第34話
今日は休息日だ。
前の休息日は3人とも乱入して、結局一番疲れる日に変わってしまったので、今日は絶対休むと誓っていた。
なので、モニカを含めた3人とも鍵の空間に入れて、俺は一人で宿の部屋のベッドで寝ることにした。
これで完璧な休息日となる。
窓の外を見ると雨が降り出していた。
かなり激しい雨だ。
スヴァルト区域の建物はどれもぼろぼろだった記憶がある。
ティアさんやディアさんはちゃんと雨風にあたらず休めているだろうか。
ティアさんはディアさんを救えたのだろうか。
あの時、ティアさんの後をついていくかどうか悩んだ。
後をつけていたことがばれて信頼を失ってしまってはいけないと思い、結局やめた。
エルフ族は俺達人族や他種族に知られたくない何かを隠している。
それを安易に知ってしまったら信頼を失ってしまうだろう。
でも気になるな~。
コンコン
ドアをノックする音。
こんな時間に?
「はい」
「夜分遅く申し訳ございません。アルマ様を訪ねてきている者がおりまして。明日出直すように言ったのですが、宿の前でうずくまって動きません」
「誰ですか?」
「ティアと名乗っています」
ティアさん?
「通してください」
「よろしいのですか?」
「はい。知り合いです」
「わかりました」
夜もかなり更けた時間だぞ。
こんな時間に来るなんて、何かあったのだろう。
やっぱりついていけばよかったかな。
「モニカ」
鍵の空間を開けてモニカを呼ぶ。
「ういっす」
「ティアさんが来た。一緒にいて」
「了解っしょ」
コンコン
ドアが再びノックされた。
ゆっくりドアを開けると、びしょ濡れのティアさんがそこにいた。
床が濡れないように最低限はタオルで拭いてもらっているようだけど、ずっと雨に打たれていたのが分かる。
「ティアさん、どうぞ中へ」
「……はい」
虚ろな目だ。
悪いことが起こってしまったか。
「身体が冷めていますね。まずはお風呂で身体を温めた方がいいでしょう。モニカ」
「ういっす。ティアちゃんこっちっしょ」
「……アルマさん」
お風呂場へ案内しようとするモニカを無視して、ティアさんは俺を見つめて言った。
「私……何でもします。何でもしますから……貧相な体からもしれませんが、アルマさんが好んで頂けるなら体でご奉仕もします。だから……だから精霊石を……精霊力を……」
異常な精神状態だ。
「まだ足りなかったですか? あっ」
ティアさんはポケットから精霊石を取り出した。
淡く光っている。
さっき移した精霊力はまだ使われていないようだ。
「ディアは……でも私は絶対……1個じゃなくて2個、3個あれば……精霊石を」
「ティアさん落ち着いて。精霊力が必要ならいくらでも力を貸します。だから落ち着きましょう」
「私は……私は……ディアを……」
「あっ」
立ったままティアさんは気を失い倒れた。
瞬時に抱きかかえたから、どこかを打つことはなかった。
「疲れて気を失ったね」
「ティアちゃんの足……ひどいっしょ」
「え? 本当だ……靴も履かずに走っていたようだね。治癒魔法をかける。モニカはティアさんをお風呂に入れて体を温めてあげて」
「了解っしょ」
魔力はアーネス様とモニカに与えてしまっていたため、本当に僅かに残っていた魔力でティアさんの足の傷に治癒魔法をかけた。
魔力が少なすぎて状態を少し良くする程度しか効果がない。
こんな時は魔具の魔力増幅効果がないことを残念に思ってしまうな。
気を失ったままのティアさんをモニカがお風呂に入れて身体を温めた。
服も着替えて、部屋のベッドに寝かせる。
すーすーと小さな呼吸の音が聞こえてきた。
「女将さんに説明してくるよ」
宿の女将さんに知り合いのエルフで、疲れて寝てしまったので今晩は部屋に泊めることを伝えた。
何やら怪しんでいたようだけど、とりあえず納得してくれたと思おう。
「どう?」
「深く眠ってるっしょ。ちょっと弱っているように見えるっしょ」
「う~ん……前に会った時より痩せてるよね」
ベッドの上で眠るティアさんの顔は明らかにやつれている。
栄養が足りていないんじゃないかな。
「魔力切れで治癒魔法もこれ以上は無理だ。まったくこんな時は役に立たない魔具だね」
「ご主人様の魔具は偉大っしょ」
鍵の魔具をくるくると回す。
俺が使う魔法も増幅してくれたらな~。
「ん?」
鍵をくるくると回していると、何か感触が伝わってきた。
なんだ?
この感触……鍵が開くあの感触だな。
どこから?
「お?」
鍵の先から白い光りがティアさんに向かっていた。
これは……魔力じゃないな。
精霊力だ。
ティアさんの精霊石に精霊力を移した時に、鍵の魔具の中に精霊力が少し余っていたんだ。
その精霊力の光りがティアさんに向かって伸びている。
鍵の魔具を光りが伸びるティアさんに向けてみた。
伝わる感触が強くなった。
鍵を近づける。
より強くなる。
ティアさんに……鍵を押し当てた。
開けられる。
これは鍵を挿し込んで開ける感触だ。
間違いない。
でもティアさんだぞ?
戦具ではないのに?
さらには人に向かって?
でも戦具の卵の時だって、戦具の卵が開いたわけじゃない。
開くのはドアだけだ。
ティアさんのこの鍵を開けてもティアさんがどうこうなることはない。
ガチャリ
ゆっくりと鍵を挿し込んで開けた。
鍵は回り俺の頭の中だけに、鍵が開いた音が聞こえた。
何が見えてくる?
「お……これは……」
戦具の卵と同じくティアさんの体に情報が浮かんで見えてきた。
服の上からでも透けて見える。
これは……。
ティア
制約:スキールニルの契約(解除:0/1000)
0/100:精霊術『治癒』
0/100:精霊術『結界』
0/500:精霊具『白法衣』
0/1000:イズンのリンゴ
0/10000:種
まるで戦具の情報のようだ。
精霊術が二つある。
精霊具は名前からして装備品だな。
分からないのはイズンのリンゴと種か。
種なんて10000も必要なんだけど。
マリアナ様の神獣と同じだぞ。
そして制約があった。
スキールニルの契約。
どんな契約かは分からないけど、この制約でティアさん達は話すことができないでいたのだろう。
だが解除可能だ。
いま見えている情報はエルフ族の強さの秘密でもある。
俺達人族と同じく、エルフ族も精霊術や精霊具を授かって強くなるのか。
あれ?
でも待てよ。
誰がティアさん達に精霊術や精霊具を授けるんだ?
人族のように男のエルフが?
でもそれなら男のエルフの扱いがもっと違うはずだ。
エルフ族の中で男と女にそんな関係性はまったく見られない。
この数値は魔力じゃなくて精霊力だろう。
つまりティアさん達エルフ族に精霊力を与える存在がいる。
それがスキールニル?
分からない。
スキールニルは契約の名前なのか、それとも人の名前なのか?
俺が……与えることって出来るのかな?
マリアナ様の戦具の卵の中にいる神獣には与えることが出来た。
ならティアさんにも?
「ん? 解除が先か」
「……」
モニカは黙って見ている。
俺が何かをしていると分かっているから。
ティアさんに精霊力を与えようとすると、何かに拒まれた感触が伝わってきた。
浮かび上がる情報に変化があった。
ティア
制約:スキールニルの契約(解除:10/1000)
0/100:精霊術『治癒』
0/100:精霊術『結界』
0/500:精霊具『白法衣』
0/1000:イズンのリンゴ
0/10000:種
制約の解除の数値が増えている。
10増えたか。
流した精霊力は魔力でいうところの1だったので、おそらく10倍に増幅してくれているな。
制約を解除したら、ティアさんに俺が精霊力を与えることが出来るはずだ。
「なるほどね」
「さすがはご主人様っしょ」
「まだ何も言ってないよ?」
「言わなくても分かるっしょ」
えっへん、と言わんばかりのドヤ顔でモニカが笑っている。
「アーネス様とマリアナ様は起きているかな? 起きていたら呼んできて」
「たぶん起きてるっしょ。今夜は二人で『ダブルおっぱいアタック』を練習すると言ってたっしょ」
なにそれ。
オーディン王国の王女様が何をしているんですかっ!
めっちゃして欲しいけど。
「というわけです」
「なるほど。これはダブルおっぱいアタックの練習をしている場合ではありませんね」
「でも練習の成果はありましたわ!」
「次に二人でご奉仕できる日が楽しみだな」
「僕も楽しみにしていますけど……いまはティアさんです」
「制約の名がスキールニルの契約ですか」
「アーネス様は何かご存知ですか?」
「スキールニルという名は聞いたことがあります。古代の神話に登場する人族と言われている人物ですね」
「人族?」
「はい。人族ですが古代の神フレイに仕えていたとされています」
「古代の神フレイって、フレイ王国の初代王ともいわれている人ですよね」
「はい。スキールニルは神話の中に登場しますが、どちらかというと影の薄い存在です。私もはっきりと思い出せません」
古代の神話に登場する人物。
その人物の名がついた制約の契約。
ますます分からない。
「解除しちゃってもいいのかな? 解除したらティアさんの精霊術とか精霊具とか、見えているものが全部消えちゃったりして?」
「可能性は否定できませんね。制約の対価としてそれらを与えられているのかもしれませんから」
「安易に解除するのはまずいか。そうなると……ティアさんに僕の能力を話すかどうかになっちゃうね」
「アルマ様の能力のことは伏せて、制約を解除できることを伝えてみては?」
「そうだね。まぁ伝えたところで、制約によってティアさんはこの件に関して何も喋れない可能性が高いからな」
「解除して大丈夫っしょ」
「どうして?」
「モニカの勘っしょ」
「モニカの勘は当たるからな~。まずはティアさんが起きたら、何があったか聞いてみよう」
エルフのティアさんを鍵で開けることが出来た。
ならスヴァルトのディアさんは?
ティアさんはディアさんを救いたがっていた。
ディアさんも同じく何か制約があるのかもしれない。
その制約を俺が解除することが出来るなら。
俺はディアさんを、スヴァルトを救えるかもしれない。




