第2話 何故彼女はキスをするのか
「あんなの気にしちゃダメよ。事務所の力でねじ込んだ女優さんだから、この現場ではやっていけないと思うわ。そのうち消えるから大丈夫よ。」
へえ。こんなベテラン女優でも、相手の悪口を言って気持ちを作り上げるんだね。
「だから、私たちは仲良くしましょ。」
そう言って抱きついてくる。なんか彼女の右手が私の胸を触っている気がする。
いや明らかに触っている。彼女の顔を伺うと嬉しそうだ。確信犯らしい。
この女優さんは珍しく浮いた噂が全く無いことが有名だ。女好きなのかもしれない。
そう言えば、初めてご挨拶したときも舐め上げるような視線を送ってきたような。そのときは、勘違いかと思ったが違ったらしい。
「何やってんだ志保。」
和重のジト目が煩わしい。
「ちゅ・・ん・・ムフ・・・何って。『仲良くしましょう』のキスだけど。」
私は『台地マキ』さんに抱きついていた身体を離しながら返す。
「俺の前でか?」
嫉妬しているのか。女性同士のキスに萌えているのかもしれない。
「今の和重はマネージャーでしょ。内緒ね。」
「ダメだ。ダメだ。ダメだ。業界では有名なんだぞ。」
「有名なの?」
私は振り向き彼女と視線を合わせようとするが目が泳いでいる。本当らしい。
「だ・か・ら、何をやってんだ?」
「チュ・・む・・んふ・・・何って。『良く我慢しましたね』のキスだけど。」
私は『台地マキ』さんを抱きしめていた腕の力を弱めながら返す。
女好きとして有名なら、誰も相手をしてくれないよね可哀想。それにしては手慣れた様子は無いんだけどね。
「またなのか?」
和重は額に手を持っていく。
*
「そちらの方は?」
その日の撮影が終わり、例によって『中田』さんが迎えにくる。
「『台地マキ』さん、今度出演する映画の主演女優さんだよ。」
「イヤイヤイヤ。それは知っているよ。共演したこともあるからね。そうじゃなく、何で一緒に待っているの?」
ラッキーかな。共演者なら、何か知っているかも。
「うん。懐かれちゃった。」
「イヤイヤイヤ。懐かれちゃった。という態勢じゃないよね。羽交い締め? 抱き寄せられてる?」
『台地マキ』さんは腰に手を回してきていて、反対側から私の顔をうっとり見つめているみたい。
「大丈夫。一時期の『中田』さんと比べれば、かわいいものよ。」
和重には言えないけど、面白がって挑発的な格好をしすぎて、取って食われそうなときがあったからね。
彼女は、はじめに抱きついてきたときに胸を触ったことも無意識だったらしく。気付いた和重に指摘されたときには、土下座せんばかりに謝っていたのよね。
「お前らなあ。志保は俺の婚約者だぞ。」
「いいじゃない見るくらい。触るくらい。減るもんじゃ無し。」
「嫌。減る。俺の分が減るじゃないか。」
大の大人が何か子供みたいなこと言っている。あとでたっぷりサービスしてあげなきゃね。
車は私の家の近くのコインパーキングに停車する。
「『マキ』さん。本当に来るの? 部屋には可愛い女の子もいるけど、男の人もいるのよ。大丈夫?」
『台地マキ』さんは言葉が使えなくなったみたいにコクンと頷く。男性恐怖症では無いらしい。私の部屋に灯りがついているから『お菓子屋』さんと、あきえちゃんはもう来ているわね。
「『中田』さん頑張ってね。」
「何が?」
「あきえちゃんを取られないように頑張ってね。『台地マキ』さんの噂は知っているんでしょう?」
まあ今は私に懐いているから、大丈夫だとは思うけどね。一応、連れて来た人間としては警告しておかなきゃ公平じゃないものね。
「噂って。噂通りなのか? 嘘だよね。共演したときも、そんな感じじゃ無かったけどなぁ。」
『中田』さんがしきりに首を振っている。私もそう思うんだけどね。
自分の部屋のインターフォンを鳴らす。例の特番のように突然誰かが尋ねてきてもいいように、あきえちゃんには必ずインターフォンで相手の顔を確認してから出てもらうようにしている。
チェーンが外れる音がして、続いて鍵が解錠され扉が開く。
「『れいな』さん。おかえりなさーい。」
あきえちゃんが飛び出してきて抱きついてくる。う~ん、癒される。これかな。
『中田』さんの教育の賜物なのか。最近大胆な、あきえちゃんだ。
だけど、後ろの『台地マキ』さんに気付いたのか。さっと離れてしまう。
「『台地マキ』さん。知ってる?」
私は後ろに居た彼女を、あきえちゃんに紹介する。
「はい。『格好良い女優』さんですよね。私は好きです。」
彼女を形容するときには、良い意味でも悪い意味でも『格好良い』つくことが多いらしい。私は『可愛い』と思うんだけどなぁ。
「あきえちゃ~ん。」
『中田』さんが泣きそうになっているが放っておく。
「えっと違うの。世の中の男性がイロイロ言うのが変な気がするの。日本で2番目に尊敬できる女優さんです。」
きっと1番尊敬できる女優はお母さんだろうね。
格好良すぎるのだろう。嫁さんにしたいとか彼女にしたいとかではワースト3に必ず入っている。ちなみに私もワースト3とトップ3に入っているから、いい加減な情報に違いない。
「特にお父さんがある時を境にイロイロ言うようになって。」
へえ、珍しい。あまり、貶すようなことを言わないひとなのになぁ。
「あきえ。どうしたんだ。『西九条』さんじゃないのか?」
当の『お菓子屋』さんが玄関口に出てくると固まっている。『マキ』さんも私の後ろに隠れてしまったところをみると。ふたりの過去に何かがあったらしい。




