第31話
陽が落ちかけている。
オーディン王国とは少し違う夕日の眩しさに目を細めて空を見上げた。
フレイヤ王国の夕日の光も美しい。
「アルマ様」
お互いの位置を知らせる魔道具を頼りに歩いていくとアーネス様が木の陰から出てきた。
あの子達を見失ったのかな?
「あの子達は?」
「この先の崩れかけた建物の中に入っていくのを確認しています」
「この先は……ギルドで言っていた危険地域っぽいね」
「たぶんそうっしょ」
「王都の外れの危険地域……スラム街のような雰囲気ですね」
「エルフ族も貧富の差があるんだね」
「むしろエルフ族の方がより顕著です。そもそもエルフとハイエルフでは待遇が違いますし、エルフの中でも格差はかなりあると聞いています」
「なるほどね……」
さてどうしたものか。
危険地域とは言ってもアーネス様とモニカがいれば問題ない。
ただギルドから立ち入り禁止と言われているから、堂々と入るわけにはいかない。
「今日は宿に戻ろう。あの子達の居場所は分かったから」
「それがよろしいかと。ここにはあの子達以外の気配があります。察知されないようにしましたが、いつこちらに気づくか分かりません」
「モニカも気づいていたっしょ。ご主人様が見つからないようにモニカがご主人様を誘導してたっしょ。そしてお腹空いたっしょ」
「ありがとうモニカ。ではアーネス様はこちらに戻ってください。後ほど」
「はい。マリアナが早くアルマ様に会いたいと拗ねておりましたよ」
「なるべく早く行きますね」
鍵の空間の中にアーネス様は帰っていった。
モニカと二人でギルドが予約してくれた宿に向かう。
エルフ族が営んでいる宿で、人族の利用が多いそうだ。
宿泊の手続きを済ませながら女将さんに話しかけた。
「迷宮の帰りにちょっと道に迷ってしまって。ギルドから立ち入り禁止と言われていた危険地域の近くまで行ってしまいましたよ」
「あら、大丈夫でしたか? あの辺は近寄らない方がいいですよ」
「ぱっと見た感じ、エルフ族の人達が暮らしているように見えたのですが、どうして危険なんですか?」
「あそこに住んでいるのはスヴァルトだからです。アルマ様にはモニカさんが付いているので大丈夫でしょうが、御一人では絶対に近づかないようにしてください。最悪は襲われることもあります」
「スヴァルト?」
「呪われた黒いエルフのことです。アルマ様はご存知ないのですね」
「ええ、知りません」
「私達もスヴァルトのことを話すことはあまりしませんから。話すと不運に見舞われると言われています。スヴァルトはエルフ族ではありますが、見た目は黒く太っていて、その性格は乱暴で凶悪です。とても危険な存在です」
「そうだったんですか」
あの子は確かに見た目褐色の黒だけど、太っていたわけじゃない。
むしろスタイル良くて胸が大きくて魅力的だったけどね。
でも胸がぺったんこが当たり前のエルフ族からしたら、あんなに大きな胸をしていると太っているということになるのか。
だとしたらモニカは太っていることになるのだろうか。
あの子よりモニカの方が胸大きいし。
性格は……乱暴で凶悪というほど悪くは思えなかったな。
確かに精霊力を盗んでいったけど。
まぁ、お淑やかな感じではないね。
でもなんで普通のエルフの女の子も一緒だったんだ?
「そのスヴァルトと呼ばれる人達以外にも、普通のエルフの人でも危険地域に住んでいることってあります?」
「スヴァルト以外があそこに住むことはほとんどないと思いますけど……絶対いないとは言えないですね」
「そうですか」
双子の子達を調べてみようかな。
神獣に繋がる情報が得られないとしても、エルフ族のことを知る上では重要な気がしてきた。
「迷宮ではエルフ族の戦士の人達は熱心に霊物を探していましたよ」
「エルフ族は働き者ですから。世界樹の恩恵を世界に届けるためにも、精霊力を集めることこそが最も重要な使命とみな思っています」
世界に恩恵を届けるためか……。
あの必死さはそのため?
「エルフ族の方達はみんな高い身体能力をお持ちで羨ましいです」
「世界樹に選ばれた誇り高き種族ですから」
エルフ族とその他の種族の間にあるちょっとした種族としての確執がこれだ。
エルフ族は、自分達は世界樹に選ばれた種族だと公言している。
それを他の種族はあまり良く思っていないのだ。
特に獣人族とは仲が悪い。
獣人族は世界樹の管理を自分達がするべきと主張しているとか。
「集めた精霊力を世界樹に捧げるそうですが、どのように捧げるのですか?」
「申し訳ございません。それに関してはお伝え出来ません。他種族の方にお伝えしてはいけないことになっています」
「そうでしたか。お気になさらずに。いろいろ教えて頂きありがとうございます。ところで食事ですが、4人分を部屋に運んで頂けますか?」
「4人分ですか?」
女将さんはちらっとモニカを見た。
「……分かりました。4人分を部屋に運ばせます」
「ありがとうございます」
3階一番奥の部屋が俺達の部屋だ。
二人用にしては広い。
良い部屋を用意してくれたみたいだ。
「あれ、絶対モニカが大食いだと思ってるっしょ」
「エルフ族の人達は胸が大きいことを太っていると言ってるのかな。太っているモニカは大食いだと思ったのかもね」
「心外っしょ」
人族でいう太っているなんて体型は存在しないのかもしれない。
体の線は細くて当たり前。
その上で胸も小さいのが当たり前。
当たり前じゃない大きな胸は太っていることになると。
やがて部屋に4人分の食事が運ばれてきた。
ちょっと不満顔なモニカを宥めながら、食事を運んできた人達が出ていくと、鍵の空間を開けて中に食事を運んだ。
「アルマ様!」
マリアナ様がすぐに抱き着いてきた。
今日は朝から会ってなかったから、寂しかったようだ。
とは言っても、鍵の空間の中にアーネス様はいたから独りじゃなかったけど。
独りになったのは双子の子達を尾行してもらう時だけだ。
「まずはご飯にしましょう」
時間停止空間の中に食事はたくさん貯蓄してある。
でもこうして食事を得られる環境で、使わなくて済むならそれに越したことはない。
食事をしながら今日のこと、明日以降のことを話し合う。
「精霊力の扱いに関してはやはり教えてもらえませんでした」
「こと精霊力に関して、エルフ族の口は本当に硬いですからね」
「明日は今日行った上級迷宮を探索しようと思います。そこで昨日の双子がまた現れたら、話しかけてみようかと」
「大人しく話し合うようには見えなかったっしょ」
「まぁそこは話してみてだね。話し合えないようなら、僕達は奥に探索しに行くだけさ」
食事を終えて食器類を部屋に戻したら、宿の人を呼んで下げてもらった。
部屋にお風呂はついているので、これで後はもう部屋に宿の人がやってくることもない。
ドアの鍵とカーテンを閉めて外から見られないようにしたら、鍵の空間からアーネス様とマリアナ様を出して、部屋で一緒にくつろいだ。
今日残った魔力をアーネス様とモニカに与えておく。
アーネス様
57820/1200:修復
57820/120000:付与『聖属性』
57820/600000:解放『ブリュンヒルド』
モニカ
57820/1000:修復
57820/100000:付与『雷属性』
57820/500000:解放『トール』
モニカの属性付与まで半分を切った。
この属性付与が一時的なのか常時なのか分からない。
モニカは自分で試せばいいと言ってる。
いざという時に効果が分からないまま発動するのは危険なので、モニカの言う通り一度試そうと思っている。
魔力を与え終わって考えていると、アーネス様が立ち上がって言った。
「ではお風呂に入って休みましょうか」
「そうしましょう」
「了解っしょ」
今日のお風呂当番は……アーネス様とマリアナ様の日だった。
寝る時だけではなくお風呂当番というものが新たに作られた。
アーネス様曰く、こうすることでみんな1回は俺と触れ合えるからだとか。
迷宮探索で戦うことがないとはいえ……俺の体力のことも少し考えて欲しいと思わなくもない。
まぁ、楽しいからいいんだけどね。
翌日。
予定通りモニカと二人で昨日の上級迷宮に向かう。
すると案の定やって来てくれたようだ。
「いるっしょ」
「了解」
昨日の双子の子達だ。
気づいていない振りで迷宮の中に入る。
双子の子達が危なくないよう、魔物を適度に倒しながら奥に進んでいった。
やがて人型のゴーストの霊物と遭遇する。
「いたね……さてと。出ておいでよ。このゴーストの精霊力は君達にあげるからさ」
モニカの視線の先の潜んでいる場所に向かって声をかけた。
数秒の沈黙の後に、双子の子達が姿を現してくれた。
「やぁ、昨日ぶりだね」
「どういうつもりだ? 何が狙いだ!?」
「ディアだめよ。昨日はごめんなさい。ほらディアも」
「チッ……悪かったよ」
「謝罪は受け取るよ。まずはあの霊物を倒しちゃおう。その後に少し話がしたいんだ。モニカが弱らせるから、昨日みたいに弓で倒してくれるかな?」
「任せておけ」
黒いエルフの子が弓を構える。
ディアと呼ばれていた。
黒に近い褐色肌のエルフ。
スヴァルトと呼ばれる呪われたエルフ。
口はちょっと悪いけど活発な女の子って感じだけどな。
モニカが霊物と戦い始める。
昨日と同じく人型ゴーストは半透明な盾を出して防いできた。
お構いなしにモニカは盾の上から斧を叩きつけてダメージを与えていく。
やがて人型ゴーストの態勢を大きく崩れた。
その一瞬の隙を見逃さずディアは弓で霊物を的確に射抜いた。
「お見事」
俺は倒れた霊物に近づかないようにした。
俺の持っている精霊石が精霊力を吸収しちゃうからね。
白いエルフの子が近付くと、その手に持つ精霊石で精霊力を溜めていった。
「逃げるぞっ!」
精霊力の吸収が終わると、ディアは白いエルフの子の手を握って逃げ出そうとした。
どうやら素直に話し合うつもりはないらしい。
「だめよ」
しかし、それに反対したのは白いエルフの子だった。
「この人達は私達に精霊力を譲ってくれたのよ。しかも上級迷宮の霊物の精霊力を。ちゃんとお礼を言わないと」
「こいつら絶対何か企んでるって!」
企んでいるような、いないような。
「君達に害を及ぼすつもりはないよ」
「ディアがすみません。こんな貴重な精霊力を譲っていただきありがとうございます。あ、申し遅れました。私はティアです。こっちは双子の妹のディア」
「ティアさんとディアさんですね。僕はオーディン王国の魔術師のアルマです。それと僕の戦士のモニカ」
「モニカっす」
「なんだ。落ちこぼれの魔術師と戦士かよ」
「ディア! 本当にごめんなさい。口は悪いけど優しい子なんです」
「年下扱いするなよ!」
「もう、ちょっとディアは黙ってて!」
今にも双子喧嘩が始まりそうな雰囲気だ。
「君達も世界樹に精霊力を捧げるために頑張っているんだよね?」
喧嘩が始まる前に聞いてみた。
この子達が俺達を尾行して霊物の精霊力を盗もうとするほど、エルフ族は世界樹に精霊力を捧げることが大事なのか。
それとも他に理由があるのか。
「そ、それは、そうです。私達は世界樹に精霊力を捧げるためにいます」
「……」
ティアは答えて、ディアは黙った。
微妙な雰囲気だな。
「世界樹に精霊力を捧げると世界に恩恵が広がるからね。僕達も少しでも世界に恩恵が広がるように、精霊力を精霊石に集めたくてやってきたんだ。だから目的は一緒だよ。良かったら少し一緒にこの迷宮を探索しないかい? 僕の精霊石はもうすぐ精霊力がいっぱいになるから」
以前にエルミアさんからもらった精霊石を見せた。
精霊石には溜められる精霊力が決まっているようだ。
一杯になると淡く光り輝いて、それ以上は精霊力を吸収しなくなった。
魔具の鍵で精霊力を吸収して、マリアナ様の戦具の卵に与えているから、一杯になっても大丈夫なんだけどね。
「す、素晴らしいお考えです。あ、あの。本当に良かったらご一緒してもいいですか?」
「ええ、もちろんです」
「……」
ティアは精一杯の笑顔を作っている。
そしてディアは押し黙ったままだ。
まだ本音を語っていないだろうな。
ちょっとずつ距離を縮めていければいいんだけど……。




