第20話
マリアナ様がゾンビ迷宮にいた。
顔を見間違えるはずがないのでマリアナ様なのだが、着ている服は王女様のドレスとかではなく、メイド服だ。
「アルマ様!!」
俺を見つけるなり、胸の中に飛び込んできた。
ごふっ! 全力で来られると痛いですからね。
マリアナ様も高い身体能力を得ているんですから、ちょっとは加減を……。
そして豊かな胸がこれでもかと当たってきてますよ。
以前よりさらに大きくなられたような。
「マ、マリアナ様。どうしてここに?」
「逃げてきました!」
逃げてきた?
「えっと……状況を整理しましょうか」
「さすがマリアナちゃんっしょ。その心意気最高っしょ!」
なぜかモニカが盛り上がっている。
ちょっと落ち着いてね。
「マリアナ様は何から逃げてきたのですか?」
「えっと……全て?」
「全てというお答えではよく分かりませんので、たとえば何か一つ上げて頂けると」
「お姉様から」
「アーネス様?」
「お父様から」
「王様から?」
「気持ち悪い男から!」
「……誰ですそれ?」
「フレイ王国の王です」
マリアナ様の婚約者じゃん。
フレイ王国の王って気持ち悪いのか?
「つまりフレイ王国の王との結婚が嫌で逃げてきたわけですね」
「そうなんです! お父様もお姉様も、私は嫌だって言ったのに! 王女としてお国のためと言われてもあの男だけは嫌なんです!」
おぅ……すごい嫌われようだな。
「私が10歳の時に初めてフレイ王国の王と会いました。私を見る目が本当に気持ち悪くて悪寒を覚えましたわ。もちろん表面上は笑顔を取り繕いましたけど、この人には近寄りたくないと心底思いました」
ここまでマリアナ様に嫌われるとは……どんな目でマリアナ様を見てたんだよ。
「でもどうしてメイド服を? その格好だと余計に目立ちませんでした?」
「うっ! ……それに気づいたのは外に出た後でした。でも身近に王女の服以外の服はこれしか無かったんです」
どうやって王城から抜け出してきたか。
そんなの簡単だろう。
マリアナ様は戦具の卵を授かっているんだ。
普通の人とは比べものにならない身体能力を得ている。
壁を乗り越えるなんてお手の物だろう。
マリアナ様と同じアーネス様や他の騎士でなければ、マリアナ様を捕まえることは困難だ。
隙を見て上手く抜け出してきたってわけか。
「僕達がゾンビ迷宮に来ていると知っていたんですね」
「はい。アルマ様のことを忘れたことは1日もございません。未練がましくアルマ様の冒険者ギルドでの活動記録を調べていました……こんなはしたない女でごめんなさい」
「いえいえ。全然そんなことないですから。むしろ僕の方こそ何の挨拶も無しに学院を出ていって申し訳ありませんでした。結果が結果だっただけに、あの時はマリアナ様に会わせる顔が無くて」
「アルマ様は何も悪くありません。私はどんな魔具であろうと、アルマ様のことを……」
うるうると可愛い瞳で俺を見上げてくるマリアナ様。
めっちゃ可愛いんですけど。
「でも期待はしてましたよね?」
「……はい。それは事実です。アルマ様の魔具が優秀な魔具だと信じて疑いませんでした。
そしてそれは今もそうです」
「え?」
「モニカさんを見て確信しました」
モニカを見ると戦具の斧を出していた。
すでにゾンビ迷宮の中に入ったから戦具を出してもいいんだけど、明らかにマリアナ様に見せるために出したな。
まったく。
「アルマ様! 私は王女をやめます! お父様からお姉様から何と言われようと、王家とは縁を切って私は平民になります! だからアルマ様の戦士にしてください!」
「マリアナ様落ち着いて。まずは落ち着きましょう」
さて、どうしたものか。
とりあえずここだとゆっくり話も出来ない。
入口付近とはいえ、魔物もやってくる。
あっちでゆっくり話すか。
どうせ見せても構わないだろう。
「まずは安全な場所でゆっくり話しましょう」
「でも街中だと兵士に見つかってしまいます」
「それは大丈夫です。安全な場所とは……これです」
鍵の魔具を何もない空間に挿し込む。
ガチャリと俺の頭の中だけに響く音が鳴ると、透明なドアが開く。
「どうぞ。僕達の拠点です」
「え……これは……」
まさに目が点だな。
くりくりの可愛らしい目が点になっているかのように驚いている。
初めてみたらそうなるわな。
モニカも驚いていたっけ。
でもあの頃はまだ狭くて拠点とはいえなかった。
今は拠点と言える広さがある。
マリアナ様の腰に手を回して、一緒に中に入っていった。
「すごいっしょ! これがご主人様の能力っしょ!」
「すごいですわ!」
鍵の空間の中をモニカが案内している。
リビングルームに寝室の2部屋。
あとはトイレとお風呂ぐらいだけど。
見えない場所に時間停止空間があって食料とお湯を溜めている。
女子二人できゃあきゃあ言いながら、あちこち見ていた。
「そろそろ落ち着いて話しましょう」
「はい!」
「まず僕から。マリアナ様もいろいろ聞きたいでしょうから、僕の鍵の魔具について話します。モニカもよく聞いて欲しい。今までモニカに詳細を伝えてこなかったことも話そうと思っているから」
「了解っしょ」
この時、すでに俺はあることを決めていた。
それが許されるかどうか分からないけど、男として決めていたんだ。
「僕の鍵の魔具は学院で魔力増幅効果は1倍と測定されました。それは本当です。この鍵の魔具は僕の魔力をまったく増幅しません。ですから僕が魔法を使う時には何も役に立ちません」
これは本当だ。
俺の鍵の魔具は特定の条件下でのみ特殊な能力を発揮してくれる。
俺が魔法を使う、ということは特定の条件下に入っていない。
「でも、ある特定の条件下においては違います。その1つがこの空間です。この空間は鍵の魔具によって創り出された空間です。ドアを閉めれば外を完全に隔離されます。この異次元の空間を創り出す能力は鍵の魔具が持っているのですが、この空間は最初とても狭かったのです。それを僕の魔力で広げていきました。その時には、おそらくですが、僕の魔力は10倍ほどに増幅されて、この空間を広げてくれているはずです」
「10倍!?」
10倍はオーディン王国の第1級賢者が持つ魔具と同じ性能だ。
10倍と聞けば驚くよな。
「おそらく、です。確信があるわけではないのですが、この次に話す特殊能力から10倍と考えています。僕の鍵の魔具はこの空間を創り出す以外にも、特殊能力がありました。それは……戦具に対しての特殊能力です」
「は、はい!」
マリアナ様の目が期待に満ちている。
「僕はすでにモニカの戦具の卵を孵化させています。さらにモニカは覚醒できます」
「ええ!?」
さすがに覚醒まで出来るとは想像できないだろう。
「本当っしょ」
「す、すごい」
「どうして魔力増幅効果がまったくない魔具で、しかも魔石魔力のない僕がモニカの戦具の卵を孵化させて、さらには覚醒状態にできたのか。答えの1つに、僕の鍵の魔具は戦具もしくは戦具の卵に魔力を与える時は10倍の魔力増幅効果で与えることが出来るからです」
「ああ、アルマ様! やっぱりアルマ様は凄かったんですね!」
「落ち着いてください。どうして戦具に魔力を与える時に10倍だと分かったのか。これも鍵の能力なんです。モニカ、僕はモニカの戦具の卵がいつ孵化するか分かっていたの覚えてる?」
「覚えているっしょ」
「え?」
「ご主人様はモニカの戦具の卵がいつ孵化するのか完全に把握していたっしょ。このゾンビ迷宮に来る時に、今からモニカの戦具の卵を孵化させるといって、本当にその時に孵化したっしょ」
「この鍵を戦具の卵に挿し込んで魔力を流すと、その卵が孵化するまでにあとどのくらいの魔力が必要なのか見えるんです」
「ええ!?」
「そしてモニカの戦具の卵に魔力5を最初流しました。そしたら……卵には魔力50が溜まっていると見えたんです。つまり10倍です」
「ご主人様の魔力を感じた時、めっちゃ気持ち良かったっしょ!」
「まぁ! そ、そ、そんな能力が……」
「いえ、そんな能力はありません。話を戻します。僕は鍵の魔具を使うことで、戦具の卵が孵化するために必要な魔力が見えます。さらにいうと、戦具の修復および覚醒までに必要な魔力も見えています。そして戦具に魔力を与えると10倍の魔力増幅効果を得ているのが見えています。このことから、この鍵の空間を拡張する時も10倍に増幅されていると推測しています」
ここまで話してちょっと一息。
マリアナ様とモニカはきゃっきゃ言いながら、あれこれ話し始めた。
俺に魔力を与えてもらった時や、戦具の斧で戦った時のこととか。
「本当にすごいですわ……あの、モニカさん」
「ん?」
「この不思議な空間の中に寝室は1つですの?」
「1つっしょ」
「ベ、ベ、ベッドは?」
「ひと」
「話を続けますね」
すぐにばれるだろうけど、とりあえず二人の話を止めておいた。
「この鍵の魔具の特殊能力は僕も全部把握しているか分かりません。いま現在、僕が把握しているのはさきほど話したものと、あと一つあります。それは……魔力吸収です」
「魔力吸収?」
「はい。僕達賢者は等級魔石から魔力を吸収します。魔石魔力をいかに多く溜めることが出来るかが賢者にとって最も重要なことですから。さて、この鍵の魔具で魔石から魔力を吸収しても、魔石魔力はまったく吸収できません。でも代わりに……僕の基礎魔力が上がります」
「ええええ!!?」
やっぱりこれが一番驚くよね。
モニカは薄々気づいていただろうから驚いていないけど、マリアナ様は今日一番の驚きだった。
「僕の基礎魔力はいま50です。マリアナ様もご存知の通り、基礎魔力は消費しても自然と回復します。そして特定の条件下では10倍に魔力を増幅してくれます。これが僕の鍵の魔具の能力です」
「はぁ……す、すごいです! 本当にすごいです! アルマ様! いますぐこのことを父上とお姉様に! そうしたらアルマ様は賢者に戻れますわ!」
「それは……今はまだだめです」
「え?」
「いま僕が言ったことを証明できないからです」
「証明できないって……でもモニカさんの戦具は」
「モニカの戦具の卵が孵化するまでに必要な魔力、戦具を修復したり覚醒するために必要な魔力。これは僕にしか見えません。第三者は見えません。僕がいまこの鍵の能力を伝えても、それは僕が嘘を言っているだけと思われてしまうでしょう。唯一、この空間だけは目に見えるものなので、納得してもらえるでしょうが」
まだ早い。
もう少し……せめて基礎魔力が100まで上がれば。
いろいろ言われようとも、それだけの基礎魔力があれば、実証することで納得させることが出来るはずだ。
「だからマリアナ様には申し訳ありませんが、しばらくは戦士として我慢して頂ければ」
「それは別に……え? いま何と……?」
「僕が賢者に戻れたら騎士になれるのですが、それはまだ先です。ですから、今は僕の戦士になって頂ければ……」
「アルマ様! 喜んで!」
「さすがはご主人様っしょ! 男っしょ!」
しばらくはこの空間の中に隠れてもらうことになるだろうけどね。
まだマリアナ様を守ってあげられる力はないから。
「ではマリアナ様の戦具の卵に……ってここだと天井が足りないな」
「あぅ……申し訳ありません」
「空間を広げないでいじるだけなら……」
「わわわ~!」
リビングの横の広さを狭めて上に伸ばした。
それでも足りなそうだったから寝室の横も狭めて、リビングの上を伸ばした。
よしこのぐらいあれば、マリアナ様の戦具の卵を出しても大丈夫だろう。
リビングルームがすごく窮屈になったけど。
「これでどうですか?」
「はい。大丈夫です!」
マリアナ様は戦具の卵を出した。
あいかわらずいつ見えても巨大だ。
どれくらい魔力必要かな?
モニカが1000だったから、大きさ的には5倍ぐらいの5000ぐらいかな?
マリアナ様の戦具の卵に鍵を挿し込む。
ガチャリと鍵があくまで魔力を流した。
見るために魔力10ぐらい消費したんですけど……。
戦具:0/10000
神獣:0/10000
あれ? なにこれ?




