第30話
精霊王国とは大陸北部に位置するエルフ族の王国である。
人族と同じく大小様々な精霊王国がある。
その中でもフレイ王国とフレイヤ王国は双璧を成す大国として有名だ。
人族から見た評価となるが、フレイ王国は男のエルフが多く好戦的と見られており、逆にフレイヤ王国は女のエルフが多く平和的と見られている。
オーディン王国とも良好な関係を築いているフレイヤ王国内とあって、俺とモニカはリラックスしながらフレイヤ王国の王都を歩いていた。
行き交う人々はみんなエルフ、エルフ、エルフ。
エルフの特徴的なちょっと長い耳、白い肌、細身のスタイル、そして美しい顔。
誰もが美女といえるような顔立ちばかりだ。
ここでは俺達の方が珍しい存在で、すれ違うエルフ族からチラチラと見られている。
平凡な魔術師と戦士と思ってくれているだろうか。
モニカはオーディン王国で用意したごくごく普通の革の防具と銅の斧という装備でいる。
戦具の金剛だと悪目立ちすること間違いないからね。
ちなみに俺は魔術師用のマントと布の防具と、これまたごく普通の魔術師の格好をしています。
「ここだね」
フレイヤ王国内に住む人族の人達もいる。
良好な関係を築いて交易を続ける以上は、こちら側に常駐する人達が必要だ。
ここはフレイヤ王国内におけるギルドのオーディン王国支部だ。
何のギルドとかはない。
冒険者ギルドや商人ギルドといった全てのギルドの機能を有する支部となっている。
大使館みたいなものだな。
建物の中に入ると同じ人族の人達が仕事をしている。
受付に向かうと、すぐに一人の男性が笑顔で迎えてくれた。
「アルマ様ですね」
「はい。魔術師のアルマです」
ジェラルド様がすでに俺のことを伝えてくれていたので、スムーズに話は進んだ。
ジェラルド様が俺のことをどこまで聞いているのか分からないけど、あの人は王家支持派だから信頼できる。
俺は賢者になれなかった落ちこぼれの魔術師となっているはずだ。
精霊石に精霊力を溜めてエルフに売ってお金を儲けようと考えてやってきた……ことになっている。
「アルマ様のフレイヤ王国内での探索の契約を説明させて頂きます。フレイヤ王国内での探索で得た魔石は全て一度、当ギルドに売却して頂きます。フレイヤ王国との条約によって決められた税と当ギルドへの手数料を差し引いて、魔石をお渡しします」
「はい」
「精霊石の売却に関しては、当ギルドに売却して頂くか、エルフの方と直接取引をして頂くことになります。アルマ様はハイエルフの方への直接取引をご希望と伺っております。当ギルドが紹介できるハイエルフの方が数名おられますので、お売りになる時にまたお声をかけてください」
「はい」
「ハイエルフの方達が住まう区域内にある迷宮の探索は禁じられております。また世界樹の根の区域も立ち入り禁止となっています。一部危険地帯とされている区域も立ち入り禁止ですのでご注意を」
「すごいですよね。あの大きな樹の根はどこまで伸びているのかと思います」
「一説には、世界樹の根は大陸全土に広がっているとも言われております。世界樹が世界を支えているから大陸は落ちない、という学者もいるほどです」
まずは精霊石に精霊力を溜めたい。
霊物は特定の迷宮に出現しないため、遭遇することが困難だ。
ただフレイヤ王国といった精霊王国内の迷宮の方がより霊物と遭遇できる確率は高いとされている。
マリアナ様の神獣の値を9990まで持っていく。
その後に精霊力を溜めた精霊石をハイエルフに売りにいこう。
その時に、精霊獣に関する情報を聞き出したい。
「こちらがフレイヤ王国内でのアルマ様のギルドカードとなります」
「ありがとうございます」
「アルマ様の活躍をお祈りしております」
その他もろもろの説明を受けてギルドカードをもらった。
まずは早速近場の迷宮に行ってみよう。
「オーディン王国内に比べると霊物が出やすいらしいけど、あちこちにいるってわけじゃないね」
「混み過ぎっしょ」
「それもある」
中級迷宮にやってきた。
エルフ族の戦士達が精霊力を求めて探索している。
けっこうな数だ。
ただ霊物ではない魔物は避けている。
エルフ族にとって魔石は価値がないからね。
彼女達が避けている魔物をモニカが倒すと、彼女達から感謝されるぐらいである。
「邪魔な魔物を倒してくれてありがとうってわけだ」
「霊物をモニカが倒したら恨まれるっしょ?」
「かもしれないね」
エルフ族の戦い方を見ていると、どうも単独で探索している人達が多い。
組んでも二人まで。
三人以上のチームはいない。
多くが弓を使っている。
余計な戦闘は避けて、霊物を見つけたら弓で素早く倒す。
それにしてもエルフ族は強い。
あの弓は戦具ではない。
ここで探索をしているエルフ族は素で強いってことになる。
戦具を授かった人族の女性は高い身体能力を得るけど、エルフ族はみんなそれぐらい高い身体能力を持っているのか。
種族としての人口が少ないから、国同士の戦力は拮抗しているのかもしれない。
エルフ族が人族並みの人口だったら、大陸はエルフ族が支配していたかもしれないな。
「それにしても……ちょっと殺伐としているというかなんというか」
「みんな気が立っているっしょ」
「必死な感じが伝わってくるね」
エルフ族にとって精霊力は生活のためのエネルギー源。
本当にそうなのか?
彼女達の必死さは、国を支えるエネルギーを得るためなのか?
「場所を変えよう」
「了解っしょ」
中級迷宮を出て上級迷宮へと向かう。
さすがに上級迷宮となるとエルフ族の戦士でも探索できる者は限られてくるそうだ。
その限られたエルフ族と、中級迷宮を探索するエルフの違いは何なのか?
「ご主人様」
「ん?」
モニカが耳元で囁いてきた。
「つけられてるっしょ」
「ありゃ」
誰かに尾行されている?
「気配からして二人っしょ」
「強そう?」
「大丈夫っしょ」
「あ、そう」
どうやらモニカの相手ではないようだ。
それに万が一危ないなら、彼女達を呼べばいいしね。
「害がないなら放っておこう」
「了解っしょ」
そのまま俺達は上級迷宮の中に入っていった。
さすがに上級迷宮は銅の斧では危険だ。
カモフラージュ用の銅の斧を空間にしまうと、戦具の斧を通常形態で出す。
モニカの戦具『金剛』は進化して常に覚醒状態となった。
でも覚醒前の通常形態にもすることができる。
いつでも切り替えられるわけだ。
「様子見だからね。危なくなったら金剛で」
「了解っしょ」
入口からそれほど離れない場所を中心に探索していく。
やはり上級となると魔物も強く一撃とはなかなかいかない。
それでもモニカは落ち着いて魔物を倒していく。
「いる?」
「いるっしょ。うちらに殺気は向けてこないっしょ」
「なんだろうね」
あいかわらず俺達を尾行しているようだ。
上級迷宮に入ってくるほどだから、腕に自信があるのだろう。
モニカにめっちゃばれてるけど。
「お? いた」
「いたっしょ」
霊物だ。
ゴーストと呼ばれる霊物の中でも、完全な人型に近い。
半透明な体がゆらゆらと揺れている。
「いくっしょ!」
モニカが人型ゴーストに向かっていく。
揺れるゴーストの左手に突如、半透明な盾のような形が現れて斧を防ぐ。
あっさり倒されてはくれないようだ。
まぁ時間の問題だけど。
モニカの攻撃は盾の上からでも強い衝撃でダメージを与えていく。
さらに盾に防がれず、何度か直撃を与えていった。
「え?」
モニカの攻撃によって人型ゴーストが大きく態勢を崩した時だ。
いきなり後ろから矢が飛んできた。
俺達にじゃない。
人型ゴーストにだ。
「いまよっ!」
可愛らしい声と共に岩の影から黒い何かが飛び出してきた。
何かとは……あれ? エルフ? え? 黒いぞ?
「やった!」
「逃げるわよ!」
「待つっしょ」
人型ゴーストの精霊力を手に持つ精霊石に溜めると、黒いエルフは一目散に逃げようとする。
それをモニカが捕まえようとしたら。
「ばーか」
「あれっしょ?」
消えた?
モニカの手は黒いエルフを捕まえたように見えた。
その瞬間、黒いエルフの姿が完全に消えたのだ。
「こっちっしょ」
「げっ!」
モニカは地面に向かって手を伸ばした。
すると影の中からさきほどの黒いエルフが出てきたのだ。
これがエルフの精霊術ってやつか?
「な、なんで分かったんだ!?」
「勘っしょ」
「勘で見破るのかよ!」
「ま、待って! 待ってください! ごめんなさい!」
もう一人も岩の影から出てきた。
あれ? こっちは普通のエルフだ。
「離せ! 離せよ!」
「じたばたするなっしょ」
「モニカ、手を離してあげて」
「了解っしょ」
「え?」
あっさり解放されたことに驚く黒いエルフと白いエルフ。
この二人……双子か? 顔がそっくりだ。
「えっと。君達は?」
「ご、ごめんなさい! そ、その、精霊力が欲しくて……上級迷宮に入る貴方様達を見つけてこっそりつけていたんです」
「知ってたっしょ」
「気づいてたのかよっ!」
「尾行下手っしょ」
「俺の尾行が下手だとっ!」
「俺?」
黒いエルフは自分を俺といった。
どう見ても女性だ。
黒いといっても褐色肌だけどね。
モニカと同じぐらいの褐色肌をしている。
エメラルドグリーンの瞳に銀髪。
身長はマリアナ様より少し低いくらいだ。
そして大きな胸の膨らみがある。
エルフ族なのに胸が大きいってどういうことだ?
もう一人の白い普通のエルフの子もエメラルドグリーンの瞳に銀髪である。
身長は同じだけど、こちらは胸がない。
エルフ族は細身でスタイルいいけど、胸が大きい人は見たことがないから、この子が普通なのだろう。
俺より少し年下に見えるけど、エルフ族の年齢は分かり難いからな。
「君達は双子?」
「え、えっとその」
「答えなくていいって! いくぞ!」
「あ、あの。本当にごめんなさいっ!」
黒エルフの方が駆け出すと、白エルフも続いて逃げていった。
「どうするっしょ?」
「う~ん……モニカは尾行得意だっけ?」
「苦手っしょ」
「じゃ~交代だね」
何もない空中に鍵を挿し込む。
ガチャリと俺の頭の中だけに響く音と共に、ドアが開く。
「アーネス様を呼んできて」
「了解っしょ」
モニカが中に入ると、すぐにアーネス様が出てきた。
モニカと同じ革の防具にフード付きのマントをしている。
王女様の着る服じゃないけど、今は仕方ない。
フードは魔道具で認識阻害の効果があるから、よりばれないようになっている。
「アーネス参上しました」
「向こうに走っていった子達の尾行をお願いします。たぶん迷宮の外に出ると思います。あ、ここは上級迷宮の中ですので」
「了解です!」
アーネス様は迷宮の出口に向かって駆け出していく。
すぐにあの子達に追いつくだろう。
お互いの位置を把握できる魔道具を持っているので、あとで合流するのも簡単だ。
「僕達はゆっくり行こうか」
「了解っしょ」
いきなりのハプニングも、あの双子と思われるエルフの子達から何か情報を得られるかもしれない。
まだフレイヤ王国の王都に着いて初日だけど、迷宮を探索してみて少し思うところがある。
フレイヤ王国は女性のエルフが多く平和的だと聞いていた。
確かに街並みの雰囲気は平和そのものだ。
でも迷宮の中にいるエルフの様子は違った。
すごく必死だった。
まるで今日生きるための糧を得なくてはいけないという必死さに思えた。
そしてあの子達も。




