第33話
俺達を見つけたティアさんはすぐに駆け寄ってきた。
ちょっと表情がおかしいぞ。
にこにこ笑顔のティアさんとは違って、何かに焦って必死な感じに見て取れる。
それになんだかやつれているような。
「ティアさん、こんにちは。お一人ですか?」
「は、はいっ! あ、あの、精霊力を、精霊力を溜めてくれませんかっ!?」
「え? 精霊力を? あの精霊力を溜めた精霊石はどうされましたか?」
「こ、ここに」
ティアさんの手にあるのは確かにあの時の精霊石に思えた。
でも淡く光っていない。
溜めた精霊力が失われている。
つまり世界樹に精霊力を捧げたということだろう。
「精霊力が失われていますね。世界樹に捧げたのですか?」
「は、はいっ! でも、でも足りなくて。足りなくて。だから精霊力を、もっと必要なんですっ! もっとないと……だって……絶対大丈夫だって……なのに……」
ぽろぽろとティアさんのエメラルドグリーンの瞳から大粒の涙が零れ落ちていく。
何があったのか。
聞きたいところだけど、たぶん聞いても答えてはいけないことだろう。
「精霊力が必要なんですね?」
「はいっ……ぐすっ……もっと、もっと必要なんです」
「ではこれをどうぞ」
俺は精霊力が溜まり淡く光り輝く精霊石をティアさんの手の上に置いた。
「えっ!? こ、これは?」
「僕の精霊石です。ちょうどいま一杯になったところでした。差し上げます」
淡く光る精霊石を手に持ったティアさんは一瞬動きが止まるも、すぐにまた大きな涙を零しながら泣き始めてしまった。
そして両手で握りしめた精霊石を抱きしめるように抱えてうずくまってしまう。
俺達はティアさんが落ち着くのをその場で待った。
「う、うう……」
「落ち着きましたか?」
「はい……ありがとうございます。取り乱して申し訳ありません」
「その精霊石があれば大丈夫ですか?」
「ぐすっ。アルマさんの優しさは本当に嬉しいです。でもこの精霊石ではだめです」
「え? どうしてですか?」
「これは刻印されているからです」
「刻印?」
普通の精霊石ではないってことか?
「人族の方に精霊石を渡す時は、精霊石の持ち主が刻印します。その精霊石に溜まった精霊力を世界樹に捧げることができるのは、刻印した持ち主だけです」
「そうだったんですか」
そんなからくりがあったとは。
だからエルミアさんはこの精霊石をフレイヤ王国のエルフなら誰に売ってもいいと言っていたのか。
誰が買っても、その人はこの精霊石を持ち主のところに持っていくことになる。
まぁ買った人は買取金と手間賃を持ち主からもらうのだろうけど。
「では今から迷宮に行きましょうか?」
「ほ、本当にいいんですか? こんなお願いを……でも時間が無くて……あの子が……ディアが……」
「そういえばディアさんは?」
「……ディアは私に離れろと……スヴァルトではない私はここにいるべきじゃないって……でも私はディアと……ディアと生きていきたいから……」
何やらかなり切羽詰まった状況のようだ。
情報が断片的でまったく分からない。
とにかく急いでいるのだけは分かった。
だからちょっと裏技使っちゃうか!
「ティアさん、その精霊石をちょっとお借りしていいですか?」
「は、はい」
「ティアさん、今から起こることは絶対に内緒にするって約束してくれますか?」
「え? はい……や、約束します」
「ではちょっとだけ後ろを向いていてください。僕がいいと言うまで」
「分かりました」
素直に後ろを向いたティアさん。
俺はその間に、自分の精霊石から精霊力を鍵の魔具で全て吸収する。
そして吸収した精霊力をティアさんの精霊石に流した。
精霊力はティアさんの精霊石に溜まっていき、また淡く光り輝いてくれた。
これでよし。
「いいですよ」
「はい」
「これを」
「ええっ!? こ、これは……私の精霊石? え、どうして?」
「これは僕とティアさんだけの秘密ですよ。何があったのか分かりません。聞いてはいけないことだと思っています。これがティアさんの力になれることを祈っています」
「あ、ありがとうございます! 本当に本当にありがとうございますっ! これであの子が……ディアが救われた時には……絶対に恩返しに来ますからっ!」
「良い知らせをお待ちしています。さぁ、行ってください。ディアさんのもとへ」
「はいっ!!」
目の前で起きたことに驚き動揺しているようだけど、ティアさんの中で他に優先されることがあるのだろう。
淡く光る精霊石を抱きしめてティアさんは走り出した。
向かった方角は、立ち入り禁止の危険地域とされているスヴァルト達が住む場所だ。
「とりあえず僕達は宿に戻ろう。明日またここに来てみよう」
「了解っしょ」
ティアさんの精霊石から精霊力は失われていた。
世界樹に精霊力を捧げると、ディアさんが救われる?
どういうことなんだ。
エルフ族が世界樹に精霊力を捧げると何が起こるんだ?
世界樹は世界に恩恵を与える。
それだけではなく、エルフ族にとって何かがあるはずなんだ。
一番に考えられるのは……スヴァルトであるディアさんの肌が白くなって、普通のエルフ族になれる?
世界樹に精霊力を捧げることでディアさんが普通のエルフになれたら、ティアさんと一緒にエルフの街で暮らすことが出来るよな。
ティアさんの目的はディアさんを救うことなのは間違いないんだから。
精霊獣は世界樹が産み出す。
ジェラルド様から聞いた古いおとぎ話だけど、世界樹に精霊力を捧げることで、何らかの見返りを得られるとも言える。
精霊王国の各国王は精霊獣と契約しているという噂。
一つの仮説として、世界樹に精霊力を捧げた時に精霊獣を授かることがある、とか。
とりあえずは明日、またティアさんに会おう。
~フレイヤ王国王都・スヴァルト区域付近~
一人の少女が淡く光る石を抱えて走っていた。
息を切らせながらも彼女の瞳には希望の光があった。
しかしその表情を見れば、彼女が冷静な精神状態ではないことは明白だ。
「はぁはぁ、はぁはぁ、ディア、ディア待ってて! いま行くからっ!」
彼女の目指す場所まであと少し。
危険地域として指定されているスヴァルトが住まう区域だ。
「止まれ」
冷たい声と共に1本の矢が地面に突き刺さり、彼女の足を止めた。
「戻ってきてはいけないと言ったはずだよ。ティア」
「ナルル様っ! み、見てください! 精霊石ですっ! 精霊力の溜まった精霊石ですっ!」
ティアは淡く光る精霊石をナルルと呼んだエルフに見せた。
ナルルの肌も黒い褐色だ。
そして瞳や髪まで黒い。
身長は高くティアと比べれば、明らかに大人のエルフだと分かる。
エルフらしい細身のスタイルをしているが、その両胸は大きく膨らんでいる。
ややきつめの顔立ちのナルルは、ティアの持つ精霊石を冷たい目で見つめた。
「ティア……どこでそれを手に入れたのか分からないが、もう無理なんだ。私達スヴァルトは世界樹の祝福を受けることはできない」
「そんなことありませんっ! 絶対、次こそ……次こそディアは祝福を受けられますっ!」
「ティアの優しさは私達スヴァルトにとって嬉しいよ。でもティア……その優しさがディアを苦しめているんだ。もうあの子も諦めた。これ以上、私達に関わらないでおくれ」
「あと一度だけ! これだけお願いします! ディアを連れてウルズの泉に行かせてくださいっ!」
「そしてまたディアを笑い者にさせるのか? 受けられない祝福を求めてやってきた馬鹿なスヴァルトと笑われるだけだ」
「お願いします! お願いします!」
「ティア……優しい子。お願いだから、その精霊石を持ってティアがウルズの泉に行っておくれ。ティアなら祝福を受けられる。スヴァルトと共にいるのではなく、ティアはエルフとして生きて行っておくれ」
「ナルル様! お願いです! お願いします!」
ティアもナルルも泣いていた。
共に涙を流しながら向き合っていたが、ナルルは涙を拭うように後ろを向いた。
そして後ろの茂みの中に視線を向ける。
そこでまた泣いているであろう一人のスヴァルトを見つめた。
「ティアだめよ。これ以上、私達を困らせないでおくれ。お行きなさい」
「うう、う……ううっ……」
「ティア……んんっ! ごほっ!」
突然、ナルルが吐血して膝をついた。
地面を赤い血が染める。
「ナルル様!」
「ごほっ! ごほっ! ち、近寄るなっ!」
ティアが向かってくるのを手で制止する。
一瞬遅れて、後ろの茂みから一人のエルフが飛び出してきた。
ディアだ。
「ナルル様!」
「ディア!」
「ごほっ! ごほっ! ……わ、私の終わりは近い。分かっていたことだ、ごほっ」
「すぐに戻りましょう。『魔力』を抑えないと」
「ディアっ!」
「ティア。今はナルル様を連れ帰る」
「私も一緒に!」
「だめだ。ティアはスヴァルトじゃない。街に帰るんだ」
「ごほっ、ごほっ」
「ディア!!」
陽は沈み辺りを闇が支配する。
「ティア……さようなら」
ディアとナルルの姿は闇の中に溶け込むように消えていった。
「ディア! ディア!」
ティアは分かっている。
ディアが『闇の精霊術』を使ったことを。
ティアは再びスヴァルトの区域に向かって走り出した。
「はぁはぁ、はぁはぁ、絶対、絶対ディアに祝福を……ディアを救うの!」
淡く光る精霊石を手に持ちティアは走り続ける。
しかしどんなに走ってもスヴァルトの区域に辿り着けない。
「はぁはぁ、お、おかしい……これは……誰かが闇の精霊術を使っているんだわ」
地面に×の印をつけて走り出す。
真っすぐ進んでいたはずなのに、やがてまた×印の場所に戻ってきてしまう。
同じところをぐるぐると走っているだけだ。
「お願い! お願い! ディアのところに行かせて! お願いします! お願いします!」
闇に向かって泣き叫びながらティアは走る。
やがて体力が無くなり、ふらふらと走り始めた。
小さな石につまずき転ぶこともある。
「はぁはぁ……はぁはぁ……」
手に持つ精霊石は転んでも離さない。
ぼろぼろになった靴の紐が切れて走り難い。
ティアはその場に靴を脱ぎすてて、素足でまた走り出した。
「ディア! ディア! お願いだから姿を見せて! ディアのところへ行かせて! お願い!」
答えることのない闇に向かってティアは叫び走り続けた。




