プロローグ
この章が最終章となります。
最後までお付き合い頂けたら幸いに存じます。よろしくお願いします。
「ねえ和重。それじゃあ。ストーカーだよ。わかってる?」
一星テレビの1時間ドラマ『無表情の女』シリーズが終わり、芸能事務所の社長がどうしても次の仕事を入れろと煩いもんだから、ある映画の端役を受けて挨拶に行ったのだけど。
もう和重が知っていたのよね。
いったいどうやって情報を収集しているんだか。
「うっ・・・。でも世界のスギヤマ監督の映画だろ。端役とはいえ、そう簡単にはオファーなんか来ないんだよ普通は。」
相当有名な映画監督らしく。ひとりで行けると言ったのにどうしても事務所の社長が付いてくるといってきかなかったのよね。
実はこの映画出演には裏がある。伸吾さんからあの男に依頼した『ユウ』の活躍の場を作ってくれる代わりにこの映画に出ろと言われたのよね。どうも映画監督とあの男は旧知の仲らしい。
実際にオファーされた内容なら、出番も少なく短期間で終わりそうだったから受けることにしたのである。
「さあ。知らないわよ。オファーがあったんだもの。知ってるでしょ、うちの事務所がそんな大きな仕事を取ってこられないこと。」
はっきり言って、うちの芸能事務所は弱小である。事務所側から働きかけて取れる仕事なんてエキストラが精々で、最近オーディション枠が貰えるようになったくらいなのよね。
「うん。だから不思議だったんだ。」
どうもそのオーディション枠も和重の働きかけで実現したみたいで、事務所の社長が大げさに礼を言っていた。私が仕事をしない見返りみたいなものかもしれない。
「ストーキングしているとバレても聞かずには居られなかったというの。バッカじゃないの和重。そんなに私に嫌われたいわけ?」
まあきっと事務所の社長がバラしたんだろうけど、黙ってれば分からないのにワザワザ聞いてくるなんて、意外とお馬鹿さんなのね。
「そんな訳無いじゃないか。」
「なら、止めてほしい。今どんな仕事をしているかくらい。こっちから教えてあげるわよ。」
「でも凄いじゃないか。スギヤマ監督の作品に出演したっていうだけで、ワンサとオファーが・・・・そんな嫌そうな顔をするなよ。」
最近、無表情の仮面が壊れてしまっているらしい。和重だから、表情に出ているのかもしれないけど。
「待って本当にそうなの?」
「お前知らなかったのか? 世界的に有名な映画監督だぞ。どんな端役であっても、世界中の映画関係者の注目の的だ。」
マジですか。
そんなの聞いてないわよ。今でもオファーが多すぎて断るのを苦労しているというのに、まだ来るの?
勘弁してほしいわ。
なるほど、あの男の考えはそういうわけなんだ。この映画に出れば、無茶苦茶、知名度が上がるというわけなのね。当然それはアメリカでも同じことなのだろう。
逆に考えればチャンスなのかも、ここで監督にダメだと烙印を押されたら、一気にオファーが減るだろうし、あの男と競演なんて話もなくなるに違いない。
あの男のゴリ押しで決まった仕事なのだ。ダメだという烙印を押されても誰にも迷惑は掛からないよね。どうせ私に才能なんて全く無いんだし。
「あっ。断ろうと思ってもダメだぞ。そんなことをしたら、お前の所属事務所は廃業するしか無くなるぞ。」
「そんなこと考えていないわよ。目立たないようにお仕事してくるから大丈夫よ。」
流石に所属事務所の迷惑になるのは困る。あの社長はどうでもいいけど、他に所属している女優やタレントさんが可哀想だものね。
「一度聞きたかったんだけど、和重は私に医者になれるように応援すると言ってくれていたよね。でも、本当は女優として活躍してほしいんじゃないの?」
何か時々、言っていることがマチマチなんだ。医学生をやっているときの話よりも女優をやっているときのことを多く聞きたがるんだよね。単なる興味の違いかもしれないけど。
「何でそんなことを言うんだ?」
和重は怪訝そうな顔をする。
「だって! 凄く嬉しそうだったわよ。今回のオファーのことを聞くとき。」
「ああ、単なるミーハー心だよ。スギヤマ監督の大ファンだからさ。お前について行きたいくらいだよ。」
そこまで興奮するようなことか?
「付いてくればいいじゃない。付き人枠なら入れてくれるでしょ。サングラスを掛けてマネージャー役でもいいんじゃない?」
「えっいいのか? スターグループオーナーとしての顔は業界に売れているから、やるんだったらマネージャー役だな。」
しまった!
本当に付いて来るつもりらしい。
「オーナー業は大丈夫なの?」
「おうよ。お前のおかげで一星テレビも盛り返してきているから、特にする事もないな。」
元社長が恥を晒して盛り上がった視聴率は私の出演したドラマにも波及効果を生み出した。さらの彼が演出した過去の作品の再放送をゴールデンタイムに持ってきたことで一気に駆け上がっていったのよね。
別れた奥さんの東山さんの初仕事がそれだというから、凄いというかなんというか。各局で生放送された涙ながらの東山さんの離婚会見中にちゃっかり番組の宣伝をしてしまうという荒技には各局のアナウンサーも驚いていたようだ。
いかに彼が優れた演出家であったかを語りながら、酷い浮気男だったことを交互に並べ合間に彼が演出した作品を語り、最後にそれらの作品がゴールデンタイムに再放送する特番をぶちあげたのだ。他局は止めようが無かったらしい。
「あれは東山さんのおかげでしょ。」




