とんでもございません」
「くっくっく。我は女王であると同時に、フレイヤ王国において最も強きハイエルフでもある。心配するでない。ミラはしばらく入口を守っていてくれ」
「はっ」
確かに最も多く世界樹に精霊力を捧げているフレイヤ様は、フレイヤ王国において最も多く精霊力を与えられている存在だ。
一番強い人に護衛はいらないのか。
でも護衛をつけない理由はないのと思うんだけど……入ってすぐ終わるからかな?
フレイヤ様に案内されて迷宮の中に入ると、そこは確かに世界樹の迷宮の中だった。
巨大な樹の根の中が洞窟になった迷宮だ。
しばらく歩くと、大きく開けた場所に出た。
「ここは」
「世界樹の迷宮の中でも、これだけ広く開けた場所はなくてな。珍しいだろ」
「確かに、これは圧巻ですね」
天井まで軽く10m以上はあるな……20mぐらいあるかもしれない。
巨大な樹の根の中に円形に広がった巨大な空間が突如として存在していた。
これは確かに面白い場所だ。
別に何かあるわけではないんだろうけど。
「このような珍しい場所を見せて頂きありがとうございます。しかもフレイヤ様ご自身にご案内して頂けて光栄です」
「…………」
「よいよい。ここはいろいろと都合の良い場所でな」
「都合の良いですか?」
俺が呑気にこの場所を見ている間に、モニカが臨戦態勢を取っていることに今さら気づいた。
ほぼ同時にフレイヤ様から嫌な感じを受ける。
敵意……ではないけど、戦気のようなものか。
「世界樹の迷宮は中で繋がっていると話したであろう? しかしここは違う。入口以外に何もない」
「あ、確かに。ここで行き止まりというわけですね」
「そうなのだ。つまり我の後ろにある入口から出るしかない……というわけだ」
「そうですか……」
フレイヤ様の首飾りが怪しく輝いている。
あれは精霊具か? 精霊力を感じるぞ。
「ところでアルマよ。そなたは我の配下とならぬか? そなたほどの働き者はそうそうおらぬのでな。我もそなたが欲しくなってしまったのだ」
「それは……大変ありがたいお言葉でございますが、僕はオーディン王国に仕える者です。世界樹のためにこれからも精霊力を集めてはいきますが」
「そうか……残念だな。まぁ、よい。そなたはコレクションに加えるとして、その魔道具だけあれば我がエルフ族の戦士達がより多くの精霊力を集めてくれるであろうよ」
「お言葉の意味がよく分かりかねますが」
「分からぬともよい。そなたは我の人形となるのだからな!」
フレイヤ様の首飾りが光り輝いた。
同時にモニカが金剛を出して前に出る。
フレイヤ様の前に……人? が4人立っていた。
「ほお……お前、戦具を得ていたのか。今まで隠していたとは小賢しい。戦具持ちとなれば4人で足りるか? まぁ大丈夫だろう」
「フレイヤ様……これはどういうことでしょうか?」
「安心しろアルマ。そなたは我のコレクションとして生きていくだけだ。この者達のようにな。我と共に長き命を得られるのだぞ」
だから何を安心するんだよ。
「その人達って生きているんですか?」
「何を持って生きているというかによるな。人としての生は終わっておるが、我の人形としての新たな生命を得ている。しかも能力は何ら変わらないままな。アルマのそなたの能力もそのままだぞ。まぁ、そなたはただの魔術師だからそれほど高い能力は持っていないであろうが、働き者であったことと、そなたの容姿は好ましい」
「はぁ……」
「安心しろ。たまに夜に呼び出して我の相手をさせてあげるのだぞ。光栄であろう」
だから何も安心できませんって。
「申し訳ありませんがお断りさせて頂きます」
「出来ると思うか? なぜこの場所に連れてきたと思う。そなたの逃げ場がなく、また死んであたり前の迷宮だからだ。安心しろ。オーディン王国にはそなたとその戦士は、迷宮探索中に死んだと報告しておくからな。そのための誓約書もある」
「あ~あの誓約書はそういうことだったんですか」
「準備がよいであろう」
まったくもって何も安心できないが、さてどうする。
相手はフレイヤ王国の女王様だ。
もちろんやられるつもりはないけど、殺したら……まずいか?
どうなんだろう。
上手く逃げたとしても問題だ。
外にはミラさんがいるし、オーディン王国に戻る間ずっと追手がやってくるだろうし。
面倒だな。
「まずは人族の太った戦士。お前はコレクションになることはない。この場で死ぬがよい」
うん、決めた。
「モニカ。とりあえずあの人形と言われている4人。やっていいよ。まだ他にも人形がいるだろうから油断しないでね」
「合点承知っしょ」
「我のコレクションに勝てるつもりか?」
4人ともエルフ族の男性だ。
どういう人なのか知らないけど、フレイヤの人形になっているぐらいだ。
生きていた頃はそれなりに名のある者だったのだろう。
もしかしたらハイエルフだったかもしれない。
「アースウォール」
目の前に壁を作り、こちらを見られないようにする。
鍵の空間を開けて、アーネス様に出てきてもらった。
モニカはすでに戦い始めている。
「現状は世界樹の迷宮の中で行き止まりの開けた場所です。フレイヤが襲ってきました。今はモニカが応戦してます。フレイヤの精霊具から現れた人形と呼ばれているエルフ族の戦士とです」
「どうされるおつもりで?」
「徹底的にやることにしました。ナルルとディアはフレイヤの後方に上手く忍びこんで、フレイヤが迷宮から逃げられないようにしてくれ」
「了解です」
「アーネス様とマリアナ様とティアはアースウォールの中で待機。ナルルとディアがフレイヤの退路を断ったら、モニカと一緒に戦ってください」
「分かりました」
この開けた空間にいくつかのアースウォールを展開する。
ナルルとディアは闇魔法『影』を使って徐々に入口に続く道の前にいるフレイヤに近づいていく。
「グラビディボール」
「小賢しい」
俺のグラビディボールを簡単に撃ち落とすフレイヤ。
しかしその一瞬の隙に、ナルルとディアは後ろに回り込めたようだ。
「モニカ。本気でいいよ」
「あいよっ!!!」
「なんだと?」
金剛を進化形態してさらに雷属性を纏い、4人のうちの2人をあっという間に叩き倒した。
フレイヤも戦具の進化は知らないだろうし、まして属性付与なんてもっと知らないだろう。
あいにく、こっちの強さの基準は今までの常識とは違うんだよね。
「な、ならば!!!」
再び首飾りが光り輝いた。
すると新たな人形であろう人が5人追加された。
そのうちの一人の人族か?
獣人族と思われる者もいるな。
「囲んでしまえ」
「アーネス様達もどうぞ」
「はい!」
世界樹の迷宮の中に聖なる光りがほとばしる。
アーネス様の聖属性の戦具が輝きを放ちながら、人形を斬り倒していた。
マリアナ様もようやく得られた戦具の鞭で人形の一人を叩き倒している。
鞭を振るその姿は、ちょっとだけ女王様プレイを俺に連想させるのであった。
「ば、馬鹿な! お前達はなんだ!?」
「お初にお目にかかります、女王フレイヤ様。私はオーディン王国第一王女のアーネス・オーディンです」
「私は第ニ王女のマリアナ・オーディンですわ」
「モニカはモニカっしょ」
ティアはまだアースウォールの中に隠れている。
「オーディン王国の王女だと!! どうしてここにいる!? どこにいた!?」
「それを答える必要はありません」
「ま、まさかあの魔道具! あれは人まで! なんという魔道具なのだ!」
そう勘違いしてくれればいい。
「フレイヤ様。オーディン王国とフレイヤ王国はこれまで良好な関係を築いて参りました。それは今後もそうでありたいと思っています。ですが、僕はフレイヤ様の人形になるつもりはありません」
「くっ! こんなことで勝ったつもりになるなよ! ハイエルフ達の力で!」
まぁ、実際ハイエルフがどんなに集まっても、俺達が勝てると思うんだよね。
フレイヤ王国で最も強いとされるフレイヤの実力がこの程度だ。
精霊術を使った本人の戦闘力も、アーネス様達に比べたらあまりに弱い。
どんなにハイエルフが束になったって、こちらが有利だろう。
でも事を大きくして複雑にはしたくない。
だからこそ、俺は徹底的にやるつもりなんだけど。
「無駄ですよ。逃げれませんから。後ろをよく見てください」
「なに……な、なっ! なんだと! なぜスヴァルトがいるっ!」
「…………」
「…………」
ナルルもディアも無言か。
何かそれ逆に怖いんですけど。
今まで忌み嫌われて差別をしてきた張本人? ともいえるフレイヤを前にして、彼女達も複雑な感情を抱いているに違いない。
「彼女達は僕の仲間です」
「貴様! スヴァルトの手先だったのか!」
「黙れ。ご主事様に無礼は許さんぞ」
「ご、ご主人様!?」
「まぁ僕達の関係はフレイヤ様には関係ありませんので……さて、こうなった以上、どうするかですが、フレイヤ様には……僕の人形? になって頂こうかと」
「わぉ。ご主人様やるっしょ」
「む? アルマ様どういうことですか?」
オーディン王国とフレイヤ王国の関係を崩さない。
それでいてフレイヤを俺の言う通りに動く駒にする。
フレイヤが俺達を襲ってきたときに、決断したことだった。
徹底的にやると。
「フレイヤの制約を解除する」
「あ~なるほど」
「な、なにを言っているのだ?」
「僕からしか精霊力の供給を受けられないとなれば……言うこと聞いてくれるでしょ? 言うことを聞いてくれるなら、今までよりずっと多くの精霊力を渡せばいいだけだし。その方が何かと都合も良いかなって」
「素晴らしいお考えです」
「アルマ様なんて逞しいお考え……素敵です!」
「ご主人様はやる時はやるっしょ」
いつも頑張ってるつもりですけどね。
「抵抗しなければ、何も痛くありませんが……」
すでに人形はアーネス様達に全員倒されている。
まだ人形を出せるなら出してもいいけど、結果は目に見えているだろうからね。
ま、俺達の完全勝利ってことで。
「ふ、ふざけるな! 我が、我が人族に屈するなど! ふざけるな!!!」
「ん?」
フレイヤは自分の首に手を当てた。
強力な精霊力の流れから、その首に黄金に輝く首飾りが現れた。
それまで着けていた黄金の首飾りとは違う。
なんだ? この黄金の首飾りは。
何か嫌な予感がする。
「あれ、やばいっしょ」
モニカの勘は当たるんだよな。
「ブリーシンガメンよ! 解き放て!! フレイヤ!!!」




