第19話 彼女は何故そこまで憤ったのか
『みなさま、お待たせいたしました。新郎新婦、装いも新たにご入場です。』
今度の衣装は和装だった。和装なら、キャンドルサービスが無いのも頷ける。まあ、このテーブル数のろうそくに火を点けて回ったら、初めに灯したろうろくは燃え尽きてしまうだろうけどね。
しばらくするとゴンCEOが新郎新婦を連れてやってきた。自慢の新郎を紹介して回るようである。真っ先にこのテーブルに向かってくる。きっと、女優『一条ゆり』が居るからに違いない。
わぁ。間近に見ると社長は成人式で派手派手な着物に袖を通している大学生に見える。若いというべきか、幼いというべきか。
高下駄を履いた新婦との身長差がますます開いて、お母さんに手を引いて貰っている子供にも見える。七五三? この時ほど表情に出なくて本当によかったと思った。
「あれっ。志保さん。どうして?」
社長はこの席に私が居ることを知らなかったらしい。伝えておいてって、あれほど頼んだのに『中田』さんったら。こんなところが頼りないから弟扱いしちゃうんだよね。
「えっ。『中田』さん言ってなかったの?」
私は『中田』さんを睨みつける。こうしてないと社長の姿に笑ってしまいそうなのだ。
「あれっ。おかしいな。幸子さんは伝えておくって言っていたのになぁ。先輩すみません。」
幸子オバさまか。あの人はそそっかしいからね。結婚式前にバタバタしていただろうし、自分はゴンCEOやMotyたちと混じって司会をやらなくてはいけないのだ。ひとつやふたつ抜けていることもあるよね。
「知り合いか? 『西九条れいな』さんは映画『あかねさす白い花』主演デビュー作で各賞を総なめにした新進の女優さんだ。わしも映画に出資しておってのう。随分と儲けさせてもらったのじゃ。」
本当はプロデューサーを持ち上げたいのだろうが、ゴンCEOがこんなふうに持ち上げてくれる。少しくすぐったい。儲かったと言っても、彼の資産からすると微々たるものよね。
「その節は、お世話になりました。」
素直に頭が下がる。本当はプロデューサーがにっこり微笑んであげれば、私が主演する映画だけじゃなく、もっと沢山の映画に出資してくれるに違いない。でも、彼女は私を見て笑っているばかりでゴンCEOの方を見ようともしない。何をしにきたんだか。
「第2作目も期待しておるでのう。今度は会社を挙げて応援するのじゃ。」
それは困る。これ以上、世間に露出が多くなっては勉強に支障がでるに違いない。でも、応援してくれるのを断るのは、どうすればいいんだ?
「ちょっと待ってください。それは決定事項ですか? 彼女には彼女の生活というものがあるわけですから、あまり大掛かりになってしまうと返ってプレッシャーを与えてしまうことになりませんか?」
意外なところから、声が挙がった。新郎の社長である。
いや、意外でも無いのか。社長は常に従業員に心を砕く姿勢が一貫している。私がアルバイトしていたころから、変わってないのだろう。その証拠に新婦さんは、微笑んで見守っているだけである。
私は視線が彷徨ってしまう。やっぱり、間近で見る社長の姿は可笑しい。いったい、どれだけ我慢すればいいのだろう。
「なんだ。知り合いなんじゃろ。応援してやらんのか?」
社長の視線が宙を彷徨う。よく皆、我慢できるよね。
「知り合いだからこそです。俺は彼女の後見人であり、彼女の資質を良く知っている人間として、異を唱えたいと思っています。なんだ『中田』も不満なのか?」
社長と視線を合わさないように皆の顔を伺う。いつも遠まわしにだけど抗議をしているのだ。いい加減わかって欲しいんだけどな。
「いえ、随分と彼女のことを分かっているのだ。と思いまして、確かに彼女は女優という仕事よりも医者になりたいと常々言っているので僕たちもそれを邪魔するつもりは無いのですが、先輩は彼女が女優だと初めて気付いたのでしょう。流石は先輩です。」
一応、『中田』さんは分かってくれていたらしい。
「おいおい。止めてくれよ。『中田』まで『北村』みたいになっては困るんだが・・・。」
「すみません。つい言ってしまいました。でも、常々そう思っているんですよ。『北村』みたいに無条件にそう思っているわけでは無いだけです。」
そういえばMotyのメンバーの『北村』さんは、前の結婚式でも『流石は先輩』を連発していたわね。どうやら口癖だったようね。
「今度は褒め殺しか。幾ら俺たちの披露宴だからって・・・。」
そこで笑い声が挙がる。ああやっと、声に出して笑える。苦しかったぁ。
「井筒さん。彼女のことをよろしく頼みます。彼女は一見強く見えますが、貴方のようにすぐ近くに居る人間が必要なんです。何かあったらすぐに駆けつけますので一報頂けると嬉しいです。」
やっぱり、社長は社長ね。いつも優しくて素敵なお兄様・・・だったはずなのに。
*
「なんか世間の評価とは随分と違うひとなんだな。」
さっきまで嫉妬の固まりだった和重が突然、目が覚めたかのように落ち着いた様子で話し出す。
「世間の評価ってどういうの?」
まああれだけ、急に成り上がればイロイロ言われるのだろうけど・・・。
「ああ冷酷非道の乗っ取り屋とか。玉の輿に乗ったラッキーボーイ。男女を問わず誑し込むオカマ野郎。とも言われているな。」
そこまで言われているなんて。あまりにも本人を見ずに言っているとしか思えないわね。
「酷い。あのおじさまは、真剣に『れいな』お姉さまのことを考えてらっしゃったよね。凄く安心できる方なのに、そんな酷いことを言う人がいるなんて信じられない。」
会ったばかりの、あきえちゃんが憤っていた。
「和重。少し言いすぎよ。」
「俺? 俺じゃねえよ。世間の奴らが・・・。いや、俺もここに来るまではそう思っていたかもしれない。この会場に来て皆に慕われている姿を見て、なんか違うと思ったさ。実際に会うと全然違う人物なんだよな。驚いたよ。全く。」
和重が手の平を返したことを言い出した。うわっ、ここにもひとり誑しの犠牲者が。社長の周囲の人間って嫉妬の塊になって噛みつくか。誑されてしまうか。どちらかなのよね。
「先輩は冷酷でも非道でもないよ。いつも自分のことは後回しで周囲の人のことばかり考えてくれるんだ。」
「そうね。でもオカマ野郎かは分からないけど『天然の誑し』だけは正解よね。」
「おい。『オカマ野郎』は否定してやれよ。」
「「「「そうだよ!」」」」
うわっ。このテーブルの人間全員、誑されてしまったみたいね。




