幸運少女の朝
私はとても幸運な星の元に生まれたと思う。町内会のくじを引けば必ず3等以上は当てるし、好きなアーティストのコンサートの抽選も外れたことは無い。
なかなかチートな運を持っていると思うのだ。えっへん。
しかし、運が良すぎるのも怖いというものだ。
人生谷あり山ありというが、私の運はこのかた谷がないのだ。
そのうち大きな罰が当たるのではないかと戦々恐々としていたり、しなかったり。
そんな私は今のところ毎日ハッピー。毎日がまるで太陽を受けた湖のようにキラキラと輝いている…………と言いたかったのだが。
「片森ィィィ!」
学校につき教室に向かう途中、前から衝撃がやって来て固定された。傍から見ればいわゆる抱擁というものに見えるのだろうが、やられているこっちからすれば固定である。身動きが取れない。
頭の方も固定されているので頭を上げて固定主を確認することは出来ないが、それをするのはただ1人。もう慣れたものである。
「ああ、おはよう。四ノ宮くん。今日も朝練お疲れ様。ところで離してくれると嬉しいかな」
「おはよう、我が天使。しかしそれは無理だ。困ったなあ」
「うん全然困ってないね」
笑顔で困ったと言っても説得力はない。彼は一応であるが学園の王子様と言われており、いわゆるイケメンというものに属する人間である。背も高くて、顔も整っていて、文武両道の理想的な王子様(話さなければ)ときたらモテると思うのだが、如何せん朝からこういうことを仕出かすものだから、あらゆるところで理想と違うと恋を散らしている女子生徒も多いのだとか。勿体無いものである。
高校を入学してからもう2年は経つ。それから毎日していたのだから流石になれるしある程度のスルースキルは身につけた。ただ、ご尊顔が眩しくてつい目を細めてしまうのは私の枯れ果てた中の唯一残った乙女心である。
「悪霊退散!!!」
スパァンッといい音がして「ぐえっ!!」とカエルのような声がして固定が外された。新鮮な空気が入ってきて、深呼吸を繰り返す。
「和葉に触ってんじゃないわよ、この変態野郎!」
「おのれぇぇぇ中里!!そこに治りやがれ!」
新鮮な空気をたっぷり堪能したのち、目に入ってきたのは入学当初から仲良くさせてもらってる中里頼ちゃんである。頼ちゃんは片手にスリッパを持ち、20センチ以上の差はあろう四ノ宮くんと懸命に戦っていた。朝から元気なものである。
「いつも迷惑かけてすまんな」
そう後ろから声をかけてきたのは佐伯くんである。四ノ宮くんと同じ剣道部で次期主将と噂だ。佐伯くんは190センチをゆうに超えるガタイのいい理想的な筋肉をしている。それを前口に出したところ一人が暴走したため、二度と口に出さないことを誓ったのは記憶に新しい。四ノ宮くんが暴走した時にはいつも体を張ってくれるので頭が上がらないのだ。
「もう慣れたよ……佐伯くんもお疲れ様。いつもありがとうね」
若干疲れ顔の佐伯くんには労りの気持ちを込めて笑顔を向けた。
そろそろ彼は血を吐くのではないだろうか。心配である。
「天使……」
「え?なんて?」
「いや、なんでもないさ。教室へ向かおうか」
「そうだね……」
朝からどっとつかれた。私は未だ戦っている2人にはやくくるんだよーと声をかけて佐伯くんと教室へ足を進めるのであった。
ちなみに私は片森和葉。朝から熱い抱擁を受けているからと言って勘違いしないでいただきたい。
私は今も昔も彼氏はいたことがないのである。