第11話
人は己の希望や願望を思って世界を見ると、時に自分に都合よく世界を見てしまい勘違いするそうだ。
そういう時はたいてい判断を誤ることになる。
いつか授業で聞いた話です。
でもこれは俺が見誤っているわけではないだろう。
二度見、三度見しても変わらない。
この表示は変わらない。
50/1000
モニカさんの戦具の卵に魔力5を与えた。
間違いない。
魔力操作の技術には自信がある。
魔力1だけとか、2だけとか、必要な分の魔力を操作することには自信がある。
間違いなく俺は魔力5だけを与えた。
なのに卵の表面に浮かんでいる数字は50だ。
10倍。
5の10倍の50。
どういうことなんだ?
「これでモニカはアルマっちのものっしょ!」
いや違うからね。
確かに魔術師と戦士という関係になったけど、違うからね。
「これから頑張っていきましょう」
「何でも言うっしょ! アルマっちのためなら何でもするっしょ!」
モニカさん嬉しそうだな。
おっと、そういえばまだ空間のことを伝えてなかった。
「大事なことを話していませんでした。僕の鍵の魔具の特殊能力です。見せた方が早いのでやりますね」
何もない空間に鍵を挿し込む。
そして回せば頭の中でガチャッと音が響いてドアが開く。
「これが鍵の魔具の特殊能力です。まだ検証が済んでいないので、いろいろ分からないところも多いのですが……」
「ほぇ~……これ、中入れる?」
「入れますよ。今はまだ狭くて、二人一緒に入ったらぎゅうぎゅうですけどね」
「入ってみていい?」
「どうぞ」
モニカさんはちょっと恐る恐る入っていった。
不思議そうに中を見ている。
「この空間、僕が魔力を流せば流すほど広がっていってます。いまはまだこの広さですが、いずれもっと広くなるはずです。早速ですが、モニカさんに協力してもらって確認したいことがあります。僕が中に入ってドアを閉めますので、外からどうなるか確認してもらえますか? 中と外の空間が完全に隔離されるのかどうか確認したいんです」
「了解っしょ!」
モニカさんが外に出ると、代わって俺が中に入る。
そしてドアを閉めて鍵を閉めた。
中に明かりはないので真っ暗だ。
ちょっと不便だな。
明るくならないかな。
「お?」
なった。
なったよ。
いきなり明るくなっちゃったよ。
俺の意思で明かりはつくのね。
壁全体が明かりなのか?
眩しくないのがありがたい。
そろそろいいかな?
鍵を開けて外に出てみた。
「どうでした?」
「完全に消えてたっしょ」
「つまり中で閉めれば外とは完全に隔離された安全な空間ということですね。これは使えますね」
「すごいっしょ! この能力があれば迷宮探索がすごいことになるっしょ!」
「ですね」
モニカさんもすぐにこの空間の価値に気づいたようだ。
まあ騎士候補生だったわけだし、真っ先に思いつくのはやっぱり迷宮だよね。
「あ、そうそう。いま中にいた時に中を明るく出来るかやってみたら、壁が明るくなって明かりの確保が出来ましたよ」
「お~すごいっしょ! モニカも中に入って中から閉めてみたいっしょ」
「いいですよ」
鍵を使えるのは俺だけだから、必然的に一緒に空間の中に入る。
そして鍵を閉める。
まぁ何かあるわけじゃないんだけど。
外から見たら完全に消えるらしいけど、中にいる限りではただ単にドアが閉まったっていうだけだし。
でもこの状態では外と完全に隔離されて安全な状態と分かったことは大きい。
「明るいっしょ」
「便利で良かったです」
「暗くも出来る?」
「う~ん……あ、出来ますね」
今度は真っ暗になった。
オンオフ可能な明かり機能付きの壁か。
「これはちょっと暗すぎるっしょ。ちょっとだけ明るくできる?」
「え? はい……このぐらいですか?」
「これは明る過ぎっしょ」
「え? そうですか? じゃ~このぐらい?」
「いい感じっしょ。もうちょっとだけ薄暗くするっしょ」
「えっと……このぐらい?」
「最高っしょ!」
薄っすらとお互いが見えるぐらいの薄暗さだ。
このぐらいがいいの? いや、暗すぎでしょ。
「もうちょっと明るい方がよくありません?」
「アルマっちは明るい方が好きなタイプ?」
「え? いや、ちょっと暗すぎるかなって思って」
「そういう積極的なアルマっちも嫌いじゃないっしょ。でも初めてでモニカが恥ずかしいからこれぐらい薄暗いので我慢して欲しいっしょ」
「はぁ……え?」
二人入ればぎゅうぎゅうの狭い空間にいる。
ただでさせモニカさんの大きな胸が当たっていたのに、モニカさんはぎゅっと身体を寄せて俺を抱きしめてきた。
「男と女が密着したらやることは一つっしょ」
「え? え!? ちょ、ちょっとモニカさん!?」
「大丈夫。モニカに任せるっしょ。ご主人様にご奉仕するっしょ」
そう言うとモニカさんの着ていた布の服が、はらりと床に落ちたのが分かった。
「ご主人様起きるっしょ」
「う、う~ん……」
「モニカはちょっとお腹空いたっしょ。お昼食べに行くっしょ」
「う~ん……ん? あ、モニカさん」
「モニカ!」
「あ、はい。モニカ……」
「モニカ可愛い」
「モニカ可愛い」
「モニカ大好き」
「モニカ大好き」
「モニカ食べたい」
「モニカ……いや、さっき十分食べたから」
「いやん! ご主人様ったら情熱的っしょ!」
正確には食べられたんだけどね。
狭く薄暗い空間で身体を密着させて抱きしめあいながら、俺はモニカさんに食べられた。
1回食べられた後は、部屋のベッドに移動してまた食べられそうになったので、さすがに男として2回も食べられるのはいかがなものかと思って、逆に食べた。
おっと、モニカさんは厳禁だった。
食べている時にモニカさんって言ったら怒られた。
モニカはご主人様のものだから、モニカって呼ぶっしょ! と強く求められたのだ。
「確かにお腹空いたね。もう昼過ぎてるか……とりあえずお昼ご飯食べにいこう」
「行くっしょ!」
ちょっと遅めの昼を食べに食堂に向かった。
女将さんが俺達を見る目が何となくいやらしく感じられたのは気のせいだと思いたい。
お昼を食べながら、モニカと今後のことを話すことにした。
「ところで、モニカは騎士学院を退学して来たって、その服以外に荷物ないの?」
「ないっしょ。持ち物なんて全部学院で借りていたものっしょ」
「まぁ、そうだよね。僕も着替えの服ぐらいだからね」
「それとモニカは文無しっしょ」
「あれ? 学院からお金渡されなかった?」
「ないっしょ。モニカは自分から退学したから。お金なんてくれないっしょ」
「そっか……」
どこまでも賢者学院の方が有利なんだな。
わずかなお金とはいえ、1ヶ月ぐらいの生活費をもらえたからね。
つまりいま食べている昼ご飯代は俺持ちなわけだ。
モニカは俺の……戦士になったわけだから当然に払うけど。
「あ、そうなると武器も?」
「ないっしょ。でもモニカは素手でも戦えるっしょ」
「う~ん、モニカさんの武器って斧でしたよね?」
「モニカ!」
「あ、モニカの武器って斧だよね?」
「斧っしょ」
斧か。
戦具の卵が孵化すれば、戦具の斧があるから武器はいらなくなる。
いま50/1000だ。
おそらく間違いないだろうけど、モニカの戦具の卵に俺は10倍の魔力増幅効果で魔力を与えることができる。
1日のサイクルを考えてみよう。
まず朝起きた時、魔力は最大値の20ある。
20を全部消費する。
食事して寝る。
昼時には10ぐらいまで回復しているだろう。
10を消費して、またすぐに食事して寝る。
夕方には10ぐらいまで回復する。
また10使ってご飯食べて寝る。
夜には10ぐらいまで回復する。
10を使って食事して朝まで寝る。
あれ、1日4食になっちゃうな。
こんな生活をずっとするのはきついけど、今は緊急事態と思えば、数日は我慢できる。
このサイクルなら1日に魔力50ぐらい使えるわけだ。
丸二日でモニカの戦具の卵を孵化させてあげることができる。
数日部屋に籠るか?
モニカは暇しちゃうだろうけど。
いや……暇して俺を襲ってくる可能性大だな。
気持ち良いのは好きだけど、あれも体力必要だから魔力回復にはマイナスだ。
それにほんの数日でモニカの戦具の卵を孵化させたら、どうして? となる。
モニカには鍵の能力だと説明してもいいけど、周りが気づいたら厄介だな。
特に賢者学院に知られたら、俺は賢者に戻されるかもしれない。
賢者に戻れるのは正直嬉しいけど、鍵の特殊性からどうなるか分かったもんじゃない。
気づかれるにしても、早すぎる。
冒険者でいる限り、魔石魔力を手に入れる機会はない。
だからモニカに強くなってもらって、俺を守ってもらえるようになってから。
あれ? 待てよ。
魔石魔力を本当に手に入れられないのか?
モニカの戦具の卵を孵化させれば、普通に迷宮の奥にいる強い魔物を狩ることが出来るんじゃ……。
魔力を吸収した空の魔石は、あの空間に置いておけばばれる心配もない。
あれ? いけるんじゃね?
はぁ、考えれば考えるほど、この鍵の魔具の可能性は大きいな。
だからこそ慎重にならないと。
周りにばれても問題ないぐらいに、まずは俺とモニカが強くなろう。
その後のことはその後だ。
空間の拡張に関しても、魔力が10倍に増幅されている可能性が大きいな。
あんな空間を創り出す魔力なんて、魔力10とかじゃ無理だろ。
魔力10が10倍の100になっているとしたら、あの空間が少しずつ広がっていくのも納得できる。
「とりあえず、モニカは冒険者ギルドに登録だね。それで僕の専属戦士になったことも報告しないと」
戦士はどの魔術師と組んでもいい。
ただ、戦具の卵に魔力を与えられると、その戦士はその魔術師の専属となる。
卵の孵化のためにも自然な流れだろう。
「行くっしょ!」
お昼ご飯を食べた俺達は、冒険者ギルドに向かうのであった。




