第24話
オーディン王国王都冒険者ギルド本部。
俺はジェラルド様に会いにきていた。
「エルフ族についてですか」
「はい。ジェラルド様なら何かご存知ではないかと思いまして」
「残念ながら私もそれほど詳しくはありません。どんなことをお知りになりたいのですか?」
「エルフ族はオーディン王国内でも精霊力を集めていますよね?」
「はい。オーディン王国の王が認めております。中級迷宮以上を探索できる者に精霊石を渡して精霊力を集めておりますな」
「その精霊力って何に使われているかご存知ですか? 以前エルミアさんに聞いたら、生活のためにって言っていましたけど、それ以外にも何かあるんじゃないかと思って」
「それをお知りになってどうなさるのですか? 我ら人族には関係のないことですぞ」
「いえ、その使われ方が万が一でもオーディン王国に危険を招くことなのかと心配で」
「なるほどなるほど。そういうことでしたか。それならご安心ください。精霊力をエルフ族に渡しても我ら人族に害することはありません。むしろ恩恵を受けております」
「恩恵?」
ギルドマスターの部屋には俺とジェラルド様の二人だけ。
一応の人払いをしてもらった。
「はい。エルフ族が精霊力を自分達の生活に使っているのは本当です。ただそれ以外にも、世界樹へ精霊力を与えております」
「世界樹! あの巨大な樹ですか」
「はい。世界樹は精霊力を糧としております。そして世界樹が育つほど、この世界の自然は豊かになると言われております。事実、世界樹が成長すると各地で豊作が多くなったり、また水が綺麗になったりと、我ら人族も恩恵を受けておるのです」
「なるほど~」
世界樹に精霊力か。
それは知らなかった。
神獣との関係性はないのか?
「世界樹は巨大で遠くからでも見えますけど、でもこんなに離れたオーディン王国にも恩恵を与えてくれるなんて、ものすごい影響力ですね」
「まさにそうですな。世界樹の影響力は全大陸に及ぶと言われております。またこれは古い友人から聞いたおとぎ話のようなものなのですが、世界樹に精霊力を与えると、世界樹が精霊獣を産み出し、その精霊獣が各地へ恩恵を運ぶとか」
「精霊獣?」
おお、神獣に近いものが出てきたぞ。
「エルフ族が神の使いとして崇める存在です。実際に精霊獣を見た者はおりませんが、エルフ族の中では実在するものとして信じられています。また、精霊王国の各国王は精霊獣と契約しているとも。まぁ、噂話のようなものです。信憑性はありません」
神の使い。
精霊獣。
王が契約している。
う~ん、マリアナ様の神獣との関連性は何かありそうだな。
「フレイ王国との緊張は続いています?」
「はい。フレイ王国の王は自分達がオーディン王国内を探すから入国を許可しろと言ってきているそうです」
「なるほど……フレイヤ王国とは何も問題ありませんよね?」
「ないですな。むしろフレイヤ王国とは良好な関係を築いております」
「確かフレイ王国もフレイヤ王国も代々王は国の名を名乗るんでしたよね」
「はい、そうです。フレイ王国の王の名は『フレイ』。フレイヤ王国の女王の名は『フレイヤ』と決まっております。エルフ族は本当に晩年にしか老いないため、歴代の王と王女は同一人物かと思うほどよく似ているそうですぞ」
特に女王フレイヤの美しさは全大陸に知れ渡っていると聞く。
男なら見た瞬間、すぐに虜になってしまうとか。
「迷宮を探索するためにフレイヤ王国に冒険者として入国することは可能ですよね?」
「可能ですが……行かれるのですか?」
「エルフ族が霊物と呼ぶ魔物は、フレイヤ王国などの精霊王国内の迷宮の方が出現しやすいって聞きました。せっかくもらった精霊石なので精霊力を溜めてみようかなと。僕も少しでも世界樹の成長に貢献したいと思いまして」
「いやいや、そこまでされることは……。ギルドとしてはアルマ様にオーディン王国王都での活動を望みますが……」
「もちろんずっと向こうで活動するわけじゃないですよ。一度は行ってみたいなってだけです」
「そうですか。では一つだけ忠告を。アルマ様もご存知かと思いますがフレイヤ王国には見目麗しい女性のエルフ族が多くおります。エルミア殿やララノア殿がそうであるように。アルマ様なら大丈夫かと思いますが……骨抜きにされぬようご注意くださいませ」
「あ、あはは。気を付けます」
「まぁアルマ様には美しい戦士がおりますので、大丈夫かと思いますが」
「あ、あはは」
「フレイヤ王国への入国証及び冒険者ギルド支部への紹介状は用意しておきます」
「ありがとうございます。すぐに出発するわけではないので、また後日受け取りにきますね」
「はい。お待ちしております」
ジェラルド様が古い友人から聞いたエルフ族のおとぎ話。
世界樹は精霊獣を産み出し、精霊獣が各地に恩恵を運ぶ。
ここに神獣と関連する何かがあるかもしれない。
フレイヤ王国にいって、精霊獣について一度調べてみるのはありだろう。
そんなことを考えながら、白銀の宿に戻ると予想外の事態が起きていた。
「ただいま~」
モニカには留守番をしてもらっていた。
マリアナ様は念のため鍵の空間の中だ。
「おかえりなさい。遅かったですね」
「ええ、ジェラルド様から面白い話を……ん?」
「ほほ~。冒険者ギルドマスターのジェラルド殿ですか。どんな面白い話があったのですか?」
あれ? モニカのいつもの「~っしょ」という話し方じゃない。
っていうか声がモニカじゃない。
この声は……。
「……アーネス様」
「お久しぶりですアルマ殿」
「お、お久しぶりです」
部屋にはモニカではなくアーネス様がいた。
「挨拶もなく学院から出ていき申し訳ありません。結果が結果でしたので、会わす顔も無く」
「お気になさらないでください」
「モニカは?」
「小遣いをやってちょっと外に出てもらいました」
モニカめ。
アーネス様だからだろうけど、主人の部屋の留守番を簡単に放棄するとは。
「驚きました。どうされましたか?」
「いえ、アルマ殿の顔が見たくなりまして……」
「そ、そうでしたか。僕なんかの顔でよければいくらでも」
「くすくす。変わりませんね、アルマ殿は。冒険者ギルドでの活躍は聞いております」
「そんなに大して活躍していませんけどね」
「そんなことありません。すでに中級迷宮のゾンビ迷宮を探索されているとか。あの不人気な迷宮を探索されているというのも面白い話ですが」
「あ、あはは。人がいなくて快適なんですよね」
「なるほど……」
久しぶりに見たアーネス様はびっくりするぐらい美しい。
学院にいた頃もこの美しさを見ていたはずなんだけど、今はさらに美しくなられたのかな。
「ジェラルド殿とはどんな面白い話を?」
「あ、いえ。ちょっとエルフ族の話です」
「ほ~……エルフ族ですか」
「は、はい。実はフレイヤ王国の戦士エルミアさんから精霊石をもらったんです。精霊力を集めて欲しいと」
「あ~なるほど。確かに中級迷宮を探索していれば、接触してくるでしょう」
「それで精霊力を何に使うのかちょっと興味があって」
「精霊力についてですか。あいかわらずアルマ殿は勉強熱心ですね」
「あはは。知りたがりなだけです」
「それは素晴らしいことです」
「ありがとうございます」
こうしてアーネス様と話すのが懐かしい。
学院の頃はよく話していたっけ。
ここにモニカとマリアナ様と四人で。
「ところで……」
「はい」
「マリアナを見ませんでしたか?」
「え、えっと。ギルドから話は聞いています。僕は見ていな」
「やはりここでしたか」
「え?」
「マリアナが向かうところはアルマ殿の場所以外あり得ませんからね」
「え? いや、あの僕は見ていなくて」
「顔に書いてあります」
「へ?」
「マリアナはここにいます、と顔に書いてありますよ」
「ええ!?」
思わす顔を触ってしまった。
「ぷっ! あはは! もちろん嘘ですよ」
「あ……ご、ごほん」
「アルマ殿は正直で面白い」
「からかわないでください」
「申し訳ありません。ですが、マリアナは本当にいるのでしょう? さきほど申した通り、アルマ殿の場所以外あり得ないと私は思っています。マリアナを捜索している者達にはあえて伝えませんでしたが」
「……」
アーネス様は確信を持っている。
マリアナ様が俺と一緒にいると。
実際そうだしね。
どうしようかな。
アーネス様ならいいと思うんだよね。
モニカは今いないけど、アーネス様なら問題ないだろ。
問題はマリアナ様かな。
マリアナ様はアーネス様からも逃げていたしね。
さて、どうしよう。
「マリアナ様を連れ戻しに来られたのですか?」
「いえ。マリアナがアルマ殿と一緒ならそれでいいです」
「え?」
「フレイ王国との間でいろいろありますが、マリアナが姿をくらましたことで逆に見えてくることもありそうですから。むしろしばらくマリアナが見つからないように匿って頂けると助かります」
「はぁ……」
「それに、マリアナもあんなに嫌がっていた男の下にいくより、好いていたアルマ殿と一緒にいる方が幸せでしょう。ただどこに匿っているのかがとても不思議ですね。捜索隊が影も見つけられないほどの隠れ場所があるのですか?」
これはもういいだろう。
マリアナ様もアーネス様が強引に自分を連れ戻さないなら、大丈夫なはずだ。
「お会いになります?」
「近いのですか?」
「はい。近いというより、ここにいます」
「ここに?」
「はい、ここに」
「この部屋には隠し部屋が?」
「いえ、そんなものはありません」
「ではここというのは?」
「ここです」
鍵の空間のドアを開けた。
「なっ!!!」
「どうぞ。僕達の拠点へ招待します」
アーネス様が驚く顔はとても可愛らしくて面白かった。




