第15話
なぜ賢者の地位がこれほどまでに高いのか?
騎士に魔力を与えることが出来るから、というのが一番シンプルな答えだろう。
つまり賢者そのものに価値があるのではなく、価値があるのは騎士。
戦具を持つ騎士が覚醒した時、人を凌駕したとてつもない力を発揮する。
古来より覚醒した騎士の戦力が、その国の戦力とみなされてきた。
そのため、騎士に魔力を与えることができる賢者が重宝され、魔力増幅効果の高い魔具を持つ賢者が優れているとされてきた。
しかし賢者が自然と持っている魔力は少ない。
とても騎士の戦具を覚醒させるには足りない。
そこで魔石魔力となる。
賢者はどれだけ魔石魔力を溜めているかで判断されるようになった。
賢者は競って魔石魔力を溜めていった。
こうして魔石魔力を吸収できる魔石は高値で売られることになったのでした。
「いや~儲かったね」
「やったっしょ!」
6日間のゾンビ迷宮探索を終えて俺達は鈴の宿に戻ってきた。
当初の予定では1日で奥へ、4日間その場で狩り、1日かけて戻る、だったのだが、予想を超えるゾンビ系魔物の多さから予定を変更。
2日で奥へ、2日間その場で狩り、2日かけて戻るという行動予定を無事に終えて戻ってきたのである。
初めての中級迷宮探索だったこともあり、かなり慎重にいった。
おかげでモニカが傷つくこともなく、俺も傷つくことなく、全て順調に事を終えたのであった。
一番の理由はモニカの圧倒的な戦闘力だろうけど。
戦具の斧を持ったモニカは1対1なら中級迷宮の魔物もまったく相手にならなかった。
まぁまだ最奥部まで行ってないから、もっと奥にいる強い魔物は分からないけど。
今回の探索で遭遇した魔物はモニカの相手ではなかった。
複数に囲まれるとさすがに危ないので、そんな時は俺が土魔法とかで上手く状況を有利に進めていった。
動きの鈍いゾンビ系魔物にはとても有効だったな。
俺もたまには役に立つもんだ。
うん、頑張った。
冒険者ギルドで手に入れた魔石の半分を売却した。
受付の人も驚いていたな。
魔石魔力を吸収できる10等級の魔石があったからね。
魔石魔力を吸収できない小さな魔石は全て『魔石』と呼ばれている。
冒険者ギルドで魔石が持つわずかな魔力を測定して、買い取り価格にちょっとした差はあるけど、大きな差はない。
魔石魔力を吸収できる魔石は『等級魔石』と呼ばれる。
10等級から1等級まで。
こちらは賢者が吸収できる魔石魔力の量によって区分されてくる。
今回は一番下の10等級魔石だった。
それでもこの10等級の魔石からは買い取り値段が一気に跳ね上がる。
手に入れた10等級魔石は4個で、そのうち2個を売却した。
おかげで懐はかなり潤った。
鍵の空間のおかげで、迷宮探索にかかる費用がとんでもなく安く済むのも大きい。
これならしばらくはゾンビ迷宮の探索をメインにやっていくことで十分に生活できて、しかも貯蓄も出来るだろう。
賢者資格を失った当初こそ、王都からすぐに離れようと考えていたけど、今となっては王都で活動する方がずっと効果的だと思っている。
オーディン王国のあらゆるものが集中している王都が一番便利だからね。
迷宮もたくさんあるし。
ひさしぶりに宿の部屋で遠征の疲れを癒していると、ドアがノックされた。
女将さんがやってきて、冒険者ギルドのギルドマスターのジェラルド様が俺に会いに来て欲しいと伝言を預かってきた。
間違いなく10等級魔石を売った件だな。
売る時は運良くジェラルド様が不在だったから、後で受付嬢から聞いたのだろう。
冒険者ギルドからすれば、真面目そうな魔術師にみえた俺は部屋に籠って落ち込んでいるばかりと思っていた。
ところが、急に迷宮に行くようになったかと思えば、いきなり10等級魔石を取ってきたんだから、話を聞きたくもなるだろう。
専属戦士のモニカに魔物を倒させたと説明することになる。
武器もない戦士に? と質問がくるだろう。
素手で倒させたと答える。
腐食した手は俺が癒したと。
入口付近で倒しまくったら、運良く10等級魔石が2個も落ちたというストーリーである。
つまり、俺は戦士になったばかりの17歳のモニカに素手でゾンビ系魔物を倒させたひどい魔術師……と思われてしまうってことだ。
今は仕方ない。
まぁ、話を聞いてジェラルド様達がどう思うかも分からないけど。
いずれ鍵の魔具の特殊能力は知れ渡っていく。
ずっと隠し通せるものではない。
この特殊能力が知られた時に、10傑の大賢者や王家に俺がいいように利用されない程度には力をつけておきたい。
そのために、俺が最も必要とする力は膨大な基礎魔力だ。
最低でも100は欲しい。
基礎魔力は自然回復するのだから、瞬発力で10傑の大賢者に負けても、持続力で有利性を保てればいい。
ギルドに売却しなかった半分の魔石は、全て鍵の魔具で吸収した。
これで今日ぐっすり寝て、明日起きた時に俺がどれだけ魔力を使えるかで、増えた基礎魔力を自分なりに測定する。
魔石を吸収する前の基礎魔力は21だった。
今回の10等級魔石2個にその他の魔石も結構な数を吸収した。
1は上がっているよね?
2ぐらい上がっててもいいと思うよ。
3上がってたらすっごく嬉しいな!
「ご主人様楽しそうっしょ」
「ん? ああ、ちょっとね」
モニカには魔具の特殊能力については空間以外のことは伝えていない。
でも何となくいろいろ察しているはずだ。
近くで俺のことを見ているし、そもそもモニカの戦具の卵をあれだけ早く孵化させたことからも、空間以外の特殊能力があると推測するのが自然だろう。
でも何も聞いてこない。
俺に対する信頼なのか、それともモニカの性格なのか。
必要と判断すれば伝えるけど、そうでないならこのままの関係でいいだろう。
「とりあえずご飯食べて今夜はゆっくり休もう。明日の朝はちょっと冒険者ギルドに顔を出しにいくよ。ジェラルド様からの聞き取りだろうから」
「了解っしょ。でもご主人様がゆっくり休めるかどうかは約束できないっしょ?」
「あ~。それはお互い様だね。負けるつもりはないから」
ゾンビ迷宮の探索中はさすがに抑え気味だったからね。
抑え気味であってやってないわけじゃないけど。
今夜は久しぶりに柔らかいベッドの上だ。
思いっきりはじけよう。
今回の探索で儲けたお金でベッドを買うのは最優先だね。
「というわけです」
「ふむ」
翌日。
冒険者ギルドにやってきました。
案の定、ジェラルド様から10等級魔石をどこで手に入れたのか? という話だった。
予定通りの質問に答えを繰り返して、説明を終えたところである。
「……分かりました。モニカ殿も無事なようですし、ギルドからは特にどうこう言いません。今後もオーディン王国のためにお二人で迷宮探索を頑張ってください」
「はい。わかりました」
あっさりと終わった。
ジェラルド様は何か腑に落ちなくて怪しんでいたけど、さすがに俺の特殊能力を推測できるようなことはない。
推測したとしても、モニカの戦具の卵を孵化させているのでは? までだろう。
それも推測でしかないしね。
「それじゃ、よろしく。無理はしないようにね」
「大丈夫っしょ!」
「本当に素手だから、ポイズンスライムに手を出したらだめだよ」
「了解っしょ!」
冒険者ギルドを出ると、モニカは一人でスライム迷宮に向かった。
少しでも魔石を集めてもらうために。
戦具の使用は禁止なので、安全に狩れるスライム迷宮にした。
俺は鈴の宿の部屋に戻る。
実は朝起きてすぐに基礎魔力を全て空間拡張のために使ってみた。
結果……俺の基礎魔力は21から23に上がっていた。
基礎魔力が2増えた。
良い結果ではある。
かなりの量の魔石に10等級魔石2個吸収して、基礎魔力2増加。
この結果をどう取られるか。
賢者が魔石魔力を吸収できる10等級から売却値段は跳ね上がる。
しかし俺の鍵の魔具によって吸収して増加する基礎魔力に対しての効果はどうか?
別に10等級魔石だから、いきなり劇的に上がるとは思えない。
あとほんの少し魔力があれば10等級魔石になる魔石と10等級魔石を比べた時に、売却の値段は全然違うけど、鍵の魔具が吸収して増加する基礎魔力の差はほとんどないと考えるべきだろう。
なら10等級魔石は全部売ってしまった方が金策には良いかもしれない。
まぁゾンビ迷宮のさらに奥にいけば、魔物を倒すと10等級魔石が落ちる確率がどんどん上がっていくから、そのうちあまり気にすることではなくなるか。
2日ほど休んだらまたゾンビ迷宮に行くか。
ベッドとか買って鍵の空間の中を充実させておこう。
時間停止空間も増やしていって、早くお風呂が作りたいな。
何ていうか全てが好循環だ。
上手くいく気がするぞ!
~オーディン王国王城~
オーディン王国の王のもとに一通の手紙が送られてきていた。
送り主は精霊王国の1つ『フレイ王国』の王である。
「父上、フレイ王国の王は何と?」
「ふむ……マリアナを妃に迎えたいそうじゃ」
「ずいぶん耳が早いですね」
「オーディン王国にエルフも多数住んでおる。奴は昔からマリアナに執着しておったからの。騎士学院を退学したと聞いてすぐに手紙を寄越してきたのだろう」
オーディン王国の王と話しているのは、マリアナの姉であるアーネスだ。
マリアナはアルマが賢者資格を失ったことにショックを受けて、数日後に騎士学院を退学してしまった。
王女であるマリアナが戦士として冒険者になることはない。
マリアナはごく普通の王女として王城に戻っている。
対してアーネスは騎士学院の生徒のままだ。
彼女は退学するつもりはない。
そもそも王家の事情から退学できない。
王家と賢者のパワーバランスから、アーネスは王家の騎士として力を得る必要がある。
そのためには王家を支持してくれる優秀な賢者が必要だ。
アーネスはそれをアルマに期待していた。
しかしその期待は崩れ去った。
それでもアーネスが騎士として力を得るのは絶対に必要なのだ。
現在10傑の大賢者の中に王族が一人いる。
その王族の賢者と騎士達以外にも、王家を支持してくれる賢者と騎士達は多数いる。
それでも残りの9人の大賢者とその騎士達の戦力を考えたら、王家は分が悪い。
実際に戦争が起きているわけではないが、可能な限りこのパワーバランスは均衡を保ちたい。
「どう思う?」
「フレイ王国の王は好色で有名です。美しいマリアナを単に欲しているとも考えられますが……愚かな王ではありません。危険な香りがします」
「そうだ。奴は実に頭が切れる。そしてエルフ族は我ら人族とは違う力を持っている。奴がマリアナの何かを感じて欲しているとすれば、嫁に出すのはあまりに危険じゃ」
「何より今のマリアナは誰かに会うつもりはないでしょう」
「ふむ……期待しておった者が賢者資格を失ったショックはまだ癒えぬか」
「こればかりは……時が癒してくれるのを待つしかないと……」
「してアーネス。お前はどうするのだ? お前もマリアナと同じくその賢者の資格を失った者に期待しておったのだろ?」
「はい。残念なことに変わりありませんが、私は王族の騎士として力をつけるつもりです」
「ほかに候補がおるのか?」
「6倍の魔具を持つ者がおります」
「カーラル伯爵の倅か」
「はい。名をモードルといいます。性格に難がありますが、上手く導ければ、私の賢者にしたいと思っています」
「そうか……上手くやってくれ。フレイ王国には今はまだ婚約の話が出来る状況ではないと適当に返事をしておく」
「はっ!」
アーネスは王の部屋を後にするのであった。




