第44話
世界樹の迷宮。
ハイエルフ居住区にある迷宮は全て世界樹の迷宮と呼ばれているそうだ。
巨大な樹の根の中が洞窟のようになっている構造をしていて、入口は違えど中は全てどこかで繋がっているらしい。
俺達はその中でも女王フレイヤ様が管理されている入口の一つから世界樹の迷宮に入ることになった。
一度宿に戻り、最低限の野営道具の入ったリュックを持ってくる。
これだけでは疑わしいので、一つの袋を持ってきた。
本当は違うけど、これを『魔道具』ということにした。
俺が知る限り、この世界にアイテムボックスのような魔道具は存在していない。
だからこそ、この袋があれば大丈夫なんです、なんて言えば、この袋は多くの物を収納できる夢のような魔道具と勘違いしてくれるはずだ。
迷宮でたまたま手に入れたことにしよう。
それにしても、あのフレイヤ様の目。
完全に俺を虜にしようと狙っていた目だ。
魅了系の精霊術が発動していたかもしれないけど、状態異常耐性を高めていたおかげか、無事に意識を保てた。
それでもフレイヤ様のことを美しいなんて思う自分がいたから、少しは影響を受けていたかもしれない。
でも抵抗できないほど、フレイヤ様の魅了系の精霊術は強くないようだ。
フレイヤ様から案内係をつけようかと言われたけど、丁重にお断りした。
誰かいたら鍵の空間やら戦具やら使えなくなる。
俺とモニカだけで、世界樹の迷宮の中に入っていった。
この入口から世界樹の迷宮に入っている者は、俺達以外に今はいないことを確認している。
でも世界樹の迷宮は中で全て繋がっている。
ものすごく広大で巨大な迷宮のため、実際には他の入口の者と遭遇することは本当に稀だそうだから、大丈夫とは思うけど一応注意しよう。
ある程度進んだところで、モニカは戦具を出した。
迷宮の難易度的には中級から始まるらしい。
王家の迷宮も特殊だったけど、この世界樹の迷宮も特殊だった。
進むにつれ、徐々に難易度が上がっていく。
中には最下級のような難易度から始まる入口もあるらしい。
フレイヤ様が管理する入口はどれも中級から始まるそうだ。
最初は中級迷宮の難易度とあって、モニカ一人で余裕です。
迷宮の構造も巨大な樹の根の中が洞窟のようになっていて天井が低い。
つまり魔物と正面からぶつかる形になる。
モニカが最も得意とする戦闘の形だ。
樹の根がところどころ光り輝いてくれて、明かりを確保できている。
時々、強い光りが樹の根を流れるように過ぎ去っていく。
まるで樹の根が水分を吸って、その水が流れていくかのようだ。
「そろそろいいかな」
鍵の空間を開けて、アーネス様、マリアナ様、ナルル、ティア、ディアに出てきてもらう。
みんな不思議そうに世界樹の迷宮を見つめていた。
「これが世界樹?」
「いや、これは迷宮だから世界樹そのものではないだろう」
「でも、まるで本物の世界樹のようですわね」
確かに、これだけ巨大な樹の根なら本物の世界樹と言われてもそう思える。
でも樹の根の中が洞窟みたいに空洞になってたら、実際には腐っていてダメだろう。
「この時々流れてくる光の渦のようなものは何でしょう?」
「何だろうね」
「これ……世界樹に精霊力を捧げた時に、こんな風に光りの渦が世界樹の頂上を目指して流れていくのが見えるんです」
「へぇ~……もしかして、本当に世界樹の中とか」
世界樹を普通の樹と同じ基準で測ってはいけないということか。
この中が本当の世界樹がどうか今は置いておこう。
「さて、マリアナ様」
「はい!」
「フレイヤ様から神獣に関することは、ほとんど何も聞けませんでした。ただ……」
フレイ王国の王フレイが古代の神話を研究していることを話した。
おそらくその研究からマリアナ様の戦具の卵を見て、神獣もしくは古代の神話の何かと繋がるものではないかと思った、という俺の推測だ。
「なるほど。つまりフレイヤ様の話だけでは、何も分からなかったと」
「そうなります」
「ではマリアナの戦具の卵は、フレイ王国に行くまでお預けだな」
「ええ~~~!!」
アーネス様も意地悪だな~。
本当はそう思っていないくせに。
「いえ、孵化させようと思います」
「アルマ様!」
「どちらを先にするのですか?」
アーネス様が聞いてきたどちらとは、戦具と神獣どちらを先にするのかという意味だろう。
「魔力と精霊力を同時に流せないことは、これまで試してきたことから分かっています。ですので、まずは戦具を先にします。それでどうなるか次第ですが、もし神獣が残ったのなら、神獣の精霊力を与えます」
「名前からしたら神獣の方がすごそうだけど、いいのかよ」
「ディア、私達が口出しすることではありません」
「でも勿体ないじゃん」
「たぶん大丈夫だよ」
「なんでだよ?」
「……僕の勘?」
「はぁ、ゴシュジンサマの勘は頼りないからな~」
「こら、ディア!」
「大丈夫っしょ。モニカの勘も同じっしょ」
モニカの勘のお墨付きを得たことだし、まずは戦具を孵化させよう。
ここではマリアナ様の巨大な戦具の卵を出せないため、一度鍵の空間にみんなで戻った。
「ではマリアナ様。今まで待って頂き本当にありがとうございます。結局、何か分からないまま孵化となってしまい申し訳ありません」
「いえ、いいんです。こうしてアルマ様から戦具を授けて頂けるのですから! それに……むふっ」
「しばらくアルマ様はマリアナの独占か」
「羨ましいっしょ」
マリアナ様の戦具の卵に魔力を流す。
1流せば鍵の魔具が10倍に増幅して、10000/10000となった。
卵が輝き始める。
この瞬間に精霊力を流せないかと試してみたけど……無理でした。
これはどうなるか見守るしかないか。
巨大な戦具の卵は眩いばかりに輝き、やがて一つの鞭がそこに現れた。
やはりマリアナ様の戦具は鞭だった。
茶色い鞭だな。
「アルマ様! ありがとうございます!」
「おめでとうございます。早速、戦具の情報を見させて頂きますね」
卵は消えた。
神獣はどうなった?
茶色い鞭に鍵を挿し込む。
マリアナ様
0/1000:修復
0/50000:覚醒 ※封印
0/500000:進化 ※封印
9990/10000:神獣
あった。
神獣残ってるぞ。
しかも戦具の覚醒と進化が封印されている。
つまり神獣を孵化? させろってことか。
これ、俺じゃなかったらマリアナ様の戦具を覚醒させること絶対に出来なかったんじゃないか?
そもそも覚醒に必要な魔力も膨大だ。
5万ですよ、5万。
モニカの戦具の進化に必要だったのが5万だった。
さらに進化は50万って……。
孵化させるために必要な魔力がモニカの10倍だったから、その後も全部10倍必要なわけですね。
ただ、この魔力を満たしたとしても、マリアナ様の戦具に神獣という存在がいて、それは魔力ではなく精霊力でないとだめ、なんてこと分かるわけもなく。
俺も神獣の方が精霊力だと分かったのは偶然に近かったけど。
通常なら絶対に覚醒無理だっただろうな。
「マリアナ様」
「はい」
「マリアナ様の戦具の中に神獣は残っています」
『おお!』
「マリアナ様の戦具の覚醒と進化は封印されています」
「え? 封印?」
「はい。おそらく神獣を孵化させないと、覚醒も進化も出来ないのでしょう」
「なんて特殊な……」
「では、神獣の方を……孵化させちゃいますね?」
「だ、大丈夫なのでしょうか?」
「いきなり神獣が現れて、俺達襲われたりしないだろうな」
「マリアナ様の神獣だもの! きっと大丈夫よ」
「いざとなったら私達でご主人様をお守りするぞ」
「へーきへーき。問題ないっしょ」
マリアナ様の戦具に精霊力を与える。
これも精霊力1だ。
どうなるんだ……。
「うおっ!」
「戦具がまた光り出したぞ」
覚醒や進化は戦具の使用者が自ら魔力を解き放ちするものだ。
これはさきほど戦具の卵から戦具が孵化したような光だ。
鞭の……形状が変わっていってる?
「なんだこれは……」
それまで茶色だった鞭に緑色が混ざり始めていた。
それに鞭の表面が……まるで鱗のようになっているぞ。
どうなってるんだ。
光はやがて治まった。
そこには茶色と緑色が混ざり、表面が鱗となった鞭があった。
マリアナ様はゆっくり鞭を手に取る。
「だ、大丈夫です。これは私の戦具です。分かります」
「神獣がいきなり暴れるようなことがなくて良かったぜ。で、神獣はどこにいったんだ?」
「たぶん、この鞭が神獣そのものなのか? 形状が変わっているぞ」
「戦具の情報を……見ます」
「お願いします」
マリアナ様
0/2000:修復
0/100000:覚醒『竜』
0/1000000:進化『竜』
おいおい。
なんか増えてない? なんで?
さらに倍に増えているんですけど!!
まさか……戦具の1万と神獣の1万が合わさって倍になったのか!!
「だ、大丈夫です。覚醒と進化の封印が解けていますね……」
「私も進化させて頂けるのですね!」
「は、はい。ただ……必要魔力が……」
覚醒のために10万。
進化のために100万です。
『100万!?』
目的は終わった。
マリアナ様の戦具の卵の中に二つのものがあって、どちらかを孵化させた時にどうなるか分からないから、神獣に関する情報を集めていた。
結果、どちらも孵化させることになるということで、しかもどちらも孵化させないと、マリアナ様の戦具はその後の覚醒も進化も出来ないということだった。
先に精霊力を与えて神獣を孵化させていたらどうなったのかは分からないけど、それはもう考えても仕方のないことだ。
膨大な魔力は必要だけど、結果は分かったのだ。
この先、どうするか。
フレイ王国の王フレイが古代の神話を研究していることで、マリアナ様に執着している件は、オーディン王国に戻ったら俺とアーネス様、マリアナ様の婚約が発表になることで、フレイ側に何らかの動きがあるかもしれない。
そこで諦めるかもしれないし、それでも食い下がってくるような、フレイには何か明確な目的があるということになる。
それはそれで対応するしかない。
スヴァルトを救うことは続ける。
そのために必要な精霊力は、王家の迷宮でも十分に溜められる。
だからもうフレイヤ王国にいる必要はない。
この精霊石をフレイヤ様に渡して関係を良くしておいて、早くオーディン王国に戻ろう。
もたもたしていると、フレイヤ様に何かされそうで怖いからね。




