第36話
「この紅茶すごく美味しいです」
「うふふ、可愛いティアちゃんにぴったりの紅茶だと思ったの。こっちのお茶菓子もすごく美味しいんですよ」
「お茶菓子なのに見た目がすごく可愛いです」
「キュンキュンしちゃいますよね。オーディン王国でも有名なパティシエが作ったお菓子で、すごく人気なんです」
めっちゃリラックスしてる。
いや、いいことなんだけど。
ティアさんはアーネス様、マリアナ様ともすぐに打ち解けて、いまはマリアナ様とお茶会を楽しんでいるようだ。
「私もティアちゃんとお茶会したいわ。夜には私ともお喋りしましょうね」
「は、はい! アーネス様!」
「うふふ、本当に可愛い子」
「そろそろ休憩終わりっしょ。もう一丁頑張るっしょ」
「うん、行こうか」
「行ってらっしゃいませ」
「い、行ってらっしゃいませ!」
鍵の空間にマリアナ様とティアさんを残して、俺とアーネス様、モニカの3人で迷宮の奥を探索する。
進化状態の戦具での本気モード探索です。
「エルフ族の秘密を解き明かし、さらにはその原因の制約まで解除してしまうとは。やはりアルマ様は偉大ですね」
「当然っしょ」
「僕じゃなくて、偉大なのはこの鍵の魔具だけどね」
「その鍵はアルマ様の魔具なのですから、偉大なのはアルマ様ということです」
「ありがとう」
判明したあれこれをアーネス様とマリアナ様にも伝えた。
見事に謎を解き明かした俺のことを、アーネス様もマリアナ様も実に誇らしげに思ってくれているようだ。
霊物から精霊力を吸収するには精霊石が必要だけど、その精霊石から鍵の魔具で精霊力を吸収しちゃえば、精霊力は鍵の魔具に溜めていける。
エルミアさんから預かったこの刻印されているという精霊石は、エルフに売ったら無くなってしまう。
まぁ売ったらまた新しい刻印済みの精霊石を渡されるのかもしれないけど。
それが無くても、ティアさんの精霊石があるから霊物からの精霊力吸収は問題ない。
ティアさんからの話でスヴァルトのナルルさんという人が危ないらしい。
体内の魔力を制御できずに倒れたそうだ。
俺が助けることができるかもしれないけど、そのために必要な精霊力が無かったら話にならない。
そのため、アーネス様とモニカに本気モードで探索してもらい、精霊力を溜めに溜めているところだ。
溜めた精霊力でティアさんの精霊術や精霊具を授けてあげたいけど、今はナルルさんやディアさんを助けることが先決だ。
それに二人以外にもスヴァルトはいる。
二人だけ助けて終わりとはならない。
助けられるなら、スヴァルト全体を助けないといけない。
「とりあえず、今日の探索で一度区切って戻ろう。スヴァルト区域に行くよ」
「了解です」
この日の探索で区切りをつけて、迷宮の出口に向かうことにした。
出口までもアーネス様とモニカの本気モードだったため、1日とかからずつけた。
俺はアーネス様に抱きかかえられて空を飛んでいただけ。
地上ではモニカが魔物は完全無視で突っ切って、霊物を見つけた瞬間、叩き倒していた。
「では行きましょう」
「はい!」
迷宮の外に出ると夕暮れ時だった。
このままスヴァルト区域に行くことにする。
俺とティアさん、そしてモニカの三人だ。
「私がスヴァルト区域に近づくと、闇の精霊術で行く手を遮ってきます」
「とりあえず行ってみましょう。モニカの勘を頼りにしてるよ」
「任せてくれっしょ!」
陽が徐々に沈んでいく。
夜はスヴァルトの時間と言われているとか。
闇が支配する夜は、闇の精霊術が一番効果を発揮しやすいから。
「ん?」
この体がざわつく感じ。
何かが辺りに展開された。
闇の精霊術か。
「こっちっしょ」
道を外れて大きな樹が塞ぐ場所にモニカが突っ込んだ。
大きな樹は歪んでモニカはその中に入っていく。
実際とは違う景色を映し出して惑わしているのか。
「う~ん、こっちっしょ」
モニカの勘頼りでどんどん進んでいく。
このままいけば、問題なく。
「止まれ」
幻に惑わされない俺達の前に一人のスヴァルトが姿を現した。
「ディア!」
「なぜきた。もう来るなと言ったはずだ」
「ディア! 聞いて! アルマ様は私達を救ってくださるの」
「アルマ……様? お前……ティアに何をしたっ!!!」
何をしたって制約を解除したんだけど。
それでティアさんが俺を様付けしてきたんですよ。
なんて話を聞いてくれる雰囲気じゃないな。
「人族を一瞬でも信じた俺が馬鹿だった。よくもティアを!」
ディアさんの姿が消える。
闇の精霊術『影』だ。
ティアさんから聞いているんだよね。
ディアさんは影の中に入って移動することができると。
「よっと」
「お前はっ! また勘かっ!」
でもモニカには通じない。
勘だけじゃなくて、影の中を移動するディアさんの気配を察知しているんだろう。
ディアさんには残念だけど、モニカとは力の差が大きすぎる。
「ディアさん。ちょっとだけ話を聞いてくれませんか?」
「うるさい!」
「一瞬でいいんですよね。一瞬で」
「うるさい! うるさい!」
「ディア聞いて。私はアルマ様に制約を解除してもらって解放されたの」
「うるさっ……な、なんだと?」
あ、さすがにこれは聞いてくれるのね。
「私はもう制約に縛られていないわ。世界樹の祝福のことも、何だって話すことができるの。私達エルフは精霊力をウルズの泉で世界樹に捧げることで、祝福を受けて精霊術や精霊具を授かるわ」
「ティアお前……なぜ、なぜ? どうして? でも制約がないならお前は……」
最初にディアさんが出てきてくれてよかった。
他のスヴァルトだと話が通じるかどうか分からなかったからね。
「制約を解除したのは本当です。僕がやりました」
「お前……お前はいったい」
「僕が何なのかは置いといて……ティアさんの制約を解除できたので、もしかしたらスヴァルトの問題も何か出来るんじゃないかと思って、ティアさんと一緒に来ました」
「スヴァルトの問題のことも話したのか?」
「はい。アルマ様には全て話しています」
「信じられない。お前はティアを洗脳しているだろ。魔法か? 恐ろしい洗脳魔法の使い手だったのかっ!」
「ではこうしましょう。いま目の前で、ティアさんに精霊術を授けます」
「は?」
「宣言します。ティアさんに授ける精霊術は『治癒』です」
「お前、本当にいったい……」
ティアさんの背中に手を回す。
ティアさんはゆっくりと目を閉じた。
鍵の魔具を押し当てて、精霊力を与える。
ティア
精霊力:0
精霊術『治癒』
0/100:精霊術『結界』
0/500:精霊具『白法衣』
0/1000:精霊術『再生』
0/1000:イズンのリンゴ
0/10000:種
ティアさんの体が一瞬淡く優しい光りを放った。
そして精霊術『治癒』の数値が消えた。
代わりに精霊力という項目と新たな精霊術『再生』が増えた。
精霊力の値は0か。
精霊術を使うのにも精霊力が必要なんだな。
精霊術ではなく、ティアさんに精霊力を与えられるのか……鍵の魔具から精霊力を流す時に2つの感触を得ることができた。
さっきはなかったもう1つの感触に精霊力を流して与えると、ティアさんの精霊力が増えた。
1の精霊力を与えたら、精霊力は10になった。
やっぱり10倍ですね。
あと4の精霊力を与えて、精霊力を50にしておいた。
「ティアさん分かります?」
「……はい、分かります。アルマ様に授けて頂いた私の精霊術。体の中にとても温かい力を感じます」
「ではその力で僕の傷を癒してみてください。モニカ、僕の腕を斧で少しだけお願い」
「だめっしょ。モニカの腕にするっしょ」
そう言うとモニカは自分の腕を銅の斧で切った。
いや、少しでいいんだよ、少しで。
けっこう深く切れてない?
「ティアさんお願い」
「はいっ!」
ティアさんはモニカの腕に両手を向けて意識を集中する。
初めての精霊術。
授かればその使い方は自然と分かるそうだけど……。
「ほ、本当かよ……本当なのかよ……」
モニカの腕は温かい光りに包まれると、傷口がみるみるうちに塞がっていく。
治癒の精霊術はちゃんと発動したようだ。
「もう大丈夫っしょ」
「はぁはぁ……良かった。ちゃんと使えました」
「うん。おめでとうティアさん」
「アルマ様、ありがとうございます」
ティアさんはディアさんを見つめて言った。
「ディア見たでしょ? アルマ様は私達を救ってくださる存在なの。きっと神フレイ様の生まれ変わりなのよ」
いえ違います。
「お願い信じて。それにナルル様。ナルル様は大丈夫なの? アルマ様ならきっとナルル様を救ってくださるわ」
「ナルル様を……い、いや、だめだ。お前を、お前を連れていくわけには……」
「ディア」
ディアさんの後ろから別のスヴァルトが姿を現した。
身長や顔つきから大人のスヴァルトだ。
「ケーラさん」
「ディア連れていこう。私も見た。そのアルマという男はティアに精霊術を授けた。ティアの制約を解除したというのも本当だろう」
「でもっ!」
「……ナルル様はもうもたない。なら、その男に賭けてみよう」
ケーラと呼ばれたスヴァルトが前に出てきた。
「ケーラだ。アルマといったな。人族の魔術師よ。お前が本当にナルル様を救えるなら、この命を捧げてもいい。お願いだ。ナルル様を救ってくれ。だが、もしお前が嘘をついていたらなら、私の命に賭けてお前を殺す」
「はい。僕も誓います。もし僕が嘘をついていたら、その時は僕のことを殺してください」
「……ついてこい」
ケーラさんが歩き始めると、ざわついていた感覚が無くなった。
景色を惑わす闇の精霊術を使っていたのは、このケーラさんか。
ケーラさんに案内されてスヴァルト区域の奥に入っていく。
どれもぼろぼろの今にも崩れそうな建物ばかりだな。
そんな建物が続く奥に、これまた同じく崩れ落ちそうな大きな建物があった。
「ここだ」
僕達の周りにはすでに多くのスヴァルトが取り囲んでいる。
ケーラさんが手出し無用と言ってくれたおかげで取り囲んでいるだけだけど、中には殺気を放ってくる人もいた。
「ケーラ、どういうことだ」
建物の中からスヴァルトが出てきて、ケーラさんを問い詰める。
「ティアの制約が解除された」
「なに?」
「この人族の男がティアの制約を解除した」
「馬鹿な」
取り囲むスヴァルト達が一気にざわつき始めた。
ティアの制約が解除されたということに驚いたり、疑ったりしているのだろう。
「ティアの口から制約に関する言葉をこの耳で聞いた。そして男がティアに精霊術を授けるのをこの目で見た」
「ケーラお前狂ったか」
「この男をナルル様に会わせる。ナルル様を救ってくださるかもしれない」
「得体の知れない人族の男をナルル様に会わせるわけがないだろ!」
「この命を賭ける」
ケーラは自分の首にナイフを押し当てた。
「ケーラ何を!」
「この男がナルル様に危害を加えることがあったら、私が命を賭けて殺す」
「馬鹿なことを。人族の魔術師に惑わされたかっ!」
ケーラの首筋から血が滴り落ちている。
辺りは緊張に包まれていた。
そんな中で、ティアが声を発した。
「待ってくださいマルドラさん。私が精霊術を授かったのは本当です」
ティアは血が滴り落ちるケーラの首に両手を向けて治癒を発動した。
ケーラの首筋についた傷がみるみる消えていく。
「ティアお前……本当に精霊術を……祝福を受けられたんだな」
「精霊術は授かりましたが、世界樹から祝福は受けていません。私はアルマ様から精霊術を授かりました。そしてアルマ様に制約を解除してもらいました。私は世界樹に関することを話すことができます」
ティアは制約で話すことが出来ないはずの、世界樹のことや精霊力のことを俺達の前でまた話した。
制約が解除されている。
それなのにティアは精霊術を授かっている。
あり得ないことに取り囲むスヴァルト達の混乱は広がっていった。
「そんな馬鹿な……こんなことが……」
「マルドラ」
奥から一人のスヴァルトが姿を現した。
『ナルル様!!』
この人がナルル様か。
スヴァルトをまとめる長だ。
身長は俺と同じぐらい高い。
ちょっときつめの顔立ちだけど、すごい美人だ。
エルフ特有の細身のスタイルなのに、その両胸はモニカやアーネス様にも負けない豊かな膨らみがある。
髪と瞳は俺と同じ黒髪黒目だ。
でも肌の色がおかしい。
スヴァルトの黒に近い褐色肌が、紫色のような色になっている。
「ナルル様いけません。横になられていないと」
「構わん、ごほっ! もうこの体はもたな、ごほっ!」
「ナルル様!」
「ティア……まったく聞き分けのない子だ。どこまでも優しい子……ごほっごほっ……お前がティアを救ってくれたんだね」
「初めまして。オーディン王国の魔術師アルマです」
「スヴァルトをまとめている……ごほっ、ナ、ナルルだ。わざわざ来てくれたところ悪いが、ティアを連れて去ってくれ」
「ナルル様! アルマ様ならナルル様を」
「はぁはぁ……お前が本当にスヴァルトを救えるなら、ここにいる子達を救ってやってくれ。私はもうもたない」
「それはやってみないと分かりません」
俺はナルルさんに向かって歩いた。
マルドラも、誰も動かない。
「はぁはぁ……はぁはぁ……もう、立っているのもしんどくてね」
「ここに座ってください」
「はぁはぁ、はぁはぁ、ごほっ! ごほっ!」
『ナルル様!』
大量の吐血。
もう本当に時間がない。
俺はスヴァルト達の視線も構わず、鍵の魔具を出した。
「これは僕の魔具です。押し当てさせてもらいます」
「はぁはぁ、はぁはぁ」
答える気力もなくなってきている。
ナルルさんに鍵の魔具を押し当てた。
鍵が回る感触が伝わってくる。
大丈夫だ、いけるぞ。
ガチャリ
鍵が開いた。
ナルル
制約:スキールニルの契約(破損)(解除:0/1000)
魔力:98
魔力暴走:体内限界値98/100
闇魔法『霧』
0/100:闇魔法『影』
0/500:魔霊具『闇大剣』
0/1000:闇魔法『衣』
0/10000:魔霊獣『闇馬』
これは……制約のスキールニルの契約は破損している。
でも解除の項目が残っているぞ?
ティアさんに精霊力が見えたように、ナルルさんには魔力が見える。
魔力98。
普通の人族の基礎魔力からしたら、膨大な魔力値だ。
その魔力が暴走している。
体内限界値が98/100。
おそらく100になるとナルルさんの体は魔力に耐えられなくて死んでしまう。
制約を解除してみるか?
いや、その前に問題が魔力なら、鍵で吸収できないか?
鍵の魔具でナルルさんの体の中にある魔力を吸収してみようとした。
ナルル
制約:スキールニルの契約(破損)(解除:0/1000)
魔力:98
魔力暴走:体内限界値98/100
無理でした。
なら、制約を解除してみるしかない。
「うっ……うぐっ」
ん? 精霊力を流したら……体内限界値の値が減ったぞ!
魔力はそのままの98で、体内限界値が88/100になった。
1の精霊力を流したら10減った。
増加倍率はあいかわらずの10倍か。
精霊力が暴走している体内の魔力を中和している?
分からないけど、とにかく下げていこう。
「あっ、ああ……はぁはぁ、これは……」
ナルルさんの紫の色の肌が、スヴァルト本来の黒い褐色肌に変わっていく。
成功だ。
精霊力を与えることで、体内限界値の魔力を中和して下げることが出来るんだ。
そして体内限界値が0/100になると、あの値が増え始めた。
ナルル
制約:スキールニルの契約(破損)(解除:10/1000)
魔力:98
魔力暴走:体内限界値0/100
制約の解除の値が増えたのだ。
この魔力暴走もやはりこのスキールニルの契約による制約なのか?
とにかく解除してみよう。
鍵の魔具に溜めた精霊力なら問題なく解除できるはずだ。
「はぁはぁ、ふぅ……本当に体が楽に……魔力の暴走が治まっている」
「ナルル様!」
「ああ、大丈夫だ。静かにするんだ。まだ続いているようだ」
制約の解除の値がどんどん近づいていく。
そして1000/1000になった。
「おおっ! これはっ!」
ティアさんの時と同じく、ナルルさんの体も一瞬淡く温かい光りを放つ。
これで制約は解除された。
ナルル
魔力:98
闇魔法『霧』
0/100:闇魔法『影』
0/500:魔霊具『闇大剣』
0/1000:闇魔法『衣』
0/10000:魔霊獣『闇馬』
うん、これはもう大丈夫だろう。
安堵して鍵の魔具から意識を離す。
辺りを見るとナルルさんを含めた全てスヴァルトが、俺に向かって頭を下げていた




