第10話 彼女は誰に拳銃で脅されたのか
結局、その場に残り続ける操縦士に簡単な怪我の処置を行い、屋敷に戻ってきた。
「じゃあ、『西九条』くん演技指導を続けてくれ。」
八條さんはそのまま見学するつもりのようで、映画のストーリーを聞いたり、手術台のセットについて監督へ質問しているようだ。
「もう何度言ったら分かるんですか。腹膜炎は常にドクンドクンと痛いんです。そして、こうやってお腹を押して離したときに強烈な痛みがグアって感じで襲ってくるんです。」
どうやら、私は演技指導には向いていないようだ。ボキャブラリがすくないのが問題だ。
「ゴメンわかんないや。1回やってみせて。」
今度は『マキ』さんがお腹を押す番だ。流石に何度も私のやりかたをみているだけあって、手馴れた様子だ。
「う・う・うっ・う・う、くぅっっっ・・・・。」
私は何度も見た患者さんの表情を思い浮かべて演技を続ける。
「ああ、そういうふうなのね。」
「なんだと・・・。」
突如、ジっとこちらを見ていた八條さんが声を発する。
「それが虫垂炎の症状なのか?」
「いいえ。これは症状が1歩進んだ腹膜炎になったときのものですが。どうかされましたか?」
「殿下。親王殿下が丁度、そんな症状なんだ。」
マジ。
せっかく、操縦士さんの治療はせずにやり過ごしたというのに。今度は親王殿下なの?
「それは深刻ですね。早く病院に連れて行ってあげてください。薬で抑えようにもここに抗菌剤はありませんし。」
「君は医者なのか?」
しまった!
つい専門的なことを喋ってしまった。
「いいえ。単なる医大の4年生です。何度か臨床現場で腹膜炎の症状を見ているだけですから、治療行為はできません。」
「それでもやってもらわなくては困る。」
やっぱり、そう言うよね。
「『医師法第17条 、医師でなければ、医業をなしてはならない。』というのがあってですね。犯罪行為なんですよ。」
「大丈夫だ。君は腹膜炎に効く薬がどれかを教えてくればいい。私の判断で殿下に投薬をする。車に医療キットが積んであるんだ。な、頼む。」
「はあ。それくらいなら。でも、一筆書いて頂けませんでしょうか?」
まあ。なんとかなる範囲だろう。最悪、この人に証言してもらえばいいだけだ。
「ああ。なんでもする。」
八條さんは監督が手渡した紙に手馴れた様子で自分が命令したことを記載していくと懐から朱肉を取り出して拇印を押した。
そして八條さんが車から医療用キットに入っていた薬のうち使えそうなものを探していく。今はスマホのネット検索で医療成分や効用が調べられるから楽だ。それに医療用キットに入っている薬は、親王殿下に合わせたものが入れられているという。
アレルギーとか考えなくていいのは楽だ。
「でも、医療用キットがあるということは随員の中に医者が居るんですよね。なんで今はいらっしゃらないのですか?」
「それが、パパラッチどもに追いかけられていて白バイ隊と共に後続の車に医者が乗っていたのだよ。それで、奴らを引き離せたのだが、その間に土砂崩れが発生して分断されてしまったというわけだ。」
ここでも週刊誌の記者さんたちか。確かにうっとおしいのは確かだ。
「それなら、その医者に来てもらえばいいだけじゃないですか。山の中を通り抜ければ辿り着けるでしょう?」
「それが連絡がつかんのだ。もしかすると土砂崩れに巻き込まれたのかもしれん。」
抗菌剤を投薬する前に実際に親王殿下にお会いして症状を聞いてみたところ、確かに虫垂炎の症状に合致する。ただ血液検査はできないので菌の種類の特定や白血球数が分からないが十中八九間違いないだろう。抗菌剤が効けばいいんだが、使えそうなものは1種類しか無かったのだ。
「大丈夫。もう少しで痛みがおさまりますからね。」
そうやってニッコリと微笑むと青白かった表情が少し赤くなった。『一条ゆり』スマイルが効くなんて。そんな世代じゃないはずなのに。もしかして今まで多くの男性が赤くなったのも藤原氏の女性のスマイルが平安時代から遺伝子の中に刻まれているのかもしれない。
*
「だから、出来ませんって言っているでしょう。」
結局、菌の種類が違うらしく薬が効かず症状は悪化の一途を辿っていった。
「厚生労働省に問い合わせたら、4年生なら既に外科手術のカリキュラムは終わっているそうじゃないか。」
確かに言われる通り外科のカリキュラムは終わっているし、何十例もの虫垂炎の手術にも立ち会ってきたし、解剖では盲腸の切除を何度も経験してきているから、医師立ち会いの下なら出来ると思う。
虫垂炎どころか腹膜炎のシミュレーションシステムでも何度も満点を貰っている。
だがいきなり本番だ。ひとりで全部やれと言われてもできるものじゃない。
「嫌です!」
しかも、相手は親王殿下なのだ。万が一失敗してしまいました。では国家反逆罪で一生刑務所の中ということもあり得る。
「ならば、これでどうだ。」
八條さんが隣の警護官の腰に下げていた拳銃を取り上げると私に向けてきた。
「八條首席。それは犯罪です!」
警護官が大声を出して止める。
「手術を行うんだ。さもないと!」
そこで銃声が鳴り響く。
「志保さん!」「『西九条』くん!」




