第45話
世界樹の迷宮の中を進む。
魔物や霊物の強さは上級迷宮の中腹付近となっている。
霊物の出現頻度は、スヴァルト区域の上級迷宮と大して変わらないようだ。
マリアナ様の戦具の進化のために100万という膨大な魔力が必要だ。
俺の基礎魔力はいま1200ちょっと。
迷宮を探索中は日中の魔力回復はない。
魔力全てを与えても12000。
80日以上かかりますね。
それでも80日かかっても達成できるのは、この鍵の魔具のおかげだ。
まず俺の基礎魔力を高めてくれた。
仮に俺の鍵の魔具が単なる魔力増幅10倍の魔具だったら……10万なんて魔石魔力を集めることが出来ただろうか。
それに戦具の情報を俺に見せてくれた。
マリアナ様の特殊な戦具の条件に気づくことは、素ではほぼ不可能だっただろう。
仮に知れたとしても、孵化までに必要な魔力と精霊力、その後に必要な魔力が分からなければ、とてもじゃないけど挑戦しようとは思えない。
100万というゴールが見えているからやれるのであって、いつ達成できるか分からないままでは絶対に無理だよな。
そろそろ一度戻ろうかと思う。
まだ精霊石は輝いていないけど、魔道具の袋ということにしたこれだけで、何十日も迷宮の中を補給無しに探索できるのはあまりに不自然だ。
戻って補給してきたということにして、また探索する。
10日の探索を3回。
30日かけてこの精霊石を輝かせたことにしよう。
たぶん相当短い期間で輝かせたことになるだろうけど、幸運だったで押し通そう。
世界樹の迷宮から戻ると、案の定ミラさんがこの魔道具ということにした袋にすごい関心を寄せてきた。
ただ、これはお見せ出来ませんと断った。
見せたらただの袋だって分かっちゃうから。
2回目の探索も無事に終え、3回目の探索に入った。
今回で精霊石を輝かせて、フレイヤ様に渡す。
マリアナ様の戦具には魔力が30万ほど溜まり順調だ。
「これでしばらくお別れですね」
「定期的に会いにくるよ」
「ありがとうございます。フレイヤ王国以外の精霊王国のスヴァルトでこちらに向かってくる者達もいます。どうぞよろしくお願いします」
「スヴァルトが安心して暮らせる場所があればいいんだけどね」
「オーディン王国が受け入れてしまえばいいのでは?」
「未来の女王様がそうされるのであれば……でも精霊王国との関係は大丈夫?」
「フレイヤ様には今回のことで、かなり好印象を残せたことでしょう。そのアルマ様が夫となって頂けるのですから、フレイヤ王国とは話し合いでどうにか」
「問題はフレイ王国かな」
「私と一緒にマリアナもアルマ様と結婚します。そのことでフレイ王が何と言ってくるか」
「あの人嫌い!」
フレイヤ様と話し合いか……。
アーネス様は直接フレイヤ様とは会っていないからな。
あの人とも話し合いできるかどうか疑わしいけど。
とりあえず、この精霊石を輝かせてフレイヤ様のご機嫌を取りますか。
10日間の探索を無事に終えて、予定通り精霊石を輝かせた。
世界樹の迷宮を出ていつも通り一度宿に戻る。
荷物を整理して一晩休んで、次の日にギルドに向かった。
「フレイヤ王国での探索を終えてオーディン王国に戻るつもりです。今までの精算をお願いします」
「了解しました。それにしてもアルマ様はすごいです。あのフレイヤ様から直接ご依頼を受けるなんて」
「たまたまですよ」
ギルドに探索の成果として渡していた魔石は常識的な範囲のものだ。
世界樹の迷宮で得た魔石の最後の分を渡し、これまでの精算を済ませる。
その後、フレイヤ様への謁見の申し出をお願いした。
「ミラ様経由でよろしいですね」
「はい。お願いします」
ハイエルフ居住区への立ち入りは、毎回誰かに連れていってもらうことになる。
こっちに戻ってくる時も同じだ。
開かないカーテンで閉められた馬車の中に入れられて、行くことになる。
ただ最初と違ってミラさんが来ることはない。
エルフの兵士の人が馬車で迎えにきてくれるのだ。
今回はフレイヤ様への謁見を申し出たことで、すぐには迎えが来なかった。
返事が来てからさらに二日後となったため、スヴァルト区域にいってみんなにちょっと魔力を与えて、しばらくのお別れ会をすることになった。
まぁすぐに会えるだろうけど。
みんなでワイワイしていると、ナルルがやってきた。
「ご主人様、本当にスヴァルトのためにありがとうございます」
「いろいろあってこうなったけど、結果的にナルル達をこうして救えて僕も嬉しいよ」
「これからスヴァルトの形は大きく変わっていくでしょう。結婚する者も出てくるかもしれません」
「え?」
「スヴァルトはこれまで結婚するなんて考えられませんでしたから。魔力暴走によっていずれ命を落とす運命でした。20を迎える前に命を落とすこともざらです。どんなに長く生きても25年ほどでしょうか。それに忌み嫌われているスヴァルトと恋してくれるエルフの男性なんていませんから」
そっか。
俺が制約を解除しなければナルルも死んでいた。
スヴァルトの寿命は極端に短かったんだ。
「ここフレイヤ王国にはどうしても女性のスヴァルトが多いです。ですが、他の精霊王国には男性のスヴァルトもいます。今後、彼らが集まってくれば、スヴァルト同士で恋愛することだってあるでしょう。
「そうだね」
スヴァルト達の新たな人生が始まるんだ。
やっぱりスヴァルト達が安心して暮らせる場所があればな。
オーディン王国にスヴァルトの住む町を作ってもらう?
不可能ではないけど、オーディン王国の国民がどう思うか。
他の精霊王国がどう反応するか。
俺には予想できないことばかりだ。
「スヴァルト同士の夫婦で子を産むと、その子は必ずスヴァルトでした。そしてやはりその子は魔力暴走を起こしたそうです。そういったことが続いて、今ではもうスヴァルトはたとえ気の合う相手を巡りあっても子供を作ることはしなくなりました。でもご主人様に救われたスヴァルト同士なら……その子は魔力暴走を起こさないかもしれません」
「そうだね。スヴァルトの子が生まれた、僕がもちろん視るよ。きっと魔力暴走は起きない子が産まれてくるよ」
「はい。そう心から願います」
確かエルフ族はもともと子供ができ難いという話を聞いたことがある。
スヴァルトも同じなのかもしれないけど、いずれ子供がきっと生まれるはずだ。
俺が生きている間に子供が産まれてくれれば、その子を視て魔力暴走が無ければ、今後スヴァルト達は不安なく恋して結婚していくことができるだろう。
「明日のフレイヤとの謁見には私も鍵の空間に入ってついていかせて頂きます」
「ありがとう。明日はすんなり終わるかな~?」
「どうでしょう。正直、これだけの精霊石を輝かせるには、あまりに短期間過ぎます。ご主人様の能力は規格外過ぎてお近くにいると当たり前のように思ってしまうのですが……。仮にエルフ族の戦士がこの精霊石を輝かせようとしたら、少なくとも1年はかかるでしょう」
「ここに1年もいるわけにはいかないからな。まぁ、便利な魔道具があるからということで押し通してみるよ」
「フレイヤの魅了対策の状態異常耐性を上げておくこともお忘れないように」
「了解。でも思ったほど強い魅了ではない気がするんだけど」
「それはご主人様を侮っているからです。ご主人様の能力を知らなければ、オーディン王国で賢者になれなかった落ちこぼれの魔術師……というのがご主人様の肩書です。よってフレイヤからすれば、魅了にそれほど精霊力を使っていないのか、そもそも魅了を使わなくても問題ないとみているのか、どちらかでしょう」
「ああ、そっか。なるほどね。知らない人からすれば、僕はただの落ちこぼれ魔術師だったね」
「ご主人様の真の力は、エルフ族の歴史が変わるほどの御力ですから。精霊力を扱えるのですから」
俺の鍵の魔具は精霊力を扱える。
他にもいろいろ出来るけど、いったいどんだけすごい魔具なのか。
どうしてこんなすごい魔具が俺の元にやってきたんだろうな。
考えても分からないけど。
鍵の魔具の持ち主は俺だ。
俺がやれることはやろう。
オーディン王国のため、アーネス様達騎士のため、そしてスヴァルトのために。




