第5話 彼の母親に貸しを作れるならば
「それで彼は、裕也さんはどこに居るのですか?」
「あんなことをしたあの子に会うつもり? 優しいわね。私は顔も見たくないというのに・・・。」
どうやら、彼とこの母親は、電話で話した以外に顔も合わせていないらしい。彼の自業自得とはいえ、なんて親だ。
今、彼女の頭の中は、これからの損得勘定で忙しいのだろう。どういうふうに立ち回れば、自分に被害を受けなくて済むか悩んでいるらしい。
「今は弁護士さんと会っているのでしょうか?」
伸吾さんが担当弁護士だったら、かちあうのは避けたい。
「それは明日以降よ。そうね。今日のところは貴女が会って落ち着かせてあげて。もうあの子はダメよ。俳優になれないわ。」
母親と話をしたはずなのに落ち着いていないって・・・もしかして彼を責め立てたのか?
伸吾さんと接触しないのならば是非会わなければ・・・。
「えっ。でも示談になったんじゃ・・・。」
示談になったというからそこまで大事にならないと思っていたけど・・・彼に会って詳細を聞き出さなければ、今日は眠れないに違いない。
「この業界、悪い噂はあっという間に広まるものよ。事情を知らないプロデューサーが居れば使ってくれるかも知れないけど、情報に疎いプロデューサーにヒット作は生み出せないわ。」
彼が有名俳優になれないのならば価値が無いと思っているようだ。この女、自分の子供を捨てる気満々だ。
「そんな・・・。」
それでは、彼が私の元に戻ってきても、只の欲望の強い浮気男では、ゴミクズ同然ではないか。この母親からずーっとお金を引き出せればいいけれど・・・。
私の母みたいに彼に献身する気はさらさら無い。が、捨てるしか無いのだろうか?
あの男が母を捨てたように?
私も彼を捨てられるだろうか。・・・とても、出来るとは思えない。そんなことをすれば、あの男と同じになってしまう。それだけは絶対に嫌だ。
まあ、その前に彼が母親から捨てられそうだが・・・。
「私は各方面にお詫び行脚に向かわなくてはならないの。そうしないとおマンマの食い上げになってしまうのよ。週刊誌の記事にならなかったらでかまわないから、あの子を引き取ってくださらない? 当面の生活費は保証するわ。医者の卵の貴女だったら、矯正はお手の物よね。どんなふうにしてくれても構わないわよ。」
このままでは自分の仕事も無くなってしまうと焦っているようだ。ここはひとつ手を貸しておけば、少なくともお金には困らなさそうである。
伸吾さんには大見得を切ったが大学での医者の子息たちとの付き合いを考えれば、あればあるほどいい。足らなくなったからとおの男に援助を申し入れるのは絶対に避けたい。
今の彼女の様子ならば、さらに要求しても応じてくれそうだ。
「ひとつだけ条件があります。何処かの大学病院にコネはないでしょうか? 私が研修医になる際に紹介状を書いて欲しいのですけど・・・。」
泌尿器科医としてエリートコースに乗れたとしても、先のことはわからない。こちらも太いコネを持っておくに越したことはない。
「ん・・・あるわ。私のファンクラブの会長が確か医大の学長をやっていたはずよ。その方を紹介することはできるけど・・・。どう?」
一瞬考え込んだがすぐに返答があったところをみるとこの程度は織り込み済みだったらしい。
本当は大学病院の院長がいいのだけれど、学長でも十分だ。派閥争いに巻き込まれる可能性があるけれど、そこは自分で乗り切るしかない。
「それで結構です。彼が居るところを教えてください。」
「あの子は、東都ホテルのスイートルームに居るわ。明日の昼1時に弁護士にそこで会わせるから、それまでの間、自由に使って頂戴。いつ到着できる?」
「今、たまたま近くまで来ていますので15分くらいで到着します。」
帝都ホテルに居ることは言わないほうがいいだろう。そんな高級ホテルで何をしているのか、追求されたくない。
「わかったわ。ロビーで会いましょ。カードキーをお渡しするわ。」
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