第23話
モニカの覚醒戦具『金剛』。
両刃の斧は一回り大きくなっているように見える。
おそらく戦具の斧の上に、あの金色の斧が装着されたことで少し大きく見えているのだろう。
そして変化は斧だけではない。
モニカは金色の鎧を纏っていた。
さっきまでのモニカは魔力を込めた特殊な布の服に、急所を魔獣の毛皮で守る防具を着ていたはずだ。
モニカの戦具は覚醒することで攻守一体型の戦具となるのか。
それにしてもこれが覚醒した戦具の力か。
上級迷宮の最奥部でも覚醒した騎士は余裕で戦えると聞いていた。
逆に覚醒していない騎士は上級の最奥部で戦うことは難しいと聞く。
それだけ覚醒による戦闘力の上昇が大きいということだ。
「覚醒が切れるまで狩りまくるっしょ」
「ふぅ……そうだね」
ロードゾンビナイトと取り巻きの魔石を回収。
さらにロードゾンビナイトが使ってきた両手剣と鎧、取り巻きが使っていた武器も回収しておいた。
ロードゾンビナイトの骨は素材としても売れるらしいので、これも回収しておこう。
その後、モニカの覚醒状態が切れるまで、最奥部でゾンビ系魔物を狩りまくった。
それはそれはとんでもない勢いで狩っていくモニカ。
モニカが倒した魔物の魔石を、マリアナがさきほどの取り巻きが使っていた剣で魔石を取っていく。
どうやら、取り巻きが使っていた剣は腐食し難いようだ。
ゴーストに気を取られていたらロードゾンビナイトといきなり戦闘になってしまい、モニカの覚醒魔力を消費したことで何とか勝利した。
俺の状況判断が間違っていた。
最初からモニカに覚醒を指示するべきだったんだ。
これでは魔獣退治のための魔力消費を惜しんだ大賢者様達と違わないじゃないか。
猛反省せねば。
戦具の覚醒は凄かった。
初めて目の前で見たけど、圧倒的な戦闘力だ。
進化したら常にこの状態でいられる……はず。
魔力消費を惜しんで状況判断を誤ることはしないけど、戦具を進化させる計画も変わりはない。
迷宮主は一度倒されると再び出現するまでかなりの時間を要する。
中級迷宮なら1ヶ月ほどだ。
つまりそれまでは最奥部で狩りをしていても、絶対に迷宮主に遭遇することはない。
マリアナ様の囮を効果的に使いながら、俺達はゾンビ迷宮の最奥部で魔物を狩り続けた。
そして時々現れるゴーストを倒しては精霊力を精霊石に溜めていくのであった。
迷宮主を倒すことになったゾンビ迷宮11回目の探索。
迷宮主を倒したことはギルドに伏せることにした。
モニカが覚醒したなんて伝えたら、いったいどうやって? となってしまう。
それにマリアナ様のことを話すことも出来ない。
ゾンビ迷宮から出る時に、マリアナ様には鍵の空間の中に残ってもらう。
見つかったらやばいからね。
オーディン王国ではマリアナ様が失踪したことになっているのかな。
その辺の情報も収集しないと。
ギルドには集めた魔石の4分の1程度を売却した。
それでも十分な稼ぎとなる。
大きなベッドも余裕で買える。
迷宮主の魔石を含めた残りの4分の3の魔石は全て吸収した。
どれだけ基礎魔力が上がるか楽しみだな。
魔石の売却を終えると、ジェラルド様から声がかかった。
「マリアナ様が行方不明ですか……」
「はい。現在、捜索中です。アルマ様も何か情報がございましたらご連絡ください」
「分かりました」
「迷宮の中にいらっしゃる可能性も考慮して、迷宮内の捜索も始まっております。ゾンビ迷宮にはおりませんでしたか?」
「はい。僕達が狩っている時にお見かけすることはありませんでした」
ごめんなさい、嘘です。
ゾンビ迷宮にいました。
いまは俺の鍵の空間の中できっとごろごろしていることでしょう。
冒険者ギルドに長居することなく、ジェラルド様との会話を打ち切って白銀の宿に戻った。
マリアナ様の食事を宿に用意してもらうと、二人なのに三人前で明らかに怪しまれてしまう。
宿の食事は俺とモニカで食べてマリアナ様には屋台で買ってきた食事で我慢してもらおうとしたら、モニカが自分が屋台の食事でいいといって、宿の食事は部屋に運んでもらいマリアナ様が食べることになった。
部屋に誰か来ない限りは大丈夫だろうから、マリアナ様も今は鍵の空間から出てきている。
「ご主人様、精霊石はどうするっしょ?」
「そうだね。ゴースト系をけっこう倒したし。一度エルミアさんに見てもらおうか。明日ギルドに伝えてみるよ」
「アルマ様の鍵の魔具で精霊石を開けることって出来るのでしょうか?」
「え? ……どうだろう? やってみましょうか」
そういえば俺の魔具は鍵で、何かを開けることができるものだった。
精霊石を開けることができるかもしれない。
鍵の魔具に魔力を流して精霊石に挿し込もうとしてみる。
お。
きたね。
この感触。
初めて鍵を開ける時のこの感触。
魔力を流して精霊石の鍵を開けた。
「あ……吸収した?」
「吸収? 精霊石から精霊力をですか?」
「はい。そうです。精霊力を吸収しちゃいましたね」
間違いない。
鍵の中に今まで感じたことのない力を感じる。
これが精霊力なのか。
でも吸収してどうしたらいいんだ?
精霊力の使い方なんて分からないぞ。
精霊石に戻せるかな?
「あ……戻せました」
「戻しちゃったんですか?」
「はい。精霊力を吸収しても、僕は精霊力の使い方なんて分かりませんし」
「確かにそうですね」
「戦具に与えたら何か起こるかもしれないっしょ」
「あ~戦具に……やってみようか」
モニカが戦具の斧を出す。
再び精霊石から精霊力を吸収して、鍵を戦具の斧に挿し込む。
そして精霊力を……流せないですね。
「だめだね。流せないよ」
「都合よくはいかないしょ」
モニカがやれって言ったんだけどね。
「休む前に今日の残りの魔力をマリアナ様の戦具の卵に与えたいと思います。鍵の空間の方に行きましょう」
「はい!」
「了解っしょ」
寝る時は鍵の空間の方になるな。
万が一マリアナ様の可愛くて妖艶な声が外に漏れたら大変だからね。
「アルマ様、よろしくお願いいたします」
「はい。では流します」
マリアナ様の巨大な戦具の卵に魔力を流していく。
その時だ。
精霊石に戻していなかった精霊力が一緒になって流れていった。
え? モニカの戦具の時は流れなかったのに?
戦具:880/10000
神獣:90/10000
あ、増えた。
神獣の方が増えたぞ。
神獣は精霊力で孵化するのか。
数値は90。
確かゴースト系は9匹倒したはずだ。
1匹で10の精霊力を吸収していたのか?
それとも……鍵のこれまでの特殊能力からすれば、1匹で1の精霊力を吸収して、9の精霊力を10倍に増幅して与えた可能性が高いな。
これはなかなか面白いことになったぞ。
でもこれってどっちも孵化できるのか?
片方だけ?
戦具として孵化させたら、神獣はどうなるんだ?
その後に孵化させることが可能なのだろうか?
う~ん、分からない。
神獣に関する本はあまり読んだことないし、そもそも神獣に関する本なんておとぎ話のようなものがほとんどだからな。
精霊力が神獣を孵化させるものなら、エルフ族の方が詳しいんじゃないかな。
エルミアさん達は精霊力をエルフ族の生活のエネルギーに使っていると言っていたけど、それだけじゃないはずだ。
神獣なのかどうか分からないが、エルフ族が精霊力をどのように使っているかを調べれば、何か分かるかもしれない。
「アルマ様、どうなさいました?」
「ちょっと面白いことになりました。精霊石をエルミアさん達に売る件は無しです。代わりにエルフ族が精霊力をどのように使っているのか……調べたいと思います」
~オーディン王国モードル・カーラル邸~
アーネスを騎士として迎えたモードルは、すぐに賢者学院の寮を出て、自分の屋敷を購入していた。
魔力増幅効果6倍という優秀な魔具を持つ賢者の屋敷とあって、働き手も募集をかければすぐに応募が殺到する人気ぶりだ。
当然モードルはその中から、自分の好みに合う女性を多く採用している。
特にメイド達は自分好みの女性ばかりで、能力よりも見た目重視であった。
すでにメイド長を始め、何人のメイドに手を出したか分からないほどだ。
「これで全部か」
「はい。私の戦具の卵を孵化させるための魔石です。報酬の魔石は孵化後にお渡しいたします」
「いいだろう。魔石から魔力を吸収するのだって一苦労なんだからな。これだけの魔石を吸収するとなれば大仕事だ」
「お手を煩わせてしまい申し訳ございません」
「まったくだ。お姫様のわがままを聞く身にもなって欲しいもんだんぜ」
「……」
モードルは気怠そうに王家が貯蓄していた等級魔石から魔力を吸収し始めた。
アルマのように魔力操作が上手くないモードルにとって、本当にこれだけの等級魔石から魔力を吸収するのは一苦労だろう。
魔力操作は魔石から余すことなく魔力を吸収するだけではなく、そもそも魔力を吸収するために必要な時間も変わってくるのだ。
ただ、本来はこれほど大量の等級魔石を一気に吸収することなどないのだが。
アーネスが用意した等級魔石は王家が貯蓄している中でも低い等級の10等級、9等級の魔石を数多く持ってきた。
その数およそ千個。
魔石魔力値にして150ほどだ。
6倍の魔力増幅効果があれば、これだけの魔石魔力で孵化しないことはないだろうと推測された。
魔力操作が上手くないモードルは10等級の魔石から魔力を吸収するのに10秒ほどかかっている。
9等級の魔石となれば30秒ほどだ。
千個すべての魔石を吸収するのに、休憩を挟みながら8時間以上を要したのであった。
太陽はすでに落ちている。
それでもアーネスはモードルの屋敷に留まっていた。
せっかく渡した王家の等級魔石の魔石魔力を他に使われてはかなわない。
今日中に戦具の卵に魔力を与えてもらうことになっていたのである。
「くっそ疲れたぜ」
「お疲れ様です」
「まったくだ! おい、ちょっと肩ぐらい揉んだらどうだ?」
「……そうですね。王家のために尽力頂いたモードル殿の疲れを少しでも癒せるなら」
アーネスは椅子に座るモードルの後ろに回ると、まったく鍛えていない肩を揉み始めた。
「う~ん、なかなかいいじゃないか」
「お褒めに預り光栄です」
「ところで、もうかなり遅い時間だが……夜道を帰るのは危ないだろ? 今日は泊まっていったらどうだ?」
肩を揉むアーネスの手を、モードルの手がいやらしく触っていく。
「お気遣いありがとうございます。ですが王にすぐに報告に行かなければなりませんので」
「けっ! あ~そうですか。ならさっさと孵化させちまおうぜ」
面白くないと言わんばかりに、モードルは不機嫌な様子を隠さない。
アーネスは気にすることなく、戦具の卵を出した。
「よろしくお願いします」
「あいよ」
やる気のない返事に態度で、モードルは己の魔具である大きな杖を出すと、アーネスの戦具の卵に向かって魔力を与えていった。
魔石魔力50。
魔石魔力80。
魔石魔力100。
(チッ。まだ孵化しないのかよ。孵化に使わなかった分の魔力は俺のものなのに)
モードルは心の中で舌打ちしながら、魔力を流し続ける。
魔石魔力110。
魔石魔力120。
魔石魔力130。
(おいおい。まだなのか? さっき吸収した魔石魔力150全部使い切っちまうぞ)
魔石魔力140。
魔石魔力150。
ついに、王家が用意した魔石魔力150全てを与えたが、アーネスの戦具の卵は孵化することがなかった。
「おい。足りなかったぞ」
「……本当にですか?」
「なんだと! 俺を疑うのか!!」
「いえ、滅相もございません。ただ、あれだけの魔石を用意したのに孵化しないとは……」
「そんなこと俺が知るかよ! 孵化させて欲しいならもっと魔石を持ってこい! 当然報酬も追加だからな!」
アーネスはモードルが魔石魔力をちょろまかしているのではないかと疑っている。
確かに自分の戦具の卵は大きいが、あれだけの魔石を用意しても孵化しないとは考えられなかった。
ましてモードルの魔具は6倍の魔力増幅効果なのだから。
(本当に6倍なのか……そこも疑わしいな)
魔力増幅効果の測定は学院長が立ち合いの下に行われる。
しかも特殊な魔道具を使うのだ。
不正は考えられないが、可能性を疑ってしまう。
「王家の魔石をさらに持ち出すには、王と話す必要があります。また後日伺います」
「あ~はいはい。帰った帰った。お~いキャサリン!」
「はい。ご主人様」
キャサリンと呼ばれた女性はメイド長だ。
モードルが一番気に入っている女性でもある。
メイド長としての管理能力は皆無であるが、そんなことモードルには関係ない。
自分が一番気に入っている女が、一番偉くていいのだ。
「失礼します」
「まだいたのか。早く帰れ」
「モードルさまぁ~。お風呂のご用意が出来ております」
「お~さすが気が利くな。もちろん一緒だろ?」
「もちろんでございますぅ~」
アーネスは頭痛を覚えながら、王城へと戻っていくのであった。




